室町の王権: 足利義満の王権簒奪計画 (中公新書 978)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121009784

作品紹介・あらすじ

強大なカリスマ性をもって、絶対主義政策・中央集権化を支持する官僚・公家・寺社勢力を操り、武家の身で天皇制度の改廃に着手した室町将軍足利義満は、祭祀権・叙任権などの諸権力を我が物にして対外的にの地位を得たが、その死によって天皇権力纂奪計画は挫折する。天皇制度の分岐点ともいうべき応永の時代に君臨した義満と、これに対抗した有力守護グループのせめぎあいの中に、天皇家存続の謎を解く鍵を模索する。

感想・レビュー・書評

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  • 王権簒奪を志し治天になろうとした義満野望の道程を描く。
    新書ながら当時ちょっとしたブームになり、今谷明の名を高らしめた一書。その後、対戦国大名、対信長、対徳川と一連のシリーズが続くことになる。あの方もちゃっかりパクって?いましたよね。(笑)
    そう言われたらそんな感じですね、という話でそれなりに面白く鮮やかに記憶に残る一書でもあった。
    いわゆる室町時代の頂点に達することができた義満ならではの構想で、政略家としての優秀さを示しているといえるだろう。
    にしても、後円融さん可哀そうです・・・。

  • 古本で購入。
    前回の『日本の歴史をよみなおす』で触れられていたのを機に、積ん読から解放。

    「天皇家がなぜ続いてきたか」
    という命題について回答を試みた、今谷明の代表的著作。

    内容は、武家として初めて天皇制度の改廃に着手し、簒奪寸前まで行った足利義満の宮廷革命を中心に叙述されます。
    それによって
    「天皇家存続の謎を解くカギが、この時期に集中していること、また義満の行実を追うことによって、天皇の権威・権力の内実がおのずから明らかになる」
    のだとか。

    筆者は義満の王権簒奪の動機について、南北朝戦争の大勢が決していたという若年時の政治的環境と、「力ある武家は公家の上にいなければならぬ」という天成の性格によるものとしている。
    また、義満が母の血筋により順徳天皇5世の子孫として生まれ、血のコンプレックスを抱かなかった点にも着目。
    こうして尊大な王者意識を持つに至った将軍足利義満による王権簒奪計画が始まっていく。

    義満はまず廷臣・僧職に対する官位授与権、つまり叙任権を天皇家から奪う。
    それまでも幕府による官位への介入はあったが、義満はそれを押し進め、形式的・名目的に任命権者の地位に就く。
    そして仏教界を牛耳るべく、各宗派の門跡に子弟を送り込む。

    こうした義満の専断に対する公卿のリアクションが、彼らの日記に生々しく残っているのおもしろい。
    そこには猟官運動が実を結び喜ぶ者、苦々しく思いながらも抵抗した際の処置を恐れ日記に鬱憤を漏らすことしかできぬ者…などなど、当時の宮廷の雰囲気の一端が切り取られている。

    一方で、義満は祭祀権・国家祈祷権の奪取のため、北山第(現在の金閣寺)を中心に陰陽道重視の祈祷体系を構築していく。
    衰微した宮廷祭祀を超えるもの、「国王の祭祀」としての宗教的権威を、仏教・陰陽道をもってつくり出そうとしたのである。

    本筋とはあまり関係ないけど、
    「(北山第は)山荘どころか国家の中心的な政庁であり、宮殿だった」
    というのは初めて知った。おもしろい。

    そしてついには明へ使者を送り、「日本国王」としてその冊封体制に入った。
    義満自身の中国崇拝もさることながら、これも王権簒奪に必要なことであった。
    東アジアの盟主たる明皇帝に「国王」として国際的に認められることは、簒奪の正当性を保障する唯一の方法だったからだ。

    その後も、自らに上皇の礼遇を強制し、天皇家終焉を告げる予言詩を流布させる。
    さらには妻を天皇の仮の母である准母とし(ひいては自分を准父とし)、息子を「親王」として内裏で元服させた。
    いよいよ遠大周到なる簒奪計画も大詰めを迎える。

    しかし、義満は急死。
    このあまりに唐突な病死に対して暗殺を疑う向きがあるのも、納得できる。

    義満の王権簒奪計画について、筆者は
    「足利氏で将軍と天皇を独占し、その政権を盤石の安泰に置く」
    ためであり、
    「天皇に替えて『国王』が百官と幕府を統べる体制を構想していたのではなかろうか」
    と憶測する。
    つまり義満の狙いは中央集権の絶対王政的体制だった、というわけである。

    しかしその構想は、新将軍義持の代で潰えた。
    幕府の実権を掌握した斯波義将ら宿老たちによって、路線変更がなされたからである。
    彼らにとって、中央集権化・絶対主義という「足利氏1人勝ち体制」は歓迎すべからざるものだったのだ。

    一方、天皇家は相次ぐ謀叛などで幕府が混乱する中で、権威・権力を取り戻していく。
    幕府が謀叛人征伐の正当性を天皇の発する綸旨に求め、それに依存していったことが大きい。

    戦国時代に入っても、天皇制度は「権威」として復活していったという。
    官位を求める大名は盛んに朝廷へ運動し、大名間の争いを天皇が調停する。
    こうした中で天皇の権威がクローズアップされた。
    信長・秀吉・家康といった天下人も、高次調停者として巨大な存在感を示す天皇に勝利できなかった。

    江戸幕府は天皇の政治的示威行為を封じ、内裏の一角へ幽囚の身とすることに成功したが、天皇家を廃絶することはできなかった。
    筆者はそれを
    「外来思想(キリスト教)を排除排撃する場合、当時の日本が、神国思想を対置するしか方法がない」
    ため、結果として
    「必然的に神国思想→天皇へともどるしかなかった」
    からだとする。
    つまり幕藩体制が天皇制度を維持した。

    ここで冒頭の問いに対する筆者の回答。
    天皇制度を維持存続させたのは、時代の政治構造のあり方そのもの。
    政治構造こそが天皇を必要としてきたのだ。
    天皇制度存続の問題は政治史を正面から扱うことでしか解けない。

    現在ではここに書かれた内容についての批判・反論があるのかも知れないけど、とてもおもしろかった。
    スリリングな宮廷革命の様子は読み物としてもなかなかレベルが高いと思う。オススメ。

  • 足利義満が天皇家簒奪に向けて活動していたという説。あまり目立たない印象だが、日本史上の権力者として屈指の権力者だったことが分かる。死後、武士勢力からより戻しがあったという話が面白い。

  • IA2a

  • 【書誌情報】
    初版刊行日 1990/7/25
    判型 新書判
    ページ数 232ページ
    定価 本体760円(税別)
    ISBN 978-4-12-100978-4 

    強大なカリスマ性をもって、絶対主義政策・中央集権化を支持する官僚・公家・寺社勢力を操り、武家の身で天皇制度の改廃に着手した室町将軍足利義満は、祭祀権・叙任権などの諸権力を我が物にして対外的に〈国王〉の地位を得たが、その死によって天皇権力簒奪計画は挫折する。天皇制度の分岐点ともいうべき応永の時代に君臨した義満と、これに対抗した有力守護グループのせめぎあいの中に、天皇家存続の謎を解く鍵を模索する。
    http://www.chuko.co.jp/shinsho/1990/07/100978.html

    【目次】
    はしがき [i-ii]
    目次 [iii-v]

    天皇家権威の変化 001
    一、親政・院政・治天の君 002
      院政の成立
      治天の君
      承久の乱後の院政
      権門体制
      後光厳の践祚
    二、改元・皇位継承・祭祀 014
      天皇の世俗権喪失
      改元
      皇位継承
      祭祀

    足利義満の王権簒奪計画 033
    一、最後の治天――後円融の焦慮 031
      緊迫する公武関係
      義満と後円融の関係
      義満に肩入れをした宮中の有力者
      追従する廷臣たち
      後小松天皇即位問題
      後円融の怒り
      後円融の窮状
      崇賢門院の収拾
      治天の君の沈黙
    二、叙任権闘争――廷臣・僧職の官位 053
      室町期の官位制
      武家の官位除目介入
      義満の「仰」
      「宸筆を申し出ずるに及ばず」
      室町第で舞踏する公卿
      武士の官職辞令の変化
      僧職・神職の官位叙任
      新儀の案出
    三、祭祀権闘争――国家祈祷権の獲得 075
      廻祈祷
      北山第での「院政」
      北山第に移された祭祀権
      陰陽道祭
      中国崇拝思想
      攘敵祈祷
    四、改元・皇位への干与 097
      改元への干与
      葬られた洪徳の年号
      改元干与断念
      皇位継承干与
      天照大神以来の正統失墜

    国王誕生 109
    一、日本国王への道 110
      出家素懐の動機
      国王御教書の成立
      日本国王源道義
    二、上皇の礼遇 124
      太政大臣拝賀
      山門講堂供養
      北山第の紫宸殿
      書札礼
      相国寺大塔供養
    三、百王説の流布 143
      百王とは
      「野馬台詩」の謎
      終末観的百王説と天皇家の盛衰
      百王流竭と義満
    四、准母と親王元服 155
      乗っ取りへの階梯
      准母冊立案
      国母選定工作
      天皇の准父
      繧繝縁に座った義満 

    義満の急死とその後 169
    一、義満の死と簒奪の挫折 170
      義満の真意
      尊号辞退
      簒奪反対の勢力
      ”万世一系”維持の動き
    二、皇権の部分的復活 184
      後小松の反撃
      錦の御旗
      綸旨頻発
      天皇親政復活のきざし
    三、戦国時代の天皇 198
      式微説と没落説
      高まった猟官運動
      織豊政権と天皇
      調停権の復活と封じ込め

    むすびにかえて(一九九〇年六月 今谷明) [216-219]
    参考文献 [220-222]



    【抜き書き】

    □□pp. i-ii.
    ――――――――――――
        はしがき 
     天皇家がなぜ続いてきたか、これは歴史家に突きつけられた解かれざる千古の命題である。最近、松本清張氏は極めて直截な形でこの疑問を歴史学界に投げかけられた。
     いわく

    “その間、天皇家を超える実力者は多くあらわれている。とくに武力を持つ武家集団、平清盛でも源頼朝でも、北条氏でも足利氏でも、また徳川氏でも、なろうと欲すればいつでも天皇になれた。なのにそれをしなかった(中略)。どうして実力者は天皇にならなかったのか。だれもが知りたいことだが、歴史家はこれを十分に説明してくれない。学問的に証明できないのだという。(「神格天皇の孤独」『文藝春秋』八九年三月号)”

     このような素朴な疑問、また余りにも正当な疑問に対し、歴史学界は真摯に応える必要があるだろう。本書は、松本氏の設問に対し、一中世史学徒として一つの回答を試みたものである。もとよりその叙述が成功しているか否かは読者の判断にお任せするしかない。
     本書の構成は、武家の身ではじめて天皇制度の改廃に着手し、いわゆる“篡奪”寸前まで行った足利義満の宮廷革命を中心に叙述している。その理由は、天皇家存続の謎を解くカギが、この時期に集中していること、また義満の行実を追うことによって、天皇の権力・権威の内実がおのずから明らかになるからである。しかし、義満の急死という偶然的事情も重なって、結果的に簒奪は不成功に終わった。義満の強大なカリスマ的権威にも拘らず当時の社会の中核的部分に、篡奪に反対する根強い勢力が存在し、“万世一系”維持へ大きな役割を果たした。皇家存続の謎は、一にかかってその辺の力関係に由来しているといってよかろう。織豊政権・幕藩体制が天皇制度を超克し得なかった事情も、その延長線上で解釈できるのである。戦後歴史学は、天皇制度維持システムの政治力学を、突きつめて考察することを放棄し、近年は非農業民や文化人類学的手法でこの問題を説明しようとしている。しかし天皇制度が、すぐれて政治的存在である以上、あくまで政治史の問題として分析する努力を持続することが不可欠であり、いくら民俗学・人類学的方法をもってしても、そこからは結果論的解釈しか得られないであろう。
     最後に、本書の用語についてお断わりしておきたいことは、コミンテルン32年テーゼの訳語である「天皇制」なる用語を前近代の事象に当てはめて説明することは誤解を招きやすく、また「天皇制」の意味するところがまちはらであるため、本書では原則としてこの用語を使わず、便宜「天皇制度」などで表現することとした 明治以後用いられる「皇室」なる語も同様に使用せず、天皇家・皇家などと表現している。
    ――――――――――――

  • 歴史を整理してくれる先達はありがたい
    この先生は学会では受け入れられてない
    そんな気がする

  • 室町幕府三代将軍・足利義満は、絶大な権力のみでは飽き足らず、天皇位という究極の権威まで狙っていた…という主題で書かれたもの。ストーリーとしては抜群に面白く、刊行当時人気が出たのも、その後あちこちに影響が現れたのもよく分かる。ただ資料や情報の取捨選択が強引で、自説のために都合のいいものを採ったように見える。巻末で網野善彦の非定住民史観を批判しているが、やっていることにそれほど違いがあるようには…。ひとまず「こういう説もある」ぐらいに留めておくのが良さそう。

  • 室町幕府の第三代将軍、足利義満の野望を描いた本。その野望とは天皇に取って代わることであり、この野望は「その規模・スケールの大きさといい、計画の周到さといい、他の例に類を見ない底の事件」(p.156)である。このような野望を抱き、実現の直前まで行った人物は足利義満しかいない。他の武家政権(北条氏であれ徳川氏であれ)は、実質的に政治は武士が行なっているにもかかわらず天皇(や公家)を立てた(p.36)。武家政権以外だと例えば藤原氏などが頭に浮かぶが、それも一族から天皇を出すなどして権力を握ったものであり、あくまで天皇制度・律令制的官位制度のなかである。それそのものを崩そうとした人物はいなかった。

    本書は十数年をかけて徐々に天皇・上皇の権力を奪っていく足利義満の過程を描いている。全体の鍵になるのは、足利義満自身、順徳天皇の子孫であること。また、当時の後円融天皇と同年・いとこであり、ライバル関係であったこと(p.37f)。確実に権力を拡大していく義満に対して後円融天皇は孤立し、自殺未遂事件まで起こす(p.48f)。その後円融天皇の死後、官職任命権を義満は受け継ぎ、まずは天皇・上皇の権力を奪う(p.62)。

    天皇を上回る司祭権を得るがため出家する(p.77)。征夷大将軍のみならず太政大臣すら辞官する(1394/1395年)のは、そうした官職を持っていては所詮は天皇制度・律令制的官僚制度のなかにしかいないからだ(p.112,116)。一時期、義満は祈祷に没頭するが、これは天皇との対抗のためであって政治に関心を失ったからではない(p.95f)。そもそも義満に信仰などなく、すべてが権力闘争のためなのである(p.86f)。天皇とは別の権威立てのため、国王を名乗り明へ朝貢し明の家臣と称する(p.120)。祭祀、遣明船に際して、自らを印象づける義満は、イベントにおいて自分を誇示するのが実にうまい(p.137)。

    そしてついに最終的には嫡妻の康子を後小松天皇の准母とすることにより、自らが准父となる(p.164f)。この後、自らの男子である足利義嗣を天皇に立てて完全に天皇制度を支配しようとする(p.170f)が、病に倒れ道半ばにして義満は死去する。

    この後、斯波氏をはじめ守護たちの巻き返しにより、徐々に天皇に権力と権威が戻っていく。これは尊皇思想などではなく、将軍とは別の権威で家職制を支える自己保身であった(p.180f)。幕府側も綸旨を連発し、ことあるごとに天皇の権威にすがるようになっていった(p.200)。

    著者言うところ、足利義満以外に天皇に取って代わる可能性があったのは徳川家光くらいである(p.218)。しかし幕府が江戸にあり、西国の支配が弱かったこと(これは鎌倉幕府にも言える、p.6f)、何よりも対キリスト教のため、日本としての権威・アイデンティティを必要としたことから不可能であった(p.214f)。

    本書は二つの説に反対するように書かれている。(1)網野善彦の強調する、天皇制度の存続と非農業民の関わり。著者によれば天皇制度は何よりも政治的事柄であり、政治のせめぎあいのなかで残ってきたものだ。(2)天皇は祭祀権力として残ってきたという説。著者見るところ、世俗権力がないのに、盛大な宗教的権威をもって祭祀が行えるはずがない。天皇家が経済力を失った時に祭祀儀礼も消滅している(p.23-31, 217)。

    「義満の王権簒奪行為とは、通説でいわれているような封建王政樹立への動きではなく、むしろヨーロッパの近世に近い”絶対王政”を志向した運動ではなかったか[...]。義満にいま数年の寿命があれば、状勢はまったく一変したかも知れないが、結局は機未だ熟さず、絶対王政を阻止しようとする有力守護の連合の前に、未遂に終わったのであった。」(p.196)

  • 読み物としても通用するくらい面白かった。

  • 義満の「王権簒奪計画」がメイン。「治天の君」と同様の儀式や呼称を用いることにより権威付け、武家のみならず公家や寺社も支配できるようになった。室町幕府の構造が足利将軍家に絶対的な権力を認めず、義満没後には天皇の権威を肯定し、利用する方向に戻った流れ。

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著者プロフィール

今谷 明(いまたに・あきら)
1942年京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得。文学博士。日本中世史専攻。横浜市立大学教授、国際日本文化研究センター教授を経て都留文科大学学長、現在、国際日本文化研究センター名誉教授。主著『室町の王権』(中公新書)、『武家と天皇』(岩波新書)、『象徴天皇の源流』(新人物往来社)、『近江から日本史を読み直す』(講談社現代新書)、『戦国期の室町幕府』(講談社学術文庫)、『日本中世の謎に挑む』(NTT出版)、『象徴天皇の発見』(文春新書)ほか多数。

「2019年 『文庫 中世奇人列伝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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