バチカン近現代史 (中公新書)

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著者 : 松本佐保
  • 中央公論新社 (2013年6月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121022219

バチカン近現代史 (中公新書)の感想・レビュー・書評

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  • バチカンが近代化と向き合い、近代化と共に台頭した革命や共産主義やその他の思想や社会運動に対して、どのように対応し、また闘ってきたかについて、フランス革命の時代から現代に至るまで、ひとりひとりの教皇の考え方を中心にまとめられている。
    特に、第二次世界大戦前後の時期の教皇であるピウス11世・12世は、反ユダヤ主義および、徹底した共産主義忌避の思想のため、ナチスを容認していたという件については、残念ではあった。ただ、バチカンのその徹底した反共産主義は、のちにポーランド民主化のきっかけとなるなど、明るい側面にもつながっていく。
    第二次世界大戦頃までの記述については、もう少し、共産主義忌避の背景について述べられているとわかりやすかったと思えた時期であった。

  • 宗教改革以降のローマ教皇の地位は低下した、とは簡単にいえますが、ことはそんなに簡単に説明できるのでしょうか。ナポレオンのコンコルダートや戴冠式、ムッソリーニのラテラノ条約など、「教皇の権威を必要とした」事例は近代や現代も数多く見られます。戦後もヨハネ23世やヨハネ・パウロ2世の活躍はある程度年を重ねている人にとっては一度は耳にしたことのある名です。世界最大の教団であるカトリックを統括するローマ教皇の力は、本著の著者である松本佐保先生の言葉を借りると、「二十一世紀のグローバル社会は、決して世俗的なものだけでは説明できない。それは宗教紛争が頻発する国際情勢を見れば明らかであろう。これらを解決するためにも宗教の重みを再認識し、その解決について考える必要があるだろう。すでに何度も繰り返してきたように、武器によらないバチカン外交は見習うべき一つの姿であり、平和への途」(245頁)であり、決しておろそかにしてよいものではありません。
    では本著の内容に行きますが、本著はフランス革命以後つまり18世紀末からのローマ教皇を取り扱いますが、通時的に教皇は何かしらと対立をし、そしてその後ろ盾を模索する姿が読み取れます。19世紀中葉まではイタリア統一勢力と対立し、また近代化も受け入れられませんでした(そのため教皇領への鉄道敷設が遅れイタリアの経済的発展を阻害した。鉄道を「近代化の先兵」とするのは19世紀末の義和団と通じるところがあります)。19世紀半ばの教皇ピウス9世も当初は近代化・自由主義も受け入れ「覚醒教皇」などとも呼ばれましたが、マッツィーニによるローマ共和国建国などで「豹変」し、以後保守化していきました。イタリアはその後サルデーニャを中心に統一が進み、1870年教皇領も征服され教皇は「バチカンの囚人」と称してイタリアと断交、以後ムッソリーニとのラテラノ条約まで問題が続きます(イタリアにとっても国内に強力なネットワークをもった反国家勢力があるのと同じですので、軍事力を持たないからと安心は出来ません)。
    ピウス9世を次いだレオ13世は1891年に「レールム・ノヴァールム」(ラテン語で「新しきもの」)という回勅を出します。これは行き過ぎた工業化や資本主義の弊害について警告し、労働者の権利と尊厳を訴えたもので、労働問題について初めて出された回勅です。これは当時労働運動を弾圧していたイタリアのクリスピ内閣に対抗して出されたものですが、労働者への配慮を促し、労使協調を進めることでイタリア人の教皇への心を取り戻す効果がありました。
    しかし、この頃新たな「敵」が台頭してきます。共産主義です。イタリア国内で共産主義が強まると、教皇はイタリア人カトリックに反共産主義の政党に投票することを呼びかけるなど、イタリア政治に強い影響力を持ちます。この「反共産主義」という態度は、共産主義のもつ「唯物論」からくる無神論に強い危機感を覚えたからです。第一次世界大戦後教皇となったピウス11世は「共産党は伝染病」という持論をでムッソリーニに接近、1929年ラテラノ条約を結んで主権国家「バチカン市国」が成立します。
    第二次世界大戦から戦後にかけて長く教皇を務めたのがピウス12世です。彼は「反共産党」「反ソ連」という立場からヒトラーにも寛容でした(ソ連に対抗し得る勢力をドイツに見いだしていたため。ちなみに彼は極東のソ連に対抗し得る勢力として日本を挙げ、満州国も承認しています)。その態度は20世紀末でも『ヒトラーの教皇』という本が出版されるなど(ジョン・コーンウェル著 1999年)長く影を落とします。
    1958年、ピウス12世が死去すると、76歳の高齢でヨハネ23世が登場します。彼は教皇に就任すると、第二バチカン公会議を招集します。あの対抗宗教改革で名高い16世紀半ばのトリエント公会議以来約500年ぶりの開催です(実際は1869年に第一バチカン公会議が開かれたが、普仏戦争で中断したため、その続きとして開催)。会議の途中でヨハネ23世は亡くなり、代わりにパウロ6世(教皇として初めて飛行機に乗る!)が公会議をまとめます。結果、11世紀より続いてきたギリシア正教会との相互の破門が解かれ、和解します。またプロテスタントへの配慮もされ、さらにユダヤ教徒やイスラームとも「唯一の神において互いに結ばれている」と言明しました。さらに仏教やヒンドゥー教などの侵攻も尊重すべきとされました。これは先ほど述べたように、どのような形であれ「神」を信仰する立場の方よりも無神論の方を憎むべき対象としたからです。このように、第二バチカン公会議はカトリック(普遍)の現代化を印象づけています。本著の文を引用すると「ドグマティックと思われがちなバチカンでありカトリック教会だが、実は、真のカトリック、普遍的な教会であるためにはつねに刷新し続けなければならないことを、ヨハネ23世とその意志を継いだパウロ6世は心得ていた」(161頁)とは何というアイロニーなのか、もしくは刷新し続けることこそが普遍の理なのでしょうか。
    さて、バチカンにとって近現代最大の敵である共産主義ですが、ここで満を持して登場したのが共産主義国家ポーランド出身の教皇ヨハネ・パウロ2世です。1978年に就任したヨハネ・パウロ2世は、「旅する教皇」とあだ名された先々代のパウロ6世を越える教皇外交を展開し、「空飛ぶ教皇(聖座)」と呼ばれました。その訪問国は日本も含め129カ国116万キロと、共産主義国家以外ほぼすべて訪れています。彼はポーランドの連帯の精神的支柱として1989年の総選挙における「連帯」の勝利に貢献し、これを皮切りにドイツにおけるベルリンの壁崩壊、チェコスロヴァキアにおけるビロード革命、ルーマニアにおけるチャウシェスク政権崩壊など東欧革命を誘発させます。確かに東欧革命の主たる原因はソ連のゴルバチョフにおけるペレストロイカなどの民主化が上げられますが、そのゴルバチョフをして「東ヨーロッパの共産主義を突き崩すのに多大なる政治的貢献をした」と評させたことは重要なことです。
    現在のイスラーム国を見ても分かりますように、冷戦崩壊後、再び「宗教」が人びとを突き動かす原動力となりつつあります。それはある人には毒であり、ある人には薬となるでしょう。そのようなか、世界最大の宗派カトリックをすべるローマ教皇の動静は、今まで以上に重要になってきます。カトリック教徒が全人口の0.4%の日本ではありますが、世界を見たら日本の人口よりはるかに多くの信者を抱えています。だからこそ、最後に本著の一文を紹介して、日本人の今後の外交を考える上での教唆としたいと思います。
    「近年、軍事・戦略的なハードパワーに焦点を当てる国際関係の研究だけでなく、宗教や文化などのソフトパワーに注目する研究が盛んである。そうした意味でもバチカンの影響力にあらためて注目すべきであろう。」

    備忘録
    福音宣教省について「ラテン語の「プロパガンダ・フィーデ」と言い「プロパガンダ」の語源となったキリスト教の宣教の中枢部分を担い、宣教師連合と宣教援助事業などを統括している。

    1975年に行われた全欧安全保障協力会議(ヘルシンキ会議)は、バチカンが中心となって行った国際的な安全保障会議である。

  • 近現代の世界の変化に対応するヴァチカンの歴史。特に20世紀のソフトパワーを生かした外交手腕は日本も参考になると思われるすごさ。

    プロテスタントとの抗争(?)おおむね敗北したあと、改革の芽も出てきて保守派と改革派のせめぎ合いとなる。一方各地で国民国家が生まれ、特にフランス革命後は宗教の否定を含む社会/共産主義も生まれ、対応を迫られる。19世紀半ば以降のイタリアではフランスの影響を受け国民国家への動きが貴族支配を打倒して行く動きが強まる。ヴァチカンは改革派教皇が出てくるが、フランス的国民国家の動きにはついて行けず、むしろ反動で保守的な対応に戻ってしまい、教皇領を失いヴァチカンに限定されてしまう。
    イタリア統一/国民国家成立後はむしろカトリックのソフトパワーを生かした動きが強まり、第一次大戦では赤十字と並ぶ人道的支援を積極的に行う。第二次世界大戦前は反共産主義からファシズムを容認する行動に出ることで後々に禍根を残す。
    第二次大戦後は反共産でプロテスタントの影響が強いアメリカとも連携し、共産圏のキリスト教勢力と連携し東側との結びつきを保つ。その中で東側最大のカトリック国であるポーランド出身のヨハネパウロ2世が選出され積極的に働きかけ東側の崩壊を促進する様はまさに世界を動かした瞬間につながる。

  • 意外と知らなかったバチカンの歴史。フランス革命(ピウスⅥ時代)のバチカンへの衝撃、イタリア統一と初代国王の葬儀の非カトリック化(異教信仰の神殿パルテノンでの実施)によるイタリアとの対立(ピウスⅨ時代)、反ソゆえにヒトラーなど3国同盟側への傾斜と中立(ピウスⅩⅠ、ⅩⅡ時代)、共産主義への脅威からギリシャ正教との和解を目指す第2バチカン公会議の開催、ユダヤ教との和解(パウロⅥ時代)、東欧民主化への影響(ポーランド人法王ヨハネパウロⅡ時代)、バチカンという国が今なお非常に政治的な影響力をもっている歴史でありがら、なおかつ宗教性が深く残っていることが驚きであるとともに、やはりという納得の気持ちとがないまぜに。

  • 国際関係史の松本佐保先生によるローマ教皇庁を中心としたバチカンの近現代史についての一般向け新書です。

    本書では1789年のフランス革命から2013年の教皇フランシスコの即位まで、この200年強のバチカンの歴史を次の2つの側面から描いていきます。
    1つ目が「バチカン市国の成立」という観点です。
    フランス革命から勃興したナショナリズムは19世紀に入るとイタリア再統一という大きなうねりを引き起こします。更に産業革命によって経済的な近代化がヨーロッパ全体に波及してきます。この二つの「近代化」にたいして、宗教的権威を正当性にもつローマ教皇庁がその領土(いわゆる教皇領)をどのように支配し、1861年に誕生したイタリア王国とどのように対峙したのか。コレが本書前半の大きな観点です。
    1つ目の観点は近代国民国家とキリスト教保守主義の対立に始まり、ファシズムとの協調に終わるという少しスッキリしない結末で終わることになります。この精算は1962年の第二バチカン公会議まで待つことになります。

    『脱呪術化』という側面をはらんだヨーロッパの近代化に対し、正反対の概念に影響力の根源をもつローマ教皇庁はイタリアにおける近代化に対する重石として機能していました。教皇庁の頑迷なまでの反近代化の姿勢は、時に近代国民国家の実現に大きな支障をもたらしました。教皇庁は20世紀に入るまで選挙への参加さえ認めませんでした。しかし、20世紀に入り行き過ぎた自由主義・資本主義に対抗するため、無神論を掲げる社会主義・共産主義が流行の兆しを見せると、ローマ教皇庁は一転して政治に関与しながら行き過ぎた近代化を牽制しようとします。その根本の思想として「キリスト教民主主義」や「協同主義」を打ち立てます。
    この「キリスト教民主主義」はドイツCDUを初めとする現在のヨーロッパ諸国の保守政党の一つの源流です。ローマ教皇庁の近代化に対する苦悩の産物こそががアメリカのリバタリアンとは異なるヨーロッパ型の中道右派を生み出す重要な鍵になっていることが明らかにされます。

    2つ目の観点は「国際政治のプレイヤーとしてのローマ教皇庁」です。
    本書ではこの第二の観点から見たバチカンの動きについて大変高く評価しています。
    ローマ教皇庁は20世紀に入ると積極的に外交に関与するようになりました。とくに2つの世界大戦における人道的活動に始まり、共産主義諸国や南米軍事政権下でのカトリックに対する弾圧に対する批判や保護を活発に行なっていきます。さらに1962年に開催された第二バチカン公会議においてイスラムやユダヤとの関係を改善することによって、キリスト教世界に留まらない人権活動が可能になりました。
    ローマ教皇庁の外交力の源泉は世界に張り巡らされたカトリック教会のネットワークとその信者たちでした。著者はこの世界的ネットワークの頂点に存在するバチカンは国際的に影響力を行使できる立場から、冷戦時代から国際社会の重要なプレイヤーとなり宗教国家の特性を生かした「人権外交」を先駆けて実施したと述べています。

    17世紀ヨーロッパで主権国家体制が成立して以降の国際関係を語る上では国家と国家の関係が主題となり、ある国家が他国へ影響を与えることができるかどうかは軍事力や経済力といったパワーを中心に語られることが多かったと思います。一方で、近年では文化の力によるソフトパワー論が脚光を浴びました。その枠組の中でバチカンの外交というものを見ていくと、国境を越えた宗教の力が無視できないものであったことがわかってきます。
    バチカンが国際社会に与える影響は、20世紀においてバチカン大敵であった共産主義思想が国際社会に与えた影響と根源的には同じ要因によって生まれていると思います。宗教・思想に共鳴した人々が国境を越えてつながり、国家と国家の間を結びつける原動力となる。本書を読むとこうした国家を超越した主体が国際関係の中に存在することを改めて確認することができますし、このような視点が存在することを認識することで、ともすれば分裂し対立しがちである国家間のあり方の新しい形を想定することができるのかもしれません。

    (あまり関係のないことでありますが、冷戦時代の国際社会でローマ教皇庁が果たした役割は戦国時代において足利義昭が信長包囲網を築きあげるのに果たした役割に似ているのかもしれないと感じました。多くの御内書を各地に送付することによって室町幕府の権威を背景に大名や浄土真宗などの諸勢力を結びつけた足利義昭の役割は、権力ではなく権威によって人を結びつけて動かしたという意味では、ローマ教皇庁の外交とよく似ているような気がします。)

    本書においてはローマ教皇庁・バチカンが近現代史に大きな影響力を与えたことを明らかにする本ですので、バチカンの影響力を強めに描いている部分もあると思います。
    例えば、ヨハネ・パウロ二世以降の教皇が東欧や南米に重心をおいたことについて、もちろん彼の地のカトリックたちが教皇の助けを強く必要としたという面はあると思いますが、一方で西欧においてのカトリックの影響力の低下という側面も存在するのではないかと考えます。
    またローマ教皇庁の内部的な話については殆ど触れられることはありません。例えば宗教事業協会をめぐるスキャンダルや聖職者による少年少女に対する性的虐待がローマ教皇庁に対するイメージに与えた影響は大きなものがあると思いますが、こうした負の部分の影響まではあまり触れていません。
    その意味では、本書は「近現代におけるバチカンの影響力の大きさ」を再確認するための一冊といってもいいかもしれません。

  • その昔、教会は絶大な権力を握っていた。それはローマ帝国
    がキリスト教を国教と認めた時から増大して行った。王権神
    授説なんてのがあるくらい、世俗の王侯よりも偉い存在だ。

    「破門」という武器の下、世界は教皇庁に膝を屈した。
    ただし、破門されても気にしない。本来は教皇が指名する
    枢機卿を自分たちで勝手に決めて送り込む等、舐め切った
    態度を取ったヴェネツィア共和国は別だけど。

    しかし、フランス革命以降、カトリック教会の権威は
    失速を始める。本来であれば教皇が授けるべき王冠を、
    ナポレオンは自身の手で掲げた。

    本書は近世から現代にかけてのローマ教皇及び教皇庁の
    生き残りをかけた闘いの歴史だ。

    小国が林立するイタリアの統一国家樹立による教皇領
    存続の危機、近代化の波との対立、そして宗教は阿片
    という共産主義との闘い。

    ピウス6世から20013年3月に即位したフランシスまで
    の教皇の、それぞれの時代に教皇庁が直面した危機と
    対策をほぼ時系列でまとめている。

    聖職者といえども、神に仕えるだけが仕事じゃない。
    優れた外交手腕が必要だ。そして、世界史の大きな
    流れの中でバチカンの役割は表に出ることがほとんど
    ないと言っても過言ではないだろう。

    特にヨハネ・パウロ2世の時代は興味深い。在位期間が
    長かったこともあったのだろうが、本当に世界中を駈け
    回った教皇であり、正教会、ユダヤ教、イスラム教との
    和解・交流を実現し、宗教をベースとしながらもトップ
    外交を成し遂げた。

    バチカンものにありがちな、陰謀論は一切ない。だって、
    わずか34日の在位期間で世を去ったヨハネ・パウロ1世
    のことはほんの数行触れているだけだもの。

    しかし、現在のバチカン市国の独立を認めたのがムッソ
    リーニだっていうのが皮肉だよな。まぁ、カトリックの
    総本山としては何よりの悪は共産主義と無神論者だから
    なぁ。

    カトリックに関する知識がなくても読める教科書的な
    作品かな。

  • 読了。

  • 落ち着いた筆致でとても読みやすい。もっと踏み込めばもっと本気を出せばもっといいバチカン史が書けるのでは、というのが読後感。

  • 20141003~1015 近現代史をバチカン視点で俯瞰できる。イタリア統一の事情も初めて詳しく知った。バチカンの活躍により、現在の西欧諸国のキリスト教系政党が成立したことも興味深い。現在のバチカンは、ヨハネ・パウロ2世の時代よりもいっそう困難な問題を内外に抱えていると思う。

  • バチカンの外交関係が中心。

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バチカン近現代史 (中公新書)の作品紹介

フランス革命以降、「政教分離」を推進する近代国家の登場で、ローマ教皇は領土や権威を失っていく。20世紀に入り、教皇はイタリア政治に介入し続け、ムッソリーニの思惑もあり、バチカン市国が成立する。その後バチカンは、「反宗教」の共産主義を常に敵視。ナチスに秋波を送り、戦後は米国に接近、「人権外交」を繰り広げ、それは「東欧革命」に繋がった。本書は、カトリック総本山バチカンの生き残りを賭けた200年を描く。

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