よこまち余話

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著者 : 木内昇
  • 中央公論新社 (2016年1月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (282ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120048142

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よこまち余話の感想・レビュー・書評

  • 友人Kさんのおすすめ。で予約してみた。

    幽玄の美。読み始めて数ページで“青年は一番奥の長屋の前で足を止めた。玄関をくぐりしな、~以下略~”(8ページ)の「くぐりしな」という言葉が無性に懐かしくて、こういう時代ものってやっぱりいいなぁ…とじーんとした。時代劇ドラマもめっきり数を減らしたので忘れていた言葉を久しぶりに聞いたように感じた。

    時間をかけて、自然に読むスピードはゆっくりになりました。

    「夏が朽ちる」で涙があふれて止まらなくなったのでいったん休憩。「伝える」「継ぐ」「紡ぐ」。継いで紡がれて流れていく物語に胸がじんわりと熱くなった。

    色即是空。深い…。世阿弥の『花伝書』に少し興味がわいた。能や歌舞伎、その他、古来から受け継がれているものには目には見えないけれど先代たちの思いがぎっしりとつまっている。芸事に限らず思いがつまった物事、行事を大事にするのはそういうことなのだと読んでいて感じた。夏の始まり。お盆がくる前に手にして良かった。

    温かく、哀しく切なくもあるけれど忘れないということは、とても大切なことなんだとあらためて胸に刻んだ。よく見ると表紙も凝っている。とてもよかったな。

    予約者がいっぱいなのでもう返却しないといけない。残念。私にもっと読解力があったなら…さらに楽しめただろうに…しみじみとそう思う。また時間を置いてから読んでみたい。

  • 浩三の言葉を借りれば、
    どこからか芯のしっかりした
    それでいて儚い光を伴った粒子が集まってきて、
    一つ一つの物語を私に見せてはまた散っていく。

    とてもきれいだった。
    どの話もみとれてしまった。

    一昔前の、ある長屋に住んでいる人々の連作短編集。

    読んで改めてこの本との縁は…と思いをめぐらします。

    とどまることなく流れていく時間の中、
    周囲が変化しても時代が変わっても
    自分の粒子として持つべきものが
    きれいな情景の中にぽつんぽつんと置かれてました。

    トメさんの言葉が粋です。
    読書ノートはほぼ、トメさんの言葉です。

    「能」には全く興味なかったですが、
    『花伝書』に挑戦してみたくなる一冊です。

    難しいですけど、「色即是空」の言葉も
    もっと深められるようにならないと
    いけないなと思います。
     
    夏が過ぎる前に、夏の見送り方を知り
    今年からそうせねばと気合い入りました。

    大好きなお話ばかりでした。見つけた感が半端ないです☆

  • 今年1番の本に出会えた気がする。この本がどのように素晴らしく、どんなに感動したか、それを伝えたいのに口に出そう、文字に起こそうとなると言葉がはらはらと砂のようにこぼれ落ちていってしまう。未熟な私にはそれをカタチにできる力が備わっていない。だからといって恥ずかしい気持ちは微塵もなく、それ以上にこの本に出会えた喜びで満たされている。今いえることは、心の髄で感動し受け止められたということ。言葉として紡ぐにはまだ時間がかかる。生涯、わたしは何度も読み返すだろう。いつか自分の言葉で語れる日が来ることを信じながら。

  • 木内昇さん、初めて読みました。
    読み終わってじんわりと心が温かくそして少し切なくなる物語でした。
    神社の石段の近くにある、昔ながらの古い長屋を舞台に
    登場するのは感性の鋭い人・鈍い人、頭の切れる人・ぼ~っとした人からこの世の人ともわからぬ人まで
    皆が今日一日を大切に生きる愛おしい存在として描かれています。
    物語が進むにつれ、薄紙を剥すように徐々に見えてくるのは
    時空を超えるほどの、諦めきれぬ思い。
    その一途な思いがまっすぐに読む者の胸に響きます。

    お気に入りの作家さんがまた一人増えてとてもうれしい♪

  • 木内昇の描く時間軸は案外としなやかで、過去と今が途切れなく繋がっていることをやんわりとした口調で思い出させてくれるのが常だ。それだから、過去の出来事を分かり易い形で切り取って芝居仕立てで語る歴史物とは一線を画していて、昨日も今日もなく日々の中に連綿と続く何でもない出来事が本当は奇跡のような出来事なのだという凡そ歴史小説からは味わうことのないよう感慨が湧く。例えば「茗荷谷の猫」で展開するような時間軸に沿ってのみ移動する視点は、過去と今との多重露出のような効果を生んで、重なり合う日常的な営みを否が応でも意識させる。しかし、それが、つまり一方向にしか流れない時間が、錯綜することがないことを読むものはどこまでも意識しないではいられず、決して直接触れ合うことはないという事実に哀愁を覚える。それがこれまでの木内昇の常套手段でもあったと思う。その意味ではこの本の木内昇はこれまでとは随分と違う。何しろ空想科学小説並みに時間の流れが淀むのだ。

    とはいえ、いつもの木内昇の文章から受ける印象が大きく変わるわけではない。読むものは時間の流れの生み出す理不尽さをより強く意識するだけのこと。最終的に大きな流れはやはり不可逆的な事象なのだ。だからといって全てが虚しい訳ではなく、日常は日常として意味を失ったりはしない。全てのことに大袈裟な後知恵の理屈があるように思えたり、物事が必然的に展開するように見えても、歴史はそんな風にして作られるのではなくて、ひとつひとつの営みが大きな糸に束ねられるようにして流れて行くだけ。後から見える景色に真実がある訳ではない。その事はこの「よこまち余話」でもやはりしんしんと伝わってくる。

    市井の営みに拘り続けるように見える木内昇の価値観にまたひとつ大きく頷く。

  • 読み始めは明治期の長屋を舞台にした、ごく普通の人情もののようでした。しかし、読み進めるに従い、思わぬ方向に話が進みます。
    直前に読んだ梨木香歩さんの「冬虫夏草」と同系統の不思議な物語。日常の中にごく普通に”不可思議”が紛れ込んで物語が進んでいきます。ただ、最初から全体の構成がきちんと作られていたのでしょうね。最初はポツンと現れた”不可思議”がどんどん広がって行くようになっています。
    木内さん、良いですね。時代小説がメインですが多作に流されることなく(時代小説作家は人気が出ると多作になることが多いような気がします)、一作一作本当に手塩に掛けるという感じで丁寧に書かれています。文章も見事です。
    ただ欲を言えば、齣江さん、トメさんがこの長屋に現れたその裏をもう少し描いて欲しかったかな。あからさまで無く、ほんの少しで良いのですが。

  • とある長屋の日常かと思えば、読み進めるうちに、不思議な世界がじわじわと広がっていく・・・。こういうお話、好きです。

  • ほとんどが、狭い路地の中、そこに並ぶ長屋を舞台に語られる。
    よくよく思い出せば、学校や、ミカンが採れる暖かい土地なども出て来るのだが、それでも、読者である自分は不思議な閉じた世界に閉じ込められていて、どうやってもそこから抜け出せないという感じがする。
    多分、登場人物も、そんな空間に囚われているようだが、ただ一人、糸屋だけが何も考えない無頓着さで、壁をぶち破って自由にかなたとこなたを往き来しているのである。
    彼だけが、現実的で即物的で、悪気はないのだろうが俗物的だ。

    路地には常に、黄昏の黄ばんだ光が満ちている気がする。
    夏を語られていても、陽の光は低く差し込む。
    時の流れがどうなっているのか考えると眩暈がしてくるが、後から思い出すと、なんとなく「そうなのかな〜?」と思いあたるふしがあったり。
    例えば、齣江が、静岡らしきところに6日ほど滞在したのは、ちょうどお盆の時期だったのかな、とか。

    もう一度読み返したい。
    あちこちに不思議の種が転がっていそうだ。
    鍵は『花伝書』なのだろうか。
    夢と現(うつつ)に境目はないのだろうか。

  • 彼岸とこの世の混じり合う間,古いものが息づいている長屋,不思議な空間時間を生き直している人たち.作者の優しい目は,疑う事を知らない浩三の目を通して暖かく注がれる.そして何より主人公達はもとより,糸屋のすっとぼけた若だんな,和菓子屋の親爺,質屋の親爺など魅力的な脇役が揃っている.

  • ページを捲る毎に感じることになるだろう、上質の物語に触れる愉悦を。
    そして読み終えて本を閉じるときに感じるだろう、読書という至福を。
    傑作「櫛引道守」から3年…木内さん待望の新作は首を長くして待った甲斐のある素晴らしさ。隙のないきっちりとした連作短編、しかし読み進めるうちに一本また一本と糸がほつれていくような違和感を抱きながらもラストにはそのほつれた糸が美しい布に仕立て直されて…
    具体的には何も語ることはしないでおこうと思う、真っ新な気持ちでお話に浸ることがこの本の真髄だから。
    紛うことなき今年のマイベスト

  • 粋で江戸の風情を漂わせる世界はますます洗練されていき、話芸のような、心地よいリズムに浸れました。ところが、なんの説明もなくふと紛れ込む世界が、またぞくぞくするほど新鮮で、鮮烈でした。
    しかも、どれが現実のひとなのか、ここは異界なのか、現(うつつ)なのか、読み手は木内さんの思うがままに翻弄されるのです。その心地よさ。
    木内さんのあたらしい世界に触れて、ますます楽しみな作家さんです。また、そこはかとない、でもニヤニヤしてしまうユーモアにもはまりました。

    「少しずつ姿を変える日々の営みの中に、ふと立ち上がる誰かの面影。確かな手応えを刻む、先人の記憶。時を声、人々の思いは積もる。懐かしい露地に季節がめぐるとき、彼女は再び彼と出会う。」

    この帯の文章が、この本の世界を言い得て妙でした。

  • 何度鳥肌が立っただろう

    いやただの鳥肌ではなかった

    体の内側までソワソワとする鳥肌を

    何度感じただろうか

    感動の数だけ名場面や銘文があるのなら

    この作品のそれのなんと多いことか

    前作「櫛挽道守」の感動いまだ冷めやらぬ中

    “柔らかな”物語に包まれながら

    心をゾクゾクと震わせて最終頁にたどり着き

    浮世の感覚のまま読み終えました。

    どうだ外国語!

    日本語はこんなに素晴らしい物語を紡ぎだせるのだ!

    と一人虎の威を借る狐になっている自分がいます。

  • とある出版社のブログで紹介されていた本。
    といっても、面白いと評判が高い、という程度。

    主人公は古い長屋の一角に住むお針子の齣江、と思って読み進めるが、連作短編集なので、語り手も主役も入れ替わる。
    齣江も主役の一人、といったところ。
    いろんな時間軸が交錯して、少し不思議で哀しい本だった。
    大切な人や物と心ならずも別れてしまった人に。



    収録作品:ミカリバアサマの夜 抜け道の灯り 花びらと天神様 襦袢の竹、路地の花 雨降らし 夏が朽ちる 晦日の菓子 御酉様の一夜 煤払いと討ち入り 猿田彦の足跡 遠野さん 長と嵩 抽斗のルーペ まがきの花 花よりもなほ 夏蜜柑と水羊羹 はじまりの日

  • 行く先を変えることは出来ないけれど、来た道を辿ることは出来るのかもしれない…。

    表通りから離れた狭い路地にひっそりと佇む古い長屋。
    その長屋の周囲で起こるちょっと不思議な出来事。
    知っているはずなのに見知らぬ所に迷い込んでしまったような、心細さが随所に漂う。
    長屋の住人達や周囲の人達の、家族ぐるみの仲の良さが一層物語の儚さを煽る。

    そして最後に迎えた「はじまりの時」…何とも言えない切なさに泣けた。
    別れの寂しさとはじまりの予感、相反する気持ちに胸打たれた素敵な物語だった。
    読了後、表紙の赤い糸に気付いて、また泣けてきた。

  • 長屋の人々の生活を描いた小説かなくらいに思って読み進めていたけれど、自分でも気付かないうちに不思議で面妖な世界がじわじわと入り込んでくる。
    とにかくよく分からないことが、当たり前のように出てきて展開が進んでいくけど、それらに対する説明やら詳細は描かれていない。最後まで明らかにはならない。けど、そこで描かれている感情や想いは確かに心に届いてくる。
    なんだかよく分からない戸惑いや切なさはよりリアルで、私達も浩三と一緒の気持ちで最後を迎えている。
    なんとも不思議で妖しくて、温かくて切ない話だった。
    またいつか、かみしめかみしめ、読み直したい。

  • 明治末期から大正時代が背景。とあるひなびた路地、その先は神社に繋がっている。路地は冥界への入口、この世とあの世の境目となる。長屋に住まう、訪れる人びとの日常が静かな筆致で描かれている。

  • 長屋を舞台にした時代小説なのかと思って読み進めると、なんとなく違和感が。人々の日常の中にひっそり不思議なものが紛れ込んでいました。いつの間にか彼岸と繋がったり、過去と未来が交わったり。といってもあまりにひっそりとしているので普通に生活していたら見逃してしまうような不思議です。読み終わるのがもったいなくて最後の方は一日に一話ずつ読みました。梨木香歩さんの家守綺譚を思い出します。木内さんってこんな本も書くんだな。オススメです。

  • 敢えて分類するとしたら、ファンタジー?、小説?、なのか...
    時代背景は昭和初期、辺りなのだろうか。
    自然のままか、それに近い緑と影・自然が織りなす臭いや湿り気・土や草の匂い、空気がきれいだった分だけ冬でも日差しは強く、その分影も濃かった...。
    ”不思議さ”のタネ自体は珍しいものではないと思うが、設定や表現・各人物の交錯などで、静かに面白く読めました。

    ”まえがき”も”あとがき”も無いのですが、妥当です。
    有ったら無粋だし邪魔なだけで、当然のことながら心得て構成されているようです。

  • めっちゃ、よい。
    木内さん、やっぱ好きです。
    ところでノボル、じゃなくてノボリさんだったのね、と今更きづく。

    長屋がなんたらと始まったので江戸ものかな、と思いきや、その空気を残しつつも、もうちょい後の方の時代のよう。

    質屋の親子の話がよかった。
    胸にしみる。
    じわ~じわわ~~っと、くる。

    影がしゃべったりするのは、ちょっと浩三が感性の鋭い子だという表現なのかなっと思ったりもしたんだが、
    ちらりちらりと不思議が姿をみせ、ああ、そーゆー感じのおはなしなんだなーーっと納得。
    時を戻ってでも会いたい人、かあ。
    切ない、切ないよう。

    天狗が未来の浩三の姿をおっかさんにみせてくれたシーンもしみじみあったかかった。
    その姿を大事に大事に胸におさめるおかみさんの様子が、いいなあって。これまたじわ~じわわ~っとくる。

    糸屋の若旦那はヒトリ、なんだかちょっと分かってない扱いされてますが、大高さんの言葉が
    いつか分かる日もくるんじゃないかなーっと思ったりもする。

    木内さんのじんわりにじむ人の機微を描くのがうまいよなあ。

  • 東へ行けば天神様のお社。
    西へ行けばお屋敷の土塀。
    その間にある長屋に暮らし、針仕事を生業とする齣江。
    老婆と魚屋の次男は齣江の家に上がり込み日々を暮らす。
    不思議なことがあっても、それ以上踏み込んではいけない。幻想的な世界観に大満足の一冊。

  • 今の自分と、ここを通っていた頃の自分は随分隔たっている。うろたえているふうな、喜んでいるふうな、そして胸のずっと奥底で泣いているような顔。とてつもない不安。答えなんぞ分からない。だけど進む。生きるっていうことはそういうこと。ちょっと不思議な世界。だけど、それ以上にめずやかに感じたのは、今の世の中には決してない、人肌の温かみと人情。不思議な違和感の正体が実はここにある。

  • この世の中のは、自分が知りえない世界がある
    時空が交差して、並行して、霞んで見えたりする
    先を知って生きるのは辛いんじゃないのかな
    特に、人の寿命を知って生きることは辛い
    わたしは、もし過去に戻れるのなら
    今のわたしの記憶はなくしてしまいたい
    この本の中にしかない世界に思いっきり浸りました
    とてもとても好きな本と出会ってしまった

  • この世の中にある次元というのはひとつきりじゃない…すごーく不思議でモノクロなイメージがつきまとうお話がラストははっきりした彩りをつけた感じです。
    夏だけが終わる、なんて不公平…その表現が深い。
    夏蜜柑を見たらこれからちょっと切なくなりそうででも決してさみしさだけじゃなく生を重ねていく未来に繋がる物語です。

  • 不思議なのですが、じんわり心地よく、切ない話。

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よこまち余話の作品紹介

その路地は秘密を抱いている。ここは、「この世」の境が溶け出す場所。お針子の齣江、"影"と話す少年、皮肉屋の老婆らが暮らす長屋。あやかしの鈴が響くとき、押し入れに芸者が現れ、天狗がお告げをもたらす。

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