人間関係―理解と誤解 (中公新書 (106))

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著者 : 加藤秀俊
  • 中央公論新社 (1966年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (183ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121001061

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人間関係―理解と誤解 (中公新書 (106))の感想・レビュー・書評

  • 加藤秀俊さんの「人間関係ー理解と誤解」(1966.6)、仕事をしてたとき、参考にさせていただきました。私は、昭和から平成、人間関係が希薄になりつつある中、その動きに背を向けて濃い目の関係を意識してきましたがw、仕事を辞めて地域社会に溶け込めば、そこには新しいステージが待っていました。希薄でもない、濃いめでもない、いわば大人の人間としての関係でしょうか。一喜一憂することもなく(憂うる関係に敢えて触れる必要はなく)今のところ、自然なやりとりを楽しむことができています。

  • 2016.12.17
    Ⅰ、問題としての人間関係
    人間関係は紀元前までのその形を認めることができる。我々は様々な科学技術を発明し、まさに問題をよりよく解決することで成長発展してきたが、こと人間関係においては特に発展していない。現代社会は血縁地縁から社縁へ、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと移行し、人と人の繋がりは必然ではなく偶然である。それは関係に対する自由を意味するが、同時に関係に対する孤独をも意味する。

    Ⅱ人間関係の形成
    我々は他人を恐れる。よくわからないからである。他者への恐怖から関係は始まる。そこから互いの素性を確認する。確認できたら、とりあえず警戒を解く。そこから様々な話に発展し、互いの頭の中の共通項を探る。こうして信頼を形成していく。
    つまり、1、他者への恐怖と警戒→2、他者の確認(基本的な属性や意図)→3、他者の信頼(共通項の発見)という過程が、見知らぬ他人から知り合いになるまでのプロセスである。
    共通項をより多く持つことができる人は話題が豊かである。しかし互いの引き出しを共有し合う(おつきあい)だけではなく、互いが互いの引き出しを創造しあう(付き合い)関係もまたある。あなたの考えが私に変化をもたらす、逆も然り。このような、お互いがお互いを変えていく、変わっていく関係、創造的人間関係こそ、良い関係ではないか。

    →人間関係プロセスをまとめると、恐怖の他者、他者の確認、他者の信頼、そして創造的関係、ということになる。「関係」において何をゴールとして持ってくるべきだろうか。関係における問題は、後述するが様々であり、私はその内でも倫理の対立を考えたいのであった。創造的人間関係は互いの違いに対し非常に肯定的である。しかし違いが対立も生むこともある。その違いに肯定的になれるのは、なぜか。一つのゴールではあるだろう。

    Ⅲことばと人間関係
    私には二種類いる、「こちら側の私」と「向こう側の私」である。向こう側は、他者を取り入れることでできた、一般化された他者としての私である。このような自我の形成に関わるのは言葉である。あなたの「こちら側」が、言葉によって、エンコードされ、私に届き、私によってデコードされ、私の「向こう側」になる。この時、私に取り入れられた「向こう側」に、私の「こちら側」が反応する。この反応により、取り入れる前のそれと取り入れられた後のそれには違いが出る、これは誤解の原因の一つである。私とあなたの関係は「対人コミュニケーション」だが、同時に私は、こちらと向こうという「個体内コミュニケーション」も行なっている。p.85にここあたりの事情が書いてある。
    相手の言葉を取り入れても理解し得ないパターンとして、1、こっちの私がクローズになっている、つまり頑固、2、エンコードの問題、つまり表現力不足、3、逆にこっちの私がオープンすぎて、相手に染まってしまう。これらを避け、それぞれが相互刺激的なコミュニケーションを行うには、互いを自由に開放し、そして均等に対話することである。どちらかが喋りすぎてもいけない。硬くてもいけない。

    →ここにも、より良い関係のための知恵が詰まっている。「私とは」に対する答えとして「こちら」と「向こう」というのはよく聞くし、やはり他者とわかり合うということについてもこのような自我論がまず前提にあるように思う。ここはより深めたい。この二者の関係、すなわち個体内コミュニケーションも興味深かった。頑固にならない、均等な対話は理想ではある、ではなぜそれができないのか。それは、心理的なものに原因を持っていっていいことだろうか。稚拙な自己啓発になりはしないか。結果としてそれを可能にするような、つまり結果として、互いに頑固にならず、均等に対話しあうことが良いと了解できるような、そんな理論を考えたい... 続きを読む

  • 広く人間関係にまつわる問題について、エッセイ形式で考察している本です。著者は、人間関係は人類が始まって以来変わることなく重要な問題であり続けたとしながらも、現代社会に特有の人間関係にまつわる問題が存在していると言い、とくに個人と個人の間のコミュニケーションや、個人と組織との関係などについて、詳しく論じています。

    人間関係は一面ではわずらわしく、さまざまな問題が出来することがありますが、他方では新しい可能性を開く触媒となることもあります。本書はそのような人間関係の両面性を踏まえながら、人間関係をポジティヴなものにしていくための方法について考察しています。

  • この本はおもしろかった。最近自分が関心を抱いているところをズバリついてきた。

    秀逸だと感じたのは最終章。「理解と誤解」、この副題の意味がここであきらかになる。

    人間関係に悩むひと、関心があるひと。「正しさ」と「間違い」の間で苦しむひと。「自分」がわからないひと。「学習」に関心があるひと。おすすめです。

  • 共通の話題を「探す」だけでなく「つくる」こともできる
    共通の経験をすればいい。

  • 初版1966年とかなり古いが、人間関係を考えるときに必要な基本的なことがらが書いてある良書である。最初に人間関係が人間にとって「問題」でありつづけることを指摘し、とくに都市と農村の人間関係のちがい、都市の人間関係は農村よりも相対的に偶然性が高いことをあげている。つぎに人間関係の形成、警戒・確認・信頼・共通項の発見・共通項の創出ということが整理され、ミードのコミュニケーション論を下敷きに言葉によるコミュニケーションに考察をすすめている。簡単にいえば、人間は記号のやりとりによって自己を変革していくことが説かれている。そして、話は組織論へいき、人身操縦術を越えた、人間開発としての人間関係、そのなかで人間が成長していく基盤としての人間関係のやくわりを指摘している。「つきあい」は相互を解放し高めあっていく関係であるが、「おつきあい」はちがうなどと身近な言葉で思考を展開していて面白い。

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人間関係―理解と誤解 (中公新書 (106))の作品紹介

参考文献: 182-183p

人間関係―理解と誤解 (中公新書 (106))はこんな本です

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