- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121022752
感想・レビュー・書評
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京都産業大学経営学部教授の篠原健一(1967-)による、労使関係を軸にしたアメリカ自動車業界論。
【構成】
第1章 アメリカ自動車産業 国際競争力と労使関係
1 アメリカ自動車産業復活の足音
2 世界自動車産業のなかでのアメリカ・ビッグ3
第2章 アメリカの非能力主義・日本の能力主義
1 アメリカにおける職務給の実態
2 アメリカにおける変動給の具体的形態
3 日本の賃金制度の概要
第3章 アメリカにも年功制がある? 先任権の及ぶ領域
1 アメリカにも年功制がある?
2 先任権の発展史
3 改革と先任権
第4章 チーム・コンセプトという日本化 トップダウン経営の限界
1 チーム・コンセプトという組織改革
2 能率管理
第5章 新生GMにおける経営改革の課題 国際競争力・労使関係・職長の役割
1 アメリカの労働組合と能力主義
2 職長の役割の変遷
3 新生GMと労使関係
4 新生GMにおける現場品質管理体制
第6章 新生GMと日本への示唆
1 アメリカ型職務主義の困難
2 日本への示唆
リーマン・ショック以後、急激に業績を悪化させ、破綻かその寸前まで落ち込んだアメリカのビッグ3。本書はビッグ3が日本メーカーに対して競争力を失った要因を現場の賃金制度・労使関係に求め、労使協定と現場の品質管理体制の沿革と現状を紹介するものである。
一般に、「年功序列」(本書では年功制としている)は日本の雇用慣行の中核とされている。またアメリカは年功にとらわれない登用・抜擢が行われ、業務範囲を明確化した職務給であるというのが世間一般の理解ではなかろうか。
本書の分析対象は製造現場であるから、ブルーカラー労働者の賃金制度についての言及が大半であり、彼らは米国屈指の産別組合であるUAWの組合員である。
2章・3章で紹介されるアメリカの現場の姿は、上に記した世間一般の理解とは大きく異なる。つまり、アメリカの製造現場にあっては日本以上に年功制が貫徹されており、レイオフ、職場間移動、昇格いずれも「先任権」を有する勤続年数の長い社員が優遇される仕組みとなっている。
先任権の歴史の本格化は大恐慌の後に制定されたワグナー法である。1937年の時点ですでにビッグ3とUAWの間には、レイオフとリコール(解雇後の再雇用)についての先任権を認める協約が締結されていた。1937年にあっては移動に関する権限は、経営に属するとされていたが、ここから組合側の先任権適用拡大がはじまる。
1940年には移動にあたって「考慮」されるようになり、1941年には昇進にあたっても同一能力の従業員であれば、先任権を持つ者が優先されるようになった。しかも同年の暮れに出された仲裁基準により、この協約が強化される。そこでは、先任権を持たない者を昇進させようとする際には従業員の能力が他のどの候補者よりも「ずば抜けている」ことを経営側が証明する義務を負うことになった。これで事実上経営側は昇進に関しての権限を組合に奪われる。
さらに、移動に関しても適用が拡大される。1946年には新規ポジション、空席補充に関しては職務遂行能力のある者が希望すれば、先任権を持つものから順に移動希望が叶えられることになった。移動は他の部門への転出・転入を意味する言葉であるが、製造現場にあっては職場内のローテーションや配置転換が日常的に行われる。労使協定上はそれを「持ち場の変更」と表現していたが、組合側はこれも切り崩しにかかる。
組合側は、「持ち場の変更」が許容される範囲である「職種」を細分化するという方法で会社管理者の裁量をせばめ、組合員の希望・先任権が適用される「移動」を拡大することに成功した。その結果一つの工場の中に200もの職種が乱立するという異常な事態にまでなった。これが1970年代まで拡大の一途を辿った先任権である。
ことここに及んで、会社は従業員に対して、有能な若手従業員を抜擢することもできず、生産性を上げる努力をしないベテラン従業員の希望するがままの配置を受け入れていくしかなくなる。労働生産性はオイルショックを経験した日本メーカーに溝をあけられ、1980年代の異常な貿易摩擦につながっていくのは当然の帰結であったろう。
本書の後半は、ビッグ3がそのような状態から何とか日本メーカーの職場管理を学ぼうとする姿が紹介されている。その代表的な事例が、トヨタとGMの合弁であるNUMMIである。カイゼン活動による生産性向上、品質管理体制の強化が主な内容である。なかでも従来は職長(非組合員)の下に位置づけられていた現場のチームリーダー(組亜員)を、職長の代行として抜擢することで、現場と経営者との摺り合わせを図っていこうという姿は日本的で面白い。ただ、いずれにせよ過去の負の遺産が莫大であり、職務給が貫徹されているアメリカの労使関係・賃金制度の中で日本的な要素を輸入することの難しさも指摘されている。
本書は労使関係に特化した内容であり、自動車産業の分析に必須のサプライチェーン、販売網、新製品開発、環境規制などの要素が一切触れられないのは特色と言えるだろう。タイトルだけ見て総論を期待した人には、全くの期待はずれという評価をつけられても仕方ないだろう。
しかし、こと労使関係については、非常に示唆的である。アメリカの代表であり、世界の製造業の象徴であった、ビッグ3が約半世紀にわたって凋落し続けてきた一因が過剰な労務コストにあったのは疑いがない。アメリカ屈指の労働組合であるUAWが堅持し勝ち取ってきた方針が、会社を、国を食い潰し、リーマン後の大量解雇、退職年金カットにつながったのは皮肉という他はない。
本書を読んでいて気になる点を指摘しておきたい。
著者は日本の労使関係についても当然調査・研究はしているのであろうが、職能資格制度を「能力主義」と言い切ってしまうのは無理がある。職能資格制度には、多くの場合昇進に必要な滞留年数が定められており、導入当初から組合側は勤続年数・年齢に応じて相応の職能資格まで無条件に昇進させることを求めてきた。日本の製造現場において、導入後半世紀が経過する能力主義が真っ当に機能しているかどうか、これは別途検討すべき重要な問題である。もちろんそれが本書の目的ではないのは明白であるが。
また、UAWの労働協約の改定史は理解できたが、会社側がどのような意図・背景で譲歩に応じてきたのか、見返りに何を組合に求めたのかという点について記載がない。指摘が鋭い分、多角的に歴史を叙述する必要があっただろう。
全体を通じて、評者には非常に示唆に富んだ内容であり、アメリカのビッグ3の事例を通して日本の能力主義管理を考察するきっかけを与えてくれる良書である詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
アメリカの自動車産業がどのような経営改革をしたのか?と言うよりも、ほぼ全編に渡り人事賃金制度や労使関係に焦点が当てられており、個人的には望外に勉強になった。