言論抑圧 - 矢内原事件の構図 (中公新書)

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著者 : 将基面貴巳
  • 中央公論新社 (2014年9月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121022844

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言論抑圧 - 矢内原事件の構図 (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 我が愛する桐生悠々は「関東防空大演習を嗤ふ」という社説を
    書いて、信濃毎日新聞を追われた。

    ただの温泉旅行の写真が共産主義者の集まりだとされたのは
    横浜事件。

    美濃部達吉の天皇機関説は国体に反するとされ、不敬罪で
    告発された。

    国が戦争へと向かった時代。言論・出版・集会の自由は
    幾重もの鎖で絡めとられ、国が向かう方向に異を唱える
    者には厳しい視線が向けられた。

    1937年。東京帝国大学経済学部のひとりの教授がその職を
    辞した。矢内原忠雄。戦後、強く請われて東京大学の総長
    となった人物だが、彼は雑誌に掲載した論文と講演での
    発言を問題視され象牙の塔を追われた。

    無教会主義キリスト教の内村鑑三に師事した矢内原は信仰
    に根差した平和主義者だった。日に日に軍靴の響きが高く
    なる日本に警鐘を鳴らそうとした。「ひとまずこの国を
    葬って下さい」と。

    右翼の論客・蓑田胸喜に批判されたばかりか、同じ東京帝大
    経済学部の教授たちのなかからも矢内原に批判的な意見が
    続出する。

    矢内原が教授会で陳謝することでことは収まるはずだった。
    それが一転、辞職となったのは何故か。

    周辺の人々が書き残したこと等の資料を引き、俗に矢内原
    事件と呼ばれる一教授の辞職へ至る経緯を追っているのが
    本書。

    大学の自治vs国家権力だけではな。東京帝大内部の派閥
    抗争、理想主義者と国家主義者の愛国心の軸足の違い。
    それらが重なって事件は起こったのかと思える。

    興味深い題材ではあるのだが、文章の読み難さで文脈を
    理解するのに時間がかかった。

    戦時下での出来事を現在に置いて語ることは無意味かも
    しれない。しかし、シンクロする部分もあるのではないか。

    安倍政権になってから、政府のやることに異論を唱えると
    「日本人じゃないだろう」「左翼か」との雑言を見かける
    ことが多くなった。

    何度も引用しているクロンカイトの言葉じゃないが、国の
    やることを無条件で受け入れるだけが愛国心じゃないと
    思うんだよね。

    言葉を封じ込めようとするのは、何も戦時下だけじゃない
    のだよなぁ。

  • 揚げ足取るヤツ、それの周囲で騒ぐヤツ、それを煽るヤツ、それを利用するヤツ。事件そのものは単純、些細だけど、周囲が騒ぎ立てて事態を悪化させて、結局、煽った本人の首を絞めるということ。

  • マイクロヒストリーという手法に感服した。

    愛国への道筋が違うことが、かくも大きな事件に発展していくとは。
    思想の違いと受容性について考えさせられる。

  • 将基面貴巳『言論抑圧 矢内原事件の構図』中公新書読了。

    『中央公論』掲載の「国家の理想」が反戦的とされ辞任に追い込まれた矢内原忠雄事件は戦前日本を代表する政治弾圧の一つだ。本書は歴史を複眼的に見る「マイクロヒストリー」の手法から、言論抑圧事件に関与した人物や機関を徹底的に洗い直し、その複雑な構造を明らかにする一冊。

    戦前の言論抑圧事件の構造とは、権力からのプレッシャーを軸に、右派国家主義者からの踏み込んだ攻撃と過剰なまでに遠慮する大学というもので、そのデジャブ感にくらくらしてしまう。

    矢内原失脚の要因には、当局の抑圧と国家主義者からの批判だけではない。すなわち、学部内の権力闘争や大学総長のリーダーシップの欠如も大きく関わっている。著者は大学の自治能力の欠如に、権力の過剰な介入を招いたと指摘する。

    矢内原事件の発端は、「国家の理想」という論考だ。キリスト者としての「永遠」の視座から現状を「撃つ」理想主義の立場から「現在」の国家を鋭く批判した。当時は日中戦争勃発直後で、大学人にも国家への貢献が強要されていた。矢内原事件は起こるべくして起こり、大学内からも「批判」をあびることとなる。

    弾圧のきっかけをつくったのは言うまでもなく蓑田胸喜だ。蓑田は通常、狂信的右翼で済まされるが(蓑田研究も少ないという)、著者は蓑田のロジックも丁寧に点検する。蓑田によれば矢内原の立場とは、新約聖書より旧約聖書を重視する「エセ・クリスチャン」(そして蓑田こそが真のキリスト教認識という立場)というもので、この論旨には驚いた。

    愛国という軸において矢内原も蓑田も一致する。しかし両者の違いは、蓑田が「あるがままの日本」を礼賛することであったのに対し、矢内原の場合は、現在を理想に近づけることとされた。二人の眼差しの違いは、キリスト者ならずとも、「あるがまま」を否定する度に「売国奴」連呼される現在が交差する。

    矢内原事件はこれまで矢内原の立場からのみ「事件」として認識されてきた。事件は事件である。しかしその豊かな背景と思惑を腑分けする本書は、およそ80年前の事件を現在に接続する。「身体ばかり太って魂の痩せた人間を軽蔑する。諸君はそのような人間にならないように……」(矢内原忠雄の最終講義)

    蛇足:矢内原事件に関連して、無教会キリスト者たちも一斉に摘発を受ける。しかしながら、矢内原の東大辞職に関しては、矢内原が伝道に専念できるとして歓迎的ムードであったというのは、ちょと「抉られる」ようであった。これこそ、「●●教は××」という通俗的認識を脱構築するものなのであろう。

  • カバンの中で眠っていた本。
    矢内原忠雄についてもっと知りたいとの思いから購入。
    事件当時の矢内原周辺の慌しさをマイクロヒストリーの観点から分析。内容はマニアック。読んでいる本人もマニアック。
    ということで、矢内原忠雄著作集を購入したくなった次第。

  • 将基面貴巳さん『言論抑圧 矢内原事件の構図』読了。
    日本における言論の自由の脅かされ方を知ることができました。
    山本七平のいうところの「空気」の、一つの形態なのかと思いました。
    2020年東京オリンピック開催決定の瞬間は、
    この種の生きにくさを強く感じました。
    そして、この1年間も、抑圧をひしひしと感じる・・・。
    矢内原事件は、1930年代の日本の出来事なのですが、
    今、この瞬間だからこそ読むべき。
    歴史を勉強しないといけない。

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    一九三七年、東京帝国大学教授の矢内原忠雄は、論文「国家の理想」が引き金となり、職を辞した。日中戦争勃発直後に起きたこの矢内原事件は、言論や思想が弾圧された時代の一コマとして名高い。本書は、出版界の状況や大学の内部抗争、政治の圧力といった複雑な構図をマイクロヒストリーの手法で読み解き、その実態を剔り出す。そこからは愛国心や学問の自由など、現代に通じる思想的な課題が浮かび上がる。
    --------------------

  • ・本書の分析手法:マイクロヒストリー=取るに足りない歴史上の出来事に詳細に光を当てる
     →どのような些細の事項も顕微鏡をのぞき込むように光を当てる

    ・愛国心における二分法
     →日本国のありかたそのものに対して疑義を挟むことなく、受け入れる(土方)
     →日本が掲げるべき理想を愛し、それと現実が乖離する場合は政府を厳しく追及する(矢内原)

    *矢内原事件のきっかけ(←1937年から言論抑圧が激化)
     ・蓑田胸喜による矢内原批判(原理日本)にて←あまり論理的ではないが、感情的でひきつけるものがある?
     ・経済学部内での派閥対立という構図→学長の長与は矢内原を擁護する方針を固めていた。
     ・しかしながら、文部省の圧力(大臣の進退問題にも関わるという)をうけて長与は擁護方針を撤回し、辞職へと舵を切らせる
     (自発的ではなくやむをえなく、矢内原を辞職させる)
     ←教授の人事権は名目上は内閣総理大臣(文官任用例規定)にあるが、実際には学長にあり究極的には総長の長与であった。

    言論抑圧とは→当事者には可視化されるが、周囲からは自然と消失される
    =「彼らにはその事実(言論抑圧)について公にする機会が奪われていた。言論抑圧が激化すればするほど、それに対する告発の場は公から姿を消していったのである。」

    <感想>
    久しぶりに歴史学の本を読んで「これはすごい!」とおもった作品
    本書はマイクロヒストリーという手法をとる事で矢内原事件を重層的に描き出す(①矢内原の内面、②経済学部内での抗争、③言論抑圧を巡る大学と文部省、④思想対立)ことに成功している。本書の筆者が中世西洋の専門という事が、かえって矢内原事件をクリアーに描く事に成功しているように思われる。
    価値の二分法(愛国心議論)などは現在日本でも考えるべきテーマだ

  • 日中戦争が勃発した戦中期。
    中央公論に掲載した戦争批判の論文が原因で東京帝国大学経済学部教授の職を辞した矢内原忠雄。
    戦前戦中期の言論弾圧事件の文脈で語られるいわゆる矢内原事件の構図を、当時の大学内部の教授たちの抗争や出版界の状況、政治の圧力といった複雑な力学まで目配せしつつマイクロヒストリーの手法で読み解いた内容。



    矢内原事件から浮び上がる言論抑圧の恐怖は弾圧そのものにあるのでなく、「言論が抑圧されている」という主張さえできないこと。沈黙させられている人は「沈黙させられている」ということについても言うことができない。これが多くの人に言論抑圧が認知されにくい原因でもあるというのが、怖い。


    しかし、東大経済学部教授たちの派閥抗争の件は正直読んでて飽きてしまった。それ自体知ったところでなんのためにもならない(知る必要もない)学者たちの勢力図と内部抗争のお話。学問の自由、大学の自治を看板に象牙の塔内でなにやってんだか・・、としか思えず、学者たちの嫌な雰囲気しか伝わってこなかった。
    ただ、この箇所を読まないと大学の自治制度の脆弱さ(学長のリーダーシップ如何による)が見えてこないし、外からの政治的圧力に対して大学として矢内原教授を守れなかった遠因にもなるのでもどかしい。言論抑圧をめぐる矢内原教授の辞職問題は、結局は’愛国心‘に関する深刻な対立なのだろう。愛国心は今日的テーマでもあるから、もっと考察が欲しかったが新書だから仕方ないか。。

  • 特定秘密保護法が、今日施行される。
    本書は、特定秘密保護法とは直接の関係はない。
    しかし、特定秘密保護法を、国民目線からは不完全な状態で強硬施行する政府と、選挙のさなかその政府与党が圧倒的多数で勝利するといった提灯記事を撒き散らすマスコミ、知識人といった力は、言論弾圧を生み出す原動力である。
    日中戦争勃発直後、東京帝国大学教授矢内原忠雄はその平和主義的主張を発表したことにより、辞職に追いやられる。
    現政権の意に沿わない政治的見解を持つ言論人が、一人また一人を影響の大きいマスメディアの舞台から下ろされていく。
    放送は公平に行うべきだ。偏った考え方の出演者が意見を述べることは好ましくない等々の理由によって。
    そして、沈黙させられていった人の意見は聞くことが出来ない。
    「沈黙させられている人は、沈黙させられているという事実についても発言することができない。」と著者は本書を締めくくる。
    しかし、いま、我々は一人ひとりが情報の発信者、伝播者となり得るツールをその手にしている。政府、メディア等の言論弾圧は過去にあったし、いまも正に行われているのかもしれない。しかし、それがあることを知って、必要な時にできることをする。それは国民としての権利であり義務であると思う。

  • 【新着図書ピックアップ!】1937年(昭和12年)、東京帝国大学の矢内原忠雄教授は、彼の論文「国家の理想」を原因として辞職した。これが「矢内原事件」である。学問の自由、大学の自治への政府による抑圧の一環として歴史的には位置づけられてきた。
     しかし当時「矢内原事件」をこのように解釈していたのは長与東京帝大総長だけであった。では実際に「事件」に関与した人びとは、「事件」をどのように理解していたのか・・・。
     筆者はマイクロヒストリーの手法により「事件」に係わった人びとの考えや出版界、大学内部の実情を丹念に明らかにしていく。
    「歴史の真実とは何か?」を多角的な視点から探る一冊。

    【New Book!】In 1937, Professor Tadao Yanaihara resigned from Tokyo Imperial University because of his thesis. This, Yanaihara Incident, was historically regarded as one of the oppressive measures taken by the government against freedom of science and university autonomy.
     On those days, however, President Nagato was only one person who recognized the incident from such context. How other concerned parties actually grasped the situation?
    By micro history method, this book tells us what really happened in a historical light from multiple perspectives.

  • 勉強になりました。

  • 本が出た頃に、本屋の店頭で気になって、(図書館に入るのを待てず)買ってきて読む。父が読むというので、貸す前にメモ。

    1937年の「矢内原事件」が、なぜどのようにして発生したのか、その事件はいかなる出来事として当時の日本社会において理解されたのかを、マイクロヒストリーの手法で明らかにしようとした本。

    マイクロヒストリーは、「一見、取るに足りない出来事の詳細に光を当てる歴史学の分野」(p.10)だそうである。
    ▼本書が、矢内原事件を仔細に解剖することで摘出しようとしている思想的問題はふたつある。その第一は愛国心の問題であり、第二は学問の自由と大学の自治という論点である。…(略)…
     これに加えて第三の問題として取り上げたいのは、あるひとつの過去の事件を、相対的に大きな歴史的流れの中に位置づけて捉える場合と、その事件がその当事者にとってどのように理解されていたかを歴史的に再構成する場合との間に生じる認識のズレである。(p.13)

    著者も指摘するように、矢内原事件は一般に「戦前・戦中の当局による言論抑圧(ことに帝大粛清運動)の一環として、近代日本史の暗黒面を象徴するものとされている」(p.4)

    だが、著者が当時の言論を詳しく調べて論じるところによれば、矢内原事件は「必ずしも学問の自由や大学の自治に対する侵害という意味での言論抑圧事件としては認識されていなかった」(pp.210-211)。そのように認識していた当事者は、東京帝大総長であった長与又郎くらいであったという。

    矢内原事件に至る数年は、こんなことがあった。1931年は昭和6年で、1937年は昭和12年である。

    1931年9月 満州事変勃発
    1932年5月 5.15事件(犬養毅首相暗殺)
    1932年9月 日本は満州国を承認
    1933年2月 国際連盟が満州国不承認を決議
    1933年3月 日本は国際連盟を脱退
    1936年1月 日本はロンドン軍縮会議を脱退
    1936年2月 2.26事件(蔵相高橋是清ら暗殺)
    1936年11月 日独伊防共協定
    1937年6月に近衛文麿内閣発足
    1937年7月 日中戦争勃発(盧溝橋事件)

    ▼この六年間、矢内原の時論は、戦争と平和、満州問題を中心に展開している。すなわち、彼の言論活動は、日本の満州政策、国際的孤立化と対中関係の悪化という一連の諸問題に対応するものであった。しかし、それは政策論のレベルにとどまるものではなく、当時の日本の精神状況に対する、より根源的な批判であった。「支那問題」を論じては、日本軍国主義を批判し、「日本精神」を論じては、天皇が神ではないことを弁証したのである。(p.30)

    そして、著者が第一の思想的問題としてあげる「愛国心」について。矢内原の愛国論は、「国家の根本原理としての正義」というものだった。

    ▼矢内原にとって、国家を国家たらしめる根本原理としての理想は正義にほかならなかった。ただし、正義とは「国家の製造したる原理ではなく」、「反対に、正義が国家を存在せしむる根本原理である」。国家が正義の内容を決定するのではなく、正義が国家を指導すべきなのである。…(略)…
     国家の理想としての正義は国内的にも国外的にも発言されなければならないが、そうした国内外共通の正義とは平和であると矢内原は主張する。国家間の平和であり、国家内では貧者や弱者を保護する社会の成立・運営を意味する。(pp.42-43)

    この理想を基軸とした矢内原の「愛国」は、雑誌などで矢内原を攻撃した右翼の蓑田胸喜などが信ずる「愛国」とは違っていた。蓑田にとっては「あるがままの日本」を認め、賛美することこそが愛国だったが、矢内原にとっては、「あるべき理想」に国を近づ... 続きを読む

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一九三七年、東京帝国大学教授の矢内原忠雄は、論文「国家の理想」が引き金となり、職を辞した。日中戦争勃発直後に起きたこの矢内原事件は、言論や思想が弾圧された時代の一コマとして名高い。本書は、出版界の状況や大学の内部抗争、政治の圧力といった複雑な構図をマイクロヒストリーの手法で読み解き、その実態を剔り出す。そこからは愛国心や学問の自由など、現代に通じる思想的な課題が浮かび上がる。

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