毛沢東の対日戦犯裁判 - 中国共産党の思惑と1526名の日本人 (中公新書 2406)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121024060

感想・レビュー・書評

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  • この本の中にわたしの祖父の名前が3度出てくる。
    が、わたしは生前の祖父がこのような経験をしていたということは1年半前までまったく知らなかった。

    思いはいろいろある。わたしが知っている祖父と軍人時代の祖父。同一人物であることは確かなのに、まるで同一人物とは思えない。わたしが知っている祖父は自ら人を殺したり、命令して人殺しをさせたり残虐な行為を犯したりするような人には到底思えなかった。が、これらのことは事実なのだ。祖父の経歴を見ると決してエリートだったわけではなく、召集されて軍隊に入っている。その人間が軍隊の中で出世をする、ということは、敵を倒した功労者である、要するに人をたくさん殺している、という事実に他ならないからである。

    中帰連の人たちは中国で「洗脳」された、という文章がネットの中で氾濫している。だとすると、わたしの祖父は生まれながらの「人殺し」だった、ということになる。それは違うと思う。そのことについて、この本の最後の方「洗脳」だったのか、という項に書かれている。国友さんという人の言葉だ。

    「人は誰であれ生まれながらに「思想」などありはしない。純粋で真っ白な状態でこの世に出てくる。しかし生まれてくるその世界は、それが単一であるか多様であるかは別として、すでにできあがった価値観や道徳観によって占められている社会なのである。だから、人間は成長する過程で身の回りの既成の生活環境や社会環境を受け入れながら育っていくことにならざるを得ない。それは誰であれ絶対に避けられないことであり、その人の責任ではない。別の言葉で言えば、人間は次第に「染脳」されながら成長していくのである。」

    わたしが知っている、わたしの祖父の生前の姿を思い浮かべると、この言葉は本当にそうであったとしか思えない。そして人間としては、人を殺した、人を殺せと命令した、残虐な行為をしたことはいくら戦争だったとはいえ、反省せねばならないことだと思う。その経験ができたことは、非常に稀なことだった。もちろん中国の思惑もあるだろうが、しかし、そうすることでしか真の平和は築けないのではないだろうかとわたしは思っている。他国を引き合いに出すのは好きではないが、ドイツは国を挙げて自らの加害の歴史を今でも「記憶」し続けようと努力している。逆に日本は「加害」の歴史を「なかったもの」として葬り去ろうとしている。この違いはなんなのか。

    とはいえ、ドイツの例をそのまま日本に当てはめることはできない。ドイツの隣国は地続きだし、日本は違う。日本と中国は国のイデオロギーが違うということも大きいだろう。しかも戦後は「共産党」も日中間で対立し、その結果、中帰連も日中友好協会も内部分裂している(ここら辺の話はこの本に記載されているが、面白かった)。中帰連の人たちの中国への「依存体質」はわたしはちょっと違和感を覚えるが、それはもう人間の心理として仕方がないことなのかも知れない。そしてそれをうまく言い表している言葉が上に挙げた国友さんの言葉なのだろう。が、自分に父親という近しい存在ならともかく、孫のわたしはそのことは最早関係がない。わたしは中国に対して恩義はまったく感じていない。

    が、加害の記憶を継承することは、三世であるわたしの務めだと思っているし、中国(だけじゃなく朝鮮半島にも)には「二度と繰り返しません」と言い続けるべきだと思う(日本政府が。わたし個人じゃなく。わたしがすべきことは、謝罪を求める人に対しては謝罪をするように、そして二度と繰り返さないと言うことを日本政府に対して要求すること)。そのことこそが近隣国と戦争を再び起こさない一つの方法だと強く思っている。

    わたしが気が付くのが数年早ければ、、祖父はもうとうの昔に亡くなっているが、少なくともずっとそばにいた祖母の話は聞けたかも知れない。祖母は数年前に亡くなってしまった。それを思うと非常に残念だ。

  • 山西省太原では残留日本兵が国民党側で共産党と戦った。
    その時日本軍は帰国が促されていたため、軍をやめて自主的に残るという形をとったため、帰国後の恩給の資格がないとされた。
    日本赤十字社が戦犯帰国には大きく寄与していた。もともとは日中友好協会と日本平和連絡委員会の民間三団体での交渉を中国側は望んでいたが、中国側に近い二団体は外された。

  •  撫順戦犯管理所や山西残留日本軍等、これまで自分が持っていた断片的な知識がつながった。戦犯処理は、管理所職員を含む「人民の義憤」にも拘わらず、毛沢東・周恩来という最高指導部レベルの指示で、かなり寛大に扱われていたようだ。歴史問題をめぐる摩擦が絶えない近年の日中関係と異なり、当時は、「二分論」も含め、中国側に戦犯の寛大な処理と帰国を対日関係改善に政治利用する動機があったということだろう。
     一方、戦犯たちは「服法認罪」により「洗脳」されたのか。帰国後の戦犯たち全ての一人ひとりの頭の中を覗くことはできないが、少なくとも中帰連の中心スローガンは「反戦平和・日中友好」であった以上、本気で「思想転換」した者はいたようである。それを「洗脳」と呼ぶかはともかく。他方、自覚的に中帰連の政治思想と相容れなかった者や、経済的要求を重視する路線もあったとのことだ。
     なお、映画「ラストエンペラー」では、戦犯管理所の所長が文革期に批判されている場面があるが、同様のことが現実にもあったとは初めて知った。

  • 先の戦争における中国での日本軍について90年代ごろに左右の勢力による論争が続いた。結局のところイデオロギーが背景にあるだけにドロ沼となったのだが、日本においては未だにこの問題はときどき吹き出す。
    要は「歴史」になっていないということなのだろう。「学問的には決着がついている」と言う論者もいれば「未来志向で」と言い淀む政治家も多いが、国民的な合意には程遠い。
    本書はその中で冷静に事実を集約した歴史考察といえると思う。戦後この課題がどのような推移を辿ったのかがよくわかるが内容は硬い。いまだに日本にとっては重い歴史的課題であることを再認識させてくれる重苦しい読後感が残った。

    2017年3月読了。

  • 毛沢東が日本人戦犯をどのように扱ったかについて、詳細に書いてある。撫順組と太原組の戦犯である。朝日新聞の夕刊にもちょうどこの本が取り上げられている。

  • 筆者は中国帰還者連絡会の理事であった国友氏の「中国政府の我々戦犯に対する政策には道理がある。人を人として扱わず残酷な手段で殺傷し、手柄を立てたと思って高笑いするような思想を捨て、侵略戦争の罪を認め、被害者に謝罪して、再び人殺しの銃剣をとらないことを誓うことこそ、人間の尊厳を知った者の正しい行為ではないだろうか。」を引用している。日中友好を貫いた国友氏であったが、この思いは私としては納得できない。毛沢東は中国人民をどれだけ情け容赦なく殺したことか。毛沢東は人間の尊厳など思いもつかない極悪人であったと想う。

  • 329.67||Os

  • 書籍についてこういった公開の場に書くと、身近なところからクレームが入るので、読後記は控えさせていただきます。

    http://www.rockfield.net/wordpress/?p=8619

  • 1950年代、満洲国や日中戦争などに関与した日本人1526名が、建国直後の中国で戦争犯罪人とされた。戦犯管理所では5年間に3段階の思想改造が行われた結果、裁判での死刑はなく、東京裁判やBC級戦犯裁判と比べ、極めて寛大な判決が下される。その背後には何があったのか。新たに公開された史料から、戦犯らの犯罪行為、思想改造、日本人への怨嗟が渦巻く中、毛沢東や周恩来ら指導者が抱いた思想と戦略を明らかにする。

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