声が生まれる―聞く力・話す力 (中公新書)

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著者 : 竹内敏晴
  • 中央公論新社 (2007年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121018823

声が生まれる―聞く力・話す力 (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 「話す」とは、声によって人に働きかけ、相手の行動=存在の仕方を変えることだ。そうすれば、まっすぐ歯を開けて息を吐かなくては、声を生み出せず、言葉が芽生えるからだの内なる動きを外への流れへ作り出すことができない。言葉が相手に届く力を見出せないことになる。
    言葉とは、まず自分の中で生まれるけれども、相手のからだ=存在の地点に至って、初めて成り立つものだから。
    息が外へ、そして相手に向かっていなければ話しことばは成り立たない。まっすぐ歯を開けて息を吐いた時、ここに「わたし」が現れるのだ。
    32 話すことへーーつかまり立ち

    日本語では一音節は原則として同じ時間の長さで発音される(等時的発音形式としての音節と呼ばれる)。これが英語やフランス語との根本的な違いだ。この音節が重なり合って文を作る。それが作り出すリズムは、音数律と言って七五調がその代表的なものだ。それゆえ日本語を頭韻や脚韻などによってリズムを作るヨーロッパなどの韻文に対して、律文と呼ぶ学者もある。
    この一音節一音節を母音まで力強く発音していくことを一音一拍と呼ぶ人がある。謡曲の稽古はこれを徹底して私に教えた。
    41 日本語のしくみ

    七五調一音一音、語りきってリズムがしっかり生まれてくる体験は、日本語を語る力の基礎だろうと考える。これができない語り方には、相手の胸をうち、肚にしみ込む力がない。
    53 日本語の七五調

    声が届かないということは、話しかけ手が相手に呼びかけ働きかけて、相手と自分との関係を変えてゆくアクションを起こしていない、あるいは起こしても貫徹し切れていなかったことの表れだということになる。「話しかけのレッスン」とは、改めて、人が人に働きかける力とプロセスの欠如あるいは弱さに気づき、出発しなおすということだ。
    160 「声が届いた」ことと「話しかけられた!」ことと

    「呼びかける」とは「ことばが劈かれた」ときに体験したように、相手をーー他者をーー呼び出すこと。言いかえれば「あなた」が生れること、その時「わたし」が生れることにほかならないのだから。……「呼びかけ」の聞き手の「からだ」は、いわば、第一次と第二次の言語を感じ分けるリトマス試験紙のようなものであり、かつ、「からだ」の仄暗い奥にに動いた感じをどう「ことば」として生み出していくかの手探りとしては、まさに、第一次言語「まことのことば」あるいは「表現としてのことば」の誕生の現場でもあるわけだ。
    164 言語の三機能ーーまことのことば

    しかし、彼はなぜ無自覚なまま、これほど迂回した言い方をするのだろうか? 無自覚な部分(無意識)をも含めて、存在全体としてどう行動していたのかを考えてみれば、それは「話しかけるフリをして、周囲や相手に合わせ、悪く思われないようにする」あるいは、「フリをして、自分を隠しておく」どういうことになるだろう。これがもう一度「呼びかけ」に挑戦してみるとすれば、それはこういう無自覚の行動に気づいてそれを突破することであって、それは実存の仕方の変革になるだろう。
    168 迂回する日本語

    人と人とがことばを交わすとはどういうことか。その原風景をわたしはあの「ことばが劈かれた」瞬間に体験していた。ーーわたしの声はじかにあなたを呼び出し、そのからだにふれ、しみてゆき、動きが起こり、それはそのままわたしに響き、返ってきた声がわたしのからだを内からゆり動かした。そこにひとつの場が生き、「わたし」と「あなた」はじかに響き合っていた。それは意味以前の存在ーーとしてのからだとからだーーが姿を現した瞬間だと言ってもいい。これが第一次言語、「まことのことば」の生まれ出る「胎」である。そこにはすでに声が潜み入っている。
    172 迂回する日本語

    つまり、日本の「はる」は春(シュン)と違って、2つの違った音を組み合わせてできてい... 続きを読む

  • 竹内氏の本は何冊か読んだことはあったが、今回の本は読んでいて身体が震えた。なぜだろう?竹内氏の言葉が私の身体に「届いた」のか?今、このタイミングでこの本と出会えたことに深く感謝。自分の中で何かがうごめきはじめた。

  • 「『話しかける』とは全身心での『アクション』なのだ」
    聴力が弱かった著者が、いかに言葉と向き合い、声と言葉を捉え、生み出していくか、の過程が分かる。
    メルロ=ポンティの「知覚の現象学」を引きながら、第一次言語と第二次言語という考えかたも、すとんと私の中に落ちた。制度化された第二次言語と、「現れつつ意味を形成することば」。
    最近(だけではないが)、政治家などの失言やヘイトスピーチが、どうも気持ち悪く思うが、なぜそれが気持ち悪いと思うのかが、判然としなかった。このエッセイを読んで、はたと気づいた。彼らは失言であろうが、ヘイトであろうが、それらは粗末に投げつけられた「制度化された言葉」だから。そこに「まことのことば」がないから。
    言葉とは「あなた」への呼びかけ。
    竹内敏晴氏の著作を読み進める入り口として最適な1冊になった。

  • いわゆるハウツー本とは違う。耳が不自由だった青少年時代の回想に始まり、「どう声を出せばいいのか」「声が出るとはどういうことなのか」を、著者の体験を基に探っていく。それだけでも貴重な記録なのに、さらに「声を出すことと話しかけることの違い」にまで考察を深め、身体性・間身体性という領域にまで思いを馳せる。良書に出会えたことを感謝したい。
    2013/11/11

  • 誰に向かって声を発しているのか。
    声を発する心理的目的はなんなのか?

    声がひらかれるということ。
    からだを使う。
    実存。

    第1言語と第2言語。

    ドグマ。

  • 両耳が聞こえなかった。16歳で右耳の聴力がもどる。

    そんな経験から、声ってなに?そんな疑問をもったことが

    このような本を書くきっかけになっているのだろう。



    はく息がなければ言葉は生まれない。

    はく息。考えてみれば、おかしな単語だ。

    はいた息?はいている息?はく息?



    息をはかなければ、確かに言葉にならない。

    もしかしたら、言葉は、人の生命を維持するための

    基本である呼吸に、人を悲しませたり、喜ばせたりする

    音符がついたものなのかもしれない。



    声って、言葉ですよね。ひと息、ひと息、呼吸しないといきられないですよね。

    そのひと息に音符をのせて、言葉にするわけだから、

    もしかしたら、一言はっするのも、命がけなのかもしれないな。



    こりゃたいへんだ。言葉は生きている。。。。。

  • 声が生まれる : 聞く力・話す力 / 竹内敏晴著

    所在 請求記号 図書ID 巻冊次 貸出状況(予約数)
    返却予定日 注記
    2階/中公新書 809.2/Ta-67 00383854 貸出可

    東京 : 中央公論新社 , 2007.1







    内容情報

    音がない。両耳が聞こえない…。十六歳で右耳の聴力を獲得しても、何を語ればよいのかわからなかった。手探りで、ことばを見つける。それを声にして語り出す。だが、声にするには、まず息を吐かなければならない。本書では、ふだん自覚することのない、声として発されるまでのことばの胎動を見つめる。息を吐くとは、相手にとどく声とは、そして、ことばとは何か。著者自身の体験を交えて語られる声とことばをめぐるドラマ。
    目次情報

    1 ことばの方へ(音がない;音が聞こえることばを見つけに ほか)
    2 「話す人」の誕生(「ことば」の手さぐり;奈落の化粧「文」を組み立てること ほか)
    3 呼びかけのレッスン(人と人が話すということ;話しかけのレッスンなぜ声はとどかないのだろう? ほか)

  •  「わたしがびっくりしていたのは,その子たちがみんな,直立不動でまっすぐ前を向いて声を張り上げていたことだけではない。だれもかれも,上を向いているのだ。(中略)発表する側はだれ一人その友だちを見てしゃべるものはない。みんなの頭ごしに声を散らばせているのだ。/終わって子どもが席にもどると, センセイがまた正面に立って話し出した。わたしはああ,と思った。先生の目は,子どもの方へ下りてゆかない。やっぱり子どもたちの頭ごしに,壁やら窓やらの方をさまよっているのだった」(同書,144−145頁)著者竹内は現在演劇の演出家であり,また宮城教育大学で教育を目指す学生を教える先生でもある。彼は,耳の持病のために中学4年生(今の高校生くらい)まで人の声をしっかりと聞き取ることができず,その後新薬の投与により耳の機能を回復していったという経験を持つ。つまり私たちが子どものころからいつの間にか身に付けてきた言葉を通じたコミュニケーションを,多感な青年時代に,彼は苦労と新鮮な驚きとともに獲得していったのである。いわば真剣で切実な思いのなかで言葉を獲得した彼が気づいたのは,誰にも話しかけず,誰も話を受け止めない,日常にあふれている貧しいコミュニケーションの姿だった。僕にも同じような経験がある。アメリカにいるとき,英語の苦手な僕は,相手の目や口を見つめながら必死で言葉を受けとめようとしていた。そのときに気づいたのは,生まれて40年間それほどまでに人の話を全身全霊で聞こうとしたことがないという事実だった。人に向かって語るとはどういうことか,話を聞くとはどういうことなのか,深く考えさせられる一冊。(菅)

  • わたしたちは当たり前にしゃべっているけど、もしかしたらそれは当たり前でないのかもしれない。
    息を吐くことから始める発声トレーニング。声を相手にとどける、話しかける、人と人が話すとは?
    「春が来た」のレッスンは圧巻!日本語ってすごい!!

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声が生まれる―聞く力・話す力 (中公新書)の作品紹介

音がない。両耳が聞こえない…。十六歳で右耳の聴力を獲得しても、何を語ればよいのかわからなかった。手探りで、ことばを見つける。それを声にして語り出す。だが、声にするには、まず息を吐かなければならない。本書では、ふだん自覚することのない、声として発されるまでのことばの胎動を見つめる。息を吐くとは、相手にとどく声とは、そして、ことばとは何か。著者自身の体験を交えて語られる声とことばをめぐるドラマ。

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