聖書考古学 - 遺跡が語る史実 (中公新書)

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著者 : 長谷川修一
  • 中央公論新社 (2013年2月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121022059

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聖書考古学 - 遺跡が語る史実 (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 啓蒙思想の考えから、聖書を様式史として研究するアプローチに対して、聖書考古学では、考古学の発掘などのアプローチによって聖書の史実を検証しようとしている。この分野の本は、訳本ばかりだったので、日本人による新書で発刊されてよかったと思う。

    本書の内容は、1.2章で、一般的な聖書の解説、考古学の手法の基本的な説明と、オリエントの地独特の考古学についてまとめている。3~6章で、アブラハム、カナン征服、王国からバビロン捕囚、キリスト教へ(死海文書まで)をまとめている。7章では、今後の考古学、今後の聖書学についてまとめている。

    3~7章は、聖書のあらすじの説明や聖書からの引用が多いとは思ったが、入門書の特性上仕方がないと思う。しかし、自分のように慣れていても、地図、時代(歴史などの年表)は、別紙の方がわかりやすいと思った。歴史と場所が複雑さが、旧約時代を理解する難しいところだと思うので。

  • 本書は、旧約聖書の物語は考古学的に証明できるのかという観点から考察する書です。考古学であるから、発掘結果ベースということにはなるのだけど、旧約聖書の記述には少なからず時代錯誤が含まれているという点にはまさに目からうろこ。細かい点を記憶するつもりもなく読んだのですが、ざらっとユダヤ教の誕生の歴史もおさらいできるのも良い点です。

  • 西洋美術を入口に聖書に興味を持って何冊か読んでみいる中で、学問的な色合いの本を探しているときに本書に出会った。
    本書は考古学、歴史学の見地から旧約聖書の記述を検討していて、その史実性を跡付けようとしている。
    決して宗教の虚偽や欺瞞を暴露しようと意図しているわけではなく、あくまで学問的に何が実在しているといえるか、と批判的で冷静な学問的立場を維持している。
    神によるこの世の創生からではなく、アブラハムから始まる族長時代からが検討対象で、聖書の中であまりメジャーではない(?)ソロモン後からバビロン捕囚までの時期の歴史に割と多くのページを割いているのは、史料と発掘物に語らせる姿勢の表れかもしれない。
    そのため、族長時代や出エジプト記が歴史的に実在していたかどうかは、明確に判断されていない。黒白はっきりしてほしい人には不満が残るかもしれないが、私は著者の真摯さが感じられて好感が持てた。
    聖書のストーリーの説明はあまりないので、ある程度旧約聖書の知識があった方が楽しめるだろう。

  • 正直、旧約聖書に相当親しんでいないと内容を追うことが困難な内容になっている。地名や、事件でピンとこないと、理解の外側を言葉が流れるだけになってしまう。新書という限られた空間の中でこれだけの分量のことを語ろうとするとやもうえないことかもしれないが、なにか別のやり方があったのではないかと思わざるを得ない。少なくとも読み物としてはつまらない。
    例えば、比較的著名な都市や事象を取り上げて、その考古学的発見や見地を掘り下げて語ることで聖書考古学という学問にアプローチする、という手段もあったのではないだろうか。その学問を無理に概観することが、理解を促進するとは思えないのだが。

    どこどこの都市が、どこどこの遺跡が聖書におけるこれこれに同定されている、と書かれても、そうですか、、、という感想しか出てこない。

  • 旧約聖書に書かれた物語はフィクションなのか史実なのか。
    本書は考古学を用いてその謎に挑んでいます。

    でも、紀元前の世界史にあまり興味が無い人にはちょっと読むのが厳しい本だと思います。

  • 旧約聖書のとあるエピソードはラクダが家畜化された年代と合わない「時代錯誤」であることから後世の創作であることがわかる、といった時代考証が面白かった。
    出エジプトも旧約聖書の記述から一応の年代を特定することができるが、時代考証上、事実と異なるだろうと。というか出エジプトがいつ頃の話かってわかってないんだ。

  • 思ったほど聖書関係ない。
    何の話をしているのかわかりづらく、ちと退屈だった。

  • 結構内容は面白かったが、私自身は作者に大学で習った人間なので、まだ大丈夫だったが慣れない人には難しいと思った。イスラエルなどのオリエント関係を勉強したい人には良いかもしれない。

  • 1971年生まれの気鋭の考古学者による、「旧約聖書」の謎解き本です。わたしも勘違いしていたのですが、本書では新約聖書の話はごく一部のみしか出てきませんのでご注意ください。

    前半はどちらかというと、聖書と考古学に関する概論のようなところ。しかし知識のないわたしにとってはこのあたりがいちばん楽しめました。列王記はイスラエル再統一を願う勢力による「プロパガンダ」という説、聖書が書かれたひとつの動機としてとても納得がゆきます。

    ”考古学は層位学を縦軸に、型式学を横軸に織りなされる学問だ、としばしば表現される”(P.50)。”こうした学者たちは「妄信的」に聖書を読むことから離れ、批判的に聖書を読み、聖書とそれを書いた人間に関する洞察を深めるとともに、それによって得られる聖書に対する理解と自分の信仰とを両立させている”(P.61)

    後半は、おおまかには時代ごと、旧約のタイトルごとに史実を検証していく流れです。ここはかなりマニアックな世界になってくるので、いささか退屈にも思われます。特にP.159~「碑文は裏付ける」という長大な節は、著者の自身の仕事に対する熱い思いが伝わってくるところでもあるのですが、節としてはあまりに長くてバランスが悪いように感じました。内容もマニアックの度合いを増し、さすがについていけません。

    わたしにとって聖書というと、どちらかというと新約のほうに馴染みがあり、浩瀚な旧約聖書の世界に飛び込むに足るほどの関心は持っておりません。そのため本書の理解が及ばなかったことはわたしにも問題があります。ただ、やはりタイトルは「旧約聖書考古学」にしたほうが読者フレンドリーではなかったかと思っております。まだ若い著者ですので、今後の作品にも期待したいと思います。

    (2015/10/03)

  • 聖書の考古学であるが、旧約聖書の初めの部分が、紀元前2000年ごろと旧約聖書で、書かれている部分が、ほとんど、確かかどうかわからないとか書かれているが、書かれている人物が120歳、160歳まで生きたとか書かれていると本当かどうか、明らかと思うが、でも、当時のことが書かれた碑文がないので、確かではないとか書かれていた。かなり、慎重な書き方と思った。慎重すぎるかもしれない。また、出エジプト記が、事実かどうかまだ、確認されていないとは、はじめた知った。アッシリアの文書にも記載がなかったと、それから、考古学の遺跡の発掘の仕方が書かれていたが、その部分は、退屈であった。でも、アッシリアの文書、碑文などで、確認された部分は、面白かった。ユダヤ教徒キリスト教の関連などが面白かったし、どのようにキリスト教ができてきたかわかり、面白かった。

  • 宗教・信仰という、ある意味最も強固なバイアスから決して逃れられない領域での展開を宿命付けられた「聖書考古学」。宗教的・学問的に"中立である"ということが、これほど困難な分野もないだろう。さらに、イスラエル・パレスチナという複雑な政治情勢の特性上、遺跡の発掘が制約を受ける状況下では、聖書の記述の真偽それ自体を議論することは不可能なばかりか不毛でもある。
    本書はそれよりも、聖書に描かれた伝承が「なぜそこに記されなければならなかったのか」に焦点を据え、主にローマ統治時代以前のユダヤ人の歴史を、「聖書」と「遺跡」を縦横の糸として解説してゆく。少々駆け足が過ぎる気もするが、我々日本人とは比較にならないほど複雑なユダヤ人の歴史に思いを至らせるには十分。

    年表がついていなかったので、イスラエル大使館のHPからプリントアウトして参照しながら読んだ。

  • 既にレビューした「ふくろうの本 聖書考古学 旧約篇」と並行して読んだ本です。
    写真や図が大変少ないので初めて聖書やイスラエル考古学に触れる自分としてはイメージしにくく、読み進めるのが困難でしたがふくろうの本と並行して読むことで理解は大変深まりましたし、二つの本の間で解釈が違う部分があるということも知る事が出来ましたので結果非常に良かったと思います。

    著者の方は研究に対して非常にバランス感覚のある方にお見受けしました。結論ありきの研究なのではないかと読む前に不審を抱いていたのですが著者の方の”聖書考古学”に対する考え方を読むにしたがって更にこの分野に興味を持つに至りました。

  • 聖書─それも主に旧約聖書において、その中に書かれた歴史と
    それが書かれた時代について、考古学という観点から何がわかり
    何がわかっていないかを丁寧に解説してくれている。

    もっとも、日本の天皇陵がいっこうに発掘調査されないことでも
    わかるように、宗教がらみだと(しかも中東では社会情勢という
    難敵も存在する!)掘りたくても掘れない場所が多すぎ、わかって
    いることはほんの一握りの事実なのだな、と実感する本でもあった。

    わかりやすく丁寧に書かれてはいるが、聖書に関して多少は知識が
    ないと、読んでいても面白くないと思われ。

  • 旧約聖書と考古学を照らし合わせることにより、古代の歴史を解明していく聖書考古学という分野のことが、とてもわかりやすく書かれています。どんなに中立に主観を捨てて研究しようとしても、そこに自分なりの主観的な判断が混ざる、研究としての難しさに触れたところが一番面白かった。

  • 聖書について何も知らなかったのでとても勉強になった。ほかにも本を読んでみようと思う。

  • 聖書の記述には、現代の我々からすると荒唐無稽に思えるエピソードが少なくない。
    いったいどの程度まで史実を反映しているのだろうか。
    文献史料の研究にはおのずと限界があり、虚実を見極めるには、遺跡の発掘調査に基づくアプローチが欠かせない。
    旧約聖書の記述内容と考古学的知見を照らし合わせることにより、古代イスラエルの真の姿を浮かび上がらせる。
    本書は現地調査に従事する研究者の、大いなる謎への挑戦である。

    <目次>
    まえがき
    第一章 聖書はなぜ書かれたか
    第二章 考古学は聖書について何を明らかにするか
    第三章 アブラハムは実在したか――族長時代
    第四章 イスラエルはカナンを征服したか――土地取得時代
    第五章 民族の栄光と破滅――イスラエル王国時代
    第六章 一神教の形成からキリスト教へ
    第七章 聖書と歴史学・考古学――現在と展望
    あとがき
    読書案内
    参考文献

  • 聖書の歴史的正当性はともかく、聖書がユダヤ人のアイデンティティの維持に貢献し、今日までユダヤ人を民族としてまとめてきたという事実は興味深い。

    かといって現在のユダヤ正教徒が聖書を根拠にパレスチナ人を迫害していい訳ではない。中東に和平が訪れることを祈る他ない。

  • 地元の図書館保有

  • 2013 8/16パワー・ブラウジング。四条のジュンク堂書店で購入。
    旧約聖書に書かれた内容を考古学的に検証していく本。
    図書・図書館史の授業で使えるか・・・と思い購入してみたものの、知識の生産・共有・保存の歴史に関してはそれほど扱っているわけではなかった。

    とはいえ死海文書のあたりは使えそう。
    他にも面白い話は多い・・・のだけど聖書読んでからの方がピンときそう。

  • 聖書の史実を客観的に考古学の立場から追求していこうという著者の姿勢は繰り返し書かれているように私も共感を持つことが出来る。アブラハムはBC2000年前後ではありえない!モーセもBC1300年はない、など。確かにこの年代はキリスト教会ではかつて常識のように語られてきたところである。しかし、信仰とこの年代は直接の関係はない。考古学の限界として見つかっていないものが無かったとは言い切れない。伝承が伝えられてきた中のメッセージを読み解くことに力をいれるべきであろう。逆に考古学の成果を信仰に結び付けることの無意味さも感じる。その中でダビデの150年ほど後のダン碑文にダビデ家という文字が見つかり、その時代にダビデの子孫と称する人物がいたことは間違いのない史実!これは信仰を抜きにしても感動的な発見ではなかろうか。結局は信仰とは見えないものを信じ受け入れることだという聖書の言葉を改めて感じた次第。

  • 特定の宗教に依存しているわけではないので、聖書も断片的にしか読んだことがないのだけれど、遺跡や史料を頼りに考古学的なアプローチで旧約聖書を捉えようとしている。当時の統治形態や集団形成を図る上で都合のいいように物語が作られることが多いのが常であるが、考古学的な観点で見ると別の解釈が得られる好例のように思う。イスラエルの歴史をある程度見ながら、イエスの物語を見ると、キリスト教がなぜ必要とされたかも見えてくるかもしれない。

  • 帯の宣伝文句のような「本書は現地調査に従事する研究者の、大いなる謎への挑戦である」といった派手さやワクワク感はないが、読んでいて楽しい本だった。
    考えてみると、自分も含めて多くの日本人の聖書の知識はお粗末と言わざるをえない。本書にもあるが、高校の教科書にはモーゼは実在の人物として登場し、出エジプト記も史実のように書かれている。史実だと思っていたことについて、フィクションの可能性が高いと指摘されるのは知識の修正という意味で有意義と思う。
    「聖書考古学」とは、「聖書の歴史記述の深い理解に達するため、特に聖書の舞台となった古代パレスチナを中心とした考古学」という。そして、本書では、「信仰の対象としての聖書からは距離を置き、聖書を『人間が何らかの意図を持って書き、また編集したもの』として批判的に扱」っている。
    例えば、イスラエル人には「大イスラエル主義」という政治的主張がある。これは「カナンの地全体がイスラエル民族に神から与えられたものである」という旧約聖書の信仰につながっている。一方、考古学的発見から、平野部にいたカナン人の一部が山地に住むようになり、彼らが次第に独自のアイデンティティを形成して後にイスラエル人として出現したという有力な説もある。しかし、出エジプト記がまったくのフィクションだと断言できないという聖書考古学の限界も、この本から読み取れる。
    歴史本のブームの中で、自分の中にある史実を見直すきっかけとなってくれる本ということで良書と思う。お勧め。

  • 新聞に書評があったので、購入。

    ユダヤ教やキリスト教についての本を僅かばかり齧ったが、ある本は一神教はモーゼの発明とあり、別の本はモーゼの実在性に疑問を呈していた。
    よく判らない聖書について、何か教えてもらえればと思い読み始める。
    考古学の立場で、はっきりした証拠がない限り断定は避けている。出エジプトはエジプト側に資料がないそうである。文献記録のほとんど残されない時代かもしれないが、これも仮説の域を出ないと書かれる。

    この後のカナンの征服期では山地に住んでいたユダヤ人と平野部に住んでいたカナン人は民族的にも言語的にもかなり近い民族であったらしいと記される。ユダヤ人が自らをユダヤ人と自己規定していく中で古代イスラエルが生まれたとの見解が現在主流とのこと。
    つまり、本書ではそこまで断定していないが、アブラハムも出エジプトもモーゼも恐らく虚構。唯一神との契約もカナン人との衝突のなかで自己規定することから生まれたものらしい。そうした虚構がどうして、どうのように生まれたかは考古学の範疇でない。が、こうした考古学の成果と聖書の文献分析に隔たりがあるのではと、過去の読書体験から疑問を感じてしまったのだ。

    発掘された多くの街が戦争で破壊された跡を留めているとされる。多くの民族が滅び、また混血し、当時の種族は今存在しない。現在のユダヤ人も当時のユダヤ人とは民族的にはまったく別の民族と云っていいのではないか。しかし、自分をユダヤ人、イスラエルの民と規定する人々が現代に存在し、困ったことに世界紛争の種となっている。

    読後はユダヤ教の発生過程に大いに疑問が残っている。
    さて、何か良い本ないかな。

  •  聖書の記述はどこまでが真実なのか、誰が纏めたのか、を考古学の手法で検証すると同時に「イスラエル人」はどこから来たのかという謎についても言及している。また、聖書の記述の考察だけでなく考古学における発掘作業や遺物の同定の難しさ、聖書を歴史の史料として扱うことの難しさについても取り上げている。文書史料の検証は記述されているものが発掘されるか、同時代の別の地域の史料に共通記述が見られるかといった点で検証する。これは聖書においても同じであるが、信仰という要素が絡んでくるため少々複雑なことになっている。すなわち聖書に書かれていることは全て正しいとしてしまうという事である。こういったことをしないよう「批判的」に扱うよう注意を払わなければならないことが指摘されている。
     記述の癖から特定の人物による編集が行われた可能性の指摘、何らかの事実を基にして警鐘を鳴らすための創作、信仰の正当性や信仰を続けることの意義、なぜ「今」そのようになっているのかの説明、こういったことを発掘の結果や他の史料から導き出している。全体を当してみると、何らかの事件が起きたのは間違いなさそうな印象を受ける。その上でやはり宗教として成立させるための「操作」も行われているだろうことは想像に難くない。「聖地」を発掘すれば多くのことが分かるのだろうが「聖地」であるが故にそれもできない。宗教の難しさがこのようなところにもあるのだと改めて認識した。

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聖書の記述には、現代の我々からすると荒唐無稽に思えるエピソードが少なくない。いったいどの程度まで史実を反映しているのだろうか。文献史料の研究にはおのずと限界があり、虚実を見極めるには、遺跡の発掘調査に基づくアプローチが欠かせない。旧約聖書の記述内容と考古学的知見を照らし合わせることにより、古代イスラエルの真の姿を浮かび上がらせる。本書は現地調査に従事する研究者の、大いなる謎への挑戦である。

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