スパイス、爆薬、医薬品 - 世界史を変えた17の化学物質

制作 : ペニー・ルクーター 
  • 中央公論新社
3.96
  • (38)
  • (56)
  • (29)
  • (4)
  • (2)
本棚登録 : 789
感想 : 76
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120043079

作品紹介・あらすじ

身近な物質の化学的な働きが、東西交易、産業革命、公衆衛生、戦争と平和、男女の役割、法律、環境など、人類の発展のさまざまな局面で果たした重要な役割を、豊富なエピソードを交えて分かりやすく解説。文明の発達を理解するための独創的なアプローチにして、化学構造式の読み方も身につくユニークな世界史。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 【感想】
    「世界史を変えた化学物質」というタイトルを目にして、私が真っ先に思い浮かんだ――少なくとも何故世界史を変えたのかと、どれぐらい世界史を変えたのかをはっきりと思い描くことができた物質は、「香辛料」だった。これは本書で紹介される17個の化学物質の中でもトップバッターを飾っている。

    中世ヨーロッパにおいて爆発的な人気を集めた香辛料は、北イタリア商人を始めとしたヨーロッパ人がこぞって買い集めに走る。その結果、遠方の国との貿易がさかんに行われるようになり、大航海時代の幕が開ける。当時の地政学をひっくり返しヨーロッパ世界の拡大を促した、まさに「世界史を変えた物質」であると言えるだろう。

    なぜ人々は香辛料に惹かれたか。本書では2つの要因が語られている。
    ①食品の保存と香りづけに重宝されたから
    ②単純においしくて癖になるから

    まずは①について。
    大航海時代は人々の移動距離が飛躍的に伸びた時代である。そのため、食品の保存に目が向けられるようになるのは当然のことであった。長い航海をする上で、船に持ち込むことができるのは、塩漬け品かカラカラに感想させた干物が主流である。前者は昔からメジャーな保存食であったが、塩味が濃くなりすぎるため、食べる前には一度湯にさらして塩を洗い流していたほどであった。また、後者は長期間の保存がきくものの、味に変化が無い。
    そこで登場したのが胡椒である。胡椒は食品の変質をごまかし、塩辛い味に文字通りスパイスを加え、味気ない干物を香り高く美味しいものに変化させた。その魔法の粉が現れると、香辛料貿易による富を求めて、貴族・貿易商が中央・南アジアに殺到することになった。

    ②については、本書の核の部分――化学物質とそれを構成する分子の話になる。
    そもそも、胡椒が何故食品のうま味を引き出すかといえば、ピペリンという活性分子を含んでいるからだ。ピペリンの分子式はC17H19O3Nであり、これを口にすると辛味を感じる。
    ただし「辛味」とは言うが、辛さは味ではなく痛覚の一種である。ピペリン分子はその形により、口や身体のほかの部分(主に粘膜)にある痛覚の神経終末に存在するタンパク質にぴたりとはまる。するとタンパク質の構造が変わり、信号が神経を通って脳に達することで、辛さ(痛さ)を感じる。
    そして、痛みに対する自然な反応として、脳内にエンドルフィンが生じ、それが麻薬のような役割を果たすのだ。

    「麻薬」という例えは決して誇張ではない。例えば、代表的スパイスであるナツメグは「狂気のスパイス」と呼ばれていた。ナツメグにはミリスチンとエレミシン分子が含まれており、これらが幻覚作用を産む。ナツメグは1つ食べただけで吐き気、大量の汗、動悸、幻覚を産むと言われている。別種の香辛料である黒コショウにも微量であるが含まれている。

    この2つの理由から、世界中の人々は香辛料を求めたのだ。スパイスが作った富、引き起こした紛争、そして植民地に対する収奪は、まさに「世界史を変えた化学物質」だったと言えるだろう。

    以上は一例だが、このほかにも、ニトロ化合物、シルクとナイロン、医薬品、カフェイン、塩など、世界史の中で重要な位置を占めた化学物質を計17個紹介している。

    全体を読んでみての感想だが、「化学物質が世界史を変えた」というよりも、「世界の転換点にたまたまいた物質」、というほうが近いかもしれない。なぜなら、紹介されている中には塩やセルロースなど、多くの物質の基礎になるものも含まれているため、化学物質の範囲を無限に広げてしまっては、世界史を動かさなかった物質を見つけるほうが難しいのではないか、と思ってしまったからだ。「まず最初に歴史を変えた一連の出来事があり、そこに付随していた商品はこういうものだった」と紹介する本である、と捉えるほうが自然かもしれない。

    対して、本書のユニークなところは、化学物質というニッチな目線から世界史を柔軟に解釈しなおしている部分にあるだろう。
    教科書化学が分からなくても、世界で起こった出来事を化学の視点から網羅的に眺められるため、単純に面白い。また、随所に「なぜ世界史を動かし得たのか」と「世界史がこの物質のおかげでどう転換していったのか」という物語が入るため、難しい化学式と構造式を前にしても飽きがこない。そして、化学部分も既知の教科書的知識だけでなく、改めて学べるほど密度が濃い。

    歴史とサイエンスの面白い部分が絶妙にマッチした一冊であった。
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    【まとめ】
    1 香辛料
    黒コショウも白コショウも活性成分はピペリンで、分子式はC17H19O3Nである。
    一方、トウガラシの化学物質はカプサイシン。分子式はC18H27O3Nで、化学構造にはピペリンと共通点がある。辛いという感覚はジンゲロンという分子の形から来ていると考えられている。

    これらの分子は唾液の分泌を促し、消化を助ける。
    我々がときに辛いものを食べたがる理由は、痛みに対する自然な反応として、脳内にエンドルフィンが生じ、それが麻薬のような役割を果たすからだ。

    クローブとナツメグは、違う種類の植物から取れるが、両者の匂いの元になっている二つの分子は非常に似ている。クローブ油の主成分はオイゲノール、ナツメグ油はイソオイゲノールで、どちらも「芳香性」を持っている。これらの匂いは防虫剤、とくにノミの忌避剤として働き、ペスト予防に一役買ったとも言われている。

    冷蔵装置が登場しなかったら、スパイスをめぐる大交易とそれに伴う紛争は、今でも続いていたに違いない。


    2 アスコルビン酸
    大航海の天敵である壊血病は、アスコルビン酸分子、すなわち食事から摂るビタミンCの不足で起きる病気である。

    壊血病を治療するにはレモンやオレンジといった果物が有効である。
    大航海時代当時から果物による予防法は認知されていたが、費用がかかることや長期保存の困難さから、導入が遅かった。

    イギリス海軍のジェームズ・クックは、航海における壊血病の怖さを熟知していた。密閉された船員居住区を清潔に保つよう指示し、しきりに接岸しては果物や生野菜を船に運び込んでいた。こうした努力もあって、3年の間で乗組民は1人しか死ななかった(その1人も壊血病による死ではない)。彼によってハワイやグレートバリアリーフが発見され、南極圏が初めて突破されたと考えれば、アスコルビン酸の功績は計り知れないだろう。


    3 グルコース
    「グルコース(ブドウ糖)」は、我々が砂糖と呼ぶ物質、「スクロース」の構成分子だ。15世紀、砂糖の価格低下が始まると需要が増大し、16世紀になると急速に甘味料として大衆に普及した。
    砂糖に対する需要は奴隷貿易を引き起こした。サトウキビ栽培は大きな労働力を必要としていたため、新世界の植民地経営者たちがアフリカ人奴隷に目を向けたのである。推定によると、新世界にいたアフリカ人奴隷の約2/3はサトウキビ農場で働いていたとされる。

    甘さへの憧れは、人間の歴史を作って来た。奴隷制の時代においては巨万の富を生み出し、奴隷制が終わった後も、食品業界はグルコース分子の異性体である人工甘味料の開発に勤しみ、「より甘い物質」を求め続けている。


    4 セルロース
    砂糖を生産するために、3世紀以上にもわたって奴隷貿易が続いたが、ヨーロッパ市場に向けた他の作物の栽培も奴隷制に依存していた。綿(セルロース)である。
    1760年にイングランドは250万ポンドの綿花を輸入したが、80年もかからぬうちに、この国の紡績工場はその140倍以上の綿花を処理するようになった。この増加は綿工業という一大業界を作り出し、イギリスの機械化におおいに貢献した。

    19世紀においてイギリスの繁栄を支えたのは、綿製品の需要である。綿花需要の増大は、アメリカの奴隷制度を拡大することにつながる。
    1860年、綿花の輸出がアメリカの全輸出額の2/3を占めるようになると、奴隷は400万人になった。その後、奴隷制の廃止をめぐってアメリカ大陸で起きた歴史的戦争が、南北戦争である。

    ニトロセルロースは、人類が作った最初の白髪性有機分子の一つである。この物質は、爆薬、写真、映画産業と言った多くの近代産業の出発点になっている。


    5 ニトロ化合物
    爆発性分子の構造は多岐にわたるが、多くの分子は共通してニトロ基を分子内に持つ。窒素原子1つと酸素原子2つからなる小さな原子団、NO2だ。この分子から作られた物質が火薬である。
    原初の火薬は黒色火薬であり、燃焼が遅いもの、早いもの、とさまざまな用途に応じて作られていた。
    爆発力の強さは結合しているニトロ基の数による。ニトロトルエンはニトロ基が一つだけだが、二つ、三つとなるとそれぞれジニトロトルエン、トリニトロトルエン(TNT)となり、破壊力が増してゆく。

    ノーベルがTNTと珪藻土の混合物でダイナマイトを発明したように、またフリッツ・ハーバーが空気からアンモニアを合成し、それが全世界で肥料として使われる硝酸アンモニウムを作りだすように、戦争においても平和においても、破壊においても建設においても、爆発性分子は文明に変化を与えている。


    6 シルクとナイロン
    シルクは、羊毛や毛髪など他の動物性繊維と同様、タンパク質からできている。
    シルクはその構造上の複雑さから、複製が困難であったため、非常に高価で需要も高かった。19世紀の終わりからこの合成代用品を作ろうと、実に多くの試みがなされた。
    そうして1938年に登場したのがナイロンである。ナイロンにはシルクの持つ良い点がいくつもあった。綿やレーヨンのように、たわんだり皺になったりすることはなく、何より安価だった。
    女性用のストッキングとして作られたナイロンは爆発的に普及し、釣り糸、網、ガット、手術糸などに使われた。また、靴下用の細い繊維を太くすることで、ロープやパラシュートも作られた。


    7 医薬品
    ●アスピリン
    20世紀初め、ドイツとスイスの化学業界は、染料の製造に投資したことで繁栄した。そしてこの成功は化学知識と言う新しい富も蓄積し、医薬品という新規のビジネスへの足掛かりとなった。
    当時、衣料品ビジネスの先端にいた分子がサリチル酸である。サリチル酸には解熱鎮痛作用だけでなく、炎症を抑える作用もあったことがわかっていたが、胃の粘膜を激しく傷めるため、医薬品としての価値は低かった。そこでホフマンが、サリチル酸にあるフェノール性OHのHをアセチル基CH3COに置換した。これがのちの「アスピリン」である。
    今日、アスピリンは病気やけがに対するすべての医薬品の中で最もよく使われている。アスピリンを含む製剤は優に400を超え、アメリカだけでも年間2万トン近いアスピリンが生産されている。

    ●ペニシリン
    ペニシリンは最初の抗生物質である。1928年、スコットランド人医師アレクサンダー・フレミングが、研究中だったブドウ球菌の培養皿に、ペニシリウム属のカビが生えたことに気が付いた。そして、それがブドウ球菌に対して抗菌活性を示していた。この時点ではペニシリンの化学構造は分かっておらず、合成ではなく天然のカビから抽出せねばならなかったが、工場生産に成功させると、世界中の人々の平均寿命を大幅に伸ばした。


    8 オレイン酸
    オリーブオイルはオレイン酸を多く含む。油と脂は数多くあるが、オリーブの実から取れる油ほど、文化や経済に大きな位置を占めたものは無い。食用や薬用、燃料だけではなく、しばしば富、純潔、繁殖のシンボルとされてきた。
    オリーブに多く含まれるのは不飽和脂肪酸だ。これには抗酸化作用があり、血中のコレステロールを下げる働きをする。もっとも、太古の時代においては健康にいいかどうかよりも、交易中に油が劣化しないという意味でたいへん重宝された。また、オリーブ油はローマ時代から石鹸の原料として使われていた。


    9 塩
    歴史が始まって以来、多くの時代で塩は貴重品であり、人類は常に塩を集めたり作ったりしてきた。中世を通じて、ヨーロッパ各地でさかんに塩の製造や採掘が行われた。主要な貿易品となり、保存のための塩を求めてたびたび戦争も行われた。

  • 全然中身が違うものが一冊に収まっている、だって?
    いやいや、どれもこれも、分子レベルで見れば化学という物でつながっている。
    構造式を描くことで、見てわかる……?

    ……バケガクかぁ…構造式、習ってないしなぁ…。
    そう、大学受験の時に、理系文系で分けられた上に、国立か私立か選ぶときに、理科はほとんど私の人生から消えてしまったのだ。
    高校時代の知識なんて遠い知識で、手が二本あって……確か分子式だとこう書いたような。
    うーん、形は綺麗だけどさ、やっぱりさ、とっつきにくいんじゃない?

    だが、訳者あとがきで「そんなあなた」におすすめされたら、読むっきゃない。
    構造式そのものは見てわかるレベルにはない。
    だが、ここが置き換わることでこう変化する、というのが確かに構造式で見ると分かりやすいのだ。
    ニンジンの色とサフランの色、カフェインとテオブロミン。
    たったひとつ違うだけで別の分子になってしまう不思議。

    最近職場で関わることの多いPCB。
    毒性が強く、処理方法が定められているのだが、その理由がわかった。
    それに、フロン。オゾン層の破壊につながりますーなんていわれていたが、そもそもなぜ使われ始め、どのような経緯で作られたのか、本書を初めから読むことで、物質の関連性がわかるようになっている。
    こういう物語の連なりはわかりやすいし記憶に残る。
    文系だから、理系だから、ではなく、気持ちの赴くままに。
    歴史も化学も、どちらもたまらなく面白い。

  • 何より良いと思ったのは、有機化合物の構造式が本書に併記されているところ。

    学生であった当時大嫌いだったベンゼン環などがうじゃうじゃでてくるのだけれど、もはや構造式の特徴を暗記しなくてもよい今となっては、かえってとても役に立った。

    本書を読んでもっとも驚いたのが、化合物の組成がほんのちょっとでも変わるとそれは、毒にでも薬にでも、爆薬にでもなりうるという事実。かなり衝撃的だった。そのちょっとの違いで、いったいどれだけの命が奪われたことか。

    実験の失敗による死のみならず、薬草について詳しかった中世の老女たちが、逆に危険人物として魔女認定されて処刑された史実とか。

    化学なくして今の文明はまちがいなく存在しないけれど、同時に、いかに化学が偶然と偏見に左右される怪しい領域であるかが手に取るようにわかる本だ。

  •  とりあえず本屋で表紙買い。(いや、手にとってみたくなるような洒落た表紙デザインってすごく大切だと思うんだ……)
     そして大当たり。確かに化学式は多いけれど、絵だと思って眺めてみれば、なんとなく違いがわかってくるから不思議。

     内容については帯にもあった「身近な物質の化学的な働きが、人類の発展に与えた影響を豊富なエピソードを交えてわかりやすく解説した一冊」で事足りる。
     でも、そのエピソードの選び方が、ほんとに身近で面白い。
     
    「これ(ラクトース(乳糖)の化学式)を見たときに、OHが上についているか、下についているか。ただこれだけの違いで、おなかがごろごろする牛乳か、そうでない牛乳かに変わってくるんだよ」(P65)

    「女王バチと働きバチの分子の違いも、たったこれだけなんだけど、見た目がこれだけ変わってくるんだよ」(P15)

    ―――「せんせーがなんかまた違う本読んでる」「どんなことが書いてあるの?」というので覗き込んできた生徒(五年生)たちに、こんな説明をしたときに、彼らの目がどれほど輝いたことか!

     往々にして世の中には、なにかというと「文系」「理系」の二つでくくりたがる(分類したがる)人がいるわけなのだけど、それがいかに馬鹿馬鹿しいか、ということもあわせて教えてくれる一冊でもあったことは特記しておくべきだと思う。

     科学も化学も普段の生活に直結して存在している。

     おなかの掃除をしてくれるセルロースと、お砂糖の甘みのグルコースの名前が似ているのにはちゃんと理由がある。
     「紫」「赤」を染め出す染料の分子式の複雑さと、「茶」を染め出す染料の分子式のシンプルさを並べてみたときに、なぜ、平安時代では「赤」が年配の色とされたのか、官位が高いもののみ着用を赦される禁色とされたのか、理屈で理解ができるはず。
    (分子式が複雑→反応させるのが難しい→金と手間がかかる)

    「なるほどなるほど、そういうわけだったのかー」という、知ったときの楽しみと快楽を味わうことができるという意味でも、非常にお勧めの一冊だった。

  • 科学や技術の進歩と欲望が、両輪となって歴史を生み出すことがわかる納得の一冊。

  • ある化学物質がこんな歴史を作った・・・!
    この切り口は本当に面白かった。
    新たな化学物質が生み出される度に様々な歴史も同時に生まれるんだなぁとしみじみ。作られる物質は時には環境への負の遺産になることもあるし、沢山の命を奪うこともある。でも、化学物質が悪いのではなくて、それを使用する人間の心が悪いのだと思う。そう感じました。化学者達の生き様に関するくだりも面白かった。

    構造がそっくりでほんの少しだけ官能基が違う物質が、全く性質の異なる物質になることを構造式を交えて解りやすく解説してあった。
    もしかすると理系じゃない人には取っつき難さを感じるかもしれない。けど、解説が詳しく書かれているので、専門用語がちんぷんかんぷん!みたいなことにはならないと思う。
    私自身は理系だからかもしれないが、出てくる物質や反応過程の構造式が全部書いていたので、すっごく読みやすかった!

  • 選び出されたエピソードは面白く興味深い。化学構造式も素人がわかるように注意深く提示されているのだと思う。しかしやはり大変でした。読み終えるのに17日もかかり、しかも中身をほとんど覚えておりません。

    個人的には塩蔵干鱈が奴隷の食料とされたことも書いてほしかったな。

    それから世界史年表もつけてくれないと。

    更年期の身の上としてはホルモン剤のもとが野生のヤマノイモから作られるっていうのが「へぇ」でした。

    あと、マラリアな。光源氏もかかった瘧の病。かつてはスカンジナビアやカナダ・アメリカ北部でも発生したとか。決して熱帯の病ではないのにDDTの散布で減ったのだ。しかし今この手の薬が使えないことはわかっている。地球温暖化でまたマラリアが人類の歴史を変えるかもしれない。
    このキナも植物。植物の力はすごい。多様性が失われたら、大きな損失を被るだろう。

    製薬会社の歴史とか、故きを温ねて新しきを知る感あり。

  • <歴史の陰に化学物質あり>

    古来、数多くの事件が歴史を動かしてきた。事件の陰にはさまざまな要因がある。その中に、化学物質もあったのだ、というのが本書の視点。
    これが抜群におもしろい。
    取り上げられている物質は、スパイス・ビタミン・糖・繊維・爆薬・ゴム・染料・薬品・麻薬・塩等、幅広い。

    特筆すべきは、構造式がかなり数多く掲載されていて、分子の役割を考える上で非常にわかりやすいこと(亀の甲が嫌いだった方も、逃げないでー。テストはありません)。
    例えば、グリコーゲンはグルコースが重合した貯蔵多糖であり、動物に利用されている分子だが、この分子には多くの枝分かれがある。このため、いざ栄養分が必要になった際、枝の先から多くのグルコースが遊離し、迅速な栄養補給が可能になる。こういう話は構造式を見て、分子の模式図を見れば一目瞭然。

    細かいこぼれ話をちりばめて興味を惹きつつ、大航海を誘発したスパイス、魔女狩りの陰にあった薬草や毒草の成分、冷媒や絶縁体としてすばらしいと目されたが、後に思わぬ問題が表出した有機塩素化合物など、歴史の大きなうねりの中で少なからぬ役割を果たした化学物質について、全17章に渡って解説していく。

    大航海時代、船乗りたちはビタミン不足から壊血病に苦しんだ。クックは船乗りたちの食事に新鮮な野菜や果物を取り入れて、航海を成功させた(二章:アスコルビン酸)。
    オリーブは油の原料として非常に珍重されたが、根がまっすぐであり、表土を保持できないために土地が荒れ、古代ギリシャの衰退に一役買ったという。だが後に、石鹸の原料として人々の衛生状態を支えた(十四章:オレイン酸)。
    アフリカ人の中には、マラリアに対抗するため変異ヘモグロビン(鎌形赤血球)を持つようになった人がいる。このためマラリアに強くなり、アメリカ先住民が倒れる中、アフリカ人が残ったという。これが奴隷貿易を支える一因になったのではないかという見方もできる(十七章:マラリアvs.人類)。

    大学1・2年の方には特におもしろく読めると思うし、そうでなくても文系・理系どちらの人にもおすすめです~。


    *原題は”Napoleon’s Buttons”。ナポレオンのロシア遠征が失敗したのは、軍服のボタンが低温に弱い錫だったため、という説がある。錫は低温で粉末化する。服を留めることができず、防寒の用をなさなかったというのだ。これには異論もあるようで、真偽のほどは定かでないが、なかなか興味深い。
    これ、最近どこかで似たような話を読んだ気が。南極を目指したスコット隊の燃料タンクの金属が腐食(?)して燃料が漏れてしまっていた、というような話。これも錫だったのかなぁ・・・? 燃料漏れの話は、多分、科学雑誌のどれかで読んだと思うのだが、確認しようと思って探したけど行き当たらず。どなたかご存じでしたらご教示ください。

    • magatama33さん
      ぽんきちさんのレビューを読んで、読むことにいたしました。私に化学の基本がまるでないのでそんなに簡単ではありませんでした。でも、知らないエピソ...
      ぽんきちさんのレビューを読んで、読むことにいたしました。私に化学の基本がまるでないのでそんなに簡単ではありませんでした。でも、知らないエピソードがたくさんあって面白かったし、読んでよかったと思います。ご紹介ありがとうございました。
      2012/06/19
    • ぽんきちさん
      magatama33さん
      コメントありがとうございます。
      レビュー拝読しました。
      別の方が読むとまた視点が違っていて興味深いです。
      ...
      magatama33さん
      コメントありがとうございます。
      レビュー拝読しました。
      別の方が読むとまた視点が違っていて興味深いです。
      1章ずつ、じっくり読んでみても楽しそうだし、輪講向きの本なのかもしれません。
      2012/06/19
  • 実は私が最初に勤務したのは化学を生業とする会社で、ある意味当然なのだが日常的に化学用語が飛び交っていた。入社早々、隣の席に「SM」と大書されたファイルを見つけ「なんと!」と勘違いしてドキドキしていたら「スチレン・モノマー」の略語だったりしたわけだ。

    翻って高校時代は化学の授業時間は「邪魔するくらいなら大人しく寝ていろ」と言ったO田先生の言いつけどおり、完全に「御昼寝」タイムにしていたので全くもって「亀の子」の意味さえ覚えずに卒業したのだから、「SM」が何か知らなくて至極当たり前の事だ。

    しかしながら流石に10年近くそんな化学用語が飛び交う職場に居れば「門前の小僧、経を読む」で、なんとなく(飽くまでも「何となく」だ)エチレン、熱硬化性樹脂、ビスフェノールA、OH基のくっ付き方の違いが云々、等の話にも慣れ、化学式で写真フィルムが感光により黒くなるところを説明されると「ほぉーっ」と感心できるようにはなっていたのだから驚く。だからと言って理解しては居ないのだが、キチンと勉強をすることも無く、そしてその機会も必要性も無い生活になり早20余年。

    そこで恐る恐る手にしたのが本書であるが、著者が冒頭に述べるように「化合物のすべては歴史の重要な事件、あるいは社会を変えた一連の流れに深く関わっている」ことを前提とし、「化学の歴史ではなく、むしろ歴史における化学を描く」ものになっているのでガチガチの化学本では無くむしろ歴史本と言ってもいいくらいだ。

    ガチガチの化学本では無いと言いながら本書の本書たる所以、そして成功の鍵は「化学構造式」を入れたことにある。ちょっとした化学構造の違いで効き目が違ってきたり、全く新しい性質の物質が出来たり、というのを説明するために構造式を書かなきゃ説明しにくいのは判るのだがかなりの勇気が必要だったろう。そこで普通では読者に絶対に嫌がられるであろう構造式を入れるために最初に基本の「き」から説いているので、とても親切だし今更ながら「カメの甲」=ベンゼン環について学べるのだ。まさに訳者の後書きにあるように、1に化学を学び損ねた人、2に化学が嫌いだった人向けにピッタリの本書なのだ。

    そして本題である17の化学物質の話だが、自然に存在する香辛料やビタミンCなどの効果の発見、その根底にある化学物質の特定と化学構造の理解、そして人の手による製造という過程が歴史のどの段階で起きたのか、そしてそれが歴史にどう影響を与えたのかと丁寧に説明されている。世界の名だたる化学品メーカーであるBASF・Hoechst・Bayer等の基礎を築いたのが染料の合成だったとかも紹介されている。

    ちょっとばかり分厚い書籍なので取っ付き難いかもしれないけど内容的には判りやすいので心配は無用。これで今後は化学物の本も少しは買おうという気になるような予感。

  • 化学に興味がある人なら取っ付きやすい本だと思います。
    身近な物が化学という成り立ちで物語的に進んで行きます。
    納得する部分がたくさんあり、
    個人的にはセルロースがとても
    感動的でした。

全76件中 1 - 10件を表示

ジェイ・バーレサンの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
リチャード・ドー...
トレヴァー・ノー...
シーナ・アイエン...
ウォルター・アイ...
アンドリュー・キ...
ウォルター・アイ...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×