日本の外交―明治維新から現代まで (中公新書 (113))

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著者 : 入江昭
  • 中央公論新社 (1966年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (187ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121001139

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日本の外交―明治維新から現代まで (中公新書 (113))の感想・レビュー・書評

  • 明治維新から1960年代までの日本外交のあり方を、その思想的基盤、国際環境との関わりから論じた名著。
    読了し、自らの底の浅い歴史観を払拭された思いである。また同時に、現代の世界・日本を生きる一人の人間として、これからの外交・国際関係・国家のあり方等についての深い考察の必要性を痛感した。

  •  入江昭氏の古典的名著。

     明治維新から現代までと副題が付いているが、描かれているのは、1950年代までとなっている。

     本書の、最大の特色は日本外交の本質を描こうとしたことにある。つまり、明治までのナショナル・インタレストと外交政策が終始一貫していた時期と、大正以降の終始定まらぬ外交姿勢とがダイナミックに説明されている。

     帝国主義国家の仲間入りを果たし、国際政治の場に登場した日本であったが、結果的には第一次大戦後のアメリカやソ連のユニバーサルな思想とは相容れず、アジア主義を標榜し、他の諸国家との協調が破綻することになった。

     衰退した中国が、辛亥革命以後、「ヤング・チャイナ」としてナショナリズムを昂揚させ、アジアの中心たらんとした日本と衝突することや、アジア市場をめぐる日米の相克を、ミクロの外交施策というよりも、「思想・イメージ」でさくさくと説明していくところに本書の最大の特徴があるのではないだろうか。

     古さは否めないが、「古典的」と言われるにはそれ相応の理由がある。

  • 時折り見られる、活字(フォント)が細く印字されている部分は訂正箇所だと思う。朝鮮半島を植民地にしていて当然視する整理の仕方に賛成できない。土下座ものかな。27版1993年。 55

  • ハーヴァード大学で外交史ないし国際関係論を教える著者が、明治から太平洋戦争後までの日本の外交史を概観した本です。

    日本が国際社会の舞台に踊り出た19世紀は、西洋諸国が帝国主義的な覇権を競い合っていた時代でした。そのような状況の中に置かれた日本は、国土の安全と貿易の進展をめざし、軍事・経済両面での国益を追究することになります。著者は、日本の外交の基本的な枠組みはこうした現実的、実際的なものであり続けてきたと言い、西洋諸国のように宗教的、人道主義的、理想主義的な外交理念が存在しなかったと指摘します。日露戦争以後は、西洋と東洋の調和という思想が、ある程度外交の中に入ってきますが、著者によれば、その場合でも世界における日本の位置づけについての不安に基づいていたにすぎず、日本には独自の外交理念が欠けていたと論じています。

  • 戦前の日本の指導者たちの思想から外交を捉えた名著

  •  扱う時代は明治維新から1960年代までと幅広い。時代ごとに主要国が何を考え、どう行動し、日本政府がどう対応したか、内在的論理が丁寧に説明されている。
     例えば、国際連盟の脱退に至る「東洋平和確立の根本方針」、その源流となる石原莞璽の思想が国防という現実主義に基づいている点、先立つ幣原の経済主義外交が世界恐慌の影響で力を失ったことなど。
     著者は日本の外交に思想がないことを折々に嘆いているが、着実に現実的対応を進めていたことを記してもいる。これは意外な発見だった。日本が外交を通して何を追い求めていたのか、その思想や行動原理を描き出してくれる、興味深い1冊です。

  • 明治期から、戦後すぐまでの日本の外交しについて概観した本。時期ごとに、事実とその時の外交当事者が何を考えたのかということについて、まとめられている。
    日本外交は一貫した思想が無く、その状況に応じた対応をしてきたということを軸に、著者なりの見解についてまとめられている。わかりやすいし、的確だと思う。しかし、残念なのは、日本外交の一貫した思想が一体何かということについては、言葉で触れられている程度で詳しく述べられておらず、そのことから、漠然とした理解しか出来なかった。

  • 大学時代に授業で買って積読になっていた本を、10年ぶりくらいに読んでみた。入江さんと言えば、戦後すぐにアメリカのハーヴァードに渡ってずっとアメリカで研究し続けている大歴史学者。その著者が、1960年代の30代半ばで書いた日本外交史。
    日露戦争後から朝鮮戦争後までの日本外交について振り返っているのだが、外交の上で基本的に日本は確固たる思想がなく、その場その場の列強の状況に左右されてきたというお話。日本では、人種、宗教、道徳上の原理で外交が動いたことはほぼなく、もっぱら軍事(防衛)、経済戦略上の状況に応じて動いていた。唯一、思想的に統一したものが出来上がったのが、太平洋戦争においての「大東亜共栄圏」構想だったが、これとて資源確保という経済的大前提があったうえで、アメリカがドイツのソ連侵攻によって想像以上の対日強硬路線をとってしまったという状況からきている。外交上の思想がないというのは、よく持て囃される石原莞爾についても例外ではない、と入江先生は指摘している。最終章では、今後日本は新しい外交思想を作り出していくべきとしている。ここで入江先生が言っているのは、南北問題などが念頭にあるのだろうが、結局、その後の日本外交には新思想など出ることもなかったというのが現実ではなかろうか。安倍政権とて、中国の強硬政策に振り回されて反応しているだけに思えるのは気のせいではない。

  • 『日本の外交』の最大のテーマは、政府と民間が持つ外交意識の差異が、実際の外交にどのような影響を与えてきたのか、という問いである。明治維新から現代まで、豊富な資料に基づき解説しておりまさに「日本の外交」を理解するには最適の一冊

  • 外交という面から、明治維新から、現代(1960年代)までどのようなことがあったかを歴史的に見る本。

    (国内の)政治史も重要だが、外国との接するのは外交である。外交によっては、国外との戦争が起こることにもなる。外交の重要性を歴史的に感じさせた本だった。

  • (1968.06.16読了)(1968.06.07購入)
    副題「明治維新から現代まで」
    *解説目録より*
    変転する国際情勢の中で日本外交の進路を考えようとするとき、いま一度明治以来の道のりをふりかえる必要はないか。日本の外交思潮のパターンである「政府の現実主義」と「民間の理想主義」とは、日本が日露戦争の勝利によって二十世紀の国際外交の舞台に躍りだすまでにできあがっていたが、大陸への野心から太平洋戦争へ、そして敗戦から日米安保体制下の今日にいたるまで、百年の尺度で日本の近代外交の思潮をかえりみるとき、そこにどのような歴史の教訓を引き出すことができるだろうか。長期の展望にたって、今日の外交への指針を示そうとする。

    ☆関連図書(既読)
    「条約改正」井上清著、岩波新書、1955.05.20

  • 目から鱗が落ちる
    よう

  • 日露戦争までは統一的な外交戦略があったが、日露戦争後は、グローバル化する経済政策、中国における民族主義の高揚等、外交に置いて考慮すべきファクターが複雑化する一方、国内体制(軍部にしても官僚にしても)は硬直化し、日露戦争以前のような柔軟な対応できなくなった。

    太平洋戦争に進んでいく外交の失敗の要因分析にも触れられているのだが、経済政策と国家戦略について平仄を取っていくことが肝であるのではないか。当時、既に経済、貿易面でパートナーであったアメリカとの対立がなぜ起こったのか、現在に置き換えたときに、それが中国にあたるのではないか。1966年初版ではあるが、現在の外交課題を考える上での示唆する歴史的な事実が整理されている。

    以下引用~
    ・日本自体が朝鮮へ進出すべきだというのではなく、朝鮮が第三国の属国にならないようにする。これが「朝鮮独立」を目指した明治前半期の外交方針だった。

    ・松方財政のねらうところは日本の輸出振興、輸入抑制であり、そのためにもますます関税自主権を回復することが肝要になってくる。このように、日本の外交政策は国策のすべての点と結びついていたのである。

    ・日露戦争当時、およびその直後の日本外交の指導理念は、いぜんとして従来どおりの、帝国主義外交ということであった。つまり、諸列強の意向に注意を払い、できるだけ欧米諸国と協調を保ちながら、日本の地位を維持し、権益を発展させようとする考えてあり、その根底には、先進諸国のあいだに、ある種の均衡状態が保たれ、日本もその枠組みに入ることが、みずからの安全と利益を守る道だという考えがあった。

    ・小村(寿太郎)は陸軍がともすれば外国の意向を無視して満州発展をはかることには反対であったが、大陸進出そのものは「確定不動の方針」と心得ており・・・。

    ・(辛亥革命)このような政策の根底に、国際関係は帝国主義諸国家間の関係だとし、中国そのものは外交の関心外だとする思想があったことは明らかである。したがって、中国のナショナリズムにたいしても確固たる方針を立てることを怠り、清朝政府内の動きや革命党の運動などについても、十分な対策を講ずることがなかった。

    ・(日露戦争後数年間の日本外交)条約改正とか朝鮮問題の解決とかいう具体的な目標が消え、しかも中国のナショナリズムとかアメリカの人種偏見とかいう要素が、新しい問題を提起していたので、このような事態にあたって、現実的な外交理念をかかげて国論の統一をはかることは至難のわざであった。

    ・(第一次)世界大戦中に、日本の対米輸出は四倍にふえ、アメリカからの輸入も五倍化した。それまで主としてイギリスにあおいでいた資本を、日本産業が次第にアメリカに求めるようになったのもこのころからであった。このような状態にあって、日本経済の発展が、アメリカとの友好関係を維持する必要があるとされるのである。
    ・アメリカと日本の密接な経済関係が、日本にとって最も重大だと考えていたのは政友会の原敬や、外務省内の幣原喜重郎なのであった。

    ・日露戦争までは日本の軍事政策と経済政策のあいだには深刻な対立がなく、両者とも日本の近代化とか帝国主義国化とかを目指す根本外交理念の表れとして、表裏一体をなしていたものであった。それが日露戦争後は、この根本に横たわるべき思想に混乱を生じ、東西の協調あるいは対立といった抽象観念にわざわいされたのである。

    ・(弊原の)このような経済主義が1929年、アメリカに始まる世界恐慌によって非現実的なものとなるにおよんで、かれの国際協調主義も急速に色あせ、だれの目にも夢想的なものとしか見えなくなってしまうのである。
    ・世界恐慌の波は各国の経済政策を自己中心的なものとし、中国における国権回復運動の激化とあいまって、日本の外... 続きを読む

  • 明治維新から1960年くらいまでの日本外交を検証した本です。分かりやすくまとめられているので、初学用または復習用にとてもよい本です。著者は具体的に表記していませんが、ウォルツの「3つのイメージ」を使って、時代ごとの外交の変遷を説明しいています。

  • 1966年初版。
    明治維新から約100年。各時代の国際情勢と外交思潮を追い、戦前近代日本外交を巨視的に捉えた名著。

    環境対応型の「現実主義」に基礎を置く政府と、アジア思想に代表される「理想主義」を掲る民間人たち。本書では国際情勢の変遷とともに、山形有朋の主権線と利益線、陸軍の大陸作と海軍の海洋策、欧州協調主義からアジア主義、広田三原則、東亜新秩序などの外交思想に着目して日本外交の変遷を辿る。

    著者は終盤で、状況認識がなされていながら有効な外交ビジョンを示すことのできない日本外交の問題点を指摘する。本書が執筆されて50年余りが経過した今、果たして日本外交を取り巻くこうした気質は改善されているのだろうか。

    吉田茂は『回想十年』で
    「ディプロマティック・センスのない国は必ず凋落する」と述べている。

    日本はどこへ向かうのだろう。

  • 本書は、?変転する国際状況の中で日本外交の指導原則が果たした役割、?日本人の抱いていた考えと現実の国際関係との間のずれ、?日本外交の思想的背景と政治・社会の動向との繋がり、の三点を骨子に、明治初年から第二次世界大戦を経て「吉田ドクトリン」が規定路線となる1960年前後までの日本外交を、一方的なドグマや陳腐な解説に不満足に筆者独自の視点で振り返っている。
    目指すべき国家目標が比較的明確であった明治初期、政治面、軍事面、経済面で「海外各国と並立を図る(三条実美)」ための努力が、とりもなおさず不平等条約の撤廃という政治的目標とリンクしていた時代には、一貫した外交姿勢が容易に存在し得た。しかし運輸技術の発展などにより西洋によるアジアへの領土的、経済的、軍事的進出の姿勢が顕著になるにつれ、「欧州連合に加わり利権を獲得(大隈重信)」しようと、列国に歩調を合わせた外交、アジア主義を排して帝国主義的発展を期そうという「現実主義的/機会主義的な」外交姿勢は国内の理想主義者たちの批判の的となっていく。
    日露戦争開戦直後、朝鮮半島の支配権、南清への進出経済的発展から更に南満州への進出と、日本が大陸国家への道を歩みだした当時も根底にある外交姿勢は変わらなかった。日露戦争の勝利が西欧諸国を刺戟する事が恐れた政府は、アメリカ国内の排日運動、日英同盟の希薄化、清国内のナショナリズムの昂揚、英米の援清姿勢という厳しい国際環境の中で、列国と協調した「現状維持政策(伊藤博文)」を採っていく事となる。また国内的には、こうした日本外交観念の無思想性に対して、「日本はアジアの指導者として西欧に対峙すべきである」という「道徳的アプローチ」=アジア主義が、民衆や軍部(主に陸軍)の中で高まっていくこととなる。国内外で日本外交は孤立化し、指導者間での対立が生じ始める。
    1910年代に入ると辛亥革命、ロシア革命という変転が起きる中、ヨーロッパに代わって台頭したアメリカが新たな国際秩序へ強い意欲を見せる。中国の近代化を助けようというウィルソン外交に象徴される外交姿勢がそれで、むしろ混乱した国際情勢の変転期を「日本の版図拡張の好機到れり」と考えていた日本陸軍とは大きく姿勢を異にしていた。しかしアメリカへの経済的依存性を高めていた日本政府はこうした折衝を避けようと、三次四次にわたる日露協商、日英同盟改定を行って欧米協調主義を貫こうとする。同時に国内では岡倉天心、近衛篤麿、樽井藤吉らに代表されるアジア主義の高まりは抗し難い影響力を持ち始める。米ソが新外交の時期へ突入していく一方、日本は新しい外交観念を打ち出せずにいた。
    こうした中で軍事、経済、思想的に乱れた日本の対外態度に統一性を回復し、新しい国際観念を以て世界の諸問題に対処しようと尽力した幣原喜重郎が現れた。幣原はワシントン体制を新たな国際秩序と捉え、米との協調、軍事費の削減、中国内政不干渉による列国との協調姿勢を打ち出し、「経済的依存が平和な国際関係を維持する」という観念に傾倒した。
    しかし幣原外交は世界恐慌により破綻、積極外交を標榜した田中外交から満州事変を契機に軍部独裁へと一気呵成に日本外交は瓦解した。ひとたび大陸進出への箍が外れると一挙に対外問題が頻発し、それに呼応するようにアジア主義は暴走気味に大東亜共栄圏思想へと加速、軍部・政府の一貫した国防計画の欠如も相俟って日本はついに破局(日米開戦・帝国の崩壊)へと身を躍らせることとなる。
    このような考察を経て、著者は「現実対応的な次元を超えた地平で外交を包摂する哲学や理念を日本はいまだ持てずにいるのではないか」、との問題提起により 本書を締めくくる。とあるAmazonユーザーがこの本の書評で「この言葉は、21世紀を迎えた現代にあってより切実な重みを持ってくるのではないだろうか。」と嘆... 続きを読む

  • 日露戦争後の日本政府の外交方針が一貫して協調政策を重視し、一方で欧米は日本が列強国の一員になりつつあることに常に脅威を抱いていた。
    1920年後半から幣原内閣の協調平和外交より軍部の強行路線が優位だった背景として世界恐慌などの経済不安定や
    中国の過激なナショナリズムの展開で政情不安が増大したことがある。
    日中戦争まで米国は親日であり反中であったが欧州の大戦でのドイツの動向により日本のアジア圏での地位確立が米国にとって脅威となったため反日に態度を変えたことは意外に感じた。
    1930年頃の軍縮会議あたりから包囲網を整え日本を仮想敵国としてみていたと思っていたからだ。実際は日中戦争まで日米の貿易は頻繁に行われ武器や物資、食糧などを日本に輸出していた。

  • タグで外交ってひとまとめにするのもな。。
    もうちょっと勉強しないと。外交っていっても、一対一の集まりと、国際的な問題に各国がどう取り組むかだから、その2つがわかればもっとピンポイントな読書ができるようになるよな。スピードも上がるだろうし。

  • 日本の外交は、海外に対してどのように反応することが、国益にかなうかということを主眼とし、日本の政治家自身に必ずしも何か明確な政治的ヴィジョンがあるわけではなかった。

  • 明治以降の日本の外交が、どういう状況、どういう概念の下に行なわれていたか。
    政府が現実路線で外交を行なっていても、国民は理想路線を唱えていて、その差が激しく軋轢を生んだ等、日本史の教科書とは違う側面をたくさん提示してくれる。
    特に、日露戦争のあたりが印象深い。
    簡単に紹介すると、当時の日本はアメリカなどの思惑によって経済や政治的援助を受けて、ロシアに勝利した。
    しかし、国民はそれを知らず、ロシアの領土割譲や、億単位の賠償金を叫んでいた。
    現実を知る、全権大使小村寿太郎は懊悩していた。実際、国民の望むような賠償を得られなかった彼は、新聞で「弔旗を持って迎えよ」などと、黒枠写真入りで叩かれたそうな。
    ときの首相伊藤博文は出発前の小村に「他の誰が君をそしっても、私だけは君の帰国の迎えに出る」というようなことを行って送り出したと。

    しかし政府と国民、軍部の乖離ってのは、情報操作・制限もあってこそ生まれるものだよなあ……

    外交は、自国の利益だけ考えて、孤立していてなるものではない。特に、情報や交通の発展した時代においては。
    一国の行動の裏には、何かの目的がある。たとえば、アメリカが中国を支援したら、それはソ連(当時)を牽制するためであった、等の事例も多かった。
    外交思想。
    この行動の下敷きには、何の思想があったか。どういう概念で外交政策を選択していったか、ということを解いていく。思想ない行動と、選択肢がなくてそれしか選べない行動、というのは、結果が一時的に同じでも、その後の態度と方向性において別物なんだろうな。

    以下、抜書き。
    「帝国主義とか軍国主義とかいう枠ですべてを割り切ってしまうと、外交政策における主観の問題を無視することになりかねない。要は、主観と客観の両要素を結びあわせることであり、ある国の指導者や国民が世界情勢をどのようにとらえ、どのようにそれに対応しようとしていたか、このとらえ方と現実とのあいだにどのような関連があったのか、といった点を調べることによって、その国の直面していた諸問題、ひいては国際政治におけるその国の役割を学ぶことができよう。」

    外交とは何か、についての体系化

    1、外交政策の決定
     イ、政策決定者による国際情勢の認識
     ロ、ナショナル・インタレスト(国家利益)の定義
      A、軍事(国防)
      B、経済(貿易、投資)
      C、思想(道徳的考察、国の威信、地位など)
     ハ、政策の選択を限定する要素
      A、外交の通則(一般に受け入れられている観念、慣習など)
      B、国際法、条約、先例の拘束
      C、軍事的経済的能力
      D、国内的諸条件
        a、行政上、法規上の障害(たとえば日本憲法第九条)
        b、国内治安秩序維持への配慮
        c、政策決定者による世論の判断
    2、政策の遂行
     イ、政策の表現(具体的にどういうことばを使うか)
     ロ、世論の支持をうるための努力
     ハ、実際の対外交渉、協定等の技術
    3、政策の評価
     イ、政策がその目的を達したかどうか
     ロ、政策決定者の認識した国際情勢と、現実とのギャップ
     ハ、政策が国際環境におよぼした影響

  •  歴史に沿って日本の外交を見ていく本。
     経済と軍事、この二つを中心に描かれてきた外交の歴史。ただ、そこには決定的に思想が足りなかった。思想なき合理性と経済の敗北(具体的には世界恐慌)は、日本を泥沼に引きずり込む。
     両軸に経済と軍事、中軸に思想という形で議論が進められるので、構造がはっきりしており、読みやすい本です。外交官の目から、日本の歴史を読み解いた本であり、日本の未来に危機感を持たせる本であるとも言えます。思想がないのは、今も昔も変わらず、日本は再び世界の中で迷走してしまうのかもしれません。

  • 目次

    序章 五十年の軌跡
    第1章 日米戦争の結末
    第2章 日本外交の再出発
    第3章 平和的共存の芽生え
    第4章 第三世界の抬頭
    第5章 経済混迷期の外交
    第6章 「ポスト冷戦」の世界へ
    終章 二一世紀に向かって

  • アメリカで活躍する日本人歴史学者による近代日本外交史。非常に短く、しかも40年ほど前の著作であるにも関わらず、ポイントはおさえられており、現在においても有用である。

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