経済学に何ができるか - 文明社会の制度的枠組み (中公新書 2185)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121021854

感想・レビュー・書評

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  •  経済学の基礎のキソが学べる一冊。本書は――書名とは裏腹に――経済学の「限界」を考察することで、逆に「可能性」を明らかにするというアプローチを採る。ただ、難しい理論の話は少なく、第1部は身近な話題(税金・インフレなど)から経済学を考える内容となっており、第2・3部は経済を行う主体である「人」について倫理・思想面から考察を行っている。
     著者の結論は「経済学が力を発揮できるのは、その論理を用いて説得が可能な価値選択以前の段階までであり、それ以降は政治的な選択に任すほかない」(p.238)という、一見すると身も蓋もないものである。ただ、経済の主体である「人」が、矛盾した二つの欲求を望む「二重思考」から自由でない以上、その行動を理論化することには限界があるのは当然であろう。むしろ重要なのは、ある経済政策について、どこまでが経済学の「論理」に拠るもので、どこからが「政治的な選択」に拠るものなのかを見極める眼を持つことである。
     本書は、何か斬新な主張を展開しているわけではないが、経済学に興味を持たせる様々な「キッカケ」を提供してくれる一冊であり、非常に勉強になった。

  • 著者は「経済学に何ができるか?」という問いに明確な答えは、出していない。重要なのは、経済政策における経済学の限界を知ることだ。現代のミクロ経済学の主流は、「合理的で独立した自由な個人」を想定することから出発する。しかし、これは人間類型のひとつを代表したモデルにすぎない。したがい、経済理論と政策の関係について、我々は常に用心深くあらねばならない。

    そして、本書の冒頭に著者は「むしろ理論の役割を限定することによって、その力を適切に発揮できるようにするためである。理論は、我々に何を示し、実際の経済政策の運営のどの段階までの知恵を授けてくれるのかを反省することである」と断言する。経済学の限界を知ることによって、我々は経済学の役割を知ることができるのだろう。

    本書は経済学者の猪木武憲さんが朝日新聞に1年間連載されたコラム「わかりやすい経済学」で取り上げたテーマを中心に、書き下ろされた新書。ただし、本書は、難解な部類に入る本と思う。

    著者は「自分の仕事が人の役に立っているのだろうかとふと考えたことが幾度かあった」。したがい、本書については、経済学者の著者が経済学の限界を、どう考えているのか、そしてどう限界を克服するのか、その訴えに耳を澄まし理解することが、正しい読み方と思う。

    1日1章のペースで読んだが、充実した読書体験だった。★4つ。
    また、同じ著者の「戦後経済世界史」は★5つのお勧め。

    なお、最近、インドネシアでは毎年の最低賃金をインフレ率と経済成長率の合計値で規定するという大統領令が発効し、労働組合は猛反発している。おそらく、定昇分とベアの理論から、政治家が安易に考えた足し算と思うが、これこそ、シュンペーターが「リカード的悪弊」と呼んだ「単純化され抽象化された理論をそのまま現実の政策に当てはめようとする安易な発想だ。

  • 猪木武徳が2012年に発表した新書。ガッチガチの経済学に関する本かと思ってましたが、社会学や倫理学など幅広いクロスオーバー的な内容でした。昨今、社会的に取り沙汰されている様々な問題について、経済学だけでは語れないし、逆に経済学を知らないままでも語れない。それだけ純粋な理論よりも実践や色々なものに対する知性が重要だと感じました。この本を理解するには、ある程度の素地が必要かもしれないです。あと、一つ一つの話題の分量が少ないので、気になった部分は別の参考書にあたりましょう。

  • 経済学がどういう役割を果たしているかを知るには良い本ではないかと思う。

  • アダムスミスの道徳感情論やフランク・ナイトを軸に現在の経済の問題を考えていく。経済学の理論よりも社会学・哲学に理論の方が多いんじゃないかというくらい後者の方がよく引用されている。竹内洋先生が推薦する本だけあるなという感じ。
    「順序立てた論理」(=経済理論)。これだけでなく、「気持ちよさ」など精神的な無形の要素(=善き経済政策)の必要性も説く。そして専門家は、(各々違うかもしれないが)モデルを通し、回答する。アマチュアは健全な価値観と判断能力を持ってそれを考える。もちろんここで対立や相克が生まれるのは避けられないが、両者、議論を持ってなんらかの合意に達する必要がある。このようにそれぞれの役割があり、いずれも文明社会に住む人間の義務と責任であるとも説く。
    経済還元主義の不完全性をつく、そんな一冊。

  • 経済は物質的な面で人間生活の基盤をなしている。経済の冷徹な原理にさらされていない人間はいない。そのため、誰もが経済について経験と価値観に基づく「一家言」を持っている。
    本書では、歴史的な流れの中で、経済制度や慣行を捉え直している。
    経済学が力が発揮できるのは、その論理を用いて説得が可能な価値選択以前の段階までであり、それ以降は政治的な選択に任される。そこが理論と政策をわける境界線である。

  • 学問の限界を探り、経済学と経済政策の違いを明らかにしながら、各々できることとできないことが冷静に議論されてる良書。

  • 経済理論と経済政策を峻別し、理論を現実に単純に当てはめようとしないことが重要である。経済政策は経済問題だけでなく、多分に政治的な要素から決められるからだ。また、経済学は社会の経済問題に一刀両断に答えられるものではない。むしろ明快な主張には用心すべきであると解く。

    経済理論はもちろん重要であるし、学ぶべき順序もある。また、経済学は万事を経済変数で説明する(経済還元主義に基づく)学問ではない。経済還元主義と経済学的なアプローチは全く異なるものだ。人間の持つ理性、情念、倫理観といったものに目を向けるとともに、自由市場は尊重しつつ、市場の有効性について批判的に再吟味することが重要である。

    現代社会の最大の問題点は、価値の相克であり、倫理の問題である。そして、社会問題の解決には、価値観についての合意が重要となる。経済学は、価値選択以前の問題について、理論的に分析することはできるが、価値自体を決めることはできない。その意味では、経済学の視点だけでは強い主張は行えないし、また、そのような主張をしない品性が求められる。

  • さまざまな「価値」がぶつかり合う、現代の自由社会。その結果、様々の難題が私たちの前に立ちはだかっています。

    人間にとって正義とは、幸福とは。

    著者は、経済学の基本的な論理を解説しながら、問題の本質に迫る。

    デモクラシーのもとにおける経済学の可能性と限界を問い直す試みがなされたものである。以下、内容。

    序章 制度と政策をめぐる二つの視点

    第Ⅰ部 自由と責任

    第1章 税と国債 ― ギリシャ危機を通して見る

    第2章 中央銀行の責任 ― なぜ「独立性」が重要なのか

    第3章 インフレーションの不安 ― 貨幣は正確には操作できない

    第Ⅱ部 平等と偶然

    第4章 不確実性と投資 ― 「賭ける」ことの意味

    第5章 貧困と失業の罠 ― その発見から現在まで

    第6章 なぜ所得格差が問題なのか ― 人間の満足度の構造

    第7章 知識は公共財か ― 学問の自由と知的独占

    第8章 消費の外部性 ― 消費者の持つべき倫理を考える

    第Ⅲ部 中庸と幸福

    第9章 中間組織の役割 ― 個人でもなく国家でもなく

    第10章 分配の正義と交換の正義 ― 体制をいかにデザインするか

    第11章 経済学的厚生と幸福 ― GDPを補完するもの

    終章 経済学に何ができるか

    *人の世をはかる尺度は百家争鳴ですが、自分が納得できる一つの思考パターン「型」を持っていれば、人間、この世を上手に生きれるのではと思います(笑)。 

  • 数年前に流行った政治哲学のように、問題に対して経済学なりの解答を出そうとしている本だと思う。もちろん理論と実践が異なることも指摘している。

    内容は下記の通りだが、処方箋を出すと言うよりも考え方を紹介してる方が強く、簡単に説明することよりもその裏にある単純化の問題を指摘している。

    第1部 自由と責任
     ・税と国債
     ・中央銀行の責任
     ・インフレーションの不安

    第2部 平等と偶然
     ・不確実性と投資
     ・貧困と失業の罠
     ・なぜ所得格差が問題なのか
     ・知識は公共財か
     ・消費の外部性

    第3部 中庸と幸福
     ・中間組織の役割
     ・分配の正義と交換の正義
     ・経済的厚生と幸福
       ・経済学に何ができるか

著者プロフィール

猪木 武徳(いのき・たけのり):1945年生まれ。経済学者。京都大学経済学部卒業。米国マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部長を経て、2002年より国際日本文化研究センター教授。2008年、同所長。2007年から2008年まで、日本経済学会会長。2012年4月から2016年3月まで青山学院大学特任教授。主な著書に、『経済思想』(岩波書店、サントリー学芸賞・日経・経済図書文化賞)、『自由と秩序』(中公叢書、読売・吉野作造賞)、『文芸にあらわれた日本の近代』(有斐閣、桑原武夫学芸賞)、『戦後世界経済史』(中公新書)などがある。

「2023年 『地霊を訪ねる もうひとつの日本近代史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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