証言の心理学―記憶を信じる、記憶を疑う (中公新書)

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著者 : 高木光太郎
  • 中央公論新社 (2006年5月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121018472

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証言の心理学―記憶を信じる、記憶を疑う (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 普通の会話は相手をとりあえず信用する

  • 足利事件の再審決定前に、菅谷氏の供述についてここまで分析して公表していたのがすごい。

  •  記憶というものがいかに脆く、また取り調べや法廷という非日常的なコミュニケーション場面であることもあいまって、いかに事実と離れた創作された事実が生み出されるか、といった問題について述べられている。「法心理学」という分野での研究者のジレンマや、具体的な研究法などの紹介が、実際に起こった事件をもとになされている。序盤は記憶の一般的な性質について、中盤は法心理学という分野の特異性、終盤は主に1990年に起こった「足利事件」の容疑者の供述をめぐる具体的な分析について。
     最近、生徒相手に何してたの、誰がその場を見たの、何て言ったの、なんて警察まがいのことをやることがあって、その証言を聞きながら、記憶が歪みやすいというのは知っていたけど、もっと詳しく知りたいと思って、読んだ。ある教員は「これだけ具体的に言ってるんだから本当に違いない」と言っていたが、別の教員は「具体的すぎるからおかしい」みたいなことを言っていて、その辺についてはウォーターゲート事件で証言をした大統領法律顧問のジョン・ディーンという人の話が参考になりそうだ。めちゃくちゃ詳細に発言の内容や行動まで述べたけれども、嘘だった、という話で、「細部に関する記憶の脆さと、それを穴埋めしてしまう『常識』『意味』の強さ」(p.28)について教えてくれる。「記憶は体験を発酵させ、少しずつ変化させていく熟成庫のようなもの」(p.18)とは、言いえて妙だ。また、「出来事を事実として認めることと、その出来事の記憶を持っていることとは別」(p.58)として、1984年の自民党本部放火事件におけるある部品の販売店員の証言が取り上げられている。捜査の仕方(聞き方、資料の見せ方など)によってシロもクロになるということが分かる。中盤では、心理学者が「普遍的な知識」を提供し、「出来事としての事実」に迫る手助けをしていくというスタンスについて議論されている。終盤の供述分析については、浜田寿美男という先生のアプローチから著者ら独自のアプローチへの展開について語られるが、この辺は個別具体的かつ専門的すぎて、そんなに興味深くは読めなかった。特に足利事件の容疑者Sの分析で、「行為連鎖的想起」として「小さな箱がありました」という描写を「Sは『小さな箱』という無生物にさえ動作主の地位を与え」(p.179)とあるが、ん?という感じだ。警官が押入れを開けて、そこに小さな箱があったんです、というのはそんなに特徴的な証言なのかどうかはよく分からない。少なくとも「動作主」ではないように思う。あとは「時系列的接続」になっている部分がほとんどで、これが特徴的だと言うが、他の事件の証言記録なんて読んだことがないので分からないが、少なくともおれが経験した最近の「警察ごっこ」では2回目以降整理する時には時系列順に確認していったし、その出来事の叙述を一度でも何らかの形でリハーサルしてしまうと、時系列順になりやすいということは出てくるんじゃないかと思った。
     専門的な話はともかく、記憶の一般的な性質について、色んな実験なんかも載っていて、その部分は面白く読めた。(16/03)
     

  • 過去は再現も説明もできない。それが出来る立場の人間は地上にはいない。だからそれ以外のところから、遺跡を掘るように慎重に進めなければならない。正解も時間もない世界であると痛感する。

  • ちょっと古いから今に対応できてないあたりの物足りなさは感じるけど概要としての記憶の問題・証言の問題は把握できるのでよかった。
    微妙に気になったのは何だかんだでこの著者は自分が担当した事件について冤罪だと考えてんのかなーっていう部分があって、そこで本論の部分にも影響を及ぼしてないかだけが心配。

  • 記憶が変わる、人の脳の不思議。

  • 裁判において証言をどのように扱うべきか。心理学者による試みを紹介している。
    記憶とは本来脆く、様々な影響を受けて変化するものである。しかし、記憶を頼りにする証言者は「事実」を話すことが求められる。証言の中から事実を探ることのむずかしさが良く理解できた。

    また、裁判において心理学の知見を生かそうと試行錯誤する筆者の真摯な姿勢には学ぶところが大きかった。

  • 証言は、はたして正確なのか。
    意図はなくても虚偽の証言をしてしまうことはないのか。

    実証的な研究結果もふまえて解説されている。
    実際の事件の調査なども含められているので、イメージしやすい。

    記憶の脆さ/ネットワークする記憶/正解のない世界

  • 人間の記憶の脆さや、事実と異なる証言がいかに作られるものか、証言の正しさを考えるうえで参考になる。
    結局のところ、個別の案件について証言が信用できるか否かを断言することは難しいのだが、間違いが入りやすい場面を知っておけば、証言を吟味するときに注意すべき点を押さえることができる。

    また、本書の足利事件についての分析は、控訴審時点で行われていたものであり、当時から自白が相当に疑わしいものであったのに、一見客観的なDNA鑑定に裁判官の判断が引きずられたことがわかり、興味深い。

  • [ 内容 ]
    人は嘘をつこうとしていないのに、体験していない出来事を見たり聞いたりしたと証言してしまうことがある。
    証言の聴き手が、それと気づかないうちに虚偽の証言や自白を生み出す手助けをしてしまうこともある。
    人間の記憶は脆く、他者の記憶とのネットワークによって成立している。
    これを法廷という非日常の「現場」に生かすことは果たしてできるのか。
    興味深い実例を交え、心理学研究の最前線をわかりやすく説明する。

    [ 目次 ]
    プロローグ 三つのキーワード
    第1章 記憶の脆さ
    第2章 ネットワークする記憶
    第3章 正解のない世界
    第4章 ギリギリの挑戦―目撃証言への実験心理学アプローチ
    第5章 内側からの眺め―浜田寿美男の「供述分析」アプローチ
    第6章 コミュニケーションの亀裂―スキーマ・アプローチ
    エピローグ 記憶のリアリティ

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 2011/03/20、たまたま聴いていたTBSラジオ「ミミガク」のゲストが高木氏。<br />固定的な表現(修辞)で断定的に語る人はウソをついている可能性が高い。真実の記憶に基づいて語っている人は、むしろ語るたびに細部の表現が異なるのが自然で、それでいて全体としての一貫性を保っている。

  • 記憶とは脆く、他者との信頼の上に成り立つものであるが、法廷における記憶に基づく証言というのは、最初から疑ってかかられる。
    それがいかに我々にとって非日常なものであるかということ、そしていかに我々の記憶自体に影響を与えてしまうかということを論じている。
    例の足利事件についての言説もあり、非常に興味深く読めた。裁判員制度が始まった今、読んでみるのもいいと思う。

  • 10冊目です。

    この本はいかに人の記憶があいまいでかつ不確かなものかということを教えてくれます。例えば普段の生活でも「おとといの
    夕食なんだったっけ?」ということなどよくありますね。その程度であれば当たり前のことのように思えますが記憶の怖いところは
    体験していないことでも勝手に加工されあたかも体験したかのように思ってしまうことです。どういうことかというとあまり覚えていない
    ことについて(前述の夕食のことについてなど)、人から「おとといはカレーじゃなかったっけ?」などと言われてしまうと「あ、そうだったな」
    などと思ってしまうようなことです。これがまだ日常生活の範囲内であればよいのですが犯罪における目撃証言の場面ではとりかえしのつかない
    ことになってしまいます。

    もしいまある殺人事件が起こったとします(凶器はバタフライナイフだとします)。普通の警察なら凶器であるバタフライナイフが購入されたと
    思われるお店に行って誰がナイフを購入したのか事情聴取に行きますよね。ですが普通そのようなナイフを日常的に販売している店ではだれが購入したのかなどいちいち覚えていません。したがって普通に質問しただけでは当然芳しい証言は得られません。しかし、ここで質問方法を変えると全く状況が変わります。例えばいくつか容疑者と思われる人物の写真をもって質問してみます。ここで注意するのがひとつの写真だけ他のものと違う形でとった写真とします(ひとつだけスナップ写真で他は普通にとった写真とします)。すると店員は「見たことがあります」と言ってしまうのです。しかも日時など詳細なことは絶対に覚えていないはずなのになぜか具体的にいつ買いに来たのかまで供述してしまうのです。さらに怖いのがこういったことが有力な証拠として使われてしまうことです。このような証拠がはたして信用できるものでしょうか。

    同じことは自白の強要などの場面にも適用できます。そしてこれが冤罪を生んでいる可能性があるのではないか、というのが本書の主要な主張です。
    ではどうすれば防げるのか。これは大変難しい問いですよね。なぜならば基本的に捜査は人の記憶に頼るほかなく、しかも人間の記憶が曖昧さをもとから包含しているのならば完璧な証言など得られるはずがないからです。そうすると基本的に捜査不可能となり一生事件解決などできません。大変深く難しい問題であると言わざるをえません。

  • 記憶の変容は外部や内部の要因から簡単に起こる。
    なかなか興味深い本。

  • 「証言」を検証することによって、人の記憶の脆さを明らかにする。<br /><br />もともと記憶はいい加減なところがあるのではないか、という漠然とした思いがあった。本書では証言を心理学的に検証することによってそのことを明確にし、記憶が変遷する要因分析を紹介している。<br /><br />結局記憶とは人間の解釈にすぎない不安定なものであり、それを共同想起や外的記憶装置によって補っている。しかしその場合でも解釈・想定・常識・仮設・社会的圧力が入り込んでしまい、たとえ善意の人通しであっても間違いが増幅される可能性があることを示している。<br /><br />「普遍的知識」を持つ心理学者が、「不確かな断片」を手掛かりに過去を再構築することがいかに困難であることか。さらに、実験室の中での「特権的存在者」としての立場を捨てて、現実での「コミュニケーションの構図」や「スキーマ」の分析に活路を見出そうとする筆者の思いも語られる。<br /><br />日常においてもこうした人の記憶の不安定さについては心にとめておくべきだろうと思う。本書では過去の再構築は裁判などの「証言」に特有のもので日常とは一線を画しているように語られているが、ビジネスシーンを考えた場合にも多くのことがあてはまる。様々なコミュニケーションによって仕事が進んでいくが、そこでは当然各プレイヤーに記憶が蓄積されてゆく。その記憶ははたして正しいのだろうか。過去を想起するためには議事録、各種資料などの外的記憶装置が重要になるが、記録が残っていた場合でも「言った言わない」の水掛け論に陥ってしまう場合があることは、人の持つ思い込みや仮説やスキームがいかに厄介であるかを示している。<br /><br />また、電子メールやSNS、ブログ等のツールはコミュニケーションと記録を同時に行って記憶を補うものとして、重要性を増していくことだろう。

  • 「記憶は過去の正確な記録ではなく、常に他者との相互作用を通じて作り上げられていくもの」。筆者はこの視座に立って、「証言」という行為を心理学的に分析する。法と心理学の関係について関心がある人はもちろん、実験法を用いない心理学研究のあり方についての示唆にも富んだ本。良書だと思います。

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証言の心理学―記憶を信じる、記憶を疑う (中公新書)の作品紹介

人は嘘をつこうとしていないのに、体験していない出来事を見たり聞いたりしたと証言してしまうことがある。証言の聴き手が、それと気づかないうちに虚偽の証言や自白を生み出す手助けをしてしまうこともある。人間の記憶は脆く、他者の記憶とのネットワークによって成立している。これを法廷という非日常の「現場」に生かすことは果たしてできるのか。興味深い実例を交え、心理学研究の最前線をわかりやすく説明する。

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