マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書)

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著者 : 深田和範
  • 新潮社 (2010年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (188ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106104015

マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • マネジメントをやらずにどうするのか?

    →現在なにを行うかというビジネスよりどのように行うかというマネジメントが重視されている
    もはや、マネジメントレベルで対処っきるものではなく、ビジネスレベルの問題として取り組む必要がある
    このままいくと、消去法でしか決められず意思決定が遅くなり、さらにありきたりな案しか採用されなくなる
    その対策として、自分自身を信じて新しいことな困難なこと挑戦していく
    その中で経験値、勘、度胸を重視する

  • ブックオフで購入。マネジメントブームにのり、こうした手法こそが正解で、これに沿ってビジネスを行うべきだ、というような風潮を捕まえ、もっと素直にビジネスやろうぜと主張している。5年以上前の本だが、過剰な管理や、会社の責任回避のための過剰な管理などはこうした指摘の甲斐なくむしろ現在の方が顕著なのではなかろうか。全体的に斜に構えた感じが、そんなに嫌ではない。

  • うつ病の増加が、行き過ぎたマネジメントと関係があるってのはそうかもと思ったが、説明が足りていないので納得はできていない。

  • 行き過ぎたマネジメントが逆にビジネスの邪魔になる…という主張はごもっともなんだけど、後半は「昔は良かった」「勘・経験・度胸が大事だ」と精神論の繰り返し。昔が良かったのは日本が成長軌道にあったからで、バブル崩壊以降、従来の手法を見直した結果が今のマネジメント重視の経営だと思う。それが成功しているとは言えないけど、だからといって著者の懐古趣味には付き合ってられない。昔に戻るんじゃなくて、新しい形を示さないと意味がない。

  • 元経営コンサルの筆者が、経営理論に傾斜し、ビジネスの現実を直視しないこと(マネジメント信仰)に警鐘を鳴らす本。
    大切なのはマネジメントをどのようにやるか、ではなくどんなビジネスをやるかだと強調。
    前半ではマネジメント信仰はどんな弊害があるか(理念の欠如・組織内志向等)を経験談と共に語り、後半ではその対策として経験を重視すべきだと述べる。その手段として社内ベンチャーの奨励や人事考課の改善案を提言。
    後半がやや駆け足なのが気になったが、マネジメントはその手法の内容だけでなく、もたらし得る弊害も考慮すべきだと学べる

  • マネジメント信仰よりも経験、勘、度胸。それにともなう意思。マネジメントよりもビジネスをしろと著者は述べている。マネジメント論をこれから勉強しようと思っていた矢先だったので、元コンサルティングの人なりの考え方、経験を学ぶことができた。自分の会社はマネジメントよりもビジネス先行のやり方だなぁ。

  • ビジネスは、勘と度胸、それらを伸ばすための経験。マネジメントや知識は、勘と度胸の補佐にすぎない。(無用というわけではない)
    道具は上手く使え、道具に使われるな、道具で誤魔化すな、ってことですね。

    他人のモチベーションのコントロールはできない。自分の姿をみせて、勘づく人は感づく以上の影響は与えられない。
    …これ、なんかしっくりくるし納得するな〜。

    ってことは、組織の人間としては生き辛いってこと⁈

  • 根本的に自己矛盾を抱えた本です。
    著者は過去に大手コンサルティング会社でマネジメントを売り、今回はそのマネジメントを否定するビジネスを始めるという。

    「マネジメント信仰は捨てよう」と説いているが、本人は信仰は捨ててもマネジメントは捨てていない。

    結局は、マネジメントのメリット、デメリットの極論を商売としているに過ぎない。

    本書で引用される例も極論で、うつ病から世代間格差まで全てはマネジメント信仰のせいであるとは思えない。
    しかし、本書には同意できる部分もあり、管理のための管理が増え無駄な工数が増大しているという指摘はもっともである。
    そういう意味では、マネジメント信仰は日本企業のスピード、競争力に影響を与えていることには同意する。

  •  「マネジメントに凝っている暇があったらビジネスをしろ!」というのがこの本のメッセージ。マネジメント過剰に陥った企業は内向きになり、社員の挑戦意欲は薄れてしまう。マネジメントではなく本業のビジネスに注力することこそ企業が復活する道だと著者は主張する。
     納得できる部分もあったけど、なんでもかんでもマネジメントのせいにしているような印象も受けた。辛口コメントは面白いんだけど、著者の主張の裏付けとなるようなデータがもう少し欲しかったかな。

  • 元コンサルタントでマネジメントの重要性を伝えていた筆者があえてそれを覆すかのような論を展開する。
    実例が多くてわかりやすいし、たしかにありがちなマネジメント論を会社に取り入れた所でどこの会社でもうまくいくという処方箋はないわけで。
    それをわかった上でいろいろやらなければいけないよね、と至極まっとうな話なのですが、それだけに、代案も欲しくなってしまう。勘と経験と度胸、が大事なのは同感ですがね…

  • ビジネスが主でマネジメントは従で、マネジメントが機能していなくてもビジネスがうまく回っていれば良いというのは理解できる。

    全体としてそれを述べているのだが趣旨自体は冒頭で完結してしまっており、中盤から後半は読まなくてもいいか。

    マネジメントをうまく回すことに注力して“時間稼ぎをしている”という表現はヒヤッとしたけど…。

  • なぜ「マネジメント信仰が会社を滅ぼすか」、しっくりこなかった。
    なぜ「経験と勘と度胸を重視」すればいいのか、よくわからなかった。
    なぜ「他人を変えるより自分が変われ」ばいいのか、よくわからなかった。

    ぼんやり考えていることを、無理やりタイトルに結びつけてまとめただけに感じた。
    部分部分は、共感できるけど、全体を見ると結局ぼんやりしたまま読み終わった。
    すぐ読み終えられるので、興味があっても立ち読み程度でいいと思う。

  • 読了:2012/4/9

    p. 5「20年ほど前なら、ホワイトカラーやコンサルタントの理論や手法を盾にした進言を経営者が一喝し、強引に自分の意志を貫いていた。だから当時の日本企業は強かったのだ。」

    なんじゃそりゃ。「だから」の前後のつながりがサッパリだ。
    この「だから」をすんなり受け入れることのできる人は、バブル期を経験したおっさんばかりだろうなぁ。
    と思ったら著者はやっぱり1962年生まれのおっさんだった。

    おっさん同士の居酒屋談義を本にしちゃった感じで、上から目線や決めつけが多く、読んでいて不快。
    断言する根拠もよく分からない。

    「昔はよかったのに…」というおっさんを、「なぁ!そうだよなぁ!」と勇気づけるためだけの本です。

  • 日本企業が元気がなくなったのは、マネジメント理論が幅を利かすようになったのと同時に、経営者が無難な選択ばかりで、自分の勘や経験に基づく意志決定をしなくなったことと時期を一にしている。ビジネスを作り出して稼ぐことよりも、マネジメント手法による管理自体が自己目的化し、評価されるようにもなった。日本の経営者はもっと自分に自信をもってリスクを取るべきだし、リスクをとって新規事業に挑戦する人材を評価する仕組みを整備すべき。
    著者の主張は尤もだし、著者自信がコンサルタントでありながら、ここまで欧米流のマネジメント手法を酷評するのは、ある意味痛快でもある。確かに現在は、経営者がリスクを取らなくなっているのは現実にそうだと思うし、身近な事例もある。だが、同時にそれだけが日本企業凋落の原因ではないだろう、という気もする。
    東西冷戦の終結と旧社会主義国の労働力の大量発生、同時期に中国のWTO加盟と巨大市場と巨大工場の発生。こういったマクロ的な、歴史的な流れの中で従来のやり方を維持し、グローバル化に乗り遅れた日本が徐々に力を失ったのは必然的だろう。
    反マネジメント論は小気味良いので本書は好きだけど、実際の問題はもっと根深いものがあると思う。

  • ビジネスが主、マネジメントが従。

  • 本来手段であるマネジメント(手法)が目的化するのが問題といえる。その解決策が「勘と度胸でビジネスを進める」と筆者は主張し、確かに一理あるとは思うが、実力のないものが勘と度胸で突っ走っても失敗のリスクが増えるだけであり、なんら新しい解決策は提示していないと思う。

    イノベーションのために新たなルールを作り、それが守られているかにばかり気をかけるのは結局責任逃れをしたいだけ、とは耳が痛い。「審判ではなく監督になれ」は心がけたいところ。

    世にひしめくマネジメント信仰に一石を投じる。たまにはこんな本も読んだ方がバランスが良いのではないか。

  • 1時間で読み終えられた。
    約1年前の書なので、やや古い印象。
    逆に言うと、それだけ企業経営における様々な神話の賞味期限は短いということ。
    著者は「マネジメントよりビジネス」「理論より経験・勘に基づく意思」と説くが、個人的にはマネジメントとビジネスはトレードオフの関係ではなく、「経験・勘に基づく意思と、論理的検証」が重要だと思う。
    この本に当てはまる企業は二周以上遅れている。

  • ビジネスは「本質」や「中身」であり、マネジメントは「やり方」や「スタイル」に過ぎない。ビジネスが上手くいってない状況でマネジメントに力を入れてもダメだという論理。学ぶことが多くあった。
    ただ、マネジメント信仰に陥るのは確かに良くないが、「経験と勘と度胸を重視せよ」というのは結局精神論ということなんだろうか。
    【今後に活かしたいこと・取り入れたいこと】
    ・「あるべき論」や「一般論」ばかりでなく意志を示す。
    ・マネジメント信仰により、顧客よりも組織を重視しだす。ビジネスを意識をし「外向き志向」を心がける。
    ・不祥事を防ぐには、マネジメントを強化するのではなく、社員一人ひとりが顧客や市場の目を意識してビジネスに対する倫理観を持つようにすることが重要。

  • サラリーマンがこの本を手に取ったら、大抵の会社に合致することが書いてあると思うし、何でこうアメリカかぶれなんだろう日本は、って思うんではないだろうか。

  • 前から思ってたけどね。
    要するに使えるスキルじゃないと意味ないと。

    あ、オシムッぽい

  • 自分の意思をもって物事に当たるというのは、おっしゃられる通り難しいんだろう。その自分の意思っていうものは理論的な考え方や、それをやる際の危険性を考えると直ぐに押しつぶされそうになる。それに押しつぶされない何かを自分で持つよう心がけていきたいものである。
    話はそれるが、以前には経験や勘にたよる経営では今後乗り切っていけないということが良く言われていたが、今になってやっぱり経験や勘も大事であるというのはどうかと思う。

  • レビュー書き忘れ。

    自分の感性を忘れるな、だった気がする。

  • マネジメントする人材も必要である上で、ビジネス(新しいことに挑戦)をする人材も今以上に必要であることを強調している。<br />マネジメントの問題現象は覚えがある。それらの問題への対策は一度しっかり考えないといけない。

  • 経営者や管理者は意思を示すよりも、意見を言っているほうが楽である意思は個人の考えを示すものなので、失敗した時は責任を追求される。一方、意見は個人の責任を追求されない。人は、客観的、理論的な意見を言うために、マネッッジメントに関する知識を深めようとする。
    「意見はあっても意思はなし」→ 消去法の判断になる。何をしたいかでなく、どうしたら一番リスクが小さいかを選ぶ。
    「あるべき論」や「一般論」を言うばかりで意思を示さない。
    自分は「マネッジメントを志向するのか、ビジネスを志向するのか」を考えること重要。
    今や多くの経営者や管理者が審判になってしまっている。監督であるべき。結果を出すために、人事面での不公平も認められるべき。
    今の日本企業に求められているのは、マネッジメントの強化ではなく、リスクを伴うビジネスに挑戦していくこと。
    たしかに、成熟した日本企業は、マネッジメントさえしっかりやれば、事業はうまくいくと考えているが、だれもが、新しいビジネスはやりたがらない。

  • 2時間程度の流し読み。マネジメントとビジネスは違う。重要なのはリーダーシップということ。ただし、筆者が批判しているのは、マネジメントではなく、日本企業の経営姿勢。マネジメントとは何の関係も無い。
    つまり、このタイトルは釣り。

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マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書)の作品紹介

マネジメントが下手だから会社が傾くのではない。マネジメントなんかに頼ろうとするから会社が傾くのである。本業で稼げない時に人事制度や情報システムを精緻化させて何の意味があるのか。どんなに見栄えのよい事業計画を作っても、経営者に「意志」がなければ机上の空論である。日本企業は今こそ、「マネジメント信仰」をすてて、愚直に「ビジネス」と向き合うべきなのだ。組織人に覚悟を促す警世の書。

マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書)はこんな本です

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