われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る

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著者 : 米長邦雄
  • 中央公論新社 (2012年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120043567

われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語るの感想・レビュー・書評

  • 将棋を指すことはないが子どもの頃に遊んだおかげでルールくらいは知っており、米長氏のことは氏のウェブサイトを通じて知ってはいた。そんな私が、勝負師・米長邦雄永世棋聖とコンピュータ将棋の対戦を巡るいきさつに惚れ込んだ一冊。また、コンピュータ将棋というのは、単なる勝ち負けだけではなく、情報科学が目指した「人の知能を理解する」という大きな志に着々と近付こうとしているのだと実感した。

    軽妙な文体で記述された、コンピュータ将棋への分析のみならず、将棋界運営に関する明晰な戦略には舌を巻く。もともとコンピュータ将棋は、将棋界が資金提供や交流も行い、一見すると対立しそうな両者がうまくやってきたからこそ、今回の電脳戦が開かれることになり、興業としては大成功を収めたと言って良いだろう。

    コンピュータ将棋と対決するには、人間とは違う対局姿勢で臨まなければいけない、そのためには何が必要か徹底的に分析し実行する。その結果、早指しでは負けるが、大局観がないというコンピュータの弱点を見つけて勝負に挑んだという。これについては色々異論があるだろうが、氏の勝負師としてのまっすぐな姿勢に心を打たれた。

    これまで将棋界は既存メディア(新聞社)を中心に資金提供がなされ、対局の解説も一方的なものであった。ご本人が何度も強調されたように、、双方向メディアであるニコニコ動画での放映を通じ、将棋ファン以外からもポジティブな反応があり、そのこと自体に心から喜んでおられたようだ。ニコニコ動画で放映されたこの電脳戦は100万人以上の視聴者がいたとされるが、そのうちの98.9%が満足していたということも驚異的である。端から見ていると、ようやく新しい時代が回って面白くなってきたぞ、という感想を持った。

    氏の対局直後、記者会見の前に急遽話し合いがもたれ、翌年(2013年)に5人のプロ棋士 v.s. 5台将棋ソフトを用いた電脳戦を実施すること、ニコニコ動画の運営会社であるドワンゴがスポンサーになることが決まったという。

    本書の後半において氏はコンピュータ対局について、現役プロ棋士に対するメッセージを出している。残念ながら2013年に開催された5人v.s. 5台の電脳戦を見ることもなく、この本が出版された2012年の暮れに亡くなってしまい、本書はご本人があとがきにあったように「遺言」となってしまった。もし存命だったらばこの対局をどう見たか。インターネットメディア、コンピュータ将棋を巻き込んだ、将棋界の一大転換期に亡くなられたことが、本当に惜しくて仕方がない。

    最後に、米長氏が引用していた吉川英治の「宮本武蔵」の一節が心に残った。

    波騒(なみざい)は世の常である。
    波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。
    けれど、誰が知ろう、
    百尺下の水の心を。水の深さを

  • 追悼

    なにからどう記しておけばいいのか、
    読み終わってこみあげてくるものがたくさんあります。

    もし主人とであっていなければ、
    きっと目にすることがなかった世界。
    そのひとつに「将棋」があります。

    とりわけ米長邦雄さんという、
    とってもダンディーで、
    色気があって、
    風刺が効いていて、
    それでかつ強い。賢い。フランク。

    そりゃだんなさんもこのおじさまには憧れること必至。
    著書からだけでなく、映像からも垣間見ることができるその姿に、
    いつしかわたしもすっかりファンになっておりました。

    奇しくも、勘三郎さんの訃報から2週間経ったか、経たないかのうちに、でしたので、そのショックは年末の慌しいときとはいえ、だいぶ堪えたのを覚えています。その後、追悼特集として最期になったニコ動へのインタビューを目にする機会がありましたが、そのときの様子が今でも目に焼きついています。

    ちょうど昨年の今頃なんですね。14日の対局は、実はわたしも序盤、中盤、そして終盤~会見までの一部始終をニコ動にて観戦していたひとりです。なので、本書を読みながら、そのときの様子やそのときの状況に解説が補足されていくような感覚で読み進めていけました。
    もっともわたしは、将棋については入門レベルなので、詳細はわかりかねるのですが、このとき6二歩という手をさしたことがどれだけすごいことなのか、くらいは、わたしにでもわかることでした。

    あのとき、どういう流れからこの手を打つと決めたのかがわかりました。

    それから、そればかりが敗因ではないとしながらも、コンピューターというデジタルなものと戦う人間サイドに繰り広げられる、極めてアナログな展開。

    それも全て含めて、将棋という世界を通じて「人間」として戦う姿を見せてくださった、米長先生の生き様を、結果的には最期の書として読むことになりました。
    あとがきの「遺言だと思って読んでほしい」という1文に涙。

    本当にさびしいです。
    1年かかって、ようやく読了するとともに、あらためて寂しさが募ります。
    一方で、出会えてよかったと、去年の今頃、あの、歴史に残る対局を、リアルタイムで拝見することができたこと。わたしも心から感謝しています。

    もう更新されることがないツイッターのフォローも、
    あれからやっぱりはずすことができません。

    心よりご冥福をお祈りするとともに、
    やはりこころから感謝。

    今月はあと2冊。追悼記念というか追悼祈念として何冊か読みたいと思っています。

  • 棋士の方が書く本は面白い。
    この本もその自分の持論を証明するような本だった。

    将棋ソフトの歴史や勝負が決まってから、詰将棋や将棋ソフトを使って自宅で練習する話や、他の棋士の反応なども書かれていて、現在の将棋ソフトはかなり強いと言う事がよくわかった。また、今回の勝負の流れや、勝負を分けた一手、そして逆転され挽回が出来なかった理由などを、わかりやすく説明しているので、将棋のうまくない自分でも楽しく読める。

    そしてこの本がほかの将棋本と違って面白いと思ったのは、他の棋士やコンピューター将棋の開発者が、今回の勝負について、私見を披露していることろ。
    本人と同じ意見や違う意見があり、立場や考え方が違うと音字勝負でも、感じることや考えることはこうも違うのかと楽しんで読んだ。

  • 今年の1月14日に行われたばかりの将棋連盟会長・米長邦雄永世棋聖王と将棋ソフトボンクラーズの対戦記を米長自身により僅か1ヶ月余りで発刊だからなんとも手回しの良いことと驚くばかり。

    ニコニコ動画での中継も随分と沢山の人が観戦していたということで予想以上の盛り上がりを見せた人間対将棋ソフトの対局だが、個人的には進境著しい将棋ソフトに対して米長では実力不足という感じは否めなく、何故にしてここで引退して久しい米長自身が対局者になって出てきたのかが最大のミステリーだった。

    既に2006年には当時の将棋界大関クラスの実力者渡辺竜王(現在なら東の横綱だ)が当時の最強ソフト・ボナンザに勝っているのだが、当時からソフトの実力は奨励会三段クラス以上と言われておりプロのレベルに達するのも時間の問題と思われていた。そうした危機感もあり、その後、連盟は将棋ソフトとの公式対局を禁止していたのだが、昨年は女流最強クラスの清水(実力的には男性奨励会初段程度=プロ未満)を指名して将棋ソフトあからとの対戦を企画している。結果は勿論あからの勝ち。

    毎年確実に進歩しているソフトに対し少なくとも若手の伸び盛りの棋士を指名しなければ勝てないのは自明にも関わらず対局者に名乗り出たのが引退後8年も経過している米長ではどう足掻いても無理がある。本書で当人は対局者選定の経緯、対局までの準備やら自分の実力に関して言い訳めいたものを書いているが、どう考えても米長自身が出てくることに対する納得のいく説明は無い。結局は「出たがり」の虫が騒いだということなのだろうか?ましてや来年はいきなり棋士5人と5つのソフトの団体戦を発表するのだから、ますます今年の対局の意味が判らない。

    その意味の不明な対局であるが故に、米長自身による対戦記も自慢と言い訳がないまぜになった不思議なものになっている。米長の棋士人生の最後を飾る(?)著書としての意味はあるかも知れないがそれ以上を求めてはいけないのだろう。

  • 衆人環視の中でコンピューターと戦うというのはどんな気持ちだろう?
    しかし、引退しても衰えない好奇心。自分の築いたものにあぐらをかかず、コンピューターに勝つための方法を追求し続ける姿勢。usreamのような新しいメディアに対する開かれた心。新聞記者のくだらない質問への当意即妙の受け答え。どれも、すごいと思わせる。
    さすが、米長さん。

  • 日本将棋連盟会長の米長邦雄氏が、コンピュータ将棋ソフト「ボンクラーズ」に負けたということが話題になったのは、つい先月の1月14日のことだ。それからまだ1ヶ月も経たないというのに、早くも対局した本人によって、その内幕の全貌が明かされた。それが本書『われ敗れたり コンピュータ棋戦のすべてを語る』である。

    決戦の裏側に隠された興味深いエピソードが、いくつか挙げられている。一つ目は、対戦時に将棋盤の向う側に誰が座ったのかということである。これは米長氏の強い意向により、米長氏自身を強く尊敬している人の中から選ばれた。対面(といめん)に誰が座るのかということは、勝負を左右するくらい大きなことであるそうだ。

    二つ目は、米長氏が出がけに奥さんに「私は勝てるだろうか」と聞いたときのこと。はっきりと「あなたは勝てません」と断言されたのである。「なぜ勝てないんだ」と問い返すと、「あなたはいま、若い愛人がいないはずです。それでは勝負に勝てません」と言い放ったというから驚く。げに恐ろしきは、勝負師の妻なり。

    はたして妻の予言通り、米長氏は敗戦を喫する。その分かれ目は、一手目の6二王にあった。奇策とも評された一手目を放った米長の狙いは、一体どこにあったのか?

    そして印象的なのは、米長氏による対局後の以下のコメントだ。

    我々は、コンピュータソフトがプロを負かすのか負かさないのか、そういうことではなく、最善手を求めていくことが我々にとって一番大切なことだと考えています。よってそれが人間であるかコンピュータであるかということはまったく関係ありません。

    一見古風で閉鎖的な印象を受ける将棋の世界だが、今回の対局は将棋界全体としても最善手を打ったのではないかと感じる。実に爽やかな読後感だ。

  • 将棋は判らない(駒の動かし方は知っているし、将棋を指したことはあるが、定跡は全く知らない)。が、今回の米長棋聖の周到な準備、勝つための執念には恐れ入る。勝負師の面目躍如といったところ。一方、そんな彼を破ったコンピュータソフト「ボンクラーズ」の凄さも。米長夫人の「若い愛人のいない今のあなたでは勝てない」との言は、真の勝負師の迫力は女性を心底虜にするほどのものだ、ということを意味するのだろう。そして夫人も、おそらくその一人だったにちがいない。勝負師の片鱗を伺わせた米長永世棋聖。敗れたりとはいえ実にカッコイイ。

  • 2016/6
    勝負に勝つためには、ルーティンなどで集中力を高め、良い気分でうつ準備が必要。

  • 羽生の解説と米長の本気度がたのしい。

  • コンピューターと対戦内容を綴った米長永世棋聖の著書。将棋を知らなくても、著者の考え方は周囲の評価などを含め、勝つためにあらゆる手段を講じるのか、それとも自分のスタイルを貫き通すのかを考えさせられた。また勝負の模様をニコニコ動画で配信するなど、新しい事へのチャレンジは歴史のある将棋界にもかかわらず、周囲のメディアや業界に比べフットワークが軽く、感心させられる。

  • 将棋の駒の動かしかたはわかります。その程度のレベルでも大変おもしろく読めました。
    著者の将棋、将棋差しへの優しさ、愛を感じました。
    いろんな世界に通じると思いますが新しいものとの出会い、そして対峙の方法は難しく、一歩間違えば自滅、崩壊への道も見え隠れする。そんな中でもやはりいつまでも逃げ切れる訳でないのでそのタイミングは責任ある立場であればあるほど難しいのでしょう。
    理由はあったにせよ、本当に良かったんだろうなと個人的には思います。がんばれ人間。

  • 棋士の方が弱いと認めた上での作戦練り。神は細部に宿るかのごとく準備に準備を重ねた結果であるが敗れた。
    研究結果として、「成らず」に対応できていないと書いてあったのには驚いた。そういうことがあったのでまさしく予言的中。

    奥様の愛人がいないから負けるは、言い得て妙。
    また、この本の出版年に亡くなってしまったのも何とも…。

  • 米長プロ棋士がコンピュータに敗けた。その経過が書かれている。どこか、負け惜しみのような気もするが、コンピュータ将棋のことがよく分かった。

  • 米長邦雄の人としての面白さ、勝負師としてのリアルさが、言葉の端々から読み取れる。
    ノンフィクションとして面白いのだが、ボリュームが少なすぎるのがもったいない。もっとこのテーマで書いて欲しかった。

  • 最近のマイおっかけはコグニティブのワトソン君。
    クイズ王かと思っていたらシェフもやってた。

  • 米長邦雄元名人とAIの将棋対決は、序盤名人の奇襲が功を奏したが、一瞬のミスにつけこまれ、結果名人は敗北してしまう。
    しかし、名人は勝負に負けて名を残すというところか。とにかく潔く、時にユーモア溢れる敗戦の弁は見事としか言いようがない。文句なくオススメ本です。

    AIはどこまで進化するのだろうか、いつか人の能力を凌駕するものは出てくるのだろうか。そんな事が頭をよぎるがとりあえず名人の言葉で〆としたい。



    「自分の頭で解いてはじめて自分の力となる。数学の、例えば二次方程式や微分積分の問題でも同じだと思いますが、答えを知っているということにあまり意味はありません。その答えを自分で導き出そうと脳に汗をかけるか、ということが問われるのです。もっといえば、正解できるかどうかについても、ある意味では二の次なのです。自分の頭で考えて出した答えを採点してもらったらたとえ零点だったとしても、それは本質的な問題ではない。『自分の頭で考えたかどうか』が重要なのです」

  • 2012年に将棋ソフトと対戦して敗れた米長邦雄氏の著書。自らがコンピュータより弱いことを認めて必死に研究を重ね、負けたことについて言い訳しない姿がカッコいい。でも記者会見の質疑応答を読む限り実は面白い人なのか?ニコニコ動画をはじめとするメディアへの言及が多いのも印象的だった。

  • 米長 vs ボンクラーズ 電王戦の話。とても面白くて読みやすい。将棋は、コマの動かし方を知っている程度なので、棋譜を追ったり考えたりはしないのでペラペラと読んだ。それでも、対戦に臨む心構えについての話は十分に楽しめる。

  • ちきりんさんブログで紹介されてて読んでみました。
    コンピュータ相手に普通に差したら完敗するという状況から、研究に研究を重ねる米長永世棋聖の姿に感動です。将棋も奥深い世界ですね。

  • 全頁にみなぎる緊張感。これぞ勝負師。

  • 将棋全く知らなくても面白かったです。

    記者会見でのやりとり、文書の合間に見えるユーモア(駄洒落⁈)等々からも米長さんの人間的魅力が伝わってきます。(まぁ半径50m以内にいるとまた印象違うんでしょーが)

    一番スゴイのは「勝つ」事に対する集中力、どうしたら勝てるかあらゆる方法を考えて、アプローチをするその執着力が長年勝負の世界の第一線でやってこられた方なんやな〜と。

  • 素晴らしい一冊。
    僕がなぜ将棋指しに魅せられているのかが分かった。彼らは「論理的な勝負師」だからである。
    「論理的な勝負師」とはどのようなものかについてちょっと語る。

    まず、この本は既に引退はしているが元名人がコンピュータと将棋を指した話である。元名人はまずは、

    ・コンピュータはどのくらい強いのか
    ・自分は引退してどのくらい弱くなったのか

    これを確認することから始めたとのこと。これはまさに孫子の兵法の「彼を知り己を知れば百戦殆からず」である。

    そして元名人は自分の方が弱いという結論を下す。しかし「勝負は力のあるものが常に勝つわけではない」ことを理解している勝負師である彼は、力の弱いものが勝つには・・・。という具合に話は展開する。
    こういったアプローチは例えば同じ勝負師でも格闘家などはしないだろう。彼らは自分が最強だと信じて疑っていないからである(あくまでも自分のイメージだが)。

    結果は対策を立てた上でも負けたわけだが自分は将棋指しのこういうものの考え方が好きなんだなと思った。

  • 米長永世棋聖によるボンクラーズとの対局記であり、将棋界への遺書。面白かった。
    続く第2回電脳戦はプロ棋士の1勝3敗1分で終わり、今年も第3回が開催されるとのこと。

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ニコニコ生放送で100万人が見守った第1回将棋電王戦「米長永世棋聖vs.ボンクラーズ」。その激闘の裏側には何があったのか。羽生善治2冠ほかプロ棋士たちの観戦記付き。

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