徳富蘇峰―日本ナショナリズムの軌跡 (中公新書)

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著者 : 米原謙
  • 中央公論新社 (2003年8月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121017116

徳富蘇峰―日本ナショナリズムの軌跡 (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 熊本で徳富蘇峰記念館を訪れて興味を持ち、読んでみた。同志社出身のジャーナリストという漠然としたイメージしかなかったが、蘇峰のナショナリズムに焦点を当てた本書で明確な像を結んだ。
    新聞記者は、虎穴に入らずんば虎児を得ずということで、取材対象に深入りした結果、自身がプレーヤーになってしまうことがある。特に政治の世界ではよくあるが、蘇峰はまさにその先駆者であろう。新聞社を経営しながら、松方首相の際に、内務省の参事官を引き受けてしまったり、自身の新聞を「正統なる唯一機関」と覚え書きを交わし、政府の機関紙であることを臆面なく宣言してしまう。言論人ではなく、フィクサーの感が強い。
    「欧米に対して正統な認知を求めながら、アジアの他者が同じ欲求を持つことは認識できなかった」「アジアの他者には欧米と同じ立場で、脱亞の姿勢のまま対処した」との指摘は至言で、大日本帝国の命運とともに、大日本言論報国会の会長を務め、戦後はA級戦犯指定に至ったのは、必然だろう。敗戦で「百敗院泡沫頑蘇居士」という戒名を名乗ったという。94歳まで生きたが、これが明治中期ぐらいで召されていれば、もっと歴史的評価が変わった人物なのかもしれない。

  • 蘇峰の評伝。色々と勉強になりました。

    ナショナリズム的な心性が、近代における歴史的出来事の中でどのように変遷したのかを、蘇峰に焦点を当てて論じる。といった感じの本なので、トータルな伝記ではない。よって、蘆花との関係とかはほとんど触れていない。個人的なメモとしては、黄禍論をちょっと勉強したいので、あとでまた読む。

  • 日本におけるジャーナリストの草分け的存在でもある徳富蘇峰の生涯を著したもの。徳富蘇峰はジャーナリストの他にも、思想家、歴史家、政治家として明治~昭和にかけて影響力の与えてきた人物。
    また副題にもある通り、本著では日本のナショナリズムの変遷がうまく整理されており、その意味でも一読の価値あり。

    以下引用
    ・蘇峰の弱点は、脱亜を断念した後も、脱亜論の目できかアジアを見ることができなかった点にある。それは欧米に対して正当な認知をもとめながら、アジアの「他者」が同じ欲求をもつことは認識できなかったということである。換言すれば、欧米が日本の国民的自尊心を傷つける事には敏感でも、アジア諸国の「傷つけられた自尊心」には無関心だった。くり返せば、アジアの他者には欧米と同じ立場で、脱亜の姿勢のまま対処したのである。
    ・現在を歴史のパースペクティブで観るとともに、過去を現在の問題意識で読み直すのが、言論人としての蘇峰の一貫した方法だった。
    ・明治国家の対外問題、リベラリズム、富国強兵の課題を西郷・木戸・大久保がそれぞれに体現しており、かれらが抱えた課題が日露戦争の勝利によってほぼ実現したと(蘇峰は)考えたのである。

  • 徳富蘇峰の生涯を追う伝記であると同時に、
    維新以来戦前の報道、そして世論形成を俯瞰する一冊。
    徳富蘇峰から一歩引いた視点で、
    冷静な評価を試みる姿勢に好感が持てた。
    吉田松陰をナショナリズム高揚のプロパガンダに利用する一方、
    中韓が放つナショナリズムを無視し、軍部の報道を純に信じる点など、
    大変に興味深かった。
    また、明治初期の青年が持つ「成り上がり」に向けた思いも感じられ、
    面白かった。

  •  本書は、「明治・大正・昭和」の長い期間を第一線の新聞人として過ごした「徳富蘇峰」の生涯の「軌跡」を追いかけたものである。
     「徳富蘇峰」の現在の評価はあまり高いとは思えないが、本書によると、日本の政界における当時の地位や影響力は、今一般に考えられているよりもはるかに高く重いものがあったようである。
     「徳富蘇峰」の特徴としてその長い生涯と活躍期間の長さがある。徳富蘇峰が新聞人を目指したのは、明治13(1880)年の17歳時。日本で新聞が初めて発行されたのは明治5年だというから、新聞の黎明期から今で言うジャーナリストを目指し、23歳時の明治19年(1886)年には、「将来の日本」という政治評論を発行するなかで当時の日本のトップジャーナリストに躍り出たという。
     その後「国民新聞」を発刊する等を行うなかで、明治・大正・昭和の長い期間、第1級の新聞人・トップジャーナリストとして君臨したという。
     その「徳富蘇峰」の活動の特徴としてその「政治好き」がある。政治を批判するだけでなく、「政治を動かすことを好んだ」という。これは常にその時々の政治権力者と伴走することをも意味する。その手法で長い生涯にわたり、政治の中枢に関与してきたという。
     これは、「政治家のブレーン」となるということなのか、それとも「政治家の走狗」となるということなのだろうか。
     その集大成の結果が昭和の大戦争への「文章報国」だったとしたら、戦後の彼の評価が高くないのも当然だろうとも思えた。
     「徳富蘇峰」は、大東亜戦争を賛美し国民を鼓舞しつつ82歳で昭和20年(1945)の敗戦を迎え、昭和32年(1957)94歳で死去した。
     本書を読んで、現在の読売新聞の「ナベツネ」が頭に浮かんだ。新聞の世界に生きつつ、政治を好み、政治に深く関与しながら、どうやら最終的な生き様への評価が高くないことや「老残」と見えることも同じかもしれない(ナベツネは2013年現在87歳現役)。
     ただ、「徳富蘇峰」はいかに評価が低くとも「歴史上の人物」なのだろうから、比較することだけでも「ナベツネ」にはすぎた評価かもしれない。
     本書は、「徳富蘇峰」の生涯をよく知ることができる良書であるが、やはり昭和の敗戦という国家的破綻を招いたリーダーのひとりであり、「失敗した指導者」なのではないかと思うゆえに本書の読後感はよくない。しかし、昭和史のひとつの側面がよくわかる本である。

  • 祖父は徳富蘇峰に傾倒していた。あるいは根っ子に吉田松陰と同じ山口生まれということも影響あったかもしれないですが。
    祖父の残した少ない文章と本書を照らし合わせると、なるほど蘇峰さんの著作の影響を祖父は受けていたのだなと実感。
    実際にはその時代に身をおかなければ理解出来ないのでしょうが、本書では内外の状況に合わせ変わっていく蘇峰の思想をわかり易く、その限界にも容赦なく踏み込み解説。

  • [ 内容 ]
    明治十九年、徳富蘇峰は二十三歳で、評論『将来の日本』を著して華々しく論壇にデビューした。
    その後、藩閥政府への参画を「変節」と誹謗され、戦後は第二次大戦中の言動によって無視されつづけた。
    しかし蘇峰は、青年時代から一貫して、日本が国際社会から敬意ある待遇を受けることを主張してきたのである。
    本書は「大言論人」蘇峰の生涯をたどり、日本ナショナリズムの転変に光を当てるものである。

    [ 目次 ]
    第1章 新世代の「青年」の誕生
    第2章 平民主義のリーダーとして
    第3章 「膨脹」への意欲―日清戦争
    第4章 「世界の同情」をもとめて―日露戦争
    第5章 「白閥打破」から「亜細亜モンロー主義」へ
    第6章 閉塞するナショナリズム
    終章 ナショナリズムの「再生」―第二次大戦後

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徳富蘇峰―日本ナショナリズムの軌跡 (中公新書)の作品紹介

明治十九年、徳富蘇峰は二十三歳で、評論『将来の日本』を著して華々しく論壇にデビューした。その後、藩閥政府への参画を「変節」と誹謗され、戦後は第二次大戦中の言動によって無視されつづけた。しかし蘇峰は、青年時代から一貫して、日本が国際社会から敬意ある待遇を受けることを主張してきたのである。本書は「大言論人」蘇峰の生涯をたどり、日本ナショナリズムの転変に光を当てるものである。

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