贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ (中公新書 2139)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121021397

感想・レビュー・書評

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  • 中世日本における儀礼•経済において贈与という営みがどのように行われてきたのか、豊富な史実の引用と共に考察されています。

    なるほど、歴史学という分野を自分が知らなかったのが悪いのですが…
    中世日本におけるさまざまな贈与の形を引き合いに出した後に、そこからより抽象的な「日本人における贈与」概念を帰納し考察するという展開を勝手に期待していました…
    本著は贈与という切り口ではあるものの、あくまで日本史についての考察が展開されているため、「贈与」という概念自体に哲学的関心を持ち本著を手に取った自分にとっては物足りなさを感じました。


    見慣れない固有名詞や古語による引用が多かったため、日本史に対し浅学な自分にとっては少々読みづらかったです。日本史が好きな人はもっと楽しめたと思います。

  • 贈与からみた日本の歴史。信用経済のあたりだけは面白かった。
    それ以外は史学科の人向けかと

  • 中心となるのは15世紀前後の室町時代での貴族・武家社会での贈与のありかた。当時は贈与経済が市場経済と並んで幕府財政をも支える柱にさえなっていた。

    贈与をめぐる4つの義務
    ・贈り物を与える義務
    ・それを受ける義務
    ・お返しの義務
    (ここまでがM・モースの定義)
    ・神々や神々を代表する人間へ贈与する義務

    古代では第4の義務が相対的に重要であったと思われる。それが税へ転化したり、世俗化していく。
    租・・・税率はわずか3%。律令制度よりも古い、神への貢納・初穂がルーツ
    調・・・これも品目から見て初穂(or初尾)に由来

    室町幕府は京都に所在したため都市的性格が強い。土地や農業からの収入よりも、商業・流通・金融・貿易からの収入に重きを置いていた(江戸時代と違う!)。年貢を現物でなく銭で収める代銭納制が1270年ごろから急速に普及していった。これは南宋の滅亡により銅銭が大量に国外に流出したためと言われている(東アジア全域で中国銭使用がこの時期に拡大)。米などの作物を現地で換金するため商品経済、信用経済が発達した(なお江戸時代に改めて米納に回帰する)。
    →まったく歴史というのは単線的な発展をするものではないと思う。

    有徳思想、けち(欠けるってこと)、「例」、「相当」などの概念は現代人でも充分に理解できる。しかし室町人は、それらにメチャクチャこだわっていた。それが現代から見ると特異な贈与経済をうむ。将軍も皇族も、財政基盤が弱かったこともあって、自転車操業で贈り物のやり取りをしてる。贈り物はそのモノ自体に価値がある場合もあるが、ほとんどは非人格的なあつかい。贈物の贈物への転用も当たり前。さらに極めつけは銭の贈与。やはりモノより薄礼という意識はあったみたいだが。さらに現金がなくても「折紙」により贈物が手形化する。中世は権利の譲渡については現代よりよほどドライでもある。

    はっきりとした主張ないし結論的なものがある本ではないのだが、今と似ていて少し違う時代の経済・儀礼感覚をリアルに描き出して面白い。市場経済とは贈与経済の単純化・非人格化を推し進めたひとつの形であると言えるかもしれない。

    室町時代では皇室と幕府が近所づきあいをしていたのも、贈与儀礼が妙に発達した原因かもね。

  • ≪目次≫
    はじめに
    第1章  贈与から税へ
    第2章  贈与の強制力
    第3章  贈与と経済
    第4章  贈与のコスモロジー

    ≪内容≫
    中世(とくに室町期)の贈与が経済と密接に関わっていたことを説明している。なるほどだったのは、室町期は「贈与品」の横流しも妥当なことで、さらにこれがたとえば幕府の税収に位置づけられていたこと。中世の人々の感覚は、現在とかなり違うことは、「20年年紀法」などでうっすら知っているが、特に金銭感覚は大幅に違うことが分かった。しかし、近世は贈与品を横流しすることは、もう御法度なので、なんで中世はそんな感覚になったのかを知りたくなった。

  • 儀礼としての贈与が重視されながらも、極端な形式主義で、贈与品の流用も平気で行われた日本の中世の独特の世界が垣間見えて知的に刺激を受けることができた一冊。

  • 学術書としては価値があるのだろうが、自分にとっては贈与に関する雑学を仕入れただけで、根拠を示す部分が冗長に感じられた。税が贈与から発展したということは新発見だった。

  •  「贈与」というと、何か、人間の人類学的な基礎に通じるものがあって、興味があったので、タイトルで購入。

     この本はそういう人類学的な分析ではなく、中世に特化した贈与の分析。

     全体の印象としては、様々な階層での贈与は、最初は神に対する、あるいは上位者に対する畏敬の念が含まれていたが、どんどん形式化して、最後には、市場メカニズムにとりこまれていく(贈与物が売買されたり、贈与の折り紙自体が流通したりする)、というお話。

     自分が労働力を割いて復興に無償に協力していることに、なにか歴史的なバックボーンがあるのかと期待したが、ちょっと期待はずれ。

     ただし、中世のたくましい貴族や武士のお金のやりとり自体はおもしろい。

    (1)贈与のもらうことを、一代限りの職にあるものが断ると、後任者がもれなくなるので、もらっておく。(p67)

     こういうの、役職者の特権でよくいわれる。役員がエコで電車で通勤したくても、後輩が困るますよといっていつまでも自動車の送り迎えを続ける組織。まあ、うちだが。

    (2)中世の貴族は、贈与を求められると、継続的に贈与するのを避けるため、わざと「ごぶさたしていましのたので」といって贈与の趣旨をごまかしていた。(p72)

     これも現代もありそう。お中元とかお歳暮とかの時期をはずして、たまたま、いいものがあったから贈りました、とかいって、今回限りにするのと同じです。

    (3)足利将軍は、当時のお金持ちの寺院から贈与をうけるため、しょっちゅうおなりを繰り返した。(p138)

     貧乏になるとなんでもやってお金を集めようとする。

     なんだか、昔も今もあんまり日本人は変わっていないようで、うれしいようなかなしような気持ち。

著者プロフィール

東京大学教授

「2023年 『日本経済の歴史[第2版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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