東京ひとり散歩 (中公新書 2023)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121020239

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  • 18歳の時に上京し、大学を卒業した後、東京に本社を持つ会社に就職をした。サラリーマン時代は、25年以上が東京勤務、大学時代の4年間を加えると、何やかやで30年間、自分の活動の中心地は東京ということになる(東京に「居住」したのは、大学時代の4年間だけだけれども)。
    私の妻はタイ人だ。タイ勤務時代に結婚し、10年近く前に私の東京転勤と同時に一緒に日本にやってきた。初めての日本であり、東京にも行きたいところが多くあり、外国人が観光するような場所に、一通り、一緒に行った。妻の親せき・友人が日本に遊びに来る時にも、東京案内を多くした。また、2-3年前から私自身が東京中心部を散歩するようになった。毎日ではないが、都心の勤務先への行き帰りに、都内の色々な駅から、駅いくつか分、1回あたり数kmを散歩することが、習慣と言うか趣味と言うか、そんなことになっている。
    観光案内にせよ、散歩にせよ、ほとんどが山手線の内側+東側(東側は銀座・日本橋界隈から浅草あたり)だ。であるが、これが意外と広い。山手線は円周が縦長になっている。縦、すなわち南北で一番長そうに見える、大塚駅から大崎駅まで歩くと、距離は14kmで、3時間かかる。東西はどうかと言えば、新宿駅から浅草寺まで歩くと、距離は10kmで、2時間以上かかる。妻や妻の知人との東京観光、あるいは、私自身の東京散歩で、かなりの場所に行ったつもりなのであるが、これだけ(意外と)広く、また、東京は見どころの多い場所なので、まだまだ歩いてみたい場所は沢山ある。
    本書は、筆者の池内紀の東京散歩記とでも言うべきもの。「中央公論」に2年間に渡り連絡されていたものに、「東京人」に書いた2編を加えたものである。筆者の自宅からの日帰りの散歩であるが、これは立派な旅行記であると思う。ここに取り上げられている多くの場所は行ったことはあるが、筆者が書いているような歴史的な背景などについては知らないことばかりであった。歴史を知らなければ散歩が面白くない、というわけではないが、こういう、いわゆる「蘊蓄」を知っていると、散歩も別の楽しさがあるようだ。

  • ▼こういうの、あるようで無い良書。人生初の池内紀(おさむ)さん、鉱脈掘り当てました。緊張感。息詰まるサスペンス。目を見張るような構成。伏線回収どんでん返し。内臓を貫かれる社会への問題意識。涙腺を爆撃する感動。そういうの、ゼロです。実にこう、ナンと言うことも無い一冊。ふわふわとしあわせ、肩の力抜けまくりのヌルい温泉気分。

    ▼ただ、品格はあります。チョイと贅沢なお茶漬けみたいな味わい。これも読書の快楽。なかなか狙って出来るものでもなく「そういうの狙っています」という自意識の臭いがすると途端にどっちらけになる。この道の達人は内田百閒さんそして安野光雅さんという系譜をイメージしていますが、池内さんにもそのDNAがあるんですね。誤謬を恐れずに言うと、然程オモシロクも無いンです(ぢゃあなぜ読むんだろう)。でもツマラナクもない。それがクセになってくる。腰砕けな、面白くないカンジが面白くなってくる。まあ詰まり、かなり得難いオモシロさ。うーん。天然?

    *「哀愁の街に〜」の頃の全盛期の椎名誠さんなんかは、似てるけど違うと思います。アレは一種、柳家小三治さんのロング・マクラ的な、話法としては徹底したエンターテイメントで、とっても受け取り手に対してフレンドリーでプロのサービス。内田百閒〜安野光雅〜池内紀ラインは、品とユーモアはあるけど、もっと確信犯的に(あるいは本能的に)自己完結的で、結果的にアヴァンギャルド…いや、そういう気取った狙いではなくて…単純に、独りよがりで破綻が多い(笑)。読み手、客のことは、いつの間にか置いてけぼり(でも書き手は自覚してない気がする)。でも偉そうと言うのでもなく、謙虚…いや、自然体か。それが芸になってるのが凄い。編集者によってはゾッコンになるのでしょう。

    ▼「東京ひとり散歩」池内紀。初出2009年。中央公論新書。2020年5月読了。池内さんは、これまで、「ドイツ文学者で、翻訳者。そしてエッセイも書いておられる。鹿島茂さんのドイツ版みたいな感じらしい」ということは知っていました。ただ、やっぱりカフカとかになるし、なんか敷居高そうだなって思っていました。下のお名前「紀」もどう読むか分からなかったし(「おさむ」と読むそうです)。ちなみに1940-2019。享年78でしょうか。合掌。

    ▼恐らく池内さんの仕事の中でもかなり柔らか目のものなのでしょうが、「中央公論」「東京人」に掲載した「ぶらぶら歩きエッセイ」。どんな感じかと言うと。

    東京を歩く。日本橋兜町にやってきた。証券取引所というのが、あるところまでは誰でも見物できる。立会場も見れる。ナルホドと思って見物した。だけど全然縁が無いので空しくなったので、10分くらいで去った。おしまい。

    ・・・と、言う感じ。そんな「街観察ひとりゲーム」が延々と続きます。ゲームと言っても勝ち負けもルールもない。いや、あるのかも知れないけれど、本人には厳格にアルような気がしますが、分からない(笑)。フィリップ・マーロウものの、脱線部分だけの集合体みたいな。ハードボイルドといえば、ハードボイルドなんです。

    ▼文章は見聞的な写生。あと、池内さんが思う、よしなしごと。やはりブンガク者、特段ドイツに偏らなくても雑学豊富。池波正太郎、永井荷風という東京周遊の先達について。江戸の歴史、地理について。演劇、古本、食べ物。どうやら浪花節がお好き・・・という振れ幅で、たゆたいます。どこか「現世快楽」というよりは、「思索に耽るヘンテコおじさん」という香りがして、何かしらドイツっぽい気もしなくもありません(?)。

    ▼いろいろきっと思うことはあるのでしょうが、「現代風俗批判」という上から目線にだけは、なりません。淡々と迷い込んだ知らぬ物事を、分からぬものは分からぬままに打ち捨てて。ヤマ無し、オチ無し、意義も無し。「ふーん」と「へええ」と小さな発見。小粒な味わい。でもきっと矜恃というかモラルというか、そういうものはきっとあります。「ヘイト感情」みたいなもの、「間違ってる!と正義の鉄槌を下す」みたいなものは、部屋着と一緒に自宅の玄関にスッパリ置いてきたような、すがすがしい謙虚さ。意見では無く、感想。連想。

    ▼興趣は尽きません。池内さんの残した文章を読む愉しみが、この先たくさん待っている。わくわく。

    ▼「皇居東御苑」というのが、完全無料の贅沢庭園だということを初めて知りました。いつか、行ってみよう。

著者プロフィール

1940年、兵庫県姫路市生まれ。
ドイツ文学者・エッセイスト。
主な著書に
『ゲーテさんこんばんは』(桑原武夫学芸賞)、
『海山のあいだ』(講談社エッセイ賞)、
『恩地孝四郎 一つの伝記』(読売文学賞)など。
訳書に
『カフカ小説全集』(全6巻、日本翻訳文化賞)、
『ファウスト』(毎日出版文化賞)など。

「2019年 『ことば事始め』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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