八日目の蝉

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (346ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120038167

感想・レビュー・書評

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  • 図書館で見かけてどうしてもまた読みたくなって借りてきた。
    基本的に一度読めば満足するのに。
    八日目の蝉は他の蝉が見られなかった景色が見られる。
    見られたかな。希和子も。薫も。
    どうしても希和子と薫がまた再会できる未来を祈ってしまうけど、絶対にそれは叶わない。
    だからせめて幸せでいますようにと願いながら本を閉じた。

    • ちゃたさん
      翠さん、こんにちは。
      ブクログアワード受賞おめでとうございます( ^-^)∠※。.:*:・'°☆
      読書量がすごくてびっくりです。
      八日目の蝉...
      翠さん、こんにちは。
      ブクログアワード受賞おめでとうございます( ^-^)∠※。.:*:・'°☆
      読書量がすごくてびっくりです。
      八日目の蝉、再読したい作品ですね。希和子のしたことはいけないのに、逃避行を応援してしまいました。映画版もよかったです。
      2024/02/10
    • 翠さん
      ちゃたさん、こんにちは(^^)
      ありがとうございます(๑>◡<๑)
      みなさんのおかげです♡

      私芸能関係?疎くて映画化していたことも知りませ...
      ちゃたさん、こんにちは(^^)
      ありがとうございます(๑>◡<๑)
      みなさんのおかげです♡

      私芸能関係?疎くて映画化していたことも知りませんでした。。
      そうなんです、ついつい希和子を応援してしまって。
      ラストはお互い気付け!と思わず念じてしまいました。
      映画版も今度観てみたいなぁ♪
      2024/02/10
  • 『遠ざかれば遠ざかるほど、色鮮やかになる。人の記憶とは、なんと残酷なんだろう。』

    希和子と薫を見ていると、何が「真の親子」なのだろうか?と考えさせられました。

    希和子といると、住民票も戸籍もない状態なので、社会的身分が存在しないため、学校に通えないのは明らか、家族の元へ返されるのは合理的だと思います(そもそも誘拐ですし笑)。
    ただ、その後の薫の苦悩から、本当にそれで良かったのかな?という思いもあります。
    誘拐されなければ普通の家族で幸せになれたのでは?と思いたいですが、不実の父親とヒステリックな母親を見るに本当にそうなれたのか?という疑問も浮かび、(タラレバを言えばキリがありませんが)いろんな世界線の薫を想像してしまいます。

    タイトルにもなっている「八日目の蝉」の解釈が、登場人物の前を向いていく姿を示していて印象的でした。
    「…七日で死ぬって決まってるのに死ななかった蝉がいたとしたら、仲間はみんな死んじゃったのに自分だけ生き残っちゃったとしたら…そのほうがかなしいよね」

    「…八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ」

    最後に、物語の舞台となった小豆島の描写が気に入ったので記録しておきます。
    『(あの島で生まれる)子どもはきっと、凪いだ海を、浮かぶような島々を、風にはためくオリーブの葉を、高く澄んだ空を、目を開いてすぐに見るだろう、島に漂っていたお醤油のにおいを思いきり吸い込むだろう、そして安心するのだ、暗い場所から出てきた先が、自分を祝福するように美しいことを知って。』

    一見して終始暗い話の中に、一筋の光をもたらす自然の力は素晴らしいなと感じました。

  • 泣けました。愛憎の定義とは何なんだろうか?
     
    希和子の言葉に涙が止まらなかった。
    「愚かな私が与えてしまった苦しみからどうか抜け出していますように。どうかあなたの日々がいつも光で満ちあふれてますように。薫。」
    薫の朝ご飯を心配する希和子の姿。もう母親でしかない。

    八日目の蝉の意味は薫と希和子の小豆島で愛に溢れた二人の生活と捉えました。

    0章の茶化すみたいに、認めるみたいに、なぐさめるみたいに、許すみたいに。出会い。
    そして、2章で二人の愛は正にそれと意味し祝福するかの様に瀬戸内海の海面が光かる。

    小豆島の写真館で撮った同行二人の姿を思い浮かび涙が机に光かった。



  • どうしても誘拐犯を贔屓目に見てしまうのは何故だろう。被害者やその家族も一生辛い思いをしなければいけないのだろうが。

  • 八日目の蝉はひとりぼっちで孤独のイメージがあったがこの本を読んで新しく気づかされました。人生無駄なものはないのだなと。薫は境遇も特殊で孤独な思いをすることばかりだったけど、それでもあの人と一緒に暮らした、生きた、断片的だけどあの暮らしを今も思い出して大切に心の奥にしまっているところから強く感じました。

  • とても静かに読み進めた。
    読み終えた後に、ちゃんと残るものがある物語。

    大きく2部構成になっている。
    愛人相手であった人の子(薫)を誘拐し逃亡する希和子の話と、誘拐された子が大きくなってからの話。

    子どもを誘拐することは犯罪。
    犯罪だとわかっていても希和子は薫を本当に愛していた。
    許されることではないけど愛していた。
    守ろうとしていたのは薫と一緒に生きていく生活、自分のわがままだったとしても。

    大きくなった薫は希和子や親を恨むことでしか生きていけなかった。
    歪んでいたけどとても愛されていたことを忘れて。

    大人になると様々な柵がある世界で生きていきますよね。
    小さな子どもって、狭い世界ながらも無邪気に生きていきますね。
    子どもが大人になった時に、幸せだったんだなと思える時間を、親は一所懸命にともに歩みたいと思うんだろうな。

    最後にほろっとさせられる、希望が灯る小説でした。

  • 愛はたとえ、血が繋がっていなくてもあるのだろうか?
    好きだった相手にボロボロに捨てられて、その家にいた赤ん坊に愛情を注ぎ育てたいと思い、誘拐してしまう。いつばれて捕まるのかとハラハラしながらも、愛情いっぱいに赤ん坊を育てるひたむきな姿に、最後が憐れで仕方ない。
    短い中の生活だったが、幸せであったと思う。

  • 不倫相手の子を誘拐した希和子。その4年間にわたる逃亡を希和子の視点で、その後や事件を客観的に薫視点でかいていて面白い。
    家族って何なんだろう?って思ってしまう一冊。でも、ラストは幸せとか、未来とかを感じされる。

  • 読むのは2回目。
    夜、読んでいる途中、子どもの布団にこっそり入り、しばらくじっと顔を見つめた。
    平凡な毎日を過ごせることは幸せなことだ。

  • 肉体的に母親になれない女と、精神的に母親になれない女に育てられた娘の話なのかなぁ、と。
    どちらが幸せかなんて、本人にしか判らない。

    川原由美子さんのマンガ「観用少女」の第6話「嵐」と重なった。
    幼い頃誘拐されていた娘が親元に帰るんだけど、うまく馴染めない。
    だけど、自分の過去に向かっていき、誘拐した親と対面し、踏ん切りをつけ歩き出す、という短編。

    人は過去に引きずられる。
    過去の自分も一回まるっと飲み込まないと、前に進み憎いんだろうね。
    嫌なことも楽しかったことも、自分ではどうにもならなかった理不尽さも全部、それが自分なんだって。
    そういう意味では、重い話ではあるけれど、とてもさわやかな読後感。

著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年『幸福な遊戯』で「海燕新人文学賞」を受賞し、デビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で、「野間文芸新人賞」、2003年『空中庭園』で「婦人公論文芸賞」、05年『対岸の彼女』で「直木賞」、07年『八日目の蝉』で「中央公論文芸賞」、11年『ツリーハウス』で「伊藤整文学賞」、12年『かなたの子』で「泉鏡花文学賞」、『紙の月』で「柴田錬三郎賞」、14年『私のなかの彼女』で「河合隼雄物語賞」、21年『源氏物語』の完全新訳で「読売文学賞」を受賞する。他の著書に、『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『月夜の散歩』等がある。

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