ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))
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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
新政府が行った会津への攻撃及びその後の処遇は犯罪行為であり、私怨にすぎない。もっと表にでてもよい事実。
東日本大震災を思うと、東北とは、なんと試練の多い運命なのかと考えずにはいられない。
大政奉還時、10歳だった会津藩の武家の子供にとって、
戊辰戦争の政府軍は、突如攻めてきて、母・姉妹ら親族を自殺に追い込んだにくき敵以上のものではない。
特に薩摩藩士は維新の功労者ではなく「忠義なき芋侍」としか映らない。
4兄弟が西南戦争に臨み、東京に集合して別々の方向から薩摩征伐に向かう様は、痛快ですらある。
敗者は歴史を語れないとは言うけど、その当たり前の真理にはなかなか気づかないんだなあ。
知の30冊に入っていたのも納得。
会津落城後の会津処分についてあまり詳しいことは知らなかった。この本は、その処分の実情について実際の体験が詳しく書かれている。
柴五郎の文章が私は好きだなぁ、と思う。図書館で借りて読んだが、この本は購入して手元に置いておきたい。
会津藩士の子、柴五郎の少年期(明治維新、戊辰戦争の頃)から陸軍幼年学校在学中(西南戦争の頃)までが、「官軍」とされた立場の人間からではなく、朝敵・賊軍としてひどい仕打ちを受けた会津人の立場から書かれている。坂本龍馬や西郷隆盛、木戸孝允などが活躍する、いわゆる「幕末・明治維新」のハナシではないところが新鮮。ただ、昔の文体で書かれているので、苦手な方は苦手かもしれない。 自分の故郷のことをもっと... 続きを読む »
会津人の柴五郎、幼い頃に会津戦争で、祖母、母と妹が自刃するという声も涙も出ないような辛い目に会い、その後、官軍に負けた会津藩士として極貧の境遇で、青森・下北へ。凍死しそうな中なんとか生き延び、陸軍幼年学校へ入り、なんと大将まで務めた。 文章が擬古文で最初取っ付きにくいと感じる方もいるだろうが、私にとってはとても読みやすい文章で興味深かった。 会津での楽しい日々から、会津戦争、そして愛す... 続きを読む »
戊辰戦争において賊の名をきせられ、一見華やかな明治の新社会を不遇の差別と貧困に耐えながらも陸軍幼年学校に学び士官学校を経て少尉、参謀、隊長を歴任し陸軍大将にまで上り詰めた生粋の会津人柴五郎の遺書による一書。
これまで戦前の時代において明治新政府に対して最後まで歯向かった東北出身者への差別意識は知る所であったが、本書を読む中で、自分の想像を絶した差別や不遇が存在することに絶句した。靖国神社の前身である招魂社でさえ、賊軍の汚名をきせられた会津藩士の魂は合祀せずに、明治天皇は官軍側の兵士の墓には参っても会津藩士の墓には参らなかった。
謂われようもない差別や貧困や不遇に耐えながらも、自ら会津藩士の精神を貫徹し明治を生きぬき、ひたすらな努力により陸軍大将にまで上り詰めた柴五郎個人の姿にも感動したが、正義を貫徹した会津藩や西郷に対する思い入れがより深くなった一書であった。
会津藩出身の少年の、幕末~陸軍幼年学校までの回想録。
朝敵として扱われた立場の人間から見た維新。
薩摩に対する恨みの感情が興味深いのと同時に、(ある立場の人間から見れば)維新がすべて無私の心で行われたわけではないことをうかがわせる書き振りに注目したい。
もう少し時代が進んでからの描写も、もしあればきっと面白かったろう。
個人的には、最後の編者の文章が余計だったと思う。本の主旨とあまりマッチしていない。
いつも読書の参考になるブログを書いていらっしゃるtacaQさんの所で紹介されていて、気になったので購入、
「会津といえば白虎隊」程度の知識しかない私にとって衝撃の自伝でした。
この本を読んだあと、世界陸上で6位入賞し北京オリンピックの最下位の雪辱を果たした佐藤敦之さんが
「会津魂」について語られていました、
読む前なら聞き流してしまっていたでしょうが、深い重みをもって「会津魂」という言葉が心に沁みました。
会津藩士の化身の人柄で生粋の明治人である柴五郎の半生を描いた自伝 父は会津藩士280石の隊長であり、5男5女の5男 武士の息子として、生を受けるが少年時代を幕末、明治維新の混乱期を過ごす 生き延びる為に、少年時代下男としての身なり生活を強いられ、 その後、藩閥外で陸軍として最高の地位まで昇りつめた人物の 半生を世相の混乱、道義の廃れを澄んだ少年の目で大胆に描かれている ... 続きを読む »
会津出身の幕末生まれ軍人の壮絶な生涯。
こんな強靭な日本人は現代にはいないと思います。
薩長側ではなく、会津側から見た歴史観も興味深いです。
これまで薩長の立場からみた明治維新しかしらなかったが会津の立場から見た明治維新は新鮮であった。
飢餓状態にまで落ち込んだ柴氏の苦労が分かる。
西南戦争が起こったときに、会津雪辱と喜ぶのがおもしろかった。
同じように薩摩にいじめられてきた琉球のものとして、会津に共感を持つ。ただ、琉球人はのんきなので、いまは薩摩憎しと思っているのはほとんどいない。

会津藩士柴五郎の手記を、石光真人が編集、後半部に第二部として”柴五郎とその時代”という簡単な略伝のようなものを付け加えたもの。ちなみに石光は、熊本県士族でのちに近衛士官、日露戦争にも従軍した石光真清の...





