古文書返却の旅―戦後史学史の一齣 (中公新書)

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著者 : 網野善彦
  • 中央公論新社 (1999年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (199ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121015037

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古文書返却の旅―戦後史学史の一齣 (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 各地の家に眠る古文書がいかに日本にとって大切な資料であるかがわかった。
    このような資料の積み重ねで、日本の歴史が明らかになっていく過程がよくわかった。
    この本を高校生の時に読んでいたら文学部に進んでいたのかもしれない。

  • 改めていうのも何だが、面白かった。戦後歴史学の最初期、史料の借用がいかに杜撰だったか・・・という話ではあるが、借用書はちゃんと書いている場合が多いので、「返却」ということについて無頓着だった、というのが正確なところであろう。またその無頓着さは、史料群からいくらか必要な資料を抜いて自宅に持ち帰り、その結果返却が不十分なものになったという点で、表れているといえるだろう。あとは知っている方々の名前が立ち現れてくる点、ぼくにとって親しみが湧いてくるのであった。

  • 借りたものは返す。失敗史というあまりないものに惹かれました。

  • 今年の夏に史料管理の実態等についで学ぶ機会があったので。
    いろいろ事例があったけど、所蔵者の方との関係がとても大切ってことが、ここからもよくわかった。

  • 水産研究所月島分室が借りパクしていた古文書を何十年もかけて返す旅をつづっている。
    作業が遅れ、企画自体なくなり、所長が亡くなり、埋もれて何十年も経つ資料。宮本常一氏の研究のベースになったような資料もあり、対馬の資料返却を聞いたのち、「これで地獄からはいあがれる」という氏の一言は心に残る。
    中央が強力に収集して、地方の郷土研究が遅れるという図式は編纂・研究のありかたを考えさせられる。

  • 中央で書かれたものには出てこない、そんな地方の古文書を研究のために借りていたものを、まさに返す旅。
    このような形で地道に研究がされていること、そしてその研究対象である古文書が、実は返却されていないという想像以上の扱いを受けていることに驚く。

  • たまたま1年半前、網野氏の遺志を継ぎ、古文書の返却を続けている日本常民文化研究所の田上研究員の記事を新聞で読んだ。
    見出しは「古文書返却終わらぬ旅」。
    その後に網野氏の著作を読み、その歴史観に脳みそ総動員で感動を覚えた。
    そしてたまたま、店頭でこの本を見かけぴぴっときて購入。

    古文書がどのようなものなのか。
    一体それをどのように読み解き、データとして蓄積していくのか。
    そもそもそんな古文書があるような、地方の旧家ってどういう人たちの集まりなのか。
    色々と自分の暮らしてきた環境とはかけ離れてて、興味がふつふつと沸いた。
    きっと、網野氏らの手に渡った資料は幸せで、今も日本中に眠り、朽ちかけている資料も大量にあるに違いない。

    もし、この本を高校生の時に読んで、
    今と同じような感想をもったならば、
    経済学部ではなくて文学部に進んだのだろう。

  • 購入して数ヶ月、やっと読了。借用古文書返却の始末記だが、借用元の方々の人柄や地域の風情など紀行文としても読めて、とても面白く興味深い一冊だった。

  • [ 内容 ]
    日本には現在もなお、無尽蔵と言える古文書が未発見・未調査のまま眠っている。
    戦後の混乱期に、漁村文書を収集・整理し、資料館設立を夢見る壮大な計画があった。
    全国から大量の文書が借用されたものの、しかし、事業は打ち切りとなってしまう。
    後始末を託された著者は、40年の歳月をかけ、調査・返却を果たすが、その過程で、自らの民衆観・歴史観に大きな変更を迫られる。
    戦後歴史学を牽引した泰斗による史学史の貴重な一齣。

    [ 目次 ]
    第1章 挫折した壮大な夢
    第2章 朝鮮半島の近さと遠さ―対馬
    第3章 海夫と湖の世界―霞ヶ浦・北浦
    第4章 海の領主―二神家と二神島
    第5章 奥能登と時国家の調査
    第6章 奥能登と時国家から学び得たこと
    第7章 阪神大震災で消えた小山家文書―紀州
    第8章 陸前への旅―気仙沼・唐桑
    第9章 阿部善雄氏の足跡
    第10章 佐渡と若狭の海村文書
    第11章 禍が転じて福に―備中真鍋島
    第12章 返却の旅の終わり―出雲・徳島・中央水産研究所

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    [ 参考となる書評 ]

  • まず、素晴らしいタイトル。
    借りた物を返すことを考える。それが何十年後でも、ぼろぼろになっていたとしても。あるのだったら、返す。返しに行く。それが「旅」になるのだなんて知らなかった。で、そこでまたひとはたくさんのことを学ぶ、ということも、知らなかった。
    世の中にはほんとうにいろんなことがある。

  • 古文書を返しながら、日本の歴史を考えた。 日本の歴史・民俗学の検証に必要な各地の古文書は、多くが未発見・未調査のままで保管されています。戦後の民俗学に貢献した宮本常一など多くの民俗学者たちは、その農村や漁村の古文書を収集・整理して資料館設立を計画していました。しかし、全国から大量の古文書を借用したまま、事業は打ち切られてしまいます。
    著者は、宮本等から調査・返却を委託され、各地を廻って返却に赴くうちに、従来の見方とは違う歴史認識を持つようになります。第2章にある対馬での体験は、日本の成り立ちに対する彼の仮説を裏付けるような体験でした。それまで日本は島国であって、他の国との交流が少ないため、独自の文化を発達させたという定説でしたが、対馬と朝鮮との距離を体感すると、必ずしも日本は「島国」ではなく活発な大陸との交流が可能であったとの認識に至ります。そこに介在するのは海民と呼ばれる漁業を生業とする人達で、それは日本各地に分布し、文化の担い手でもあって「日本人は農耕民族」という認識では説明できないことが多いとの確信をもつことになります。古文書返却の旅は、日本人の生き方と歴史を考える旅でもあったようです。

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古文書返却の旅―戦後史学史の一齣 (中公新書)の作品紹介

日本には現在もなお、無尽蔵と言える古文書が未発見・未調査のまま眠っている。戦後の混乱期に、漁村文書を収集・整理し、資料館設立を夢見る壮大な計画があった。全国から大量の文書が借用されたものの、しかし、事業は打ち切りとなってしまう。後始末を託された著者は、40年の歳月をかけ、調査・返却を果たすが、その過程で、自らの民衆観・歴史観に大きな変更を迫られる。戦後歴史学を牽引した泰斗による史学史の貴重な一齣。

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