象が踏んでも―回送電車〈4〉

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著者 : 堀江敏幸
  • 中央公論新社 (2011年5月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120042355

象が踏んでも―回送電車〈4〉の感想・レビュー・書評

  • 堀江敏幸さんのエッセイ"回送電車シリーズ"の第4弾。
    40編をこえるエッセイがおさめられています。

    著者の接した小説や評論、身の周りモノにまつわるこだわりや、心のひっかかりが、"もうひとつ奥"まで探る視線で綴られています。

    堅実な時刻表のなかで限定された融通無碍をめざす回送電車主義。
    こうコラムを書く姿勢をたもちつづけながら、最初の1冊とくらべるとさらりとした文体がふえ、多くの人に読みやすくなっています。

    取りあげられる題材も、
    作家の他に大学で教える著者の学者仲間や研究生たちとの様子や、
    「河岸忘日抄」や「雪沼とその周辺」「めぐらし屋」といった小説のうまれた背景やその頃のようすがとりあげられ、守備範囲のひろがりを感じます。

  • 面白かった。IIIはまあまあだったのに、今回は面白かった。特に、中盤。この人の文章の、そのリズムというか、スピード感というか、そこらへんが、とてもとても、僕は好きだ。(12/3/26)

  • 堀江敏幸「象が踏んでも 回送電車IV」読んだ。http://tinyurl.com/3b5t7k8 散文と論考の他に、作品の背景に触れられていて興味深く読んだ。寺田寅彦とモーリヤックと長谷川四郎についての文章は、そのまま堀江敏幸自身の作品/文章の特徴でもあるなと思ったり。(つづく

    4冊目は論考割合が多かったような。創作とも身辺雑記ともつかない曖昧世界がわたしにとっての堀江作品の魅力なんだけど、今回みたいな論評や作家論もたくさん読みたい。読書ガイドとしてはマニアックかもだけど、無数の未知の作家がそれぞれに魅力的な世界を提示していることを知れる。(おわり

  • いつもどおり、自作ができた種明かしには心地よい驚きがありつつ、心を打たれたのは堀江さんがフランス留学中に祖父母を亡くした話。いまに比べれば、もう少し日本と欧州の行き来は心理的な遠さを伴っていただろうし、いまだにそのときを思い返している筆者の心中を想像するとひとごとと思えず痛々しい。もしかしたら、祖父母や両親を介護・看病し、その死に目にきちっと立ち会える人、の方が数少ない幸運な人たちなのかもしれないけれど、そうありたかったと思い返すことの悲しさ。

  • 回送電車もいつの間にか4冊目。

    微妙な感覚ともつかない感覚を、言葉によって繰り出す様が見事だと思ってしまう。やはり「巧い」作家だなあと思ってしまう。「巧い」というのは適度に抑制が効いているということでもあるかと思う。堀江さんの特に短い書評には、「私はこれがとても面白かったので他の方も読んでみてください!」というような感情丸出しの熱っぽい感じがあるわけではなくて、「この本に対して私はどのような言葉をもって対峙すればよいだろう」という、ご自身のその本、その本に対する思考実験が繰り広げられているような気がする。

    堀江さんを読みだした頃、私自身は、どちらかというとこれまで堀江さんがたくさんの本(語るに手ごわい本も含みつつ)を読んでこられ、それを自身の言葉で色とりどりに昇華させていく姿に圧倒され、敬意を抱いてきた。ただ、最近は語り方と内容に関心が向かうようになって、どこかやはり「人生」とかについて語っているのだろう、というようにも思うようになってきていた。ただこれは「そうであってほしい」という自分の願望も多少あるのかもしれない。上の文章で「巧い」と書いてしまったけれど、「巧い」という言葉にはどこか「巧いだけ」というような意味までカバーしてしまうことは十分にあると思う。自分が好きだと思っている作家が「巧いだけの人」とか「実験的なだけな人」として読み手に記憶づけられるのはやはり多少複雑な感じもするからだ。

    今回『回送電車』を読んでいて思ったのは、この「巧さ」を感じさせる雰囲気は堀江さんのような作家にとっては宿命のようなものなのではないか、ということである。それは「悼むことについて」のような文章を読んでいる時に感じたことである。

    「悼むことについて」は堀江さんご自身の祖母と祖父が亡くなった時のことの回想文であるが、実際に堀江さんがとった行動は、心の底からの悲しみが引き起こしているというよりは、非常に頭の中で行われている雰囲気がするのである。話の内容としては祖父母の死に目に会えなかった堀江さんが自身が自分にふさわしい形で喪に服す(焼き菓子を供えたり、タバコを断ってみたりする)という話なのだが、むしろこのように文章に書いたことで(もしくは書くことを意識して?)このような喪に服す行為が逆に事後的に起こってきているのではないか、という読み方ができるような気がするのである。言葉の方が強くて、実際の行動(内容)が後から付いてきている感じがするのである。これは強い言葉、巧みな言葉を持っている人にはついて回る問題なのではないだろうか。その言葉を捨てて、もっと粗い言葉で記述する、というのは非常に困難なのではないだろうか。そして、どこかそんなこういう表現をとらざるをえない悲しみともつかない感情が文章の中から立ちのぼってきていないだろうか。

    堀江さんは今後どういうものを書いていかれるのだろう、という関心が一貫してあり、『本の雑誌』が選ぶ1位という『なずな』(ファンを自認しているくせにまだ読んでない・・・)はどういうものなのだろう? と読む前からいろいろと想像を巡らしている。堀江さんとしては自分にこれまでなかった要素を取り入れた作品なのではないだろうか?、とか、持っている言葉は崩さずに扱う素材に変化を加えるような挑戦なのではないか?、で、けっこううまくいっていないところもあるのではないだろうか? といったまだ読まぬ本に対する想像はいろいろと巡りなかなか楽しい。

    『なずな』はいつ読もうかな・・・

  • とても美しい日本語を紡ぎだしています。それだけに深く、しっかり読まなければならないし、もったいないです。もっと自分に集中力がないといけませんね。

  • 発表された媒体が違う、多様な文章がおさめられているにも拘わらず、そんな感じはまったくせず、1冊にまとまっている。私が好きだったのは「Ⅰ」(第1章)。その中でも、とりわけ「釣り針のような言葉」が心に響いた。この著者のような感性や物事の捉え方に惹かれ、自分のブログもこのエッセイ集のような味わいがだせたらなぁ…と、とても感銘を受けた。あぁ、先生の授業が受けてみたいです…。

  • 読めるところだけ。

    ご本人を授業とおして見る・聞く機会があるので、あーそんなふうだな、と思ったり、わあ意外、と思ったり。
    海外文学、とくにフランス文学にはぜんぜん触れたことないので、引用・参照の章は飛ばして読んでしまったけれど、かたくない文章なのに格調だかいふうの文章(フォントのせいも少しはありそうだけどな)は、ザ・堀江せんせいだなあ。

  • 「回送電車?」という副題が付けられた、このシリーズ4作目の散文集。冒頭に掲げられた詩「象が踏んでも」は、この作品のタイトルともなっており、マルチな活躍を見せる著者の新たな魅力を発見するようだ。 1997年頃から各種メディアに発表されてきた44編の文章は、エッセイ、美術評論、文学論、個人への追悼文ありと、それぞれ掲載されたものの性格を反映して種々雑多だ。今回はこれらを大きく4つの章に分けて編集し直している。純粋なエッセイをまとめたものが第1章、「万葉集」から「星の王子様」まで、各種書物や文学論に触れたものを集めたものが第2章。そして、自身の作品の創作裏話に触れているエッセイを集めた第3章、主に美術評論や芸術論に関わるエッセイ、散文をまとめた第4章という構成となっている。 堀江ファンとして一番興味深く読ませてもらったのは、とにかく第3章だ。集められた8編のほとんどが、自身のこれまでの作品の成立背景について詳しく紹介している内容だからだ。まあ、100%真実とは言えないものの、思わず「へぇー!」と呟きたくなるトリビア的内容。「越すに越されぬ飛鳥山」から始まる3編のエッセイでは、都電荒川線沿線で暮らした生活体験が、その後の「郊外へ」、「いつか王子駅で」、「ゼラニウム」に反映されていると語っている。その他にも、「雪沼とその周辺」の偶然的な成立背景などは、「雪国の奇蹟」と題するエッセイの中に詳しく書かれている。

  • 散文集と分類した方が似つかわしいみたいだ。初出の誌名はどれも馴染みがなくて、おかげで新鮮に読めました。
    正直、とりあげられている写真集や作家に、まったく聞いたこともない名前もあって、まあ、ようするにちんぷんかんぷんのところもあるんだけど、文章を読むという部分で、気持ちよく読めるのが不思議です。

  • ちりぢりばらばらなところでいっているちりぢりばらばらなそのときどきの自分のきもちが、じつはそれとなく筋がとおっている、というよりか、まあ、ひとまとまりの雲のようなようすである、ということを考える。
    様々な場所に掲載された文章をひとまとめにした本。いろんなところでこのひとの文章を目にするようになって、そのうちのわりと多くをそのときその瞬間に読んでいて、ときに「え、なんでこんなとこにも」と思うようなこともあったのだけれど、読み返すと、なんかこう、やっぱりこのひとの文章なのだな、と思う。だからなんだって?

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