シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120040283

作品紹介・あらすじ

好きなものがありますか?極めたいことは何ですか?-ベストセラー『ウェブ進化論』の著者が「思考の触媒」として見つめ続けてきたものは、将棋における進化の物語だった。天才の中の天才が集う現代将棋の世界は、社会現象を先取りした実験場でもある。羽生善治、佐藤康光、深浦康市、渡辺明ら、超一流プロ棋士との深い対話を軸に、来るべき時代を生き抜く「知のすがた」を探る。

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  • #3146ー203ー440

  • 将棋と情報化社会。AIが進歩した現在こそ、改めて考えてみたい。ひとは何のために生きるのか。

  • 1

  •  変わりゆく現代将棋界は、最初の30手から積極的な展開をしている。
     それをけん引しているのは羽生善治氏。
     彼は得意戦法は持たず、気風にこだわらずよい戦法を積極的に取り入れる「オールラウンドプレーヤー」でもある。しかし、これは、すべての戦型に精通し、苦手がないことを意味する。
     また、インターネットの普及で上質の知識が氾濫すること(知のオープン化)で、皆が一定以上の技術が身につけられる「知の高速道路理論」を予見し、そこから抜け出すのは「量が質に転化する」瞬間を超えられるかどうかとしている。


    <i>・将棋界は社会現象を先取りした実験場
    今になって思えば、ビジョナリー・羽生夢治は、インターネット時代が到来する前か
    ら「知のオープン化」と「勝つこと」を両立させる挑戦を始めていた。将棋
    界の革命的変化を主導し、現代将棋の扉を開きながら「情報技術革命」の
    進展を模目で眺めていたのだ。
    そんな営みを続けていたからこを羽生は、「情報革命」についての最先端の思
    想を、自らの頭脳の中からオリデナルに創出できたのだろう、そのエッセンスの一つが
    「高速道路論」だったわけである。
    その他のテーマでも、たとえば?の中の進歩と知的財産権の在り方について羽
    生はこんなことを語っている。
    ≪みんなで強くなっている感じはありますね。そのときに、「知識の共有が最適の
    戦略だ」とみんなが認識するかどうかが、すごく重大な問題だと思うんです。
    「俺の秘策は教えない」とかいう人が出てきたら、オープンにすることで一緒に
    成長するという前程が崩れてしまうので。(中略)権利関係がないおかげで、
    ここまで急速に進化してる面もある。あまり厳格に決めないほうがいいとも
    思うんです。だから「知的財産権をなくした世界はどうなるのか?」というモヂ
    ルケースとして見て下さい。「自分が隠しもっている意味はあまりない」という世界で、いっ
    たい何が生まれてくるのか。≫<「歩を「と?」に変える人材活同街」>
    将棋の世界は、いくら新手を創造しても、それを特許や著作権で守ることなど
    できない。しかも誰かがどこかで一度指した手は、瞬時に伝達されて研究
    される。しかし、そんな「情報革命」が進行するこの巌しくて大変な時代も、皆
    で一緒に進化・成長できる良い時代と考えることができる、こういう時代
    を生きているからこそ将棋の真理の解明も早く進むのだ、そう羽生は認識
    しているのである。
    先に述べた「高速道路論」においても、将棋の世界の「学習の高速道路」
    が、社会全体の他の領域における「学習の高速道路」よりもどんどん整備
    されているという意味で、将棋界が「社会全体でいずれ起きることを先取りした実
    験」をしている、と見ることができる。
    そういう時代こそ創造性が何にも増して重要であると、羽生はこんなふうに語る。
    ≪創造って、手間も時間も労力もものすごくかかるから、簡単に真似されると報われませ
    ん。私も対局で新しい試みをやるんですが、ほとんどはうまくいかない。仮にうま
    くいっても、周囲の対応力が上がっているので厳しいものがある効率だけで考え
    たら、創造なんてやってられない。(中略)でも、逆に考えると、創造性以外のもの
    は簡単に手に入る時代だともいえるでしょう。だから、何かを創り出すのは無
    駄な作業に見えるけど、一番大事なことなんじゃないかと。それ以外のことでは差
    をつけようがないので、最後は創造力の勝負になろんじゃないかと考えています。≫(同)
    羽生が最後に言う「創造性以外のものは簡単に手に入る時代」とは、産業の世
    界の「何もかもがコモディディ化していく時代にどう生き残るか」という議論その
    ものである。
    厳しいながら、権利のない世界のほうが進歩が加速する。だから、進歩を最
    優先事項とするなら、情報の共有は避けられない。そういう新しい世界では、
    「効率だけで考えたら、創造なんてやってられない」から、一見モノマネをして安
    直に生きるほうが正しいかのようにも見える。「状況?の対応力」で生き抜く
    のが理にかなっているようにも見える。しかし、無駄なようでも創造性を生も
    うとする営みを続ける以外、長期的には生き残るすべはない。突き詰めて
    いけば「最後は創造力の勝負になる」のだと、羽生は考えるのである。


    ●ビジョナリー・羽生善治
    そして、羽生は「高速道路論」のその先についても思索を深める。
    羽生の仮説は「量が質に転化する」ときに生まれる価値こそが新時代の創造性やイノベーションのカギを握るのではないかというものだ。
    ≪いまは、知識の雪だるまを作っているような段階です。どんどん蓄積して、どんどん分析することで、雪だるまが急激に大きくなっている。転がり続けてます
    から。でも、その雪だるまって、どこまで育つかまだ分からないんですよ。そのデータ
    ペースがかなりの量を綢羅していったときして。ひょっとすると相?的な効果が生
    まれてくるかもしれませんよね。誰も予想していなかったイノベーションが起こったり。≫
    この文章は、グーグルの創業者たちが話った英語をやさしい日本語に翻訳したものだ、といっても
    語も疑うまい。グーグルの「情報についての最先端の思想」と同じものが、羽生の頭脳からオリ
    ジカレに導き出されているのである。
    シリコンバレーのグーグルは「世界中の情報を整理したくす」ことで、量を質に転化させ、
    破壊的イノベーションを起こそうとする会社だ。羽生は将棋の世界の情報について、
    グーグルは世界中のすべての情報について「量が質に転化する瞬間があるはず」
    という同じ仮説を持ち、羽生はその仮説をコンピュータによってでなく、自らの頭脳の中で
    検証しようとしている。
    羽生は、高速道路の先の大渋滞を抜けることと「量が質に軟化する」ことは深
    くかかわってくるはずだと考えている。そして、この仮説をめぐる何らかの新しい事象も
    社会が変化するよりも先に、限定的空間である将棋の世界でビュアな形で
    発現するに達いない。将棋界でこれから起ころうとすることは、私たちの社会の
    未来を考えるヒントに満ち、膨文な情報に向き合う人間と社会に何がおこるの
    かを知るためのモデルのひとつなのだ。
    ふつうは、技術が進歩する速度にあわせて人間がどう変わるべきかを必死で考えて
    追いつこうとするものなのに、将棋の世界では、棋士という人間そのものが技術を体現した
    存在であり、人間が進歩する力、推進力にこそすべてがある。そう考えるとあらためて、棋
    さたちの頭脳のすさまじさ、他の世界との異質さを感じざるを得ない。
    ある時代に登場するリーダーの特質は、その時代の性格を映すものである。天才的
    研究者の資質と未来の洞察に優れたビジョナリー能力を?ね備えた、羽生善治
    という稀有な日本人が、他の世界にではなく将?界に現れたことは、情報化社会
    たる現代を象徴しているとも言えるのだ。
    </i>

    <棋士という人々>
     また、羽生は相手が悪手をさすと、嫌な顔をする(笑)
     美しい棋譜を共同で創っていくのに、そのチャンスが潰れてしまって嫌な気がするそうな。その姿は真理を探究する科学者のようである。

    <i>P123、糸井(重里)さんは「(棋士たちは)純粋なんですよね」ということばで、彼
    らの本質をずばり指摘したが、棋士たちの人間的な魅力は、少年の日から、そ
    にこれからもずっと将棋一筋に生きていくという「純粋さ」ゆえにかさし出さ
    れているものだ。(略)
    自分の志向性にぴったりあった対象を少年時代に発見し、それを職業にで
    き、「好きなことをして飯が食える」ようになった彼らの人生に、私たちは羨望の気
    持ち抱きつつも、その苛烈さに気づき、自分たちが生きている曖昧な世界の
    居心地の良さを改めて感じたりする.
    そんな世界で生きる棋士たちの素顔は、私の目にはどんなふうにうつったか。
    とにかく.まず、おそろしく頭がいい。地頭のよさが抜群で頭の回転が速く、記憶
    かもいいから、話が面白い。自信に満ちている。会話の中で、相手の真意を察する能
    力にも、びっくりするほど長けている。だから会話がスムーズに進んで心地よい。
    そして組織人とはまったく違う,そして技術者、芸術家、学者とも違う、不思議
    で素敵な日本文化を身体にまとっている。ときおり無頼の匂いがする。宵越し
    の金は持たぬという職人気質もみえる。しかし、礼儀正しく、若くても老成した
    雰囲気がふっと漂う瞬間がある。物事に対してすごくまじめで、何事も個が
    すべてだという感覚が当然のごとく人格にしみこんでいて、自分で物事をさっと決
    めてその責任を引きうける潔さが、何気ない言葉の端々からうかがえる。時間的な
    制約にとらわれない生活をしているせいか、酒飲みが多く、遊ぶことにも貪欲だ。
    凝り性なのだろう、趣味や遊びに対しても、持ち前の記憶力で細部にこだわ
    る風がある。そして、将棋や将棋界を受する人たちを大切にする気持ちを彼ら
    は心から持ち、将棋を通して人々と深くつながっていくことができる。棋士たち
    から私は、そんな印象を受けた。


    (2008.羽生挑戦者と佐藤?聖の対戦がすんでから)私が印象深く思ったのは.
    勝者の佐藤?聖?敗者の羽生挑戦者が終局のとたん、二人で作った棋譜から
    適度な距離を置き(デタッチして)、健全な批判精神をもって、第三者のように?り
    始めたことだった。この感じは、感想戦が終わるまでずっと続いた。自分の研究成
    果であろうと、皆と一緒になって批判精神で眺め、活発に議論する欧米の科学
    者たちを?ているのような??を?えた。
    対局者の二人は感想戦では.ただただ.こんな言葉をくり返すばかりなのだ。
    「いやぁ難しいですね」
    「わからないですね」
    (略)
    二人の感想戦は.ただただ.こんな言葉が?なったものだった。
    (?)
    佐藤棋聖と羽生挑戦者の感想戦は、二人にとってきっと至福の時間なの
    だろう。
    傍で見ていて、私は本当にそう思った。
    そこには勝者も敗者もおらず、科学者が真理を探究する姿だけがあったのだ。


    P136.棋士たちの集団をみていると、ふと、シリコン・バレーの技術者集団と
    似ているなと思うことがある。シリコン・バレーの技術者連中の中にも、十人に
    一人くらいの割合で、すぐれて社会性を秘めたタイプがいる。こういう人た
    ちが.のちに技術者出身ながら経営者に転ずることが多い。逆に若い頃
    からあまりにも社会性を強く持ちすぎていると、一つのことへの集中が途切れ
    やすく、一途に一つの技術的専門を究めていく競争の段階で負けてしまう。

     (渡辺明プロ)
     (羽生善治という圧倒的な大御所が君臨する中で、追いかける後輩の立場は苦しい、としたうえで)与えられた環境下で、早く大事を成し遂げるには、自らをとりあえずしばらくは「相対的な弱者」だと規定し、何かに狙いをつけて「洗濯炉修中」をして勝負していくことだ。これは野心を持つ世界中の若者たちが共通に有する思考回路であり、彼もその例外ではなかったと思う。



    </i>

    筆者は将棋も野球と同じく「見巧者」を増やそうとしている。そのため、オンライムで伝えら得る「ウェブ観戦記」を行った。

    <i>P88(ウ?ブ観戦記をするにあたって)鮨屋が開店前にカウンターに鮨ネタを
    すべて並べておき、客の注文に合わせてさっと鮨を握るように、ひょっとして?うか
    もしれない素材群へ瞬時にアクセスできるように準備してあればいい。そうし
    ておけば、対局場では、観て考えたこと?過去さまざまな素材が勝手に
    動き出し、興奮した頭の中で構造化されていく流れに身を任せ、控え?に
    戻ってからウェブ上のプライベート情報空間にアクセスし、想起された素材群
    を引っぱり出しながら文章を構築していけば、一気にたくさん書けるからだ。
    私は.対局の一ヶ月前から(略)(二人の過去の著作。雑誌のBack Number,対談
    の記録等)さまざまな言説などから、これぞ「肝」だと感じた箇所だけをすべて抜き書きしウェブ上のプライベート空間に筆写し、観戦記執筆時点でアクセス可能な脳の外部記憶装置を準備した。それがまんの用意した「構え」であっ
    た。
    (略)(瞬時に、正確に思い出さなければ)リアルタイムで書くことにおいては
    何の役にも立たない。だから、ふつと思い出すだろうことのほぼ全ての「肝」の部
    分だけを、やめ電子化されたテキストの形で瞬時に検索できるようにしておいた
    のだ。

    P99、野球のようなスポーツは、ルールによって行動が制限された小宇宙であるとは
    いえ、多様性をよみがえらせてくれる王国なのだ。野球のゲームは舞い散る
    雪片に似ている。それは.はかなく消える。そして、雪のひとひらひとひらは、すべて異
    なった形をしている。しかし、雪片の多様性を見きわめるためには、他のどんなスポー
    ツよりも見識が要求される。野球を見る楽しみは、見る側の歴史感覚によって
    左右される。鍛えられた目には、野球の美しさが見える。年季の入った野球ファン
    は、そんな目をもっている。(中略)野球は言葉のスポーツだ。
    (中略)野球は映像文化よりも文学にこそふさわしい表現形態なのだ。野球のゲームは秩序正しく
    行われる(中略)文章と同様、野球の試合には連続した流れがある。パラグ
    うつと同様、ひとつひとつが前後のつながりのなかで進行していく。それを楽
    しむには、まずそれを読むことができなければならない。野球を楽しむ
    には、野球の言葉を読むことがもとめられるのだ。
    <野球術、下巻>
    </i>

  • ブックオフで100円で購入。
    掘り出し物。
    天才が努力した羽生さんは、超人です。

  • この本で将棋の地平が拡がったことは間違いない。

  • 「将棋を指さないディープ将棋ファン」(「ウェブ進化論」の梅田望夫)による、これから、「将棋を観ようかな」と思っている読者のための将棋界の紹介本である。臨場感タップリの棋戦レポートとインタビュー等から構成される。将棋界は現在旬,一番面白い時代のようである。「盤上の自由」がない時代に「定型は指さない」と宣言し、初の名人戦に23歳で挑み、その後も自身の戦略等を惜しげもなく公開し、「知のオープン化」を進める革命家の羽生善治。「将棋は神の創りしもの」と真顔で語り、勝っても負けても子どものように泣く佐藤康光。「羽生に殴り合いだったら負けない」との自負心で、才能がないと言われつつも、故郷の応援を背景に、12歳で上京し、30代半ばを過ぎてトップに上りつめる深浦康市。羽生に3敗後に4勝し永世竜王となった若き渡辺明。羽生を中心にこの4人が紹介されるが、本当に面白く、ワクワクして読んだ。同著者の「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか」より一般人にはこちらの方が読みやすい。

  • 将棋が強くなるために必要な情報の整理が進み、その整理委されて情報をわずかなコストでだれもが利用、共有できるようになり、しかもその内容は日々更新されるようになった。

    ネット上にできた学習の高速道路はリアル世界での物理的な距離ゆえのハンデをなくした。

  • 将棋に詳しくなくても読んで楽しめる。

  • いやー面白かった! やっぱり将棋棋士って最高です。

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