青と白と

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著者 : 穂高明
  • 中央公論新社 (2016年2月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120048241

青と白との感想・レビュー・書評

  • 穂高明さん「青と白と」読了。宮城県出身の穂高さんによる東日本大震災(3/11)を題材にした物語。作家とアルバイトを掛け持ちしながら細々と生活をおくる主人公の悠が、震災後、実家へ帰省するところから物語は始まる。震災当日の様子、震災後の親戚との再会、その時感じた周りの人々の言動について悠の視点で細かく描写されてます。また、悠の家族である母、妹の視点でも物語が同時進行していく。あの場面、互いにどんなことを考えていたのかがわかる構成。表題の意味も物語を読み進めていくとわかります。

  • 3.11で被災した仙台に実家を持つ売れない女性作家を主人公に据えた物語だ。
    視点は作家の妹や母へと時にうつろいながら、震災について、その時その場に居合わせた人、居合わせなかった人について丁寧に語る。
    実家に帰省した際に購入した土産について「放射能がついているんじゃないか」と笑う職場の人。
    「みなし仮設」のために賃貸物件の需要が増したことをきっかけに賃料を値上げする家主。
    その「みなし仮設」が自治体によっては手続きが煩雑なこと、そのために「賃料が振り込まれていない」と文句を言い続ける大家。
    自身も被災者でありながら福島の農産物を忌避してしまう人。
    「瓦礫」を見物に来て、無遠慮に倒壊した家屋を写真撮影していく人。
    ひとつひとつのエピソードに、きっとこういうこと、あったんだろうな、というリアルさがあった。
    巻末の著者略歴を読むと、どうしても主人公と著者を重ねざるを得ない。
    震災のこと、被災することについて改めて考えさせられる。

  • 東日本大震災のこと。

    持病を抱えながらも小説家として
    バイトをしなが東京で暮らす悠子。

    実家のある宮城が震災に襲われ
    家族は無事だったが、自分の良き理解者である叔母や親戚、友人を津波で失った。

    震災後、東京で元通りの生活を送る中で、
    小説を書く意味と、被災地になにひとつ手助けできない歯がゆさ。

    悠子の母が抱えた空洞。
    亡くなった養女だった妹との思い出。

    宮城で結婚して暮らす悠子の妹の夏子。
    震災後、産地を気にするようになってしまった自分への違和感。
    姉への思い。

    震災から6年経ったけど
    被災した人たちの思いは、どう変化したのかな。

    今回の九州豪雨もそうだけど
    なにかしてあげたいっていう気持ちと反対に
    お金も時間もそうそうない無力な自分を感じることしかできないんだよね。

    震災の話は、悲しくなる。

  • 自分は体験していない。親戚や友人も西日本住まいばかり。それでも、心苦しいのに、家族、友人、本人が巻き込まれたらどんなものか。
    いつまでも忘れられない出来事。
    時間の経過である程度は…いやー、薄れることはない。
    思い出すことがあってもいいじゃない。

  • 震災のあとのはなし。装丁がきれいだったので借りた。まぁまぁよかったかな。

  • 震災の話はまだ読むのが辛い。
    ことに実体験に基づいた話であれば、さらに好きな作家さんのであればなおさら。

  • 仙台出身の著者が綴る震災の物語なのですが、主人公の魅力が乏しくて感情移入できません。著者本人の体験談がベースになっていると思われるのですが、ネットでググってみても著者の性別がはっきりせず、モヤモヤします。

  • ◎5年間悩み続けた、被災地の外で苦しんだ人たちの代弁者

    宮城出身の私が東京で仕事をしていた時に出遭った震災。沿岸部と比べればかすり傷のような被災をしただけとは言え、停電や避難を経験した家族の元へすぐに駆けつけてあげられなかった悔しさ。
    周りはもちろん自分を心配してくれてはいたが、ただひたすら、その心配に耐えることしかできなかったあの日。こんなに東京でじっと耐えているなら、どうにかして家族の元へ向かえたのでは?という後悔。
    ボランティアに行ったものの、心が折れそうになりまともに海のそばへ近づこうと思うことができない今。当事者になりきれない自分。被災地とは遠いところで経験した震災は、なぜか被災者との何らかの壁を感じてしまう。「本当に理解することなんてできないんじゃないか」。

    震災直後、小説家の悠が仙台の家族を心配しつつ、東京とのテンションの差に戸惑うところから小説ははじまる。
    当事者になりきれない自分が見せつけられたこの現実は、とても痛い。
    誰かは自分を傷つけようとしているわけではないはずなのだが、何気ない言動やが心に突き刺さる瞬間がある。
    それをリアルに表現していて、それもまた、胸に突き刺さる。

    筆者も5年の歳月を経て、悩みに悩みながらこの本を書き上げた。最後に主人公は前を向こうとするシーンがあるが、穂高さんも前を向こうと思えたからこの小説が書けたのではないかな。
    自分も前に向かわないといけない。そんな気持ちにさせてくれてありがとう。

  • 穂高さんは何作か図書館で借りて読んでいて、いい作家さんだなあとぼんやり思っていただけだったのだが、今作を読んで、ああ本当にいい作品を書かれる作家さんの本はちゃんと買わなきゃだな、と改めて。当たり前のことなのだけど。
    読んでいないものもあるので、買います。

  • 家族がそこにいないと分からないことだと思う。

  • 3.11のことを描くときに、その立ち位置というものが大きく問われるのだろう。自分自身に。
    当事者なのか、非当事者なのか、あるいは、その無数にある段階のどこなのか。
    仙台出身で、あの日、東京に住んでいた人は、いったいどの立場であの日を語ればいいのだろう。
    親しい人を亡くし、自分の部屋も被害に遭ってはいる。でも、「私は被災しなかった」というどこかよるべなさをきっとずっと抱えて生きているのだろう。
    サバイバーズギルト。あの日、この国にいてあの映像を繰り返し見た人たちが共通して持ち続ける、持ち続けなければならない意識なのだろう。

  • 読んでる最中に何度泣けたことか。みんなそれなりに一所懸命生き続ける。

  • 故郷仙台を激震と大津波が襲った。東京の「私」はその時、テレビを見ながら携帯電話を握りしめていた――。宮城県出身の気鋭作家・穂高明が、5年間迷い苦しみながら書き上げた魂の物語。

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