「慰安婦」問題とは何だったのか―メディア・NGO・政府の功罪 (中公新書)

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著者 : 大沼保昭
  • 中央公論新社 (2007年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121019004

「慰安婦」問題とは何だったのか―メディア・NGO・政府の功罪 (中公新書)の感想・レビュー・書評

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  • 慰安婦問題解決にむけて、村山内閣の時に発足した、「女性のためのアジア平和国民基金」の設立から活動内容、そして振り返りの話。

    本のタイトルとしては少々大風呂敷になってる気もする。あくまでも基金の話、1990年代に日本政府及び基金が、償いのために何をしたか、であり、戦時中に日本が何をしたか?や、何故特定の国との関係がここまでこじれてるかに対する話ではない。

    個人的には道義的責任と法的責任の話や、被害者は韓国だけでなく、様々な国にいることを知れたことは良かった。

  • 研究者であり市民運動家でもある著者が立ち上げ、運営に関わったアジア女性基金に関わる記録と省察。
    研究者として客観的であり、市民運動家として誠実な著者の心が伝わる。読みながら涙がこぼれた新書は、この書くらいだろう。2007年発行ながら今なお新鮮な感じがするのは、未だその問題が日本社会の周囲にこびりつきひりひりとした痛みを覚えさせるからだと思う。

  • 2007年に解散した「アジア女性基金」の総括。実現可能性のない法的にではなく、道義的実効的な償いであり、韓国以外では受け入れられた。イデオロギー優先で被害者に期待だけ持たせたメディアや学者、支援団体も、批判だけでなく自己評価すべき。

    様々に錯綜していますが、誰にとって・どんな基準で、というのが、問題を捉える上での軸だとわかりました。

  • 読んでみたらアジア女性基金の活動記録だった。大沼先生は理事として奮闘したらしい。民間からの基金と政府とで半分ずつの拠出という中間の立ち位置だったがゆえに右派からも左派からもバッシングされたそうだ。
    「カネの問題ではない、大事なのは気持ちなのだ」とメディアやNGOが声を大にすることにより、基金からのお金を受け取りにくくなってしまうというメディアとNGOの責任を指摘。慰安婦問題の被害者もいろいろだし、「心からの謝罪がほしい、でもお金も必要だ」という被害者は、被害者像の美化により、「またカネで身を売るのか」という声により、受取りを申し出られなくなってしまった。被害者がいろいろなのはたしかにそうだ。特に韓国での受取り者へのバッシングがものすごかったみたい。
    大沼さんは別のところで、この事業を通じて、韓国の知識人に絶望し、韓国は反日さえ言ってればいい体質だとまで書いていた。

  • 日本政府とアジア女性基金の広報不足。反日ナショナリズムをあおり基金のお金を受け取る者を裏切り者扱いした韓国の支援者団体とメディア。基金を評価せずにただ批判し、韓国世論の間違いは批判しなかった日本メディア。

    最近東アジア関連できなくさいタイトルの本が書店をにぎわしていると話題になり、そのこと自体が批判されることも多い。本書は実際にアジア女性基金のために奔走した著者が執筆したもので、その意味では、より信頼に値するのではないかと思っていた(実際そうだろう)。でも、ようするにそのような本の内容をもっと知的な言葉でお上品に書いただけで、事実自体はそんな変わらないんだな、と思うとなんだか暗い気分になった。

    日本のいわゆる「和式リベラル」の責任は重いんだなと改めて思った。

    「自分ができもしない、不自然で過剰な倫理主義の要求、知識人のいやらしさがにおう、もっともらしいがその実空虚な論理こそ、戦後責任や戦後補償の主張をうそっぽいものにし、日本の一般市民の反発をまねき、日韓の率直な、深みある友好を妨げて来たのではないか。加害国体被害国という国を単位とする一枚岩的な図式、中韓の主張には反論してはいけないという過剰な倫理主義は、双方の自制のきいた、しかし社会は基本的に俗人からなることを自覚した議論の積み重ねによって一歩一歩克服していかねばならない」

  • 何が問題なのか、は非常によくわかりました。ここから先は私たちが現実的に考えなければならないということです。

  • 民間から償い金を募って、慰安婦への補償をした「アジア女性基金」の当事者が書いた本。善意で始めた活動が、国家補償原理主義者のNGOやメディアなど独善に凝り固まったものに踏みにじられていく過程が描かれている。
    多少、自己弁護的なところが鼻につくが、韓国の挺対協などNGOが問題解決の道を遠くしているのは間違いない。
    本書でうなづいたのは、リベラルや左派こそ中韓と議論し、誤りは正していくべきという下り。左派の遠慮とも言える姿勢が、嫌韓や歴史修正主義者の跋扈を呼んでいるのは正にその通りだと感じた。
    解決の道などないのかもしれない。だが、それでも対話を続けて行かなければならないのが日韓関係なのだろう

  • 2013.7.30-2013.7.31

    http://blogs.yahoo.co.jp/yoshihara jya/53727977.html

  • このテーマへの理解が深まるとともに、解決困難な問題に対する姿勢、取り組み方について非常に深い洞察を与えてくれる著作。

  • 慰安婦問題に際し設立されたアジア女性基金に携わった著者が
    慰安婦問題解決に向けて活動した記録を振り返りつつ、
    結果、どのような反響、反発が起こり、
    また問題があったのかを概説する一冊。
    主張は一貫しており、これを様々な角度から補完している。
    内容もスッキリとまとまっており分かりやすい。

    著者自身、広報活動の薄さを嘆き悔やんでいるが
    私自身も活動内容の詳細については本書で初めて知った。
    広報活動が適切に行われなかった背景には多様な問題が渦巻き、
    一概に何が悪いとは言い切れないが
    国民一人一人がこうした情報を積極的に習得し
    現実的な判断を試みる姿勢が大事な要素の一つであると思う。

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「慰安婦」問題とは何だったのか―メディア・NGO・政府の功罪 (中公新書)の作品紹介

一九九〇年代以降「慰安婦」問題は、「歴史認識」の最大の争点となっている。政府は軍の関与を認め謝罪。市民と政府により被害者への償いを行う「アジア女性基金」がつくられた。だが、国家関与を否定する右派、国家賠償を要求する左派、メディアによる問題の政治化で償いは難航した。本書は、この問題に深く関わった当事者による「失敗」と「達成」の記録であり、その過程から考える新たな歴史構築の試みである。

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