モナ・リザの背中

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著者 : 吉田篤弘
  • 中央公論新社 (2011年10月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120042911

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モナ・リザの背中の感想・レビュー・書評

  • 「非現実」について考える。
    私たちは、読書、絵画、旅、ゲーム・・・等、様々なかたちで非現実を求める。私だって、曇天先生やアノウエ君の様にすり切れた現実と、永遠や理想がつまった非現実世界をいったりきたりできるのだ。



    私が吉田篤弘を好きなのも、彼の小説は掴めない雲の様で、非現実的で、それが心地よいからだ。その世界観にずっと浸っていたい、と思う。今回、『モナ・リザの背中』では、ふわふわ浮いていると、曇天先生やアノウエ君に連れられてこっち(現実)にグイッと引き戻される。それが少し戸惑った。
    あと、50代のおじさまの気持ちは、もうすこし年を重ねないと理解できない部分もある、かな。

  • これまでの篤弘さんとはちょっと変わった、幅広い読者へ向けての発信、とでもいうようなユーモアを交えての作風。これはこれで楽しく読めました。SFでもないファンタジーでも哲学でもない、やはりクラフトエヴィング風というのでしょうね。

  • 不思議な感覚になります。笑えるところとかゾッとするところとか。きっと何度読んでもわからない気がする一冊ですね。

  • [内容]
    ある日、訪れた美術館で、展示中の「受胎告知」の世界に迷い込んでしまい…。絵の中に迷い込んだ男の冒険奇譚。

    --
    表紙と内容に惹かれた。
    美術館の絵の中に迷い込む、結構お年を召された男の話。
    淡々と話が流れていくのがまたいい。美術館に展示されている絵をひとつひとつ丁寧にめぐっている感覚。
    教授の独特な名づけセンスにくすり。

  • つだとしょかん

  • 二次元と三次元を行ったり来たり。
    魂は屁であり、ゲップであり、気であり、自分の中に留まっているものではなくて、出たり入ったりしている。

    五十歳はセイジンとロウジンの間であり、名前はないけれど、今までとは違う、というのが印象深かった。

    この教授をみていると、ツチヤ教授を思い出した。

    話自体はモヤモヤもやもやしていて、読みにくくて、飛ばし飛ばしで、なんとか読了。

  • 最初は曇天先生の「アノウエくん」や「うで卵」の感じについていけず、最後まで読めないかと思ったけど、途中からすごく面白いと思った。
    そこかしこで色んなテーマを感じるし、こんな物語をよく書けるなぁと思う!すごい。

  • 絵の中に入ってしまう男性の話し。

    脈絡もなく風景が変わるので
    時々着いて行けなくなりそぅな時がありますが
    そこがまた「あ!絵に入ってる」と唐突な感じで
    面白いです。

    もっと絵に入って絵の謎とか解くのかと思ったら
    そんなコトもなく。ハチャメチャな展開で面白かったです。

  • 『それでイノウエ君はアノウエ君になった。同様にゆで卵もうで卵となった。これらはすべて私の一存であって法則はない』

    『問屋を問い詰めたい自分は問屋を問い詰め、問い詰められた問屋は、なるほど問屋のトンはなぜ「問う」という字なんでしょうな、問屋的には「間」という字の方がふさわしい気がするのですが、違いますか?』

    『というか、そこでふと思ったのだが、淹れたての「たて」とは何であろう。私はインスタント・コーヒー派であるが、その場合は何と言うのか。「溶けたて」だろうか』

    自分のものなのに自分では見られないものなあに? 答えは、背中。それでも頭をものすごくしなやかにしてみたら、見えてこないかな。エヴィング・クラフト商會のように。

    一見駄洒落のようにも見える言葉遊びの中に、柔らかくかつ強かな筋が通っている。それがエヴィング・クラフト商會の特徴。その駄洒落のセンス担当と思わしき作家の小説は、めまぐるしく変化する世界がいつも潜んでいる。それを眺めていると、ドラえもんの四次元ポケットを思い出す。

    その何処に繋がっているのか、よく考えると不思議なポケットから取り出される数々の道具を荒唐無稽と断じれば、それでことは終わってしまう。もう何処へも進まない。それでも、昔の少年の心を捉えて離さなかったウルトラ警備隊の腕時計型通信機は、ほとんど現実のものになったし、リニアモーターカーと なんていう言葉の響きは光子力ビームという言葉の響きと同じ程度に荒唐無稽な感じがしていたのにもう直ぐ普通の輸送手段になる。その背後にある発想と努力。きっとそこには不可能を可能にするしなやかさが必要な筈。

    何もそんな人生訓のようなものを絞り出してみる必要もないことは重々承知なのだけれど、吉田篤弘の言葉は色々な思考を喚起するのだ。ふざけているようで至極真面目な思考。それが大事なポイント。しかめ面をしていると、直ぐに脇の下をくすぐられてしまう。

    なんでも硬直的に考えがちな日本人としては、朝令暮改なんていい加減な感じで否定的に捉えがちだけれど、その時その時で最適と思われることを柔軟に実行することは悪いこととは限らない。前例や権限規定から想定される範囲内に身を閉じ込めてばかりいるものにとって、吉田篤弘は時々必要な頭の体操をしてくれる作家だ。

  • 前作は本の中、本作品は絵の中です。
    といっても二番煎じではありません。ぐんと進化しています。

    大学で教鞭をとる<私>50歳。雅号は<曇天>。
    土砂降りでも、快晴でもない彼の人生からとられました。
    曇天先生は本質的なことを問われると、その周辺に問題を逸らしてごまかしています。

    弟子<アノウエ君>からもらった目薬をさすと、2次元のはずの絵の中にいるようになりました。
    東西の名画、いい加減に書かれた絵 etc. 徐々にいろんな絵の中での体験を重ねていきます。

    2次元と3次元、絵の奥の世界、描かれた時代と現代、次元や時間の異なる世界を行き来します。

    書き出しのあたりは、いい加減な物語のようにみえながら、終盤は見事な文学ぶりをみせてくれます。
    構造が複雑なだけでなく、思考も奥深い作品です。

    「絵に描いた餅」は食べられるかも。

  • まなざしの方向・交差についてや、二次元と三次元の曖昧さや、いつの間にか移動している場など面白い点は幾つもあったのだけれど、入り込めなかったのは私が五十の男ではないからか。どうも曇天先生とアノウエ君の言動が酷いなと感じてしまう箇所があって、坂田靖子の漫画で読めば丁度良く受け取れそうな酷さだけどと脳内漫画化をしてみたりした。

  •  絵の中に迷い込んでしまう「先生」の冒険譚。現実と絵の世界を行き来する先生と、その弟子「アノウエ君」との問答が素敵すぎる。
     名画の中を彷徨っているかと思えば、気付けば現実世界でマグロの解体ショー。そんなスラップスティックな展開を、ユルいけれど哲学的な会話がグッと抑える。読後感も好し。

  • 曇天先生、絵の奥へ迷い込む。

    煙に巻かれるように、文章が入れ替わり、場面も入れ替わり、
    なにがなんやら、不可思議。

    枇杷色の装丁が素敵な一冊。


    読みながら何度も夢に落ち、夢見ながら頁をめくっていたので、
    尚更まとまりのない印象になってしまいました。すみません。

    「受胎告知」や「クリスチーナの世界」でも、フージンのときみたいに、
    吉田さんの自由解釈で遊んで欲しかったなぁ。

    大切なものを語ろうとして、
    間違わないように慎重に無難になってしまった感じがしました。

    p131.「~ヒトはヒトとヒトの間をつなごうとしたんじゃないですか?時と時の間をつなぎ、空と空の間をつないで時間と空間を発明したように」

    アノウエ君、なかなか良いこと言いますな。

  • 時間と空間の境界線が曖昧で、いつの間にか夢の中に迷い込んだ気分になる不思議な小説。

  • 名画の中に入っちゃって、しかも見えてない部分まで歩いてきちゃう、ありそうでなかった本。実際に中の人と会話したり、現実と絵画の世界があやふやだったり、先生の意識はユーモラスでとても面白い。

  • 歩いてるとき、電車にゆられてるとき、たまに飛ぶ、ここでない世界。
    その世界にどっぷり浸かる五十男性(職業教師)と巻き込まれるアノウエ君(助手)。
    切り取り方を変えたエッセイではなかろうか!言葉の扱いと先生の(屁)理屈が、いい。

  • 絵の中に迷い込む・・・この設定になかなか入り込めなかった。
    最近想像力が及ばない。
    曇天先生とあのうえ君のコンビは、「水晶萬年筆」収録の「ティファニーまで」の師匠とサクラバシ君を彷彿させる。

  • 読んでるとどうにも眠気に襲われてしまって(二次元に引き込まれてたのか)一気に読み進められなかったがようやく読了。フージンが妙に気になってしょうがなかった。なんなん?て。可愛いなこいつ。後半は少しペースアップ。あちら側への道がいつのまにかひたひたと。気づけば海辺で、森の奥を目指している。絵に絡み取られ、言葉に翻弄され、そして日常へと回帰する。騙し絵のような小説。

  • ちょっと消化不良気味かな。
    読み終わるのにかなりかかった。
    先生と一緒に迷い込んだよう。
    出口はどこじゃー。
    風神のとこがおもしろかった。
    なんなのだろう、あの口調。
    風、魂、屁、詰まる ツマラナイ、流れろっ
    相変わらず言葉でもとからあったものを今までと違う見方で
    見せてくれるところが吉田さんは好きだ。
    あー、でも今回のはちょっと難しい、とゆーか、うーん
    いやもうちょっと気楽に読んでもよかったのか・・・・。
    とりあえず、後日またもう一回読んだ方がいいかな。うん。

  • 絵の知識があると楽しめる。が難解ですね。どんどん複雑になってるなぁ。おもしろいけどね。

  • じゃぶらじゃぶら。

    言葉遊び。
    絵の奥に分け入って、見て、見られて、連想ゲームのように次々に色んなものが立ち現われて、境界が曖昧になっていく。

    文字で、誰かの言葉で思い浮かべた絵も、この本のように繋がっているのだろうか。

  • 吉田さんの本には雨が似合う…というのは前から思っていたのですが、吉田作品に似合うシチュエーションをもう1つ見つけました。
    それはずばり、風邪をひいたとき!
    いつもより体温が高く、鼻も耳もにぶくなっていて、薄い膜に包まれたようにぼんやり。
    そんなときに布団の中で読むと、ぼんやりと、ゆるゆると境界線が溶けていくのです。
    現実と絵の世界、あちらとこちら、此岸と彼岸。

    50歳という人生の節目を迎えた曇天先生と、その助手のアノウエ君の不思議な冒険譚。
    上野でダ・ヴィンチの『受胎告知』を観ていた曇天先生は、いつのまにか絵画の中に入り込んでいたのです。
    さてさて、そこから絵の奥へ足を踏み入れていくと…?

    本作も"視点"について想いを巡らせながら読みました。
    絵を鑑賞するとき、「絵の奥はどうなっているんだろう?」と考えることはあるけど「絵の手前はどうなっているんだろう?」とはあんまり思わないなぁ…とか。

    曇天先生とアノウエ君のゆるいのだけど妙に説得力のあるやりとりが魅力的。
    「詭弁だ!」とか「屁理屈だ!」とか思いつつ、だんだんと煙に巻かれていくのが楽しいのです。
    そしてそれが吉田さんの魅力なのです。

  • 難しかった!

    初期の吉田作品が大好きで、最近の哲学めいた作品はうまく消化できないでいるのが悔しい。
    風神雷神の喋り方とか、マグロ丼とか、アノウエ君とのやりとりとか、細かな描写は好きな部分もあるのだけど。
    時間をかけて、繰り返し読み返して自分のものにしていくような小説なのかな、と。

  • ふわんふわんした話。
    数年後、文庫がでるときまた読んでもいいかな。
    じゃぶらじゃぶら。

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ある日、訪れた美術館で、展示中の「受胎告知」の世界に迷い込んでしまい…。絵の中に迷い込んだ男の冒険奇譚。

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