発想法―創造性開発のために (中公新書 (136))

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著者 : 川喜田二郎
  • 中央公論社 (1967年6月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121001368

発想法―創造性開発のために (中公新書 (136))の感想・レビュー・書評

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  • 川喜田二郎氏が提唱したKJ法について書かれた本。
    KJ法の生まれた経緯から応用法にいたるまで細かく説明されている。
    KJ法について知りたいのなら、三章までを読んでみると大体わかる。

  •  川喜多二朗著『発想法』。1970年代にブームとなった本。高度成長の踊り場にあって、成長にはずみというか、ドライブをかける局面で、梅棹『知的生産の技術』に川喜多『発想法』が脚光をあびたのかと、思う。

     当時、『知的生産の技術』は読んだが、こちらは手にしたことがなく、しかし、『KJ法』とかいうカード式ブレーンストーミングは、おおハヤリであったと記憶する。

     今、読み返してみると、「書斎科学」「実験科学」「野外科学」(22p)というジャンル形成もユニークだし、思いつくさまざまな提案を否定することなく、出された提案をチャートのなかでまとめるデータの統合法(53p)という概念も新鮮であった。

     「高度経済成長期あたりを境にして、まったく史上未曽有といってよい、驚くべき組織化が進展」(204p)とも書く。その結果、「組織の創造性をむしばむ管理化社会も一段と強化」(同)と指摘し、組織維持のための防御姿勢がいっそう組織の硬直化をうながしていると、言いたげである。

     そうしたなかでの柔軟な『発想法』の重要性。本書が、意図している点なのかもしれない。

  • 創造能力を向上させる方法と、創造を成し得る手法について、著者の大発明であるKJ法を軸に述べられている。ただ方法が羅列されているだけではなく、創造に必要な精神についても深く学ぶことができると思う。知的創造の道を志す人の必読書。

    『思考の整理学/外山 滋比古』に続いてこの本を読んだのは、大した時間・大した労力をかけずに、なんとなく勉強を続けていくだけなら、特に方法論等は必要ないのだけれども、懸命に何かに取り組むのに基礎になるものが無いのは、すこぶる勿体ないなと思ったからで、期待以上のものを得られて満足。

    KJ法といえば「既に煮つまった案をバラバラにして再考するんだろう」という適当かつ″間違った認識″を持っていて、それでも一部では、自分なりの解釈を以て、活用できたのだけれども、これはその根底にある精神を理解しないと活用し得ない手法であるということが、この本を読んでわかった。

    文章は流れる思考のようでとても読み易くて、一章の流れの美しさには驚愕した。ただ、どうしても量は多くなるし、脳が文字を滑るときがたまにあったのと(トレーニングになった)、哲学書と比べると(比べてはいけないのだけど)驚きに欠けた。それは一方では前提知識なしで読める工夫なのですけど。

    まずは実践をしてみないことには何とも言えないけども、BADを構成してそこから思索することは、BADの全構成要素間の関係性を考えることをしないので、そこで選択がなされる訳だから、ここをトチると重要な要素を見落して上手くいかない、なんてことになりかねない。
    もちろん、それを防止するために著者はこの本でも再構成をするよう勧めているのだけども、慣れないうちは苦労しそうだ…と言って挑戦しないのではダメだ、とも著者は言っております。

    ひとつ内容で気になったのは、″時間的もしくは鎖状発展の関係認知能力は、人類が言語を創り出した時期以来確立したものではないだろうか″(P125)の一文。鎖状発展の関係認知能力は、僕が思うに経験から論理を導出する能力だから、発生の直接の関係に言語があるとは考えにくい。
    著者も後で述べているけども、「KJ法=経験論哲学の実技化」の考えの上では「干渉作用による累積効果(P107)=帰納法の働き=経験を論理に昇華させる働き」と捉えられるんじゃなかろうか、と考えた。
    「著者も後で〜」の下りは、″この検知からいうと、KJ法的な発想法は、まさに英国人のこの経験論哲学を実技に移したもののようである。″(P146)のこと。
    それから、KJ法はネットとの相性が悪そうだということと、参加者が精神を心得ていないと上手く行きそうにない、ということを考えた。ついったーなら相性は悪くはなさそうだけど、根が人にはっているので、それもひとつの弱点と言えそう。

    あと、ちょっと関係のないところで、「論理とは何か」と「問題とは何か」というこのふたつは、併せて考えると面白いんじゃないかと思った。なんで思い付いたのかは謎。

  • KJ教と、宗教として揶揄されるほどの強い影響力と信者をもつ発想法についての本。知っているのと知らないのでは、大きな違いがある。一度は読んでみることをおすすめする。
    内容は、ちょっと頭のいい人なら当然のこととしてこなしていることであるため、おもしろみがないかも知れないが、はっきり書いてあると自分の方法に自信が持てるので、良いと思う。
    しかも、KJ法を使ってみると、すごく便利で、考えをまとめるのも議論をまとめるのもうまくいく。とても参考になる本である。

  • この手の本はあまり好きではないが、名著ということで通しで流し読みをしてみた。

    KJ法は色々な分野で使える方法と思う。学者だけでなくビジネス上の会議、自分の考え方の整理等に活用できる。KJ法自体はさほど難解ではないが、実践することによって有用であることが分かると思う。

    日本人、欧米人の考え方の違いにも触れており、こちらも大変興味深かった。

  • KJ法について知りたかったのだが、それ以上の収穫を得、日本人論的な内容にも感銘を受けた。

    会議やイベントの準備などにも使える。夫婦間の話し合いにも良いのではないか。

    この手の本には珍しく星五つをつける。

  • ゼミの発表で、KJ法を用いた論文を批評するために読んだ。虚心坦懐にデータを読むことはどの質的研究法においても大切なことであるが、KJ法では特に重要であることがわかった。

    趣旨から外れるが、ヴェーバーが『職業としての学問』で、「いわばみずから遮眼革を着けることのできない人や,また自己の全心を打ち込んで,たとえばある写本のある箇所の正しい解釈を得ることに夢中になるといったようなことのできない人は,まず学問には縁遠い人々である。」と述べたのは、学問に求められる創造性は、そのような背水の陣を敷いてこそ身につけることができるということを言い表そうとしたからではないかと思った。

  • 誰でも知っているKJ法を開発者の川喜田二郎(=KJ)さんが解説した原典。

    誰でも知っているつもりだけど、KJ法を正しく使っている人は、とても少ないらしい。自分もKJ法について、ちゃんとしたものを読むのは、これが始めてだが、KJ法素人の私から見ても、明らかにおかしな使われ方をしていくことがある、というか、おかしな使われ方をしているのしか、見たことがない。

    ということで、一応、原典を確認。

    60年代に書かれた本なので、表現とか、古いといけば古い。「そんなの当たり前だろう、それをいうなら、60年代に書かれたとしても◯◯について言及しないとフェアじゃないよね」と思われるようなことが、とても革命的なことのように書いてあるところに時代を感じてしまう。

    あと、「日本人は、◯◯。アメリカ人は、◯◯」とか、「日本人男性は、◯◯。女性は、◯◯」みたいなステレオタイプ的な書き方が、???というところもある。

    こうした時代がかった表現はさておき、内容、それ自体については、全く古くないな。

    多分、今、ワークショップという形で、外国から輸入するかたちで、行われている技術のかなり部分、そして、それ以上に、そもそもの思想の中核が、すでにこの本で提唱されていたことが分かる。

    日本人なら、ワークショップなんてやらずに、KJ法やれ!なんて、言ってみたくなる。

    が、本当にやってみたくなるかというと、やっぱり・・・・だなー。

    となる理由は、KJ法の正しいやり方みたいな、メソッド、流儀にちょっとこだわり過ぎなところがあるからかなー。

    実用書、具体的な手法解説書として、今読むのは、どうかと思うが、対話やメンタルモデルに関しての先行的な思想として、読む価値はあるかな???

    すくなくとも、今、誰もが思っているKJ法は、全くの誤解である、ことは明らかになるはず。

  • 情報の収集と共有、ブレーンストーミングも含む、をしっかり行い、それからその情報を細かいレベルでグループ分けしてゆく。帰納的アプローチになるように。あまりでかいレベル感のグルーピングを先に決めつけてしまわない。
    そこから徐々に各グループの統合を行なってゆく。この段階で、帰納的にグルーピングしたときに外れ者となっていた情報もまとまることが多いし、まとまらないならそれは何かのヒントになる。そしてそれらのつながりを図示する。

    そうしたら、次は文章に。省くこともあるが。
    このときは、まとめたり図示できたものを演繹的に文章へと落として行く。

    問いのある課題解決のプランニングに使えそうだと思った。

  • 良書、本書は主に2つの内容から構成されていて、前半はKJ法についての説明、後半は発想や思考についての筆者の持論である。KJ法の具体的な運用について(当然、経験が必要であると筆者は断っているが)理解できるため大変有用であると同時に、後半の思考・発想における民族的な差異の考察は、筆者の専門領域であることも手伝ってか、示唆に富んでいて大変興味深かった。

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