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この作品に関連する談話室の質問
みんなの感想・レビュー・書評
201112/ 教養とは「公共圏と私生活圏を統合する生活の能力」/ 公的な生活と私的な生活のこのような衝突という難問を巧みに解決する能力こそ「教養」とよばれるべきものである/ 少し抽象的な言い方をすれば、一人の人間が帰属している複数の社会集団、組織のあいだの利害を調整する能力ということになる/ バラバラになった生活全体を見渡し、複数の相容れない秩序、家庭の秩序、職場の秩序、政治の秩序をいわ... 続きを読む »
第1章 手垢にまみれた教養の本当の姿
・「教養とは何か」という危険な問題
・八世紀生れの新しい考え方
・ ほか)
第2章 「教養」という日本語の考古学
・大正時代から使われ出した言葉
・諸橋『大漢和辞典』には載っているが…
・ ほか)
第3章 「輸入の缶詰」を開けてみる
・加藤周一と俗物
・「俗物」の試金石
・ ほか)
第4章 教養を生れたままの姿で掘り出そう
・『山椒魚』は高級で『日刊ゲンダイ』は低級?
・古典と教養は何の関係もなかった
・ ほか)
[ 内容 ] 「教養」の歴史は意外なほど浅い。 その教養がなぜ、「古典」「読書」「該博な知識」などと結びつき変質してしまったのか―。 新進気鋭の哲学者が、探偵のごとく「真の教養の姿」を追い求め、現代に蘇らせる知的興奮の書。 [ 目次 ] 第1章 手垢にまみれた教養の本当の姿(「教養とは何か」という危険な問題;八世紀生れの新しい考え方 ほか) 第2章 「教養」という日本語の考古学(大... 続きを読む »
先日読んだ教養の定義の混乱から、本書を読んで一転してそれがクリアになった。しかし、著者もいうように教養は猛毒であった。ふー。 その定義は後で引用しておきたい。生活上の衝突という難問、すなわち問題を「解決する能力」が教養といっている。 また、公共圏と私生活圏を統合する生活の能力という「自分らしさ」ともいっている。 先日、明治期の教養主義に関する本を読んだが、そもそも新渡戸稲造が一高の校長時代に... 続きを読む »
面談のあとに読んだから心臓がドキドキしていたからあまり頭に残っていなかった。
修養の目的は教養の目的となる。
アメリカではリベラルアーツ教育であ佐久広くいろんな知識を身につけることにある。
ドイツでは大学が大学である所以は、哲学部の教育にあり、哲学部の教育の目指すものは教養の完成であるというフンボルトの見解が正しいなら、日本の大学制度の中でこの哲学教育を担っているのがジェネラルエデュケーション。
古典とは、人格を形成し、人格を問うたし、人生を豊かにするものでなければならないことが決められてしまいますと、この目標に合った読み方こそ古典の正しい読み方になってしまう。
『これが「教養」だ』(清水真木、2010年、新潮新書)
「教養」とは何か、について解説している書。一般的な教養の解説書とは違った観点から解説しているのではないかと思われる。
筆者は教養は「公共圏と私生活圏を統合する生活の能力」と定義してみたり、「生活の交通整理をするための「自分らしさ」のこと」と言ってみたりする。すなわち、「残業をして明日の納期に間に合わせなければならない」が(公共圏)、「明日の子どもの運動会のために弁当の下ごらえをしなければならない」(私生活圏)人が、ふたつの状況を両立させる能力というわけです。
では、その「生活の能力」はどうしたら身につけられるんですかと思うのだが、悲しいかな、解説がない。その意味で、本書は実用書ではないし、哲学的というか、よくわからない感じである。
(2010年6月10日 大学院生)
「教養」というあいまいな言葉について、日本に輸入された歴史や、「教育」「古典」などの関連ワードとの切り分けについて書かれた本。教養とは、仕事とプライベートと政治、3つの役割をうまく統合する能力だ、というようなことが書かれていた。教養の身につけかたについては書いていない。
語り口調で書かれていて、最初は読みにくいと思ったけど、途中から心地よくなった。
著者の知識の深さがすごぉい、てか底無しな感じ。文系の教授くらいはこのくらいは当然なのかな?
ちなみに教養とは、社会と私生活をうまくつなぐというか、問題を解決するための知識、といったところか。すばらしい。






