正統と異端: ヨーロッパ精神の底流 (中公新書 57)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121000576

感想・レビュー・書評

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  • 今までに何度読み返したか分からない、愛読書中の愛読書。
    本書と松岡正剛の「空海の夢」を毎年読んでいた時期がある。

    暗黒の時代とされていたヨーロッパ中世がいかにダイナミズムに満ちた熱い時代であったかを描いて、中世に対する見方を一変させてくれる。
    こんな密度の濃い、高度でエキサイティングな論文が新書で発行されていたことに感嘆したものだ。
    それも初版は1964年と来ている。
    60年も昔のことだ。
    中公新書版は長らく絶版になっていたが、中公文庫で再発行された。慶賀に絶えない。
    こんな名作を絶版にしていたら出版社の名折れだ。

    何が面白いと言って、暗黒の中世がダイナミックに動いていたことを知って驚くことだけではない。
    「正統」を標榜するカトリック教会が、実は異端だったことを知って驚愕するところだ。
    カトリック教会が「異端的」思想を採用していた時期があったことを、秘蹟論にまで掘り下げて詳しく知ることで知的興奮を味わうことが出来る。

    1. 本書の要点
    中世ヨーロッパのキリスト教異端論争時代における聖俗(教皇対皇帝)のパワー•ダイナミズムを余すところなく描く。
    中世も熱かったのだ。
    腐敗した正統=カトリック教会を浄化するために教皇グレゴリウスが取った手段、それは異端的な秘蹟論の採用だった。
    正統の堕落を糺すために、カトリック教会は異端思想を取り入れたのだ。
    異端的宗教的運動が澎湃として起こってきた淵源はそこにあった。
    まるで、教皇グレゴリウスは、イワン•カラマーゾフが語った「大審問官」のようだ。

    カトリックが異端的思想を封印し、正統の思想に戻るのは、グレゴリウスから1世紀以上経たイノセント(インノケンティウス)3世の登場を待たなければならなかった。

    2. 異端のカトリック
    西洋中世のダイナミズムとは、まずローマ教皇と神聖皇帝との権力闘争が生み出したものだ。
    教皇権と皇帝権による、主導権争いだ。
    この聖俗のパワーダイナミズムが的確に描かれる。
    <カノッサの屈辱>により、ローマ教皇権力は、皇帝権力を屈服させてみせた。
    しかし、その後、皇帝権力の巻き返しに合い、教皇権力は失墜していく。
    こうした、教皇と皇帝との権力闘争は誰もが良く知っているだろう。

    本書の白眉は、それに加えて、もうひとつのダイナミズムを描いたところにある。
    教皇権内部の、即ち、ローマ教会内部の思想的ダイナミズムを描いたことにあるのだ。

    キリスト教は、プロテスタントの登場により、カトリックとの熾烈な宗教戦争に突入することになる。
    それは、近代に入ってからの宗教改革の時代のことだ。
    それ以前の中世においてはローマ教会=カトリックは磐石であったと、誰もが思っている。
    ところがそうではなかったのだ。
    正統を自認するカトリックの中に正統と異端の激しいダイナミズムがあったのだ。
    正統と異端とは、正統=カトリックに敵対する異端の登場、対立を意味するだけでなく、「正統を標榜するカトリックそのものが異端だった」と言う驚きの事態を指し示していたのだ。
    「正統を標榜するカトリックそのものが異端だった」と言うのは何というか驚きの事態だろう。
    これでは、「正統対異端」ではなく「異端対異端」だ。正統はどこにもないことになる。

    カトリック教会の腐敗を一掃するために法王グレゴリウスが採用したのは、秘蹟の効果は聖職者に起因するという「人効論」(人が大事)だった。
    腐敗した聖職者から受けた秘蹟は無効とするのだ。
    こうすることで腐敗した聖職者の一掃を図ったのだ。
    これによって教会改革は一気に進む。
    腐敗は消滅していく。
    しかし、カトリックの正統な思想は「人効論」ではなかった。
    正統な秘蹟思想は、どんな聖職者であっても秘蹟そのものは効果を持つと考える「事効論」(秘蹟が大事)だったのだ。

    教皇グレゴリウスの採用し、腐敗一掃に抜群の効果を上げた手法は、思想的には「異端的手法」であったのだ。
    これが「正統を標榜するカトリックそのものが異端だった」と言う意味だ。
    異端的宗教運動が澎湃として巻き起こり、隆盛を招いた淵源こそ、グレゴリウス改革だったのだ。
    カトリック教会そのものが異端的思想に立脚していたのだから、それも当然と言える。
    異端の隆盛という事態が、ローマ教皇の採用した異端的秘蹟思想にあることを暴いた堀米の慧眼に感嘆せざるを得ない。

    腐敗した教会浄化のためにグレゴリウスが採った最捷径の手段は、異端的秘蹟論(主観主義的「人功論」)だった。
    これにより教会改革はドラスティックに進んだが、改革終了後もたらされたのは、異端的宗教運動の興隆だった。
    驚いたローマ•カトリック教会は、蔓延する異端的宗教運動に硬直的に対応するしかなかっ。
    つまり、教会は異端的宗教情熱を取り込むことに失敗したのだ。
    そのため、異端運動は先鋭化していく。
    正統(を標榜する異端)と異端の対立は激しさを増していくことになるのだ。

    ようやく正統的思想(「事功論」=人は関係ない。秘蹟こそ全て。)を確立することに成功したイノセント(インノケンティウス)3世は、出来るだけ多くの宗教運動を教会に取り込むことを企図し、異端的=使徒的生活の実践を行う宗教運動を包摂した。
    そして、取り込み得ない宗教運動は殲滅するという方針を掲げた。
    フランス南部のカタリ派を、異端として断罪し、アルビジョワ十字軍を派遣して殲滅したのはイノセント3世に他ならない。
    イノセント最後の賭けが、聖フランチェスコの取り込みだった。
    異端中の異端とも言えるフランシスコ会をカトリック教会が取り込むことに成功して、異端の蔓延は収束していく。

  • かなり難易度の高い新書です。
    このレーベルでも随一といっていいほど。

    そもそも異端という存在と
    その主たる宗派も知らなかったので
    いい機会ではありましたね。

    その中には本当にこれは「いけない」
    代物もありますが、
    ほとんどは庶民が説法をするゆえに
    異端扱いとなるものがほとんどです。

    と、思うとどこか
    この宗教の主目的から
    離れていくように思えてなりません。
    きっと裏側には利権が
    絡んでいたのでしょうね。

  • 著者:堀米庸三(1913-1975)(西洋中世史)

    【メモ】
    本書の中公文庫版(2013年)がある。

    【目次】
    まえがき
       I 問題への出発
    第一章 ローマ法王権の負い目 004
     ある世界史的な出会い
     聖フランシスの前半生
     会見のいきさつ
     法王イノセント三世の悩み
     ローマ法王権の負い目
    第二章 正統と異端の理論的諸問題 029
     正統と異端-言葉の意味から
    第三章 キリスト教的正統論争の争点-秘蹟論 040
     キリスト教における正統と異端の争点
     中世秘蹟論争の系譜
     聖アウグスティヌスとドナティスト論争
     グレゴリウス改革以前の秘蹟論争の明暗
     中世前期における秘蹟論の問題点

       II 論争
    第四章 グレゴリウス改革と秘蹟論争 084
     プロローグ
     グレゴリウス改革の背景
     グレゴリウス改革と秘蹟論争の発端
     再版「ドナティスト論争」の展開
    第五章 グレゴリウス改革と秘蹟論争(続) 118
     再版「ドナティスト論争」と改革派諸法王の態度
     秘蹟論争終結期における諸法王の態度

       III 問題への回帰
    第六章 グレゴリウス改革と十二世紀の宗教運動 144
     宗教運動とは何か
     使徒的生活と巡歴説教
     グレゴリウス主義と十二世紀の宗教運動
     十二世紀の法王権と宗教運動の急進化
     カタリ派・ワルド派・謙遜者団
     十二世紀末の宗教運動と秘蹟論
    第七章 イノセント三世と宗教運動
     新たな出発にさいして
     第一の試み-謙遜者団の問題
     第二の試み-ワルド派の改宗と「貧しきカトリック者」
     最後の試み-フランシスの小兄弟団

    史料と参考文献
    年表

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    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • アシジのフランシスコに興味があり、引き込まれるように読んだ一冊。

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