昭和天皇―「理性の君主」の孤独 (中公新書)

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著者 : 古川隆久
  • 中央公論新社 (2011年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (428ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121021052

昭和天皇―「理性の君主」の孤独 (中公新書)の感想・レビュー・書評

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  •  本書は、昭和史をより深く解明した良書であると思った。1989年(昭和64年)の昭和天皇の死去を契機とし、昭和天皇の側近や深く関わった人々の日記や書簡が明らかになってくることにより、昭和史の政策決定に関わる奥の院の様子がだんだんと解明されてきたことは興味深い。
     本書は「昭和天皇ほど評価が分かれる歴史上の著名人は少ない」と語る。最近まで宮内庁は、発信する情報量の少なさからマスコミから[菊のカーテン]と揶揄されてきた。昭和史の大きなエポックである日中戦争とそれに続く太平洋戦争についても、その開戰に至る詳細な政治的過程が全てわかっているわけではない。今に至るまで「なぜ、負ける戦争に突入したのか?」という疑問は誰しもが抱いていると思う。太平洋戦争においては、日本人だけでも310万人の死者、アジア全域では1000万人とも2000万人ともいわれる死者を出し、現在でも総理や天皇がアジアの戦争関連国に行くと、「お詫び」の言葉からはじまらざるを得ない。戦争への道は、大きな誤った政策であったことは明らかであるのに、それについての統一した国民的認識はいまだに成立していないように思える。昭和の戦争についての名称さえ「太平洋戦争」「大東亜戦争」とバラバラである。成熟した歴史認識が成立していない理由の一つに、政策決定の詳細が明らかにされていないことがあるのではないかと思われる。本書は、その貴重な奥の院をより明らかにしていると思った。
     本書によると、昭和天皇は一貫して英明な君主であるように描かれている。「思想形成」では「神格化とは無縁の大正デモクラシーの空気をたっぷりと吸収した青年君主」の姿が描かれ、1921年(大正10年)の摂政就任においては「意欲的な皇室改革に邁進」する姿がみえる。日本が戦争に傾斜していく過程では、昭和天皇は親英米で協調外交路線をもちつつも、強硬な陸軍に引きずられる姿が描かれている。1929年(昭和4年)の張作霖爆殺事件や1931年(昭和6年)の満州事変においては、「決定を現地軍が実行しない場合に天皇の権威が損なわれる」という理由で陸軍に譲歩する姿が描かれ、「昭和天皇の協調外交路線はすっかり時流から外れた考え方になってしまった」と昭和天皇をかばうかのように本書では評価する。そしてだんだんと軍部の発言力が強化されていき、「昭和天皇が国政を掌握するのが困難に」なったとみる。1937年(昭和12年)の盧溝橋事件、その後の三国同盟締結そして日米開戦においては、昭和天皇が努力しつつも、状況に流される姿が詳細に検証されている。 
     本書は、歴史的事実を昭和天皇に目一杯好意的に解釈した本であると感じた。側近の日記等を数多く引用した解釈には一定の説得力はあるが、ここまで昭和天皇が無謀な戦争政策に抵抗している姿が真実ならば、なぜ陸軍が従わなかったのかと疑問を持つ。ましてや時代は絶対天皇制の時代である。ちょっと違和感がつきまとう。
     もしこれが事実だったとしても、現在では一般的には上司と部下の意見が違った時に、部下の意見に迎合して大失敗した場合は、上司の意見を無視した部下が悪いのか、指導力がない上司が悪いのか。部下の人事権は上司が握っている以上、上司に全ての責任があるのは当たり前のことである。まだまだ昭和天皇については歴史の検証が必要であると思った。
     本書によると1976年~1985年にかけて作成された「拝聴録」や「大東亜戦争御回顧録原稿」(独白録)等、計14袋の関係資料が行方不明だという。宮内庁の管理下で重要文書が行方不明などありえないとしか思えず、意図的な隠蔽と言われても仕方がないのではないかと感じた。1945年(昭和21年)の敗戦時に公文書の焼却を命じた閣議決定もそうだが、歴史の記録は国家と国民の共有財産であるという認識が欠けているのではないかと感じた。
     本書を昭和の時代を解明するために高く評価すると共に、この時代は、まだまだ解明が必要であると思うものである。

  • 古川隆久 「 昭和天皇 」戦前から戦後の昭和史を 昭和天皇の聖断(天皇の決断)とともに見渡せる本。凄い本だと思う。

    昭和天皇の聖断
    *張作霖事件の不手際に対する田中義一内閣の退陣→天皇の政治責任
    *ポツダム宣言の受諾→国体論的な国家体制から訣別

    昭和天皇の思想は 昭和の意味に込められている
    昭和の意味=百姓昭明、協和万邦=世界平和、君民一致

    天皇を絶対化する国体論という政治思想

  • ココ数年で一番読むのに時間が係ったっ!!!!
    難しい……読むのが苦痛…うぐっ

    書いた方のご苦労も申し分無く伝わります。
    何せ、天皇陛下のご幼少の頃から、皇位を次ぐ前のご様子から
    戦争に至る時勢のお立場や周りの思惑やらを全て憶測ではなく、
    「これこれの事はこちらの記録にはこう有る」と言う抜粋とか
    誰がどういう立ち位置にいて陛下に「こう言った」という文書が有るとか…
    いくつかの「信頼の置ける」書類・記録を正確に羅列しているので
    …読みにくい…難しい…頭が追いつかない…

    天皇陛下を擁護も批判もせず、又曖昧にもしない
    と言う本を書くのって、とっても気を使うのですね…
    と言う事だけは解った気がします。

    夫が買って挫折していたのでかわりに読みました。自慢気…ww

  • 原武史『昭和天皇』と併読

    烏兎の庭 第五部 書評 8.31.15
    http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto05/bunsho/Hara_Ten.html

  • 先行研究では不十分とされてきた昭和天皇の思想形成過程や、それを踏まえた上での昭和天皇の政治との関わりに注目し、史料批判による実証史学の手法を用いて生い立ちから崩御までを追う(はじめに)。

    昭和天皇の戦争責任を問う局面で「国体護持」の解釈が問題となるが、あえて終戦の詔書(玉音放送)にこれを明記したのは国体論者の暴発を招く恐れがあったからである(P307・拙稿より引用)。

    ただし、昭和天皇の戦争責任を否定する立場ではなく、「昭和天皇の戦争責任とは、消極的な心境からではあっても太平洋戦争の開戦を決断し、結果的に内外に莫大な犠牲を出してしまったこと、そして、太平洋戦争開戦にいたる過程で、事態の悪化を食い止められなかったことである」と指摘している(P392)。また、昭和天皇は公式・非公式問わず戦争責任の自覚を示唆するような発言をしていたとも記されている(P394)。

    昭和天皇が批判され続けてもあえて在位し続けた理由は「天皇・皇室というものが、日本の国家と国民、さらには世界の平和と発展に寄与し得るはずだという認識が昭和天皇にあったからにほかならない」(P395)という言葉で締めくくられている。

    思想的な偏りを排し、実証主義に基づいた、できうるだけ妥当な立場で昭和天皇論を著そうとした著作であると言えるだろう。

  • “昭和天皇”を題材にした本で、「実証的“研究”に依拠して、客観的に綴った一般向けの本」というものは、実は然程多くないのかもしれない…そんなことも思ったが、興味深く読了した。

    本書は、昭和天皇の皇太子時代、青少年の頃に学んだことや経験したことにスポットライトを当てる序盤で御本人の「思想的基礎」と見受けられるものを考察した上で、昭和史の色々な事件の際の伝えられる言動を考えるという体裁の労作だ。最終的には“戦後”のこと、崩御の直前のことにまで筆が及んでいる。

    本書の初登場は2011年だというが、数年を経た現在でも価値は損なわれていない。寧ろ、“昭和90年”で「戦後70年」の今年だからこそ、「昭和天皇の視点も加えた“昭和史”」という本書は価値を増すのかもしれない。広く薦めたい一冊だ…

  • 本書は、多くの先行研究の結果をその性格を明らかにしつつ批判を加えていくという「史料批判」の手法により昭和天皇の実像を描こうとするもの。

    これでもかと言わんばかりに羅列される種々の引用からは、天皇の絶対性を前提とする明治憲法の精神の本で、多様化する利害関係の調整を図ることの困難さが浮かび上がってくる。天皇に強大な統帥権を付与しておきながら、いざ利害衝突の段になると天皇に政治責任が生じたり権威に傷がつくことを恐れて、為政者や側近達が天皇にディシジョンメイキングをさせまいと根回しに奔走するのだ(天皇が「聖断」を下すのは田中義一首相叱責事件や日米開戦時のように、これ以上放置すると却って政治責任が生ずる、という消極的事由が存する場合のみ)。だから満州国建設の是非を巡り御前会議が検討された際など、「決定を現地軍が無視した場合天皇の権威が損なわれる」という理由で開催が見送られるなどという事態が起こる。
    また、(民間科学者としての天皇の考えと決して相容れるわけではない)「国体」という鵺のような概念を天皇より実質的に上位に置いているため、その解釈如何では天皇の意向に沿わぬことも可能、という理屈がいくらでも導き出せる。畢竟、昭和天皇には実質的に追認機能しかないことになり、これでは末端が中央を等閑視するのも当然、寧ろ暴走したのが陸軍のみだったのが僥倖とも思えてしまう。

    面白いと思ったのは、自然科学、特に生物学に造詣が深い天皇が、理論や理屈で割り切れぬ部分が自然界にあることを認めるのと軌を一にし、表面上は信念や不屈の意思という体裁を纏う軍部の理不尽な要求に寛容的であったとする下り。こうなると本書の帯にある「理性の君主」というよりは寧ろ、「物分りの良すぎる上司」といった通俗的なイメージが浮かび上がる。また即位時にメディアにより国民に植えつけられた大衆的でリベラルな天皇像が、戦後の平和主義的な天皇のイメージ構築に一役買ったとする指摘も興味深い。

    本書の主眼は極力特定のイデオロギーの介在を排することだが、それでも昭和天皇自身の追想や側近達の手記が予め著者の描く昭和天皇像に引き寄せられて引用されている疑いは残る。しかし天皇の思想のルーツを青年期に受けた教育や外遊に求める書き振りは周到で説得力があり、またサンフランシスコ講和条約締結交渉の際の天皇の逸脱的行動の指摘など新奇性に満ちた部分も多く、総じて興味深く読めた。

  • 新しく公開された様々な史料を含めて、昭和天皇について考察した一冊。新書で400ページを超えるやや重厚な本だが、歴史の本であるしエピソードが多く、そこまで読んでいて飽きることはない。

    まず最初に書かれているのが、昭和天皇の政治思想とそれを育んだ成長の背景だ。この部分は幼少期・青年期を丹念にたどっており、ここだけでもかなり読む価値がある。大衆化された天皇像、国民の意志に基づく統治(普通選挙を通じた政党政治による統治)という昭和天皇の理想がいかに形成されてきたが書かれている。そして本書は、この理想が時代の流れの中でいかに挫折していくかが書かれている。

    著者は昭和天皇のこうした思想の成立において、外遊でのジョージ5世からのイギリス王室の説明にポイントを置いている。また、天孫降臨と狭義の国体を進化論によって否定するという生物学者昭和天皇の側面も見ている(p.33-45)。結果として、こうした天皇、国家の捉え方は吉野作造のそれに接近しているという指摘(p.71f)も興味を引く。

    政党政治を基調とすべく政治的行動を起こす昭和天皇の姿も慎重に書かれている。例えば、田中義一内閣への介入は政党政治を守るためだったと評価されている(p.113f, 118f)。昭和天皇は新聞や論壇誌で常に世論を汲み取っていた。しかし結局は5・15事件の後、昭和天皇は政党政治を見限る方向へ傾いた(p.167-171)。

    天皇の大衆化の挫折については、天皇機関説事件がその象徴として描かれている(p.192-195)。そうじてこうした政治の時流については、望む方向に導こうとする昭和天皇の意向と、それを留める側近たちの苛立つような展開が繰り返される。昭和天皇の介入による政変による政党政治の混乱を恐れ、また天皇の裁定が実現できなかったときの天皇の権威失墜を側近たち(奈良武官長、牧野内大臣、西園寺元老など)は恐れた。しかしこれが結局は逆の結果を生んでしまう(p.392)。満州事変を巡っても同様で、陸軍への不満を募らせ、戦線拡大を止めようとする天皇と、陸軍側に立ち天皇の意向を曖昧に処理する奈良武官長が対立。結局、天皇は近衛首相に配慮してしまい、戦線の拡大を防げなかった(p.224ff)。ただしこれに関しては自分は陸軍の背景、天皇の意向を無視する傾向の説明が足りないという印象を持った。

    本書は歴史学の本であるため、昭和天皇のこうした判断の妥当性についても評価している。個々人の回顧録と実際の経緯は違うことがままあるが、その点もきちんと史料にあたり判断されている。なかでも、日米開戦に対する天皇の主体的な意志決定は目を引いた。

    「[...]史料の示すところでは、昭和天皇本人の敗戦直後の[...]回想とは異なり、昭和天皇は、首相経験者の意見のみならず、従来は参考にしなかった皇族の私的意見まで検討対象とした上で、この段階において、日本国家が多大の国費と人的犠牲を投じて積み重ねてきた誤りを成功に転化するためには、開戦しかないと判断したのである。」(p.279)

    他にも、満州事変の派兵判断が協調外交路線を崩壊させたこと(p.149-152)、明治天皇以来の旧弊を引き継いでいること(p.191f, 213f)、国体論への対応(p.311f)などが批判されている。

    いまだ論争の多いこのトピックについて、史料考査をかなり丹念に行った上で歴史学として展開されている本書は、一つのスタンダードとして一読に値するだろう。

  • 昭和天皇を立憲主義の立場の一方で、絶対君主としての機能を求められた。

    こうした立場に苦悩したのが昭和天皇だ。

  • 平坂書房で購入する。興味深い本でした。また、非常に読みやすい文章でした。政治的介入を恐れない人物でした。これは意外でした。消極的関与ではなかったんですね。英米協調路線は明確でした。人事の面、行動ともにです。でも、うまくいきませんでした。天皇と言えでも、一つの政治的パワーに過ぎない。軍は天皇の意向を平気で無視した。つまり、軍は天皇を機関とみていたのです。これは皮肉です。また、資料は要注意だらけのようです。創作も多いようです。でも、新書を真面目に一冊読むのは久しぶりです。古本の場合、全部読むことはないもんな。新刊は全部読むよな。そんなところです。

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新時代の風を一身に浴び、民主的な立憲君主になろうとした昭和天皇。しかし、時代はそれを許さなかった-。本書は今まであまりふれられることのなかった青年期に至るまでの教育課程に注目し、政治的にどのような思想信念をもっていたかを実証的に探る。そしてそれは実際の天皇としての振る舞いや政治的判断にいかなる影響を与えたか、戦争責任についてどう考えていたか、さらに近代国家の君主のあり方をも考察する。

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