古事記の起源―新しい古代像をもとめて (中公新書)

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著者 : 工藤隆
  • 中央公論新社 (2006年12月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (293ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121018786

古事記の起源―新しい古代像をもとめて (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 学生のころ、日本文化の根源を探るのに古代まで遡る必要があるとわかった
    起源を探るために読んだ

    五音七音は中国の少数民族にも馴染みのあるリズムであることなど、とても興味深い
    けれど、いまだに発掘許可が下りない古墳に埋葬されていた王の血の起源など、ナショナリズムの問題もうまれるのではないか
    そうすると果てしない堂堂巡りのような感じもしてしまう

  • 著者は、中国長江流域の少数民族を調査し、無文字社会における神話が口誦表現(韻文)で伝承されていることに注目。「同内容別表現の対」などその表現パターンを明らかにした上で、これを『古事記』にあてはめ無文字時代の日本神話の原型を復元しようと試みる。少数民族の創世神話との関連性を強調する余り多少強引に感じられる部分もあるが、口誦表現の復元という点では説得力ある論理を展開している。今後更なる資料的裏付けを必要とするにせよ、仮説としては極めて刺激的な内容である。

  • 古代史について。
    日本最古の書物のひとつである古事記に、律令国家としての正統性だけでなく、無文字時代の縄文弥生時代から連なる呪術的等の文化の影響力を重点においている本。
    古事記について詳しくないので、分からない点も多いが、古事記に書かれている不可解な記述等も、縄文弥生時期(著者は「古代の古代」と呼んでいる)の文化の影響力のせいという点は、非常にロマンを感じた。
    中国少数民族や沖縄の歌の文化を古代の古代の源流のひとつと考えている。

    結は非常に共感できる内容だった。古代の古代の文化と国家段階に求められるリアリズムは反する方向性のものだが、日本は古来その矛盾した状況が連なってきた。明治の近代化や大戦等で限界に達しつつも、現在までなんとか連なってきた。近代国家としてのリアリズムから考えると、古来の文化である天皇制は非常に矛盾した存在になってしまうが、古来からその矛盾した状況を柔軟に対処してきた文化を残していくべきという点は同感。

  • [ 内容 ]
    古事記は、八世紀に編纂された日本最古の書物のひとつである。
    しかし古事記は突然出現したのではない。
    縄文・弥生期から連綿と続く、無文字時代の神話がその源にあった。
    著者は、無文字文化の「生きている神話」「生きている歌垣」が今なお残る中国長江流域の少数民族文化を調査し、神話の成立過程のモデルを大胆に構築。
    イザナミやヤマトタケルの死、スサノオ伝承、黄泉の国神話、糞尿譚などを古事記の深層から読み直す。

    [ 目次 ]
    序論 古事記研究の現在(古事記の四つの顔;生きている神話;古事記神話の古層・新層・中間層;昔話と原型的な神話の違い;リアリティーある「古代」像を目指して)
    第1部 古事記をどう読むか(古事記はどのように研究されてきたか;原型生存型民族の口誦表現モデルで読む)
    第2部 古事記を読み解く(臣安万侶言す(「記序」)―激変の時代が突出させた復古精神 天地初めて発けし時―無文字の古層と文字の新層の交錯 イザナミの死 ―排泄物利用の技術革新 黄泉の国神話―死と折り合いをつける スサノオ神話―分析を拒絶する混沌 ヤマトタケルの死―古層の死生観で読み直す サホヒコ・サホヒメ―民族サバイバルから恋愛へ 志毘臣と袁祁命の歌垣―歌垣と政治の交錯 古事記と日本)

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 現存する日本最古の歴史書古事記は、どういう目的のもとにどういう人たちの手によって、どういうテキストを元にして編纂されたのか。本書の主題はそういった意味での「起源」です。が、それを推測していく手法は一風変わった、文化人類学のようなフィールドワークを基礎としたもので、面白く読ませてもらいました。
    古事記研究のさきがけであった本居宣長が古事記を「仏教や儒教が伝来する前の日本人の精神の本来の姿」として捉えているように、ついつい古事記の世界が日本人の原点、というように考えてしまうのですが、それがそもそもの間違いだと著者は言います。考えてみれば、それまでの口承を元に編纂したと序には描いてあるわけで、古事記成立の時点ですでにオリジナルテキスト(複数あったはずです)のリテリングが行われていたということになります。
    著者はそういった視点から、現在残されているテキストと中国少数民族(すでに古代の習俗を伝えるムラ文化は日本国内では消滅しているそうです)の口承神話を照らし合わせて、文字化するまえの日本の神話を再構築しようとしていくわけですが、こんなことを考えた国文学者を私は他に1人しか知りません。沖縄民俗の研究から古代日本の精神性と国文学を探究しようとした折口信夫です。現に著者は、自分の研究手法を折口氏に連なるものと捉えているようです。
    中国やインドネシアに現在伝わる口承神話からどうして古事記のもとネタがわかるのか、と首をひねる気持もしますが、意外なことに、全く関連のなさそうな中国南部の少数民族の神話が、古事記の物語と驚くほど符合するのです。著者は、東洋の神話はストーリーではなく「うた」で伝承されていたとし、それが国家的事業による統一神話の構築、そして和歌や物語などの文学作品へと至る過程を8段階に理論化していきます。
    無文字文化だった縄文、弥生期の日本ではどのような祭祀、神話が行われていたのか。成立時点ですでに6段階目にあった古事記からその第1段階を推測するのは、まさに骨の折れる作業であり脱帽ものですが、少しずつその断片が明らかになっていくプロセスはとてもスリリングで、心が躍りました。古代解明の鍵となる少数民族の習俗が急速に失われている中で、こういう研究がもっと盛んになればいいなあと願うばかりです。

    (2008年5月 読了)

  • 神話の本来の形は「歌」であったとし、
    文字で伝えられる時点で古事記は「死んだ神話」という考えを元に、

    現代に残る「生きた神話」である中国の少数民族に伝わる「歌垣」を参考に、
    神話の成立背景、当時の死生観などを考えるもの。

    古事記についてそんなに詳しくないので鵜呑みにしていいものなのか分かりませんが、興味をそそられます。


    ただ、著者がどこから「歌垣」に行き着いたのか書いてなかったような。見落とし?

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古事記の起源―新しい古代像をもとめて (中公新書)の作品紹介

古事記は、八世紀に編纂された日本最古の書物のひとつである。しかし古事記は突然出現したのではない。縄文・弥生期から連綿と続く、無文字時代の神話がその源にあった。著者は、無文字文化の「生きている神話」「生きている歌垣」が今なお残る中国長江流域の少数民族文化を調査し、神話の成立過程のモデルを大胆に構築。イザナミやヤマトタケルの死、スサノオ伝承、黄泉の国神話、糞尿譚などを古事記の深層から読み直す。

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