コメ食の民族誌―ネパール・雲南と日本 (中公新書)

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  • 中央公論社 (1993年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121011176

コメ食の民族誌―ネパール・雲南と日本 (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 1993年刊。著者福田(植物遺伝・民族植物学)は東京女子大学理学部教授、山本(地域社会、アジア社会文化論)は同現代文化学部教授。

     アジアのコメ食地域(①タイとの国境周辺となる中国雲南地方と、②中印に挟まれたネパール周辺)の文化的事情、農業生産・食性事情、生活実態を、文理両面から解説する。
     現地踏破を繰り返し、また長期間の現地滞在歴ある著者らだから書けたと思えるほど具体的な叙述である。

     本書を総括すると、米の特徴としては、
    ⑴ 麦その他の穀物と比較した生産性の高さ。必要肥料の少なさ。
    ⑵ 反面、豊富な水は不可欠。
    ⑶ 水田を構築できる土木技術の必要性。
    ⑷ 寒冷地には向かない。
     この点は、北海道の米作が日本の高い品種改良技術と多くの投資を要し、戦後相当期間が経過して初めて軌道に乗った事実から明らかだろう。

     そして、かような各地域の実情を見るに、先の⑴乃至⑷の諸要素が上手く組み合わさって初めて、広範な水田稲作が可能なことが本書に提示されているようだ。

     逆に言えば、この要素が欠けるかバランスを失すると、食性の中心が別の穀物、例えば稗・粟、あるいは麦類であったり、さらには、穀物ではないが救荒食物というべきジャガイモ等のイモ類が主軸となることを表しているようだ。

  • コメに関して、社会学と植物学から論じる。
    1993年の出版なので、その当時は、画期的だったのかもしれない。

    日本人は、なぜコメを食べるようになったか?
    という問題意識の中で、コメのルーツ。
    雲南とネパール そして、日本、北海道という中でのコメと人との関係を論ずる。

    コメは、海抜2000メートルを超えると栽培ができなくなる。
    そういう中で、どんな食を展開していくかを調査する。

    2000メートル以下はイネを作り、コメを食べる。
    そこから上は、オオムギ、ヒエ、などを食べ
    3000メートルを超えると
    コムギやジャガイモを食べることになる。

    高地放牧民族であるシェルパ族は、
    海抜3500メートルで生活する・・・
    ツァンパ、ジャガイモ、乳製品を食べていたが、
    山登りのガイドなどをして、収入がふえれば、
    いつの間にかコメをたくさん食べるようになった。
    住んでいる地域では、コメを栽培できないが、
    山を下って、コメを買いに行くという。
    つまり、コメがおいしいからそのような食生活に発展した。

    少数民族の食も、タイ族などは、コメが主食になっている。
    陸稲から、水稲に変化していったのは、
    面積あたりの収量が多いこと。
    それが人をやしない、豊かになる方策でもあった。

    陸稲を栽培するプーラン族の農業の手法は、焼畑農業だった。
    焼畑をすることで、土地を豊かにしていたのだ。
    まったく原始的な栽培においては、
    肥料は使用されずにすすんでいく。

    インディカ米とジャポニカ米の違いは、
    インディカ米はコメ自体があまりおいしくないので、
    コメをうまく食べるためにカレーなどを開発していった。
    ジャポニカ米は、おいしいので、
    結局それに対応する副食が、発達した。
    この考察は、意外とおもしろい考え方でもある。

    人口増加の中で、コメを増産する技術が求められる。
    それが、中国で急速に進むハイブリッド米の普及。
    コメの増収問題は、重要だが、
    あわせておいしいコメの増収が大きなテーマとなっている。

    日本に目を転じると、コメの栽培の歴史は、北進にある。
    日本人は、なぜコメを主食に選んだか?
    という質問に対して、
    「一度 コメの味を知った民族は、決してコメを棄てていない」
    という結論に到着する。

    日本は、温暖なモーンスーン気候があり、
    コメを栽培することが簡単だった という背景もある。
    また、ジャポニカ米は、インディカ米と比べて、
    耐寒性を持っていたことも
    というより、耐寒性を持つものを育種していったことも
    ・・・・・
    そして、日本の土壌が、酸性であることも
    耐寒性を持つオオムギやコムギが、酸性土壌には、
    稲と比べて、弱かったことも、
    大きく普及しなかった要因でもある。

    日本人は、コメの白さを重視していた。
    それは、コメにタイする思い入れや、神に捧げる食べ物として、
    大きなファクターになっていたのかもしれない。
    コメの多くは、紫や黒色米があったが、

    コメの傑作は、寿司であり
    その寿司の起源は、中国だった。
    日本では、ワサビがあり、
    それが、サカナをナマ食にしても臭みがなくなり、
    細菌類の繁殖を抑制する。
    コメをおいしく食べる方法としての、
    寿司がさらに発展していった。

    この本を読んでいると
    コメがどうやって歩んできたか。
    そして、コメがどのような方向へ進むかが、
    ある程度の将来の姿を明らかにしているような気がした。

    わずかな期間で、一気に読むことができたのは、
    なぜ日本人は、コメを食べるようになったか?
    という問題意識がつよいことが、原動力だったのだろう。
    いい本でした。

    なぜコメを食べるのか?おいしい... 続きを読む

  • 米をありがたく食べていない自分がばかみたいだな。
    粳やハイブリッド米についても知らなかった。

  • 米食や草食を考察するこの手の新書にはなんだか大抵「僕は米党ですけどね」的な著者のひとことが入る。いんだけど・・・。遺伝の考察をしながら「僕は二重まぶたの女性が好きですけどね」と言うような感じに似て・・・ないか。

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