八日目の蝉

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著者 : 角田光代
  • 中央公論新社 (2007年3月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (346ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120038167

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八日目の蝉の感想・レビュー・書評

  • なんとなく想像していたのとは全く印象の違う物語だった。
    角田さんはやっぱりすごいなと思う。
    何も言えなくなってしまうのだ。登場人物がしでかしたことに。
    あらすじを聞いただけの時は、ひどいとか、こわいとか、言うことが出来た。
    この物語の中の人達は本当にひどいことをしている。今だってそう思う。
    でも、角田さんの文章を読むと、私には何も言うことが出来ないなと思ってしまう。
    その人の不安、恐怖、葛藤、優しさ、弱さ、そういった自分ではどうにもコントロール出来ないものの波にのまれてしまう。
    私も一緒に流されて、もがいてしまう。
    どうにか逃げ出そうとするけど、呼吸をするので精一杯なんだ。
    どうしたらいいのか分からないんだ。
    そういうことが分かってしまうから。

    「どうしてふつうにできないの」と責められるシーンがある。
    その言葉は泣きながら発せられる。
    「ふつう」なんてないことをきっとその人だって知っている。
    自分が「ふつう」なんだと、きっとその人は思っていない。
    でも「ふつう」になりたい。あなたには「ふつう」でいてほしい。そう願っていたのに…。
    そんな想いが込められた言葉だと思った。

    角田さんの小説は「ふつう」という概念をいつもひっくり返してくれる。
    『八日目の蝉』を読み終えた今、「ふつう」じゃない人なんていないような気がしている。
    人間て弱くてもろくて、流されちゃうのが「ふつう」なんじゃないだろうか。

  • とても静かに読み進めた。
    読み終えた後に、ちゃんと残るものがある物語。

    大きく2部構成になっている。
    愛人相手であった人の子(薫)を誘拐し逃亡する希和子の話と、誘拐された子が大きくなってからの話。

    子どもを誘拐することは犯罪。
    犯罪だとわかっていても希和子は薫を本当に愛していた。
    許されることではないけど愛していた。
    守ろうとしていたのは薫と一緒に生きていく生活、自分のわがままだったとしても。

    大きくなった薫は希和子や親を恨むことでしか生きていけなかった。
    歪んでいたけどとても愛されていたことを忘れて。

    大人になると様々な柵がある世界で生きていきますよね。
    小さな子どもって、狭い世界ながらも無邪気に生きていきますね。
    子どもが大人になった時に、幸せだったんだなと思える時間を、親は一所懸命にともに歩みたいと思うんだろうな。

    最後にほろっとさせられる、希望が灯る小説でした。

  • うまいな。という読後の率直な感想。

    最後はお互い気付いてないけど、一瞬でも同じ空間にいた。
    良かったと思えた。

    ドラマも映画も見た事なかったから、
    逃亡の話だけかと思ってたけど、
    その後の薫の人生も凄く感慨深い。
    事件が終わって終了じゃないんだよね。
    関わった者は永遠に終わらない。

  • 読むのは2回目。
    夜、読んでいる途中、子どもの布団にこっそり入り、しばらくじっと顔を見つめた。
    平凡な毎日を過ごせることは幸せなことだ。

  • "満たされている"っていう事実に気付くのは、実はとても難しくて
    "欠けている"ってことに目を向けるとはとても簡単って事を再認識。

    いろいろ話題になっていたから、勝手に話のイメージを作ってしまっていた部分もあったけど
    "欠けている"っていう事実を包んで隠して、もがいていく女性達の群像劇を見ているようでとても面白かった。
    (男性も登場するけど、びっくりするくらい無味だったり一括りにできちゃうような役柄だから…)

    ただラストがちょっともやっとするから、映画でどうなってるのか見てみたい気もする。

  • 震えた。惹き込まれるように夢中になって読みました。

    誘拐犯の心情を描いた第一章、誘拐犯に育てられた少女の第二章。

    2人の気持ちが流れ込むように心を突いた。
    何度も涙目になりながら読み進めましたが、一気には読めなかった。
    本を閉じて深呼吸をしながら読まないと、この物語の雰囲気に飲み込まれそうになる。

    それだけ深く、重く、互いを想う心を作者は言葉1つで、緻密な人間心理を描いています。
    こんなに震えたのは天童荒太の『永遠の仔』以来です。
    角田光代の作品をもっと読みたいと素直に思えました。

    『誘拐犯』と『誘拐犯に育てられた少女』
    安易な物語ではありません。
    でもそこには確かな『愛はあった』
    どんな理由で誘拐をした事実よりも、警察から逃れる逃亡生活の状況でも、
    誘拐犯はその少女を想い慈しんだ。
    その『愛』にまったくの偽りは無かった。
    だからやるせない気持ちになった。

    逃亡途中の母性本能から出た『これからは私があなたに全部あげる。今まで奪ってきたものを全部返してあげる』

    警察に見つかった時に発した『その子は朝ごはんをまだ食べていないの』
    読み進むにつれ、彼女の心が私の心に透過し激しく揺さぶられる。
    悲しい。ただ、悲しかった。
    でも何が悲しかったのかとか説明が出来ないぐらいの喪失感。

    読んで良かったです。今はそれしか言えません。

  • タイトルを初めて聞いたのは映画の予告。そのときは蝉は1週間で死ぬから……など細かいことは考えず、しかし響きに強く惹かれた。角田光代はちょうど随筆集をひとつ読んだところだった。不思議な磁力のように出会った、なんと本書を母が偶然借りてきたのだ。縁があった▼印象的な冒頭から夢中になる。気づいたら一章が終わっていた。希和子の味方になっていたから、すべてを憎む薫に当初とまどった。最終的には、〝八日目の蝉〟たち全員が愛しく思えた。死ねず、強くなるものも目をそらすものも。「無知の知」から、はじまる。たくましく生きたい。

    ボリュームとてもある。
    疑問点はふたつだけ。
    ・火事は伏線ではなかったのか?
    ・島の子供たちの遊びって伏線じゃなかったの? なんだったの?
    ・タクシーの運転手〝初老〟と〝年老いた〟は、同一人物なのか?

     「八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ」

    ひどく暗い気持ちになったとき私も思っていた。生きすぎたのではないかと。いまはちがうとわかる。しんどいことでも、知れたなら喜びだ。八日目の蝉でもいいから、人は生きつづけなければならない。
    そうすれば一瞬の人生にさえ、この本のようなすばらしい彩りが与えられる。ゆるされる、認められる、茶化される、なぐさめられる。
    恐れずまっすぐに生きることをこの本から学んだと思う。知ることを恐れない。がらんどうなんかじゃない、私が誠実に生きつづけるなら。
    千草が好きだ。彼女のようにだれかに寄り添うことができたら――人生の目的なんてわからないけれど、それだけで幸せで、それだけで生きている価値があると思えるのだ。

  • ミステリのように読み進めていくけれど、途中から人物の感情の渦に巻き込まれて、ミステリじゃないことに気づく。
    「逃げて逃げて逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか」
    本当の親子ってなんだろう。
    罪を犯しても、愛情を注げば本当の親子になれるわけじゃないけれど、それでも薫を想う京子の愛こそ、本当なんじゃないかと思う。
    愛ってなにか。幸せってなにか。
    じわじわと考えさせてくれる本だった。

  • 加害者・被害者
    この線引きは誰にもわからない
    そんなことを 蝉の一生になぞらえたのか?
    読み応えのある構成で 映画もどう作られてるのか
    興味が出てきたので 是非見ようと思う。

  • これまでの角田作品とは違った雰囲気で、発売されてもなかなかすぐに手を出せずにいたが、意外なまでの「濃さ」に戸惑いつつも一気に読んだ。
    不倫の末中絶した主人公希和子は、相手の赤ん坊を誘拐して逃亡。立派な犯罪だが、慣れない育児に奮闘しながら母と子の絆を強めていく二人に、私は自分と娘を重ねて読んでいた。偽りの母子なのに、切ないほどに純粋で。希和子を本当の母と信じて疑わない薫の姿がいじらしく、ずっと二人が一緒にいれたらいいのにと願いながら二人の逃亡を応援した。
    第二章は、本当の家族の元に戻った薫改め恵理菜のその後。歪んだ家族の姿が辛く、特に母親には同情しつつも共感できなかった。本当に裁かれるべきなのは誰なんだろうと何度も問いながらページを繰った。
    息苦しい日々を経て恵理菜が下す決断、そしてエピローグ…。何だか客観的には読めなかった。フィクションとわかっていても自分の理性が吹っ飛んでしまい、部屋でひとりで読んでいたら、間違いなく号泣していたと思う。
    何が正しくて何が正しくないのか、そんなことはどうでもよく、辛いながらも確かに幸せだった束の間の「母」と「子」の日々。何か言えない事情を抱えていると薄々感じつつも、彼女らを助けてきた人々も確かに幸せだったのだ。
    何よりも、心を揺さぶられたのは子供のあどけなさだ。主人公が窮地に追い込まれてるときだからこそ、生きる力を与えてくれる子供のやわらかさ、無垢な微笑み、その存在。
    そして、角田さんの作品を読んでいていつも思うが、彼女が仕掛ける「泣き」の地雷、これが何ともさりげなく、でもとても切なく、今回も踏みまくって涙が止まらなかった。
    軽く意表突きながら、これまでの作品で読者に提示してきたテーマを発展させ、でも根っこにある優しさは変わらずにある。この角田さん「らしさ」を維持しながら、彼女はどこまで成長を続けるんだろう。この本に出会えてよかったと心から思う。
    また言ってしまうけど…フィクションとわかりつつも、希和子と恵理菜のこれからの人生に幸あれと願わずにはいられない。

  • 愛はたとえ、血が繋がっていなくてもあるのだろうか?
    好きだった相手にボロボロに捨てられて、その家にいた赤ん坊に愛情を注ぎ育てたいと思い、誘拐してしまう。いつばれて捕まるのかとハラハラしながらも、愛情いっぱいに赤ん坊を育てるひたむきな姿に、最後が憐れで仕方ない。
    短い中の生活だったが、幸せであったと思う。

  • 2016/02/18

    最後二人がすれ違うのがなんとも。
    けれどそれでいいんだと思える。
    それぞれの行く先には光が見える気がします。
    瀬戸内からフェリーを見たら思い出すだろうなぁ、この本。

    「緑のきれいなころに生まれるねぇ」が印象に残った。

  • 2015.9.12再読
    好きで好きで何度も読んだ一冊。何度読んでも苦しい。自分が母親になって改めて読むと、また苦しい。

  • 映画よりも面白いが、映画もよかったよ。

  • 独身の時に読んだ時はなんだか暗い話だなぁ…ぐらいしか思わなかったが、結婚して子育てしている今読んだら、母親という存在について改めて考えさせられる一冊になりました。

  • テレビで三浦靖子がおすすめしていて読んだ本。母と子について考えさせられる。将来子どもができたらそのあとにもう一回読みたいな。

  • 新聞に連載されていたとのことだが、それがうなずけるハラハラドキドキ感で、主人公に(犯罪者とはいえ)感情移入し、早く逃げて、と思わされた。
    犯罪は加害者も被害者もその周りをも不幸にする。罪を犯さず暮らしていることがいかに幸せか、しみじみ考えさせられた。たとえ平凡であたりまえでつまらないと感じても、お金では買えない恵まれた生活なのだと。
    また、加害者も被害者も、加害者が捕まって終わり、ではなくその後も生きていかねばならない。とても難しいことだが、人間は、いつでもやりなおせる、生きていける、そう思わせてくれる本だった。

  • 映画化した時は、観ないだろうなぁ、と思ってた。
    でも本を偶然手にして読んでみたら、どんどん世界にひきこまれた。
    心の中がザワつくのに、最後はなんだか美しい・明るさをおぼえた。

  • 自分を愛してくれた人には妻がいたけど、一緒になることを約束してくれた。すべてに裏切られたような、疲れ切ったときにせめて彼の赤ん坊を一目見ようと思うが、女は赤ん坊を誘拐してしまう。

    女は赤ん坊を薫と名付け数年間生活を共にする。何度か潜伏先を変えるが、彼女が求めたのは平穏な生活だった。薫が小学校に上がる前の年齢で彼女の逃亡は終わる。

    かつて薫と呼ばれた少女は本来の恵理菜として生みの親の元に戻っていたが、自身に対する違和感は拭えない。大学に通っていながら愛人を作り、子どもを身ごもり、女と同じように不倫をしている自分がわからない。
    女と暮らした日々を思い出しながら、恵理菜はかつての生活の地を訪ねる。

    ----------------------------

    子を生んだときに親になるんじゃなくて、
    子と一緒に生活して世話をしていくなかで、女は母親に、男は父親になっていくのかななどとうじうじ考えながら読んだ。
    生活のなかですべてはつくられる。人生は毎日で、毎日とは生活のことだ。失恋も挫折も成功も生活の一部だ。

  • 前半の"逃亡者"の愛情深さに感情移入していると、ぷっつりとしあわせな、いびつでもろいしあわせな時間が終わる。その後、"被害者"の視点から、"逃亡者"がしたことは何だったのかを想い、ふと我に返る。わたしは、いままで、誰に強く共感していたのか?
    誰が悪いか、わからないと思った。そもそも、いい・わるいは、誰かが決めることでも、決められることでもないのだと思った。わたしたちの人生は、その境界をあやうい足どりで歩いているようなものかもしれない。だけど、きちんとだれかを想うことは、わるくないな、とわたしは思う。
    ぴりりと辛く、それでいて救われる物語。

  • 映画にもなってたな、という知識だけで、図書館で何と無く借りてみた。
    不倫相手の赤ちゃんを誘拐した女と、その赤ちゃんが成長した後の話。主要な登場人物は女性ばかりなので、感情移入しようもなかったが、女性が母になる苦しみや葛藤、喜び、救いのようなものが見事に描かれていたように思う。読んで疲れてしまった。。。

  • 不倫相手の子を誘拐した希和子。その4年間にわたる逃亡を希和子の視点で、その後や事件を客観的に薫視点でかいていて面白い。
    家族って何なんだろう?って思ってしまう一冊。でも、ラストは幸せとか、未来とかを感じされる。

  • 私は今こうして普通に生きてますが、それって案外難しい事なのかもしれないなと思いました。
    普通に働いて結婚、子どもができ、それなりの家を手に入れ、裕福ではないけどまぁそんな困窮するほどでもない生活を送る日々、そんな特筆すべき事もないような日常を、本当に、平凡な生活だと思いますが、そんなものでも喉から手が出るほど欲しい人っているものですよね。
    そもそも不倫というねじれから生まれているので、主人公にも非があるものなのですが、そもそも性善説では誘拐した女が悪い、不倫をし関係はグズグズだけど誘拐された親は被害者という設定になり、世界で一番悪い女に誘拐されたと唱えられ続けた場合、そりゃ性善説に従い、その女との生活が良かったと思う自分に対しても罪悪感を抱くのは当然のことな訳で。

    性善説って、いったい誰が決めたんですかね。いったい、なんなんですかね。

    多分、これを読んだ多くの人が感じたように私も、薫と呼ばれ小豆島に暮らしていた頃が一番楽しかったんだろうな、なので戻りたいと思ったんだろうな。

    とても面白かったです。泣ける泣ける。角田光代作品の中で最高に面白かったと思う。

  • 不倫の末、子どもを堕胎させられた「希和子」。
    彼女は不倫相手の娘を誘拐し、4年間逃亡生活を続けた。
    そして時は過ぎ、誘拐犯に育てられた「恵理菜」は19歳に。彼女の葛藤は――

    この小説はリアルさが身上だ。
    「4年もの間、誘拐犯が愛情を持って子供を育てる」という実際には起こり得ないような物語を、実にリアルに描き上げている。

    不倫相手の散らかった家。毎朝20分、玄関の鍵すら開けっぱなしの家で一人ぼっちにされる赤ん坊。子供を産むことができなかった希和子の哀切。

    「誘拐犯の心情なんて理解できるものか」と吐き捨てたいところだが、希和子の心の動きはとても丁寧に描かれていて、我がことのように切ない。

    ただ後半、誘拐された恵理菜が紆余曲折を経て、「みんな『なんで自分が』こんな目に・・・と思いながら生きてるんだ」という結論に達するのがどうも・・・綺麗事のように思えて。いくら大変でも、やっちゃいけないことって、ある。

  • 自分を捨てた男の子供を誘拐し、数年に渡って逃亡・・

    主人公の葛藤と逃走のスリルを描いた作品かと思って
    読み始めたが、全く違って驚いた。

    母親の愛を静かに淡々と描いた名作。

    本当の母親ではないし、犯罪者と被害者なのに、
    二人の間に確かにあったのは、親子の愛情そのものだと思う。

    ストーリーもテンポよく、感動して泣きながらも一気に読めた。

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八日目の蝉の作品紹介

逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるのだろうか。理性をゆるがす愛があり、罪にもそそぐ光があった。角田光代が全力で挑む長篇サスペンス。

八日目の蝉のKindle版

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