戦後世界経済史: 自由と平等の視点から (中公新書 2000)
- 中央公論新社 (2009年5月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (406ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121020000
作品紹介・あらすじ
第二次大戦後の世界は、かつてない急激な変化を経験した。この六〇年を考える際、民主制と市場経済が重要なキーワードとなることは誰もが認めるところであろう。本書では、「市場化」を軸にこの半世紀を概観する。経済の政治化、グローバリゼーションの進行、所得分配の変容、世界的な統治機構の関与、そして「自由」と「平等」の相剋-市場システムがもたらした歴史的変化の本質とは何かを明らかにする。
感想・レビュー・書評
-
学者、教授としての著者の良心が凝縮された 名著と言って良いと思う。テキストとしての経済史としてもわかりやすい。著者はまず5つの視点、「市場と政府の折り合い」「グローバリゼーション」「所得分配の不平等」「経済統合 」「市場の信頼」を論じているが、これは読む側にとっては格好のガイダンスになると思う。戦後の様々な経済的事象を経済学者、政治家の意見とともに紹介、著者の理解も述べられ、読書の楽しみみを味わえた。ただし、平等化と自由への侵食の議論は消化不良だったようにも思える。いずれにせよ必読の★5。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2009年に出版された本です。
全体としてみると人間社会は良くなっているのかな、と思いました。
自由と平等の観点から、という副題のとおり、自由が行き過ぎれば平等が損なわれ、平等が行き過ぎれば自由が損なわれれるという感じなので、どのようにバランスをとるのか、というのが問題だと思いました。
市場で価格が決まる、ということがとても大事なことだとわかりました。 -
戦後経済の5つの特徴
・公共部門の拡大
・グローバリゼーション
いかなる産業も集積のメリットが実現する方向へ動くが、その利益を阻む最大の障害は「距離」。地球が小さくなったり、言語が同一になったり、歴史を完全に共有しない限り、グローバリゼーションは必ずしも世界の均質化をもたらすものではない。
・所得格差
日本では年代内格差よりも世代間格差のほうが大きい。
・グローバルガヴァナンス
・市場の設計と信頼
人類は知恵を用い、技術を開発しながら巨大な富を築いて来たが、我々の視野は狭くなり、お互いの信頼感を弱めるような風土を作り上げた。信頼をベースにした自由な経済活動こそ、いつの時代も健全な経済発展に重要だ。
戦中の公の利益のみの追求から、戦後の経済発展と個人主義の拡大により、公共精神の重要性への意識が希薄化していった。
戦後ドイツへのモルゲンソープラン→ドイツの非軍事化と重工業の撤去による懲罰的対独政策
マーシャルプラン→戦後欧州経済の立て直しを目的としたアメリカの経済・技術援助プログラム
戦中既に、金本位制の硬直的、デフレデバイスがはっきりと現れ始め、保護貿易主義で分断されてしまった世界貿易を、いかに自由で多角的な通商システムとして改革するかが検討された。
戦後アメリカのインフレーションは、福祉プログラム実現(アメリカの中に貧困層が存在することを示唆する論文の流行から、この政策が打ち出された)のための巨額の財政支出、ベトナム戦争への財政負担によって進行した。このときの米国は既に資源の完全雇用状態にあり、政府支出の上昇に割り当てられる貨幣供給の増加が生まれなかったため、インフレが進行した。
このインフレが、固定相場制に基礎を置くブレトンウッズ体制の終焉を招く。ブレトンウッズ体制は、米国を国際収支赤字国にしながら、米ドルを世界に安定供給し続けるシステムとして機能していたが、米ドルのインフレによってアメリカ国内のドルが過大評価され、価値の固定が成り立たなくなるからだ。
さらにアメリカの貿易収支が悪化し続けると、米ドルの信用が無くなっていく。
戦後西ヨーロッパは驚くべき速さで経済の回復を果たした。西ドイツの通貨改革による価格統制の撤廃、自由市場での取引が活発化したからだ。
イギリスは、サッチャーが登場する前までは、市場経済を重視しつつも公共サービスの提供を重視する混合経済体制(主要産業の国有化と国民皆保険制度)へ移行する。いわゆるケインズ理論だが、これがうまく行かず、拡張政策によりインプレを招き、輸入が増加、国際収支の悪化を退治するために緊縮財政を招くという悪循環を生み出し、サッチャー登場前までのイギリス経済の低迷を招く。
フランスは、支持的計画システムから来る国民の一体感のもと、60年代まで効果的に成長を果たす。
スウェーデンは古くから福祉国家として、自由な経済活動と手厚い社会保障制度の国として機能してきたが、そうした労働条件と処遇の良好さを支えているのは、とんでもない税金の高さと、社会主義国家顔負けの再分配システム、人種の画一性にあった。
このスウェーデンモデルも、石油危機に対しては無力であり、インフレーションの進行によって高福祉高負担システムの問題点が表面化し始めた。
農地改革は、戦後の経済発展にとってきわめて重要である。耕作地が自分の所有地になり農民の営農意欲を刺激することで、利潤を生み、それがいずれ軽工業への労働力移動→重工業の発展につながるから。
戦後、東アジアの国の中で、西欧の植民地となった国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、北朝鮮)はいずれも社会主義体制を取り、ならなかった国(日本、タイ)は資本主義要素が強かった。
社会主義経済学下では、消費財産業を犠牲にして重工業化を強要するきらいがあり、国民の生活水準が上がらないまま無計画な投資を断続的に行う傾向にある。
経済的な地位改善と政治的決定権限の癒着が強すぎるのだ。
また、あらゆる規模の経済においても不確実性は存在し、変化は常に起こっているため、現場の人間が有する具体個別の知識を、中央が完全に把握することはできない。そして、市場経済では、その変化と不確実性を全て知る必要がないメカニズムーー価格によって自主計画を組むことができるのだ。
【中南米】
中南米経済は、土地や富、所得の分配の不平等が目立つ。原材料の輸出国から、保護主義下で企業を国有化し、工業国を目指すというプロセスが多い。
【アフリカ】
植民地国が多く、ほとんどは経済の政治化、悪しき政治により進歩が阻害されている。宗主国から経済や社会制度を移入し統治した国のほうが、収奪するために支配された国よりも、経済発展が早かった。
石油危機の勃発
イスラエルとの戦争をしていたアラブ諸国が、親イスラエルである米国と西欧諸国への原油輸出価格を釣り上げた。西欧諸国だけでなく、コメコン諸国にも波及する。世界的なスタグフレーション(インフレと高失業率)により、世界経済の停滞を生んだ。
この石油危機後、世界各国は小さな政府へと舵を切り始めることになる。
女性が長期にキャリア形成する仕事につくという動きは、70年代以降から急速に広まっており、そこまで昔からの現象ではない。
いかなる経済も、投資をファイナンスできるだけの貯蓄があるレベルに達すれば、「何らか」の契機を得て、自然と経済は上向きになり始める。
アジアNIESの経済成長の一つは、自由貿易体制化での工業製品の輸出によるものだ。農業・軽工業で獲得した外貨を重工業向けの投資に割り振り、輸出を志向していく戦略である。日本が主導して行った直接投資もこれを後押ししている。
ベトナムや中国といった社会主義国家は、農地改革や市場重視の政策によって高度経済成長を得た。
1980年は、石油危機後の調整期間を経て、世界の経済活動の枠組みが新自由主義に大きく転換する。規制緩和・民営化・税制改革(個人・法人税率の引き下げによる労働意欲を高める)などだ。
1980年代の途上国の債務危機は
→国際的な民間銀行が、途上国に金を貸し、輸出部分の拡大を図る
→外貨で返さねばならぬため、輸出不振になると返すため更なる借り入れに陥る。
政治的平等化の進展は、ある点を過ぎると、結果として自由が損なわれ、経済発展にもはやプラスの影響をもたらさなくなる。
人的、物的資本への投資から経済成長へ、そしてデモクラシーなどの政治制度の整備、確率への展開のほうが因果関係として重要。 -
取り扱う題材の範囲が広い本は、初学者が概要を把握するために詳細を省いたものと、習熟者が効率よく復習するために詳細を省いたものがあるが、本書は後者。
いくら戦後に絞ると行っても、世界の60年を新書一冊で語るのが難しいのは当然。因果関係が見えにくい政治と経済においてはさらに難易度が上がる。
例えばモルゲンソープランが東西対立の一因であったとかマーシャルプランが欧州を救ったみたいな、経済政策がストーリーを作ったと明確に語られるわけではないのだが、そもそも歴史をストーリー抜きで理解するのは難しい。
であれば、間違っている前提として乱暴なストーリーで概要を把握しつつ、その後各要素について詳細を抑えるのが良いだろう。
その意味で本書は、アルゼンチンやフランスの内情といった馴染みにくい部分の詳細は他に任せ、戦後日本の猛追や社会主義経済各国の没落、東アジアの成功とアフリカ大陸の停滞といったわかりやすい流れを抑えるには悪くないだろう。
ただし、間違っているという前提を忘れてしまっては痛い目を見るかもしれないので注意が必要。 -
戦争による社会的損失、どのようなタイプがどの程度、そして復旧までにどのくらいの時間を要したか。
-
わかりやすい。偏っていない。面白いメタ記述。かなり良書だと思いました。
-
タイトルの通り、時間的には第二次大戦終戦から現在まで、空間的には米欧、日本、アジア、ソ連(ロシア)・東欧、アフリカ、南米まで全世界をカバーし、経済史を鳥瞰する試み。
著者自身、はじめに断っているように、厳密な通史の形はとっていませんが、わずか350頁ほどの新書で、これだけの広い範囲に亘る経済の変遷のイメージを大掴みできるだけのクオリティがあります。
あまりに対象範囲が広いので感想を書くのもなかなか難しいところですが、特に印象に残ったところをピックアップすると以下2点。
戦後、ソ連・東欧、中国をはじめ、世界中の多くの国・地域で計画経済を運営しようとの試みが実行されたが、全て失敗に終わった。
最終的にはソ連邦解体やベルリンの壁崩壊により終焉を迎えるが、それよりもずっと前の段階で破綻をきたしていた。
その根本的原因は、経済とは本質的に不確実なものであり、中央の計画当局がそれをコントロールすることは不可能であったということに尽きる。
現場の人間しか分かり得ない個別具体的な知識を中央当局は知り得ず、適切な資源配分は不可能となり、配分は政治的に決定される。
現場の個別具体的な知識を「価格」を媒介にして情報流通させるのが「市場」の役割であり、その意味で市場経済は万能ではないものの、計画経済に勝る理由があったのです。
もう一点。
現在、ドルの地位低下、基軸通貨としての資格喪失を論じるのがトレンドとなっています。
米国の、イラク戦争開戦を巡る横暴的な姿勢やサブプライム危機を招いた行き過ぎた金融資本主義に対する批判から、米ドルの地位低下を「ざまあみろ」的に歓迎する空気がどこか漂っている印象があります。
が、こうして歴史を振り返ってみると、戦後復興(とりわけ欧州復興)に果たした米国の役割は多大だった(マーシャルプランなど)。
また、米国は、意図的に適度な輸入超過を作ることで、諸国のドル不足を防ぐという、基軸通貨国としての責任を果たしてきた(もちろんそれを常に完璧にこなしてきたわけではなく、それゆえプレトンウッズ体制は崩れていったわけですが)。
そうした大きな役割を担うことで、米国自身見返りとしての覇権を得てきたわけではありますが、基軸通貨国の責任とはきわめて重いものであり、米国が凋落したとして、その代りを誰が担えるのか?
米国を嗤えば済むという単純なものではないということです。 -
経済
歴史 -
新書本ながら小さな文字で約380ページにわたり戦後の世界経済史について簡潔にまとめた本。戦後を10~20年ごと区切り、各地域を網羅しつつ、機械的にではなく適当なテーマを設定しつつ、わかりやすくまとめられている。私も大学で経済を学んだことがあるが、世界経済史については、さまざまな多数の書籍・文献を読んだ(読まされた)経験があり、苦労した思い出があるが、この本は、とてもわかりやすく、大事なところをうまくまとめていると思う。特に、全世界がほぼ網羅され旧社会主義国、東南アジア、アフリカまで言及されておりとても勉強になった。著者がむすびで述べている、「政治的安定、私的所有権の確立、法の支配が、経済的に豊かな社会の基本的前提となる。」が、この本における結論であろう。いずれにしても、戦後世界経済史の教科書といえる名著であると思う。
-
戦後経済史のまとめ。東側の復興についてはよう知らんかったのでありがたい。ハンガリー動乱に至る同期が政治的なモノだけでなく経済的なものもあったとは。副題の「自由と平等の視点から」は今後も重い命題
-
-108
-
戦後の世界の経済がいっきに判る気がする。難しい話なのだが、意外とすいすい読めた。この後も、世界の経済は激変してきているが、これまでの流れを知る上でも良い。
-
流読。
世界経済の主要な出来事、流れ、各地域、各国の経済発展の流れが一通り眺められる。
理解するには個別理解が必要。
20世紀の課題については現在に通じるもの、この時点では現れていないものがある。 -
新書文庫
-
3
-
【目次】
はしがき [i-iv]
目次 [v-ix]
第一章 あらまし 001
第1節 五つの視点 002
市場の浸透と公共部門の拡大/グローバリゼーションと米国の時代/所得分配の不平等/グローバル・ガヴァナンス/市場の「設計」と信頼
第2節 不足と過剰の六〇年 031
生活と意識/技術力と豊かさ/公共精神の過剰から不足へ/アジアの興隆/人口・エネルギー・技術の変化/人口の増大、高齢化そして少子化/資源と食糧/エネルギーの転換/科学の発展と技術革新
第二章 復興と冷戦 057
第1節 新しい秩序の模索 058
終戦と復興/モルゲンソー・プラン/マーシャル・プランの意味/マーシャル・プランの効果/貿易の枠組みと国際通貨体制
第2節 ソ連の農業と科学技術 076
スプートニク・ショック
第3節 通貨改革と「経済の奇跡」 083
通貨改革/ドイツの分断/マルクの切り上げ
第三章 混合経済の成長過程 099
第1節 日米の経済競争 100
鉄鋼業の場合/自動車産業をモデルとする労使関係/「デトロイト条約」から「ワシントン・コンセンサス」へ
第2節 雇用法とケインズ政策 116
基軸通貨国の責任/米国のインフレーション/「偉大な社会」/貧困との戦争/ベトナム戦争の経済的帰結
第3節 欧州経済の多様性 131
英国/フランス/イタリア/ヨーロッパ共同市場の形成/スウェーデン
第四章 発展と停滞 155
第1節 東アジアのダイナミズム 156
中国へのソ連型計画手法の導入/大躍進政策/文化大革命と中国経済/東アジアの土地改革/香港とシンガポール
第2節 社会主義経済の苦闘 172
戦後の混乱と共産化/ポーランドとカトリック教会/ハンガリーの改革/チェコスロヴァキア/ユーゴスラヴィアの独自の道/共通の致命的欠陥
第3節 ラテンの中進国 191
ブラジル/アルゼンチン/メキシコ
第4節 脱植民地化(decolonization)とアフリカの離陸 202
インド・パキスタン/英国とアメリカ/英国の政策/フランス領の場合
第五章 転換 219
第1節 石油危機と農業の停滞 220
基軸通貨国のインフレーション/石油危機/東側経済への影響/生産性の低下とスタグフレーション/食糧問題の顕在化/途上国の農業の停滞
第2節 失業を伴う均衡 239
失業率の上昇/インフレーションとの闘い/ヨーロッパの技術革新力の低下/女性の社会参画
第3節 「東アジアの奇跡」 252
アジアNIEsとASEAN/政府か市場か/NIEsの貿易/ASEANの輸出振興/日本の直接投資/輸出志向工業化/クルーグマンの誤り?/成長と不平等/アジアの社会主義国/ベトナム/北朝鮮
第4節 新自由主義と「ワシントン・コンセンサス」281
規制緩和/民営化の進展/財政支出削減と税制改革/製造業における米国の地位低下
第六章 破綻 303
第1節 国際金融市場での「破裂」 304
累積債務危機の構図/ラテン四ヵ国/IMFへの批判/アジアの通貨危機
第2節 社会主義経済の帰結 319
ドイツの混乱/移行過程の困難
第3節 経済統合とグローバリズム 333
経済の「ボーダレス化」の進行/ヨーロッパの統合/共通通貨「ユーロ」の導入/憲法のない国家/アジアの地域統合/環境のグローバル化
第4節 バブルの破裂 355
むすびにかえて 365
自由と平等/人的資本の役割/エートスの問題
謝辞 376
参考文献 [378-397]
人名索引 [398-399]
事項索引 [400-406] -
出口治明著『ビジネスに効く最強の「読書」』で紹介
自由と平等、市場システムが世界にもたらした歴史的変化の本質を明らかにする。 -
戦後(WWI後含む),世界で起こった経済に関わる制度や出来事などをほぼ全て網羅する本書.
TwitterやNaverでも"中公新書ベスト◯"でよくよく取り沙汰されていますが,確かにそれに見合うだけの内容を備えています.
戦後・現代史や経済について考える時にレジュメ・辞書的にも使える便利な本のようにも思います.
内容としては,経済から見た各国の戦後史という史学的なものから,経済における政治や統治機構の役割・関係という政治的な話,また第三世界やアジア・BRICsなど新興国の発展度合いや方法というように,あらゆる角度のトピックについて書かれてあるので,全て学びきるのは難しいでしょう.
ただ,一つ一つのトピックとして,歴史的事件と経済の関わりや国際的な問題など,キーワードとしては備えている知識を,互いに繋げてくれるという良さがあり,興味深く読み進められました. -
ギュッと詰まった内容で、戦後を俯瞰するには非常に良いです。
-
請求記号 332.06/I 56
-
Neverから
-
タイトル通り、戦後の世界史を経済面から通観する内容。
政治の安定が経済発展にとっての大前提であること、経済における自由と平等を追い求めた各国の苦闘の歴史。 -
120203
-
そつろん
-
戦後世界史というものすごい広い分野について書いてある。主軸は、保護主義の台頭、社会主義の失敗、グローバル化の波、といった大きな歴史的社会体制の流れに対して、個々の国がどのように巻き込まれ、そして対処していったかということ。もう一回読みたいね。
-
猪木武徳氏の本ですから、大変内容が濃くて、読むのに時間がかかります。本の前半は正に戦後の世界経済史について時系列的に書かれているので、特段ここで説明することもないのですが、最後の二つの節、「経済統合とグローバリズム」「バブルの破裂」と最後の「むすびにかえて」が読み応えがありました。
ざっくり言いますと、トクヴィルの言った、「平等化の進展は自由の侵蝕を生む」というアポリア(哲学的難題)について、経済成長、人的・物的資本、デモクラシーの関係をどう捉えるかについては、大きく二つの考え方があるそうです。ひとつは、「制度優先論」(institutional view)、もうひとつが「開発優先論」(development view)で、前者はデモクラシーなどの政治制度の確立から人的・物的資本への投資、そして経済成長へという因果関係で、後者は人的・物的資本への投資から経済成長、そしてデモクラシーなどの政治制度の確立へという因果関係で歴史の発展を捉えるものです。
どちらが正しいかについての明確な答えは得られていないものの、現時点では概ね、人的資本、即ち人間の知的・道徳的質が成長にとっても民主化にとっても、一番重要な要因だと考えられているそうです。つまり、人的資本の蓄積が不十分な(教育水準の低い)国でのデモクラシーの実行可能性は疑わしいということです。
この人的資本については、単に学校教育だけではなく、結社などの中間組織を通じて醸成される市民道徳を中心とした「知徳」が重要な構成要素を成し、人的資本の蓄積が不十分な国でのデモクラシーは、「全体による全体の支配」を生み出しやすいとしています。
その上で、国民が倫理的に善い選択をできるためには、先ず十分な知識と情報が必要であり、資源問題にしても地球温暖化問題にしても、議論の多くは限られたデータに基づく予測であり、将来の可能性と蓋然性をデータと論理のバランスを考慮しながら判別していくことが重要であるとしています。そして、日本のような経済の先進国でも、市民文化や国民の教育内容が劣化していけば、経済のパフォーマンス自体も低下する危険性があり、知育・徳育を中心とした教育問題こそが、これからの世界経済にとっての最大の課題になると結論付けています。