母の遺産: 新聞小説

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (524ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120043475

作品紹介・あらすじ

家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まりに溜まり、生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。若い女と同棲している夫がいて、その夫とのことを考えねばならないのに、母は死なない。ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?親の介護、姉妹の確執…離婚を迷う女は一人旅へ。『本格小説』『日本語が亡びるとき』の著者が、自身の体験を交えて描く待望の最新長篇。

感想・レビュー・書評

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  • 親の老後とか介護とか死とか、自分の老後とか、読んでいて身につまされて、めちゃめちゃ暗くなって苦しかったけれど、ものすごく引き込まれて読むのがやめられず、長さもまったく苦にならなかった。もっと続いてもいいくらい(「母」が亡くなってからは読んでるほうもほっとして読むのが少し楽になったし)、この先が知りたいくらい。

    特に後半は、そうそう!と思ったり、ハッと気づいたり、まさに、共感と気づくことの嵐、っていうような感じで。もうすばらしかった。
    人生なにも成せなかった、とか、思い描いていたようにはならなかった、とか、そういうふうに思っても、そういうふうに思う人はいるし、それでもいいのかも、と思えてほっとしたり。年をとってもいつまでも、なにか楽しいことはないか刺激はないか、とか執着するのはやめがほうがいいのかも、とかか考えたり。なんだかこれからの生き方までいろいろ考えさせられたような。
    あまりにいろいろ自分の気持ちに沿うようなものがあって、書ききれないし、うまく言葉にもできないような。
    同年代(40~50代)はみんなそう思うのかしらん。

    文章自体はウエットではなく、どこか客観的で冷静な感じもしてそれもすごく好き。

    でも、読み終わったあとは、なにか少しさわやかというかすがすがしいような気持ちにもなった。

  •  激しく面白く、興奮して読み、大満足で読了。大好きです。満点です。
     何より、文章が素敵です。
     どこがどう、と詳しく言うには勉強と分析が必要なので割愛。
     別に普通の現代文章だけど、ほのかに日本語としての美意識や機能性、といったものが根底にあることが香ります。なんていうか、背筋が伸びます。読んでいるだけでわくわくしてくる文章ですね。
     日本語の文章、というものが好きな人にはゼッタイにタマラナイ小説です。
     僕は個人的に夏目漱石の小説は全体的に好きなので、そういう人にはモウ、何が何だかタマラナイ、という読書になるでしょう。
     でも、そうじゃない人でもOKです。うーん、何て言うか、ちょっとは歯ごたえがある、コリコリした、だけど基本的に物語の面白さを味あわせくれる小説。あと、分からないけど、なんとなく知的で、媚びないけど、目だとうともしてない、ツンケンしてもいないような、そういう女性作家の本を読みたい、という場合にも、お勧めです。

     内容は、母の介護に振り回されて心身ともに疲労し、そこに夫の浮気というダブルパンチを食らった50代の主人公女性が、お金やマンションと言った、物凄く切れば血が出る具体的なことに悩みながら離婚して独居を始めるまで、のお話。主人公の設定は、一見、作者そのものを思わせるような、海外留学経験がある、大学非常勤講師とか翻訳とかそういう世界で、不安定な収入で生きている人。でも当たり前のことだし、どうでもいいことだけど、多分別に水村さんの実体験ではないと思う(そのものではないと思う)
     と書くと、「この本はそういう本ではないのだけど」と自分で思ってしまう。この作品は新聞小説だったそうなので、上記したストオリイで一応の娯楽性はある。けれど、主人公の意識の中で、「主人公と姉、そして二人の母、そして祖母」という女三代の歩みや、思いが、合間合間で描かれる。彼女たちの喜びと悲しみの物語でもある。それぞれの時代の、男性との恋愛とか結婚とかについての物語でもある。日本の近代と現代の個人の自我の変遷の物語でもある。昭和~平成の日本を舞台にした、「ボヴァリー夫人」でもあり、「感情教育」でもある。とにかくオモシロイのである。ニンゲンを描いているのであって、ドラマチックな出来事でゴタゴタと繋いでいるのではないのである。
     その癖(その癖っていうのも失礼な話しだが)、十分な娯楽性もあって、サスペンスもあり、最終段階での「2100万円のやりとり」は、不意打ちのようにドラマチックな感動だったりする。

     これはもう、本当に素敵な小説でした。こんな小説を新刊で読めるなんて、嬉しくて滂沱の涙です(泣いてないけど)。水村美苗さんは、以前に「日本語が亡びるとき」を読んで、あれはあれで大名著だと思った。けれど、小説書きとしてここまでスゴイ人と思わず、読んでいなかった。まず、これから、1作でも2作でも、この人の新刊を読める幸せに感謝! それから、慌てずこの人の旧作を読んでいけることに感謝!
     こんな小説を書いてくれるのであれば、実際の水村さんがどれだけイヤな人でも良いです。きっとコンナ本を書ける人はイヤな人に違いあるまい。

     と、言いつつ、これが万人にお勧めかというと、そうでもないんです。
     何しろ、ここに描かれいることは、目を背けたくなる人の老いであり、親の果てしない介護の地獄であり、虚脱と安らぎでしかない親の死であり、遺産を巡るナマナマしくも現実的な金銭の話であり、若くない夫婦の崩壊であり、住居やらローンやら年金やら仕事やらの不安であり、失われた若き日々の、その愚かさへの甘い後悔であり、子供と親とのままならぬ関係であり、不幸であること全般だったりする。
     まあそれでも、最後に「私は幸せだ」と呟かせる。最後には春のちょいとした日差しのような暖かさで包んでくれる。
     あー、やっぱり素敵な読書だった。

     この本は、暮らしている小さな駅前の小さな書店で、ふっと衝動買いしたものだった。やっぱり、アマゾンも電子書籍も良いんだけど、書店という場所は少なくとも僕が生きている間は元気でいて欲しいものです。

  • 主人公は水村美苗本人なのだろう。老いてもわがままな母の介護に疲れ、夫の浮気にも悩まされる。母の死、離婚の決意、新たな出発にいたるヒロインの心情の変化、新聞連載小説として書いたものだ。特異な母の出自が興味深く、また、母の死後、主人公が芦ノ湖畔のホテルで出会う人びとの話は、それだけで小説になる面白さだ。主人公姉妹と「母」との距離感が私はよくわかる。それでも親だから…。さて、私も親の介護に行くかな…。

  • ここ数年,私には新刊に飛びつきたい気持ちにさせる作家がほとんどいなくなってしまっている.そういう中で水村美苗さんは貴重な例外.それにしても,前作「本格小説」からどれだけ待ったことか.しかし待っただけのことはあった.

    前作と違って波瀾万丈な人生を扱っているわけではなくて,親の死,夫婦関係,そして自分自身の老いといった,誰もが多少なりとも経験することがテーマである.自分の意志で一人で生きるという,若いときには当たり前のように考えてしまうことが,親,家族,肉体の衰えといった要因で,歳を重ねるとなかなか難しくなっていくことをこの本は実感させる.それだけに,かなり身につまされ,自分の生き方を考えさせられる.私が主人公の美津紀と同じ女性だったら,たぶんこの衝撃はもっと強かったろう.

    ただ,そうした不幸の中に沈潜せず,自分や母親を客観視するだけの理性,知性が,この本を重さから救っている.また以前の「私小説」を思い出させる姉妹の会話(ほとんどが愚痴だが)にはシニカルなユーモアすら感じられる.

    文中あらゆるところで,ぴったりの表現や比喩が現れ,引用する間がない.昨今の濫造されている本とは格が違う.それでいてこのボリュームだから,書くのに時間がかかるのもよくわかる.でも次作はもう少し早く読みたい.「日本語が亡びるとき」から救うのはこういう優れた小説なのだから,水村さんが小説を書く意義は大きい.

    若者向けの本があふれている中で,この本が大ベストセラーになることはないだろうが,日々生活に追われながら,人生の下り坂を意識せざるをえない私のような世代に,小説を読むことの意義と楽しみを与えてくれる本当に貴重な本.

    星一つ減らしたのはこれを何度も読むのはきついなという気持ちから.この本自体に罪はありません.

  • 寡作ながら質の高い小説を書いている水村美苗の新作。小説には珍しい(だからこそテーマとして選ばれただろう)中年女性の人生について書かれた自伝的小説です。

    素晴らしい小説です。あまりにも生々しく、読んでいて本当に辛く感じることも何度もあり、それでも先を知りたくてページをめくってしまうような作品です。しかし、その生々しさゆえにもう一度読み返すことはとてもできそうにありません。

    例えば、母親の死を看取る描写。わがままに生きた母を看病しつつ、早く死んで欲しいと願い、計算高く遺産の金額を見積もり、憎みつつもやはり血のつながった肉親であるという関係。

    あるいは、夫との離婚に悩み、離婚後の将来設計についてリアルな金額をあげてそろばん勘定をする描写。美津紀の家庭は一般的な基準で言えばかなりの高収入ですが、夫の慰謝料や母からの遺産、自分の所得を計算すると決して裕福な生活ができるわけではない。…そんな風に書かれると美津紀ほど恵まれていない自分の将来なんてもっと絶望的じゃないか!…と思ってしまいます。

    「私小説」で描かれる行くも戻るも決断できない曖昧な葛藤に、年齢による「老い」が加わってますます自縄自縛になっているかのようです。中年女の業とはかくも深いものなのか。

  • 50代になり、自分の老後のことを考え始める頃、母の介護を担うことになった娘。介護の負担をめぐって姉との葛藤、夫の不倫も重なり、母はいつ死んでくれるのかと考える自分に気づく。

    日本の高齢化社会ではよくある介護の苦悩話。だが、比較的早く母が亡くなってくれた主人公は幸運な方だろう。遺産もあったし、夫や姉も自暴自棄にならず、社会性を備え、常識をもって行動してくれた。

    主人公は母の死によって、将来を少し明るく感じはじめる。誰もがうらやむハッピーエンドではないが、長々と修羅場が続くことに比べれば相当マシだ。老親の死によって、穏やかで平和な老後を期待することは皮肉でも親不孝でもない。

  • 昭和のレタリング風ロゴもウィリアム・モリスの想定も好きでハードカバーのまま残してる作品を10年ぶりに再読。
    近年ますます喧しく言われる母娘問題。断罪するでもなく、放棄するのもなく、徹底的にそれと付き合い自らの人生と問題を明らかにした五十代姉妹がたどり着く境地を、なんとも赤裸々but清澄に描き切る。
    主人公は妹のほう。わがままな母の世話と介護に明け暮れ、死を願いながらあっけなくそれがかなったときの無力感と疲労を描く前半。発覚した夫の不倫もあり、自分を見つめ直すために長期滞在した芦ノ湖畔のホテルで、ちょいとミステリ仕立てに進む後半。
    『金色夜叉』に自らを重ねる無学な祖母、小説と映画の虚構におどらされ続けた母、『ボヴァリー夫人』の翻訳を夢みながらかなわなかった主人公…ときて、物語の描く恋愛に、ここではない世界に魂あくがれ出て、現実を直視しない人生は私にとってもひと事ではない。
    また、こんなにひどい母親ではなかったけど、私もまた若いときには何もかも母のせいにし、今は娘が私を責める(笑)。
    主人公と同じ50代になったからますますシミるわあ!
    そして「書かれた言葉以上に人間を人間たらしめるものがあるとは思えなかった」にまた激しく首肯。
    これが新聞小説として毎日連載され、また物語のなかで新聞小説がいかに明治女たちを現実に満足できぬ「近代人」を作り上げ(さすが漱石のひと)脈々と現代に続くかを描くという入子構造が見事。
    憎み続けた母の遺産が、結局は自分を救うことになる構成が見事。
    見事しか言えなーい。
    そして、連載の終わりのほうで現実が東日本大震災を迎えたことで、ラストはあのようになったのだろう。小説家ってすごいな。
    私も主人公の境地を目指し、自分で手に入れたもので好きなものに囲まれた暮らしをささやかに、満足して送りたい。途上にあって道を示してくれた。

  • 主人公と同世代、終活に向かう親を抱える私には
    胸に迫る、ある意味参考書のような小説でした。
    母の死を、一体いつになったら死んでくれるのかと願いながらも
    その母が少しでも喜ぶことをしてあげたいと、懸命に介護する娘。
    一見すると矛盾しているように思える相反する二つの感情が
    容易く理解できてしまう女性は多いのではないだろうか。

    長寿が当たり前になり、自分の人生を謳歌できる世代のはずの子世代が親の介護や世話に追われ疲れてしまう。
    薬に頼ったり、泣きながら夜を明かしたりしながらも
    逞しく自分の幸福を探し求める主人公の姿に
    力をもらえた気がします。

  • 2012年の作品で50代女性が主人公。私にとっては親の世代くらいになり、全く同じに共感というわけではないが、、、女の人生の苦悩の全てがここに…!という感じの辛苦のフルコース(といっても、生きるか死ぬかの生活苦とは無縁の世界の話なのでもっぱら精神的なコトに限られる)。
    同じ女としては心穏やかに読めない「恐怖」小説ですらあるが、どこか細雪的な品のよさがあって、これだけエグいのにエグさで売ってないわよという上質感にひれ伏す思い。ちょっとしたひとこまの表現のうまさにも舌を巻く。そしてこれ自体小説でありながら「小説とはなんたるものか」という批評性まで併せ持つ、なんという視点の高さ。

    何を今さら、、、を承知で言うけれど、すごい作家だ。

  • 女の人が母親を嫌う気持ちというのは、昔ながらのテーマである男が父親を憎む気持ちと、似ているようで全く違うんだな、と感じた。
    ここまで詳細に、母親の表情、言葉、匂い、声、仕草、老醜、娘にとってそのそれぞれがどのように嫌であるか具体的な嫌悪感の有様を示すことができる(そしてそれを小説にすることができる)とは、男と男親の関係からは考えられないのではないか?
    母の死に至る介護小説とも言うべき前半と、母の死後、箱根のホテルで自分のこれからと向かい合う後半に大きく分かれる構成だが、全体を通じて女性の老化と金の話についてはこれでもかというほどの呵責のないリアリティが汪溢する。
    希望が見えるように思えるのはこの長大な小説の最後の数ページである。しかもその救いは直接的には思いがけない多額の収入によって、そして間接的にはこの国を襲った思いがけない巨大な不幸によりもたらされたと読めなくもない。
    恐ろしい小説である。

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著者プロフィール

水村美苗(みずむら・みなえ)
東京生まれ。12歳で渡米。イェール大学卒、仏文専攻。同大学院修了後、帰国。のち、プリンストン大学などで日本近代文学を教える。1990年『續明暗』を刊行し芸術選奨新人賞、95年に『私小説from left to right』で野間文芸新人賞、2002年『本格小説』で読売文学賞、08年『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』で小林秀雄賞、12年『母の遺産―新聞小説』で大佛次郎賞を受賞。

「2022年 『日本語で書くということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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