ナチスと映画―ヒトラーとナチスはどう描かれてきたか (中公新書)

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著者 : 飯田道子
  • 中央公論新社 (2008年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121019752

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ナチスと映画―ヒトラーとナチスはどう描かれてきたか (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 映画におけるヒトラー像を時代考証とともに追っています。
    ドイツ国民の英雄からわかりやすい極悪人へ。
    そして今、その姿は多様な人間性をもって語られるようになり、それがエンタメとして受容されつつある。

    映画にも歴史にも詳しくないですが、「戦場のピアニスト」や「シンドラーのリスト」など比較的最近の有名な映画についても触れられていて読みやすかったです。

  • しっかりと解説がなされていて、ヒトラーの映画をうまく利用した宣伝と扇動を理解することができました。非常に読みやすい作品でした。

  • ナチスの核のひとつであったメディア戦略を知ることもできれば、
    美と憧れと親しみの危険という戒めを学ぶこともでき、
    メディアとその受け手としての民衆を理解するのに役立つ一冊です。

    ナチス時代のプロパガンダ映画を分析し糾弾するにとどまらず、
    第二次世界大戦後ナチスがどのように描かれてきたかも書かれており、
    政治と映画、そしてその受容について多面的に理解することができます。

    それらを学ぶことで得ることができる知見は、
    現代においてもそのまま通用するものですし、
    その危険性を知る上でももっと読まれていいと思う本です。

    映画はそれほど見る方ではありませんが、
    分析的な視点を持ったままいくつか見てみたい気になりました。

  • 2011年7月31日 読書会
    テーマ:ヒトラー

  • 前半はナチス政権下でゲッべルスとヒトラーが作った映画について
    映画や広報政策に対する考え方は先駆的
    プロパガンダの手段の確立、そして全ての崩壊

    後半は戦後のナチスやヒトラーの映画における描かれ方について
    強烈で不安定で何故か魅力的な人物像

  • [ 内容 ]
    第二次世界大戦で数千万もの人々を死に追いやったヒトラーとナチス。
    彼らは新興メディアだった映画をプロパガンダの最大の武器として活用した。
    一方で戦後、世界の映画産業は、わかりやすい「悪」の象徴として、ヒトラーとナチスを描き続ける。
    だが、時代とともに彼らの「評価」は変わっていく。
    本書は、第1部でナチ時代の映画を、第2部で戦後映画での彼らのイメージの変遷を描き、「悪」の変容と、歴史と「記憶」の関係を探る。

    [ 目次 ]
    新しいメディア・映画の登場
    第1部 ナチスの時代(ヒトラーとゲッベルス 映画統制―検閲と「評価付け」 プロパガンダと映画)
    第2部 ヒトラーとナチスの戦後(同時代人が描いたヒトラー像 「悪の定番」としてのナチス―一九五〇~六〇年代 「美しく魅力的」な表象へ―一九七〇年代 ホロコースト映画の変遷―一九八〇~九〇年代 新しいナチス像―二〇世紀末 「身近な存在」になった独裁者―二一世紀)
    創られる「記憶」

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 情熱的で不安定で人間味のあるヒトラーに何故か興味をひかれる。

  • ナチスがどのように映画を利用していったか。映画はどのようにナチスを描いてきたか。前者の視点だけでなく、後者の視点も面白い。

    戦前・中・後と、多彩なイメージ変化をするナチス。そのイメージの変遷を時代考証を交えつつ、追っていく。

  • ヒトラーとナチスは映画によるイメージ操作を最初に意識的に行ったが、そのイメージは彼らが滅んだあとも行き続けて変遷していることを、豊富な具体例を挙げて綴る。「実体」などせず、イメージがあるだけなのは今の方がエスカレートしているだろう。

  • 国文学2009年2月号書評より

  • オリンピックで入場行進をするようになったのはベルリンオリンピックから。選手達が入場する際にヒトラーに挨拶をして通っていく。今では当たり前になっている開会式の入場行進もナチス礼賛に由来している。
    チャップリンの独裁者も彼はアウシュビッツの悲劇を知っていたら、あのような映画は創れなかっただろう、と言っている。
    ゲッペルスとヒトラーというコンビは凄かったんだろうね。

  • 類書は少なくないけれど、新書判でこれだけの質と情報量があるのはスゴイ。
    同じ中公新書に収録されている平井正氏の「ゲッベルス」との併読をオススメします。
    目次
    新しいメディア・映画の登場
    第1部 ナチスの時代(ヒトラーとゲッベルス
    映画統制―検閲と「評価付け」
    プロパガンダと映画)
    第2部 ヒトラーとナチスの戦後(同時代人が描いたヒトラー像
    「悪の定番」としてのナチス―一九五〇~六〇年代
    「美しく魅力的」な表象へ―一九七〇年代
    ホロコースト映画の変遷―一九八〇~九〇年代
    新しいナチス像―二〇世紀末
    「身近な存在」になった独裁者―二一世紀)
    創られる「記憶」

  • 「ナチスの思想には共鳴していなかったと生涯主張していた」リーフェンシュタールをはじめ、
    ゲッペルズら側近の日記などの記述から、独裁者ヒトラーとその党の描写について、時代別に考察を行っている。

  • ナチスはどう映画を利用してきたか? 映画はナチスをどう描いてきたか?を論考しています。特に後者が面白かった。(2097)

  • 年をまたいで読んだ本。大戦後、どのようにヒトラーとナチスが描かれてきたのかを概観した一冊。

  • 歴史と映画が好きな人には面白く、また親しみの持てる本だと思う。ヒトラーおよびナチスが描かれている映像作品を、ナチスによるプロパガンダ映像も含めて時系列でその時代状況と当時の人々の受けとめ方、ナチスとヒトラーの描かれ方の変遷などをたどっている。多くの映像作品を新書という小さい枠に盛り込んでいるため、駆け足的な感じもする。一方で専門の知識を基に分析をしながら、一方で著者自身が当時の人々と一緒にその映画を体験したかのような臨場感があり、要は著者が映画ファンでもあるからでしょうが、単なる教科書的な叙述にとどまらないため楽しく読める。書き出しからして、映画というフィクションの世界が現実と相補的な関係を持つことがあることを巧みに描写していて引き込まれる。「嘆きの天使」でセンセーショナルに登場したディートリッヒが「ぴっちりとしたコルセットに身を包み、自慢の足を惜しげもなくさらして彼女は歌った。
    あたしが求めているのは、一人の男、ほんものの男なの
    einen Mann, einen richtigen Mann
    映画のヒットとともにこの歌も人びとの口にのぼるようになっていった。一九三〇年代初頭のドイツには、「ほんものの男」の出現を待ちわびる空気があった」
    読み進むと、その「ほんものの男」に一時は魅了されたことをドイツ国民が認める、あるいは思い出すのに(少なくとも映像作品にあらわれるヒトラーのイメージの変化からすると)長い年月がかかったことがわかる。

  • 前半はナチスが映画をプロパガンダに使用してきた実例を挙げている。これはめずらしくないが、後半が戦後のナチスやヒトラーの映画での描かれ方を書いている。映画はあまり好きでないので多く見ていないが、この本の知的挑発は面白い。

    戦前・中と戦後でもちろんナチスの描かれ方が変わるが、戦後60年以上経た今でも、ドイツではナチス・ヒトラーという「傷」を引きずっていることがよくわかる。

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ナチスと映画―ヒトラーとナチスはどう描かれてきたか (中公新書)の作品紹介

第二次世界大戦で数千万もの人々を死に追いやったヒトラーとナチス。彼らは新興メディアだった映画をプロパガンダの最大の武器として活用した。一方で戦後、世界の映画産業は、わかりやすい「悪」の象徴として、ヒトラーとナチスを描き続ける。だが、時代とともに彼らの「評価」は変わっていく。本書は、第1部でナチ時代の映画を、第2部で戦後映画での彼らのイメージの変遷を描き、「悪」の変容と、歴史と「記憶」の関係を探る。

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