人間の器量 (新潮新書)

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著者 : 福田和也
  • 新潮社 (2009年11月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (191ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106103407

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人間の器量 (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • 人間の器が大きい、とはどうゆうことか。近現代の先人たちの立ち振舞いを交えて、ポンポンと軽妙な語り口の面白い一冊。

    「貧しくなることも富むことも煩わしい」現在の日本人の中からは、なるほど「人物」と呼べる人物は出てこないわけだ。

    考えさせられます。オススメ。

  • 器量の大きい人間について書いた一冊。

    主に明治以降の人物についてだが、あまりよく知らない人物もいて非常に興味深かった。

  • 本の紹介にあるが、戦後、日本人は勉強のできる人、平和を愛する人は育てようとしてきたが、人格を陶治し、心魂を鍛える事を怠ってきた。
    なぜ日本人はかくも小粒になったのか――。
    その理由と本質に迫ることこそが、日本人が忘れたものを再認識させ、人生を豊かにしてくれるのである。
    ということで、内容であるが、
    序章 器量を問う事
     人物観の平板さは、自らを縛りかねない
     人を見る事は、自分の器を図る事
     器は何歳になっても大きくできる
    第1章 なぜ日本人はかくも小粒になったのか
     戦後、わが国は人物を育てようとしてきたか
     戦死に対する覚悟がいらなくなった
     貧困と病苦に対する怯えがなくなった
    第2章 先達の器量に学ぶ
     西郷隆盛の無私
     横井小楠の豹変
     伊藤博文の周到
     原敬の反骨
     松永安左衛門の強欲
     山本周五郎の背水
     田中角栄の人知
    第3章 器量を大きくする五つの道
     1.修行をする
     2.山っ気をもつ
     3.ゆっくり進む
     4.何ももたない
     5.身をささげる
    終章 今の時代、なぜ器量が必要なのか

    著者の感覚(予断と偏見?)で器量のことが書かれています。選ばれた人物描写もその延長線で。
    でも、人の見方はそれでいいのであって、それでこそ愉快な人生が過ごせるのであります。
    こんな引用もありました
    大物だといはれる人は純粋ではない。
     純粋な人は粒が小さくて、大きな舞台には立たされぬ
      森 銑三

  • 元マイクロソフト日本法人社長の成毛さんがおすすめしてたので読んでみました。

    うーん。イマイチ。

    著者は、今の日本が平和ボケしているからみな小粒なんだとおっしゃってますが、人の生死が身近な江戸末期から昭和初期の時代と比べればそれはごもっともだと思いますけど、そういうことを偉人を使って羅列するだけでじゃあ器を大きくするには、などという発展性のある意見はなく、かといって、読後器量がどういうものかを明確につかめた感覚にもなれず、なんともハンパな本でした。人間の器量というタイトルが大げさじゃない?!

    まあ、偉人のエピソード集と思えばそれなりに読めました。
    とはいえ無学な私は横井小楠とか大河ドラマで見かけるくらいのレベルでしか知らないので、急にエピソードを語られてもそれを面白がれるほどの下地がなく・・・
    私にとってはやっぱりハンパな本でしたね。

  • 人間の器量。

    器量を題材に本一冊という事だが、

    歴史上の人物の引用や偏見や
    ぼやきに近い話も多い。

    それでも器量について気になる人は、
    少し得るものがあるだろう。

  • 偉人たちのさまざまなエピソードは集められている。
    でも、なんだか薄っぺらい感じがする読後感。
    何とも言えないなぁ。

  • あんまり記憶に残ってないなあ。

  • 頭の良し悪し、論理性、思いやりなどといった人の内面、能力を抽象的にテーマにしている本は往々にして「俺様(著者)の好みものさしに沿うものが是、沿わないものが非」となりがちなのがだが、この本も全くその例に漏れていない。この本に名があがっている人は著者のものさしからすれば器量がある人みたいなのだが、基準がいまいちわからない。また、自分の考えを主張したい意識が先行して、論理の飛躍が度々みられる。例えば、戦争から人物が生まれるらしいのだが、なぜ戦争じゃないといけないのか、戦争以外ではなぜ人物が生まれないかの説明がしっかりなされていない。一方で田中角栄、角川春樹といった戦後育ちを人物にあげているが、この矛盾への説明はなし。正直後半、居酒屋のくどくど自説をまくし立てるおじさんを相手にしてる気分になってきた。まぁ、無視しても損をする本ではないと判断するが、「愚説愚論聞くべし」(P.31)とした方が器は広がるのかな?

  • 若干期待はずれ。
    何を期待していたのかはよく分からないのだけれど。

  • 人間の器量とは何で図られるのか、どう現れるのか、筆者が伝えたいことが分からなかった。

  • 人間の器量についての本。
    明治~昭和にかけての人物の「器量」を紹介しながら、現代日本人に欠けているものを考える。
    また「器量を大きくする道」も書かれているが、これがまた難しい…。

  • 日本の近現代の中から、器の大きな人物を30人取り上げ、その人間像を紹介しています。

    「器量が大きい」というのは、いわゆる「人格が高潔である」ということとは違います。たとえば伊藤博文という人物について、若い頃に塙保己一の跡取りの忠宝を暗殺したことがあり、多くの女性と関係を持っていたなどのエピソードが紹介されています。それでも、そうした側面をすべて含めて、伊東博文という人物には人間的な「器量の大きさ」があったと、著者は言います。

    岸信介や田中角栄といった戦後の人物に関しては、とりわけその問題点も見えやすいのですが、それにもかかわらず、彼らの器量の大きさをまずは認めようというのが著者のスタンスです。そうした立場から著者は、現代の日本人の器量が小さくなってしまったことを歎じています。

  • 歴史上の人物の持つ「器量」を紹介しながら、現代日本人に欠ける器量を説く。
    命が”軽く”なった現代。命を預けられる、と思わせるほどの器を持った人物が必要だった時代の先達から、学べることは多い。という部分で勉強になった。が、あまりにも著者の個人的”器量感”が出過ぎている感…。まぁ新書なんてそういうものか。ありがとう。

  • 西郷隆盛
    大久保利通
    明治天皇ー痛いと言わなかった
    横井小楠(しょうなん)
    原敬
    松永安左衛門
    山本周五郎◎
    酒井雄哉
    高橋是清
    宮本常一「忘れさられた日本人」
    今村均
    徳永蘇峰

    面白そうな人たち

  • 自分の器を育てなければならない。
    もうちょっと具体的に話してくれれば、と。
    例の中から感じれ戦法が見て取れる。

  • 気にかける人、心を配る人の数の多寡がその人の器量なのだ。と、目から鱗でした。僕なんかなんて器量が小さいことか!結局自分のことしか考えていないんですよね。恥ずかしいかぎりです。ただ、器量を大きくする五つのたいさくは如何なものか。
    ①修行する。剣道と座禅。若しくはスポーツ。頑張りましょう。鍛錬しないとね。②山っ気。先天的なものは如何なものか。お前はダメだって言われてるようなものでしょ。③ゆっくり進む。仰る通り。④何も持たない。う…持ち過ぎかも。⑤身を捧げる。う…これも難しいなぁ。やっぱり器量の大きな人って今の時代にはいないよね。明治以後、年代とともに人の器量が小さくなっているのは、年代とともに豊かになっているからなのではないんでしょうか⁈

  • 内容が浅い。もう少し絞って書いてほしい

  • 本は10冊・・・に紹介あり

  • 改めて自分の人間力向上の必要性を決意させられる書。以前の日本人の持っていた器の大きさ、規模と時間軸、スケールの大きさを問われる。

  • 人間の器量というテーマであるが、読んでみて絶句した。
    ただの幕末からの偉人の羅列にすぎない。

    いかにも評論家の書いた文章という感じがする。
    今の日本人は器が小さくなったというが、その根拠は何か?
    列挙された人が器が大きいという理由は何か?
    人を殺した人間を器が大きいと言えるのか?
    日本人の器を大きくするためにあなたは何をしたのか?
    そもそも自分の器を大きくするために何をやったのか?
    久しぶりに大外れという感じ。
    残念。

  • 人間の器量は、水平に広くあるべきである。異質なもの、未知なものに触れて、感応力をあげないといけない。

  • 読んだ。覚えていないけど、面白かった気がする

  • 著者の得意分野、実は徹頭徹尾エシカルと言っていいような価値の切削。特に近代史に至って筆は冴えている。最後に今村均大将が来て、ケリがつけてある。

  • 平成23年10月28日読了。

  • 現代の日本人を”小粒”と表現し、近代日本の礎を築いた”器の大きい”偉人のエピソードを紹介し対比することで、「人間の器量とは何か」が綴られている。確かに、いまもてはやされている起業家や政治家に対し(おこがましくも)評価してみた場合、本書で挙げられている偉人との、そのスケールの違いは私のような人間でもぼんやり理解できた。バカはバカなりにイメージできたのは、現代には「英雄」とか「偉人」、「豪傑」のようなニックネームがつけられそうな人はいない、ということであった。「知的」「スマート」「商売上手」「どじょう(関係ないか)」なんていうイメージの人はたくさんいるが。
    おそらく著者は、若い人に読んでもらうことを意識して、易しい言葉選びをしているのではないか、と思えるほど、読みやすい。現代日本人の器が小さくなった理由として著者が「死が身近でなくなったこと」を仮説として挙げているが、易しい言葉が選んで使われているせいか、「確かにそうなのかもしれない」と納得させられた。
    また著者の本を読んでみたいと思う。

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人間の器量 (新潮新書)の作品紹介

優れた人はいる。感じのいい人もいる。しかし、善悪、良否の敷居を超える、全人的な魅力、迫力、実力を備えた人がいない。戦後、日本人は勉強のできる人、平和を愛する人は育てようとしてきたが、人格を陶冶し、心魂を鍛える事を怠ってきた。なぜ日本人はかくも小粒になったのか-。その理由と本質に迫ることこそが、日本人が忘れたものを再認識させ、人生を豊かにしてくれるのである。

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