死をどう生きたか―私の心に残る人びと (中公新書 (686))

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著者 : 日野原重明
  • 中央公論新社 (1983年3月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (210ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121006868

死をどう生きたか―私の心に残る人びと (中公新書 (686))の感想・レビュー・書評

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  • 自分自身のと言うことであれば、次の大きなイベントは退職と死だと思う。(転職や離婚はおそらくしなくて大丈夫)そのせいか、死について興味がある。

    日野原先生の病人を看取った死の話。私もより良い最後を迎えたく、興味がある。自分自身の死もイメージしているので、突然の死の宣告もある程度大丈夫かと思うが、どうでしょうかね?

    でも、痛みは難しいかもな。なるべく鎮痛剤は使いたくないと言いつつ、抜歯の時、すぐに薬飲んだものな。(そしてたまに嫁に思い出したように突っ込まれる。薬なんか好きじゃないとか言っておきながら、すぐ飲んだじゃないと)痛みや、呆けで人格が変わることなく穏やかな最期を迎えるにはどうすればよいか考える。

    本の内容としたら少し読みづらかったな。

  • 医師の筆者が看取りを行った人々の記録。
    石橋湛山やエーザイの会長などあるが、その人の死との向かい合い方にまで迫っているものは少ない。

  • 日野原先生が看取った方たちの死に際と、そこから見えてくるその方の生き方の記録。
    「目次」にあるように、さまざまな方(多くは著名人)の死に際が記録されている。

    「はじめに」で『十六歳の少女も、九十五歳の禅学者もひとしく私の師であった』と述べられているように、そのどれもが尊く厳かで、そこから日野原先生が死とどう向き合ってきたかが伝わってくる。

    言うまでもなく死は特殊なものではない。
    ここから自己の死(死に際)や生き方について考えて、投影させてみたいと思う。

    ----------------
    【内容(中央公論新社より)】
    四十五年余にわたる内科医としての経験の中で、著者が主治医として死をみとった人々は六百人を越える。十六歳の女工さんの死の受容、ガンを夫にも秘しつづけた外交官夫人、人間国宝・野沢喜左衛門の芸への執念、猿翁の最後の舞台、山田耕筰の病床録、鈴木大拙の最期、賀川豊彦のこと、石橋湛山、正力松太郎などの真摯に生きた人生を描きながら、生きるということはどういうことか、また死を受容するとは何かについて深く考える、感動の書。
    ————————
    【著者略歴 (amazonより)】
    日野原/重明
    1911年山口生まれ。聖路加国際メディカルセンター理事長、一般社団法人ライフ・プランニング・センター理事長、日本音楽療法学会理事長。1999年文化功労者、2005年文化勲章受章。日本の医学・看護学・医療専門職者教育の革新に尽力するとともに、早くから一般の人々への健康教育、予防医学・医療の重要性を指摘し、「成人病」に代わる「生活習慣病」という名称を提唱。常に日本の医療をリードしている。2000年には「新老人の会」を創設
    ————————
    【目次】
    はじめに
    死を受容した十六歳の少女
    三十五歳で夭折したミッチ千浦
    都倉大使夫人久子さん
    辻 永画伯のこと
    人間国宝、野沢喜左衛門さん
    猿翁の最後の舞台
    作曲家山田耕筰の病床録
    禅学者鈴木大拙の最期
    「死線を越えて」天に帰った賀川豊彦
    伝道者丹羽鋹之牧師
    真摯に生き抜いた高橋敏雄さん
    石橋湛山前総理の闘病
    正力松太郎さんの生き方
    明日に生きた内藤豊次翁
    開拓的実業家の後藤達也さん
    癌とは告げられなかった福岡正一さん
    工業技術院部長平田義次さん
    恩師橋本寛敏先生の死に学ぶ
    R・B・トイスラー院長の生涯と最期
    死期を予測した母の終焉
    米国で客死した父の最期
    オスラー博士の闘病と死の受容
    ————————

  • 山田耕筰、鈴木大拙、賀川豊彦、...歴史に残る著名人・文化人を臨床医として多数看取った日野原重明による記録。日野原先生も、1人の人間として悩みつつ、患者を看取っていたのだという足跡を辿るようである。

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  • 「死」ということは逃れられないことではあるが、どう死を迎えるかを考えさせる本であった。タイトル通りなのかなと思います。

    受け入れることができる人が多かったように思える。覚悟を決めるというのか?

    日野原先生は無理に延命をするのではなく、その人らしく死を迎えられるように退院させるなどしている。医学だけでは片付けられない問題でるなと感じた。日野原先生は医者である前に人間であると感じた。

  • 最近死について考えているときに見つけた本。
    上手い題名である。
    著者は聖路加の内科医長を勤めた偉いお医者さん。

    自他共に認める医学会の重鎮。
    その彼が立ち会った死に行く患者達の記録。
    もちろん彼はクリスチャンである。

    ぼくが期待したのは、死に行く人々がどうやって死を自覚し、それを受け入れたのか。
    医者にしか許されない、そういう生の記録である。

    だが、杞憂があったことも確かである。
    その杞憂とは、立場上有名人の死に数多く立ち会っている。
    目次を見ても、ほとんどが有名人の死で占められている。

    医者の立場で有名人に会うのは、当然のことながらその人が病を得たときであり、それまでその人を知らないはずである。
    なのに、その人の功績を一医師が語るのは、オカシイのではないか?というのがぼくの杞憂の正体である。

    そしてその杞憂は残念ながら当たってしまった。

    有名人だから、アンタは自宅まで何度も往診したのだろう?
    普通の人だったら、そんなサービスはしなかっただろう?・・・って。

    そして、もうひとつの杞憂はキリスト教の宣伝である。

    この先生は何冊も本を書いているようだ。
    この本を書くのにも、本人は誠意をこめて書いたと思っているはずだ。
    だが、死についての本質に全く切り込んでいない。
    宗教人が陥り易い自己陶酔のパターンだ。
    実に不満だ。

    この本で登場する数ある有名人の死よりも、彼が初めて立ち会った16歳の名も知れぬ女工の死が、一番深く心に残ったのは皮肉である。

  • 「死」を「生きる」。シンプルで、最も基本的なタイトル。よいとか悪いとかではなくて、これ以外の言葉は考えつかない。

    日野原さんの本を読むのは「生きかた上手」以来2作目。医学生となってからは初めて。よって、前よりもずっと、自分の立場を意識的に医師側に近づけて読んだように感じる。

    人はみんな死ぬんだなあ、と、感想をまとめれば結局それに尽きる。過去にどんな業績を残しても今どんな状況にあっても、分け隔てなく死は人の横顔を訪う。「生まれる形は一通りだが死に様は数え切れない」という言説があったと思うが、それでも、死というものの根源は一つなのだと感じた。表面にいくらも違いはあり、状況は千差万別だとしても、生きていた人が死んでのちに他の人が残され、残された人もいつかは死んで…という無窮のサイクルに変わりは無い。情けも、猶予も、何もない究極の平坦さ。

    大局的に見れば平坦でも、そのひとつひとつには近しい人々の生々しい人生が巻き取られている。それに立ち会える医師という職業は、なんと困難で、なんと幸いなのだろう(医師を特別視しているわけではない、単に自分のことなので取り上げた)。

    ここに取り上げられた人々の殆どが「何かを成し遂げた」人であり、「価値のある人」というふうな言い方をしている箇所もある。大事業をなした人が人格的に"すぐれて"いて、人心に残る死が多いというのもまぁ、あるかもしれない。でも、じゃあ一般人の死は語る価値がないのか? 個人的に過ぎるから? とやや斜めから疑問を呈したくなったりもした。
    医療の風潮や内容については時代を感じるように、そこにも、古い時代に殆ど無意識的に人々の中にあった、単純化された成功への礼賛が、ひょっとしたらあるのかもしれない。などと言うのは穿ちすぎているかもしれないが。

    読んでいて、死に際しての宗教の力を間近に見るように感じた。医師を目指し、ことに終末期医療に携わることがあるなら、一度宗教についてきちんと学んでおくべきかもしれない。高橋敏雄さんの一篇における桑原さんとの会話が心に残った。

  • 死について考えさせられた。

  •  人にとって死とは受け入れがたいものかもしれない。それは若ければ若いほどそうであろう。
     本書は著者が見取った600人を越える人のうち、心に残った22人の死への向かい方について記されている。クスリの名前などは分からずとも読み込んでしまう好著。
     特に最初の2編は若い段階で亡くなっているのでその悲しみは大きい。しかし、人は死から逃れられず、いわば、死ぬために生きているともいえる。その死と直面した時にどのような態度で向き合えるのか、そこに人の幸・不幸の分かれ道があるようだ。僕も死ぬときに周りの人に感謝しつつ死ねるようになりたい・・・。
    あと。2編目の女性は知っている方だったのでかなり驚く。(2008.01.03)

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