生命知としての場の論理―柳生新陰流に見る共創の理 (中公新書)

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著者 : 清水博
  • 中央公論社 (1996年11月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121013330

生命知としての場の論理―柳生新陰流に見る共創の理 (中公新書)の感想・レビュー・書評

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  • 人工知能と身体性に関わる省察。

    重要点
    1.「リアルタイムの創出知」合気道とロボットの研究(p.23,43)

    2.人工知能の理論には「脱学習」がない。(p.85)

    3.科学は、対象を(自他分離的に)外側からとらえるという立場のため、「見えない自己」「見えない身体」の存在に気づいていない。また、仮に気づいたとしても、それを取り扱う論理を持っていない。(p.78)

    4.3.の克服に、西田哲学の「場所」の概念とライプニッツの「モナド」の対比を援用して、「即興劇モデル」という独自の理論を生み出している。

  • 言葉遣いが難解。

  • 創造知のリアルタイム性を明快に説明している。見の目と観の目、殺人剣と活人剣の意味を少し理解できるようになった。大学生の頃はあまりピンとこなかったが、今読み返してみると深い洞察と示唆に富んでいる、素晴らしい本だと思う。

  • 斜め読みにて読了。
    このテの本を読んだのが久しぶりだったので、読んでは戻りを繰り返してざっと理解した...つもり。
    場所論への興味もさることながら、柳生新陰流をもっと知りたくなった。

  • [ 内容 ]
    生命とは、刻々の創造の連続である。
    複雑な環境の中でリアルタイムに創出される知、即ち生命知がなければ生命を維持することはできない。
    著者は生命的創出知という新しい観点から「場」の文化を深く捉える方法を発見し、今日まで四百余年の命脈を保つ柳生新陰流の術と理にその知を見出した。
    本書は生命システムの普遍的な性質を追求しつづける著者による「創作的場所論」の確立と、それによる近代文明超克に向けてのテーゼである。

    [ 目次 ]
    1 場所とは何か(生命的な知;関係的表現の場;自己言及とシナリオの創出;脱学習と創造;場所的創造;創造における「主語」と「述語」)
    2 剣の理と場所の論理(リアルタイムの創出知―柳生延春氏への手紙;剣の理と場所の論理―柳生延春氏との対談;即興劇モデルの追求―柳生延春氏への手紙 第二信)
    3 柳生新陰流の術と理(流史;術と理)

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  • 経済性だけじゃない。後ろめたくない仕事がしたい。

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