少年期の心―精神療法を通してみた影 (中公新書 (515))

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著者 : 山中康裕
  • 中央公論新社 (1978年9月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121005151

少年期の心―精神療法を通してみた影 (中公新書 (515))の感想・レビュー・書評

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  • 子どもの心象風景の豊饒さ。親はこんな風に関われないからな。。感動と言うより、圧倒される。そのパワーと、切実さに。

    ・彼らは「時代を映す少年たち」なのです。私はこの本を書くにあたり、この少年たちを曇りなく映し出すことのできる、もう一つの鏡でありたいと欲しました。

    ・「線路を横断する事」とい心象(イメージ)表現が惹き起こした母親の感情的な反応に対して、道太は、これまでみられていたような、「ものを噛む」という神経症的・心身症的な表現ではなく、明確に言葉のレベルにおいて、「自分の立場」を主張することができたのです。
    そのあと、面接した母親の口から、「先週あたりから噛むのがぐんと減った」こと、「むしろ自分(母親)の方がすごく気が短くなり、いらいらいしている」ことなどが聞かれました。子どもの「症状」が減るのに反比例して母親の「不安」が増していったということは、子どもの呈していた神経症的症状が、実は「家族の不安」に基づいていたことを物語っているわけです。

    ・一般的に言って箱庭療法中にこのようなすさまじい「荒れ」の表現がみられる場合、治療者は相当慎重に考えねばなりません。このような深い層での混沌(カオス)が顕わになる時には、箱庭づくりを一時中断するのが普通とされています。それは子どもの自我の制禦を超えて無意識があふれ出し収拾がつかなくなるおそれ―時には精神病的世界へと落ち込むこともあります!―があるからです。道太の場合は、この状況から出発して次の世界へ行くべき汽車が置かれ、「明るみへ」の一つの方向性を呈示していましたので、かろうじて中断せず続行したのです。

    ・障害児たちを受け取って、本当は迷惑しながら、何も言わず、ただ波風の立たぬようにと、ひたすら彼らを「お客様」扱いしたり、母親に責任をかぶせて、母親つきでなければとってもやっていけない、と毎日母親に学校通いをさせるような教師たちよりも、「私にはとてもこの子に責任がもてません」と言い切る教師の方が、あとあとその子についてよく面倒を見られる傾向がある、と言えそうです。この言葉は、その時点での彼らの本音であり、ある意味で事実にもとづいています。しかし、そこで悩み、苦しみ、どうしたらいいか考えあぐねていかれるとき、はじめて「一人の障害児を捨てて、他の39人を守る」というのは、結局その39人の一人ひとりも本当には大切にしていないことだ、ということに気づいていかれるのです。

    ・「こっちの女の子と男の子は?」
    「この子は眠っているだけなのに、まちがって埋められちゃったの。でも、男の子が気がついて大声で女の子の名前を呼んでいるの。早く起きなさいって」
    「目を覚ますといいね」
    「でも、なかなか大変なの」
    「どうして?」
    「わかんない」

    ・レディ先生が、「庭‘夫’くーん」と呼ぶと、最前列第一行目の席に座った子ネズミが「ハーイ」と返事をしました。皆、一斉に拍手です。
    これは箱庭での表現であると同時に、現実の学校場面でのそれでもあることは言うまでもありません。すなわちここで庭‘子’ははじめて、イメージの世界と現実の世界とを一致させることができたのです。

    ・友人のことにふれたついでに、もう一つの大切なことを付け加えておきます。これは思春期より前の7、8歳のときに多いことですが、それまであまり友人を持てなかった子が、やっと一人の友人が出来たとき、その子がたまたまクラスの中でのけもの的な存在だったり、盗癖などの悪い癖を持ったりしている子である(よくこういうケースがあるのですが)という理由で、母親がけむたがり、むりやりこの友人を遠ざけることがあります。これは厳につつしむべきことです。
    …不良だから、悪い子だからという親の目は、かえって自分の子もそういう方向に押しやっていきがちです。少年たちが自分の力で友達をつくり、自立していく芽はどんな芽でも大切にしたほうがよいようです。

    ・こわがらなくてもいいの、暗いのはお母さんだからね
    ―リルケ マルテの手記

  • ユング派の臨床心理学者である著者が、小学生から中学生の患者への精神療法の中で出会ったエピソードを数多く紹介し、少年期の心理に迫った本です。

    本書で取り上げられている子どもたちのエピソードの一つひとつがたいへん興味深く、それと同時に、子どもの内面で生じている家族や学校にまつわる問題への問いかけを含んでいて、おもしろく読むことができました。

  • ユング派の重鎮だが、名古屋学派の流れも汲んで、わりと自由な考え方を持つ先生だ。
    小学校入学から卒業までの児童・学童期を、フロイトは欲動の潜伏期として安定性の内に括ったが、親から離れた社会化の初動期としてここに注目したのはサリヴァンである。〈仲間(コンピアーズ)〉や〈親友(チャム)〉との関係をどう形成してゆくか。〈ひとり〉から〈われわれ〉によるコラボレーションへの挑戦は前青春期から青春期につながるカギ概念である。
    本書が扱うのもこの時期の少年少女。箱庭、絵画、写真、手紙などを用いて、これは治療というより交遊記とでも呼びたいようなドキュメント。
    理論や技法はいつも背後で治療者を助けるが、現場にいるのは生身の人間でしかない。その呼吸を臨床家は試練の中で学び続けなければならない。

  • 放送大学の授業で山中先生のことを知り、さらにこの本が「心理臨床の古典的名著」という評価であることも知って手に取ってみたが、評判どおりの本だった。「子どもを支える」とはどういうことなのか、さまざまな症例を通じて、山中先生が訴えたいことが、ひしひしと伝わってきた。大人として、山中先生の足元にも及ばないけれど、でも、その姿勢・その気持ちは見習っていきたいと思う。

  • 学生の頃に読んで感銘を受けた本。子どもに向き合う姿勢のなんたるかを教えてくれました。
    でも今回の再読では、やや物足りなく感じたのが正直な感想。基本に立ち返るには良いが、日々の臨床にはまたそこにしかない難しさがあるように思う。

  • 子どもに寄り添う、臨床する大人として、山中さんはとても素敵だと思う。子どもとの関係が後に引きずらない、という意味でも、潔いと思う。

    心に響いた文章
    *精神療法家というものは、いわば、傷つき悩むクライエントにとっての最後の「自由」を守る空間と時間を保障する人間の一人。

    *知的職業というものは、えてして情緒的なアンバランスを伴うものですし、往々にして、子どもの抱く両親像が非情に歪みやすい。

    *子どもというのは大人はみんなグルだ、と考える。

    *少年の自殺をとどめるうえで最も大切なのは、何でも話せる同性の友だちを持つこと。

    *年少の少年には「遊び」、年長の少年には「秘密」の保障が大切。

  • 河合隼雄『子どもの宇宙』にて紹介されていたのが切っ掛け。
    精神科医として10年間の間、多くの子どもたちの臨床医として活動してきた記録を何例かに渡って記している。著者は河合隼雄と共に「箱庭療法」の研究および普及につとめ、自身が勤めていた病院でもいち早く箱庭療法を取り入れた。本書では、箱庭療法を取り入れ、どのような経過があったのか、また遊戯療法として子どもが一体どのようなことをしたのかなど、詳細に述べられている。
    まだ言語的に発達程度が低い小学生から言語発達が高い中学生や高校生にわたって、実践例をあげられているので、臨床が子どもたちにどう影響しているのか、また年齢層や症状の違いによりどういった臨床で彼らを診ていくのかということが幅広い年齢層から比較するように見ることが出来る。私自身、生徒と共に生活していることが多い分、臨床とは違うのだが、彼らが何を考え何を望んでいるのかということを考えることが多い。何に共感し、何についてお互い語ることが出来るのだろうか。そのためには何を知ることが必要なのか。そういった疑問や悩みからこういった臨床関係の本をよく読み、影の部分の彼らについてを例として知ろうとしている。
    十人十色とは言ったもので、それぞれが様々な色を持っているのは確かだ。私と誰かが全く同じと言うことは無い。それでも、こういった実践的症例から学ぶことは「受け入れる」という私たちの器があるかどうかということだ。「自由」を保障する時間と空間、それに彼らを「受け入れる」やさしさとゆとりが私たちに存在しているかどうか。この二つで様々なことが変わってくるように感じる。真に「ゆとり」が必要なのは子どもたちに対する教育ではなく、私たち自身の教育なのではないかと、こういった臨床の書物を読むたびに感じてしまう。
    書かれたのは1978年だが、今読んでも教えられることが多い。臨床に関しても内容が濃く興味深い著書である。

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  • 高校3年生、図書館にて
    493.7ヤ
    1250

  • 大学の先輩から勧められて読んだ本。本当に感銘を受けました。
    臨床心理学系の大学院に進む決心をつけてくれたのもこの本のおかげです。
    是非とも心理系大学生のみなさんに読んで欲しい一冊です。

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