極北

  • 中央公論新社
4.09
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  • (2)
本棚登録 : 897
感想 : 117
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  • Amazon.co.jp ・本 (377ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120043642

感想・レビュー・書評

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  • 主人公メイクピースは破滅的状況の地球で独りサバイブしている生存能力の高い人間。繰り返しこう綴ります。自分はタフで実用主義の人物だと。しかし終盤こうも書きます。人はこう思われたいと思う姿の反対だと。この小説の魅力は、タフな筆致の中にもにじみ出てしまうセンチメントの部分にあると思います。重い内容ながらみずみずしい面も持ち、面白かったです。

    全身これ生きる本能といったメイクピースと対照的なのが、整形外科医の経歴を持つ男シャムスディン。彼の智慧はこの荒廃した世界では役に立ちません。それでも彼の知性はメイクピースにとって非常に価値あるものに感じられます。メイクピースは他にもさまざまな美しいものに心を動かされる、実は感性豊かな人物なのです。

    一方、メイクピースが父に寄せる感情は複雑です。珍名は聖職者である父がつけたもの(信仰篤い清教徒の家庭ではよくみられた)。もとは村落のリーダーでありながら、地球に異変が起きてから急速に指導力を失っていく。そのありさまを見ていたメイクピースが、観念では生き残れない、タフにならなければと思いを定めたのも道理で、心に残るエピソードです。

    やがてストーリーは想像もしない方向へ枝葉を広げていきます。その展開は主人公の旅と同じく決してスムーズではありません。常に最悪か、少しましか、の中から道を選ばなくてはならない日々の圧迫感。特に気をつけなくてはならないのは、疑心暗鬼に陥っている人間の心理。そこに信頼はなく、支配と被支配の構図のみ。いつ気まぐれな処刑の犠牲になってもおかしくない。その中でも機転を利かせ生き延びるメイクピースが頼もしい。

    どんなに過酷な目に遭ってもメイクピースが生き続ける原動力。それは希望だなんて陳腐で安っぽい言葉に置き換えられません。最後になってそれはわかります。大きな謎も残すストーリーながら芯の部分はシンプルですね。

    地が汚れたら人間性も文明も絶えるのだろうか?この問いは原発事故後の今、まったく絵空事ではなく、私にとっても皮膚感覚で共感できるところです。

  • 翻訳者、村上春樹は「あとがき」でこう語っている。

    「昨今読んだ中ではいちばんぐっと腹に堪える小説だった。物語としてのドライブも強靭(きょうじん)だし、読後に残る重量感もかなりのものだ。そして何より意外感に満ちている。僕は思うのだけど、小説にとって意外感というのは、とても大事なものだ」

    ある出来事によって世界が破壊されたあとの物語。人々は、家族をはじめ人間にとって大切なものをほとんどすべて失ってしまっている。「失われた」世界で、生き残りを賭ける人々。秩序は消え、飢えたいくつかの部族が荒地をめぐって闘いあう。

    「自分が何かの終末に居合わせることになるなどと、人は考えもしない。自分が終末に含まれるだろうなどと、人は予期もしない」

    たしかに世界は一瞬にして破滅する。
    村上春樹はあとがきで、「3・11」を引き合い出している。

    しかし、この物語のテーマは破壊されたことではなく、その後に人間が作り出した地獄だ。あまりにもリアルに描き出された人間の本性。こんな未来はありえないと、たやすく否定できるだろうか?

    「そこには、ものごとがなされるべきやり方があり、生きていくために役立つものと、役立たないものがあるだけだ。偽善が入り込む余地はどこにもない」

    そんな世界で主人公のメイクピースは、一度はすべてを失い、人生の目的をすっかり見失いながらも、「心」を決める。
    荒廃した世界を生き抜くタフな主人公。
    (主人公自身も「意外感」に満ちている。)
    主人公はある意味世界の果てまで旅をし、自らの謎に直面する。

    この徹底的にタフな描かれた主人公のおかげで、我々はこの地獄を旅してみることができる。

    「我々がいったん心を決めたとき、我々にできないことがあるだろうか?」

  • 読む前は純文学系(?)と思っていたら、SFというほうがしっくりくる感じ。『大草原の小さな家』を思わせる開拓地、近代文明を拒絶する清教徒かアーミッシュかといった暮らしをしている村、だけど舞台はロシア?といった設定から、その村に独りきりの主人公、なんで?と意表を突く展開に圧倒され、心地よく裏切られながら読了。それにしてもこの物語が突拍子もないものでなく、現実に起こってしまいかねないことがただ恐ろしい(いや現実に起こっている、と言ってもいいかもしれない)。暴力や残酷さに満ちているにもかかわらず不思議な静謐さを感じる。主人公メイクピースの語り口のせいなのか?
    主人公は無人島へ流れ着いたわけではないのだが、ロビンソンのごとくサバイヴしている。タフである。私と、私がが今しがみついている社会のなんと脆弱なことか!

  • モノトーンで近未来的な物語。
    しかし、あり得ないお話かというと、
    妙に現実感もあるし、
    そもそも話の筋立てが大変面白く、
    深く深く惹きつけられた。
    翻訳して下さった村上春樹氏に感謝。

  • 4.07/869
    『極限の孤絶から、酷寒の迷宮へ。私の行く手に待ち受けるものは。この危機は、人類の未来図なのか――読み始めたら決して後戻りはできない圧巻のサバイバル巨編。』(「中央公論新社」サイトより▽)
    https://www.chuko.co.jp/bunko/2020/01/206829.html

    冒頭
    『毎日、何丁かの銃をベルトに差し、私はこのうらぶれた街の巡回に出かける。
    ずいぶん長いあいだ同じことを続けているので、身体がすっかりそれに馴れてしまった。寒冷な空気の中で、せっせとバケツを運び続けてきた手と同じように。』


    原書名:『Far North』
    著者:マーセル・セロー (Marcel Theroux)
    訳者:村上 春樹
    出版社 ‏: ‎中央公論新社
    ハードカバー ‏: ‎377ページ


  • 「昔の方が良かった」と過去は時に美化されがちだけれど
    便利になったことはもう少し素直に受け入れてもいいのだと思う。
    そうでなくちゃ先代の人々に失礼だ。
    今日からもっとキャッシュレスやペーパレなどに感謝しよう。。

    かろうじて今は「不便」だった戦後の時代を生きた人がご健在だけれど
    あと数十年したら日本には便利しか知らない人だけになるのだな。

    絶対にやってくる不便を本でしか学べなくなる時代のためにも、存在価値が高く、尊い本。

  • いつ頃ぶりだろうと思い出せないくらい久しぶりに、冬休みを利用して小説をしっかり読んだ。話に入り込んで3日で読んでしまった。極北というタイトルや雪原の装丁からジャックロンドン的な世界観かと思ってたけど、マッカーシー的な荒野のイメージや村上春樹の世界の終り的なイメージの方が近かった。細かい部分はちょっと雑というか、説明不足で話がいきなり進んだりするけど筋としてはとても濃密な終末小説。欲や文明から逃れようと思ってシベリアのどこかに入植した人間たちが結局は人間であることから逃れられず階層社会を作って自滅していく中で生を受けた主人公が、信仰を取るか目の前のパンを取るか的なキリスト教の矛盾を問うよくあるテーマもいれつつ、最後は不遇な生い立ちも含めて自分の人生だと受け入れながら死に向かっていくそんな重厚な話。

  • 「老いるとは冷え込むこと」…この小説の世界は、全てのものが終末へ向かっているから冷え込んでいるのかもしれません。
    メイクピースという女性が辿った道、過酷で思いもよらない展開が次から次へと起きますが、読み終えたときとても心にずっしりきました。重厚。メイクピース、弱さや惑いもたくさんあるのですが、それでも勇敢で優しさもあって、飛んでいる飛行機を目にしたことで希望を持ったりして愛すべき主人公でした。女性の方が、やっぱり精神的には頑丈なのかもと少し思ったりしました。
    面白かった…というと表現が違いますが、夢中で読みました。冷え切っていて、電気や通信が無いかつての生活様式ですが、こんな世界の終わりもあるのかも。これは極北なので、他の地域がどうなっているのか気になりました。

  • 考えても答えの出ない問が次々に浮かんだ。
    危機に面した時人々が団結するのは映画の中だけの話で、実際はこの小説のような事が起こるのではないかと思うと絶望する。
    団結する未来より、対立する未来の方がイメージしやすい私は主人公寄りの考え方かもしれない。

    人が文明的である為には、一部の人が野蛮である事を必要とするのだろうかと感じた。
    自分が生きている間は生きることは美しいと感じたいが、地球全体から客観的に見て、人が生きることが美しいかどうかはわからない。

    ハッピーエンドかバッドエンドかは読み手に委ねられると思う。
    主人公の過酷な運命を淡々と描いた著者にタフさを感じる。

  • 近未来のシベリアの厳しい環境が舞台に、一人の女性が辿る運命の物語。

    旅を続ける主人公は様々な出来事に遭遇。

    過酷な運命に翻弄され、肉体的に消耗していく姿を見ると「過酷」という印象しかありません。

    また、真白な氷原に、黒い粒が一つ、そんな表紙絵も、物語全体に横たわっている「孤独」な雰囲気を醸し出しています。


    第四部の6章の、イーベンからメイクピースへの告白する部分の以下部分が心に残ってます。


    「時はどこに行ってしまったんだろうと考える事はないか?急に年を取ったと感じることがあるだろう。歳月はどんどん過ぎ去っていく。憐みをかけることもなく」



    この部分で、イーベン自分を重ね合わせてしまいました。



    物語はフィクションであすが、あり得ない話ではないなと思いつつ、内容の重みと文章の素晴らしさに感動しました。

    ちなみに村上春樹訳です。

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著者プロフィール

マーセル・セロー
一九六八年ウガンダに生まれ、英国で育つ。ケンブリッジ大学で英文学を、イエール大学でソヴィエト、東欧の国際関係を研究。環境問題から日本の「わびさび」まで、多様なテーマのドキュメンタリー番組制作に携わるほか、二〇〇二年に発表した小説 The Paper Chase でサマセット・モーム賞を受賞。本書『極北』は全米図書賞及びアーサー・C・クラーク賞の最終候補となり、「主要な文学賞が見過ごしている格別に優れた作品」に贈られるフランスのリナペルスュ賞を受賞している。その他の作品に Strange Bodies などがある。

「2020年 『極北』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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