新・堕落論: 我欲と天罰 (新潮新書 426)

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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106104268

感想・レビュー・書評

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  • 玉砕するする言うといて、あっさり降伏した日本のダサさ
    それに卑屈になることなく、開き直って生きようぜ
    ってのがまあ安吾の「堕落論」の要諦だが
    それを言うたら戦後日本の平和愛仰
    平和のためならだまって殺されるもやむなしとすら思えるそれは
    まさしく現代の玉砕願望なんである
    そいつを断固否定する意志の力こそ、まったく現代の堕落論であろう

    ただし、石原慎太郎の「新堕落論」はそういう本ではまったくない
    玉砕コンプレックスどころか
    アメリカからの自立心と、承認欲求が錯綜して
    ちょっとご都合主義にはまってすらいる
    現実論としては、うなずける部分もありますけど

  • 石原慎太郎節が炸裂しまくり。
    日本人の堕落は、我欲によりもたらされている。平和の毒とは、良く言ったものだ。
    戦中には私欲を求めず、お国のためであったものが、戦後は日本復興というお題目を掲げて、資本主義という勝者と敗者が明確となるシステムに変わった。それが何時からか物欲、金銭欲、性欲の追求へと向かい、筆者の憂う日本の今の姿が構成された。
    資本主義の本質は我欲である気がするが、それだけでは導く先に光はない。道徳と言う少しくすぐったい価値観こそが、国民性と言うかそれぞれの国を体現するものだと思う。きっと誰もが現状を良しとしないが、変革は望まない。それが今の日本であり他国も何ら変わりない。戦争を知る世代には、がむしゃらに走ってきた先にあった未来が、今日の姿であることが許せないのであろう。個々が自分の判断で動き、それが周りにも良い結果を招くようになるには。価値観は違えど、根幹は同じになるには?と考えながら今夜くらいは眠ってみよう。

  • 日本人はアメリカにあてがわれた平和の中で情報に埋もれて生への質感を麻痺させ、ぬくぬく暮らしている豚のようなものかもしれない。モノが溢れ返り技術の発達で生活の利便性が高まった現代において彼らの「我欲」は留まるところを知らず膨張し、政治がそのブーブーに応えなくてはならない現状。増税への反対然り。確かに「堕落」だと気付かされた。権利ばかり主張して体も張らずに毎日を無難にこなすことは真に「生きる」ということではないのだろう。個人個人がタフに、ストイックにならないといけない。そこからでないと国は変わっていかないのか

  • 初めて読んだ石原慎太郎の本。私が読みやすい本しか読まないのか、はたまた私の知的レベルが低いのか非常に読みにくい本だった。言い回しがいちいち回りくどい感じがして、日本語をいちいち日本語訳するような感覚で読んだような感じである。言っていることは、まさにそのとおりであるというものが多く、現代人というのは安易に物欲や金銭欲を満たすことができるようになったため、我慢をすることを忘れ、他人対する配慮を欠き、みんな自分勝手になっていることを憂いているといった内容だった。繰り返すが内容は悪くなかったが読みにくかった。

  • その主張思想などの是非は別として、まずとてつもなく読みづらい。おなじみの「です・ます」「だ・である」さらには砕けた口語体のアトランダムな混在は言わずもがな、形容の重曹や論旨の飛躍は年を追う(老う)ごとに酷くなり、この書にて集体し極まった。かねてから「三島もそうなんだよな・・」と感じていたが、ついにあることに思い至った。石原慎太郎の三島由紀夫エピゴーネン願望説だ。文体が同じなのではなく、当初は文士としての憧憬であったものが、その文体、続きその主義思想までをもコピーしたとしたら。そう考えた瞬間石原の言説、行動が瞬時に理解できてしまった。たぶんに感覚的ではあるが、その物言いから漂うなんとなくのホモセクシャル感、その臭いもこの説の証左たりと確信してしまうほどに。

  • 著者の遺書的な書籍だそうだ。坂口安吾の同名書籍の新版ということか。ところどころ著者独特の名調子で語られていて期待通りだ。映画とか小説の引用が出てきて懐かしい感じだった。ちょっと中盤以降ダラけたが、ところどころいいことを言っているだけに気が抜けない。1回読んだらもういいかな。

  • 書いてある内容に関しては、ほぼ異論はないのだが、本のテーマとして、何か足りない。週刊誌の状態。201406

  • この書は3・11の際に著者が発した『この災害は天罰だ』との言葉の意味や背景を丁寧に説明したものとも読めるし、書名の通り、坂口安吾が終戦後間も無く発表した『堕落論』の続編とも読める。二つの著書に共通しているのは『歴史的敗戦』と『歴史的大災害』に直面した日本人が従来の生活感覚の大幅な変容を迫られている事を認識せよと訴えている点にあると思う。明らかに一種の文明論だろう。よって冒頭の『この災害は天罰だ』との言葉はこの現在の日本の文明状況に向かって発せられた言葉であり、3・11直後に言われたが為に顰蹙をかったが、本意は全く別のところにある事は本書によって良く分かった。ただその際に使われている人間の『堕落』と言う言葉の意味、内実は随分と違っている。坂口安吾は、戦前・戦中に謳われたうわべだけの『欲しがりません勝までは』『忠君愛国』『武士道精神』等に非人間性を見ていて、戦後の世相が簡単にその反対に流れてゆく様を見て、それを『堕落』と捉えるが、その堕落を正しく徹底的に堕落しきる事(うわべだけの道徳の仮面を剥ぎ取る事)によって却って、真の自分自身の『道徳』や『価値観』を獲得出来るであろうと見ている。世相は人間の表面的な現れでしかなく、人間の根本はそれ程変わるものではないと言う事で、敢て付け足せば、『人間の本質はそれ程ご立派なものではない』と言っているように思える。反対に石原は人間の本質-ご立派なものでもないかもしれない-が世相の変化などでは説明出来ない、本質的な劣化を来たしてしまっていると言う意味あいで『堕落』と言う言葉をこの書では使用している。この堕落の結果何が起きているか?『政治の体たらく』中でも『卑屈な外交』『米国への一方的な追従姿勢』、一般国民においては『物欲の肥大化』それから来る『家族の崩壊』『子供達への虐待』『子供自体の変質』等々の現状が詳しく述べられている。それではこの原因は何か?著者の以前からの主張である米国からの『おしきせ憲法』と『おしきせ教育』が根本原因で、それから派生する『平和ボケ』『エゴイズムの肥大化』、そして究極的な『価値の喪失感』が人間性の根本を腐敗させてしまっているとの認識である。ゆえに解決策として簡単に纏めると、政治的には『憲法改正』『本格的な道徳教育の推進』『核武装の議論開始』などをあげ、個人的には『我欲を抑えて忍耐すること』『真剣な恋愛をする事』等をあげ『個人として自立する』事の大切さを切々として訴えている。
    核武装の議論開始が必要との主張にはもう少し丁寧な説明が必要だと思うが、そこを除くと石原氏の現状認識と処方箋について全面的に賛成したいと思った。

  • 核武装から集団自殺、恋愛まで・・・
    著者の今の日本を憂う気持ちが伝わった。

  • 著者は坂口安吾の堕落論を読んでいない。
    ということしか分からなかった。
    ぜんっぜん面白くない。

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著者プロフィール

1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第1回文學界新人賞を受賞しデビュー。翌年同作で芥川賞受賞。『亀裂』『完全な遊戯』『死の博物誌』『青春とはなんだ』『刃鋼』『日本零年』『化石の森』『光より速きわれら』『生還』『わが人生の時の時』『弟』『天才』『火の島』『私の海の地図』『凶獣』など著書多数。作家活動の一方、68年に参議院議員に当選し政界へ。後に衆議院に移り環境庁長官、運輸大臣などを歴任。95年に議員辞職し、99年から2012年まで東京都知事在任。14年に政界引退。15年、旭日大綬章受章。2022年逝去。

「2022年 『湘南夫人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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