ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

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著者 : 水島治郎
  • 中央公論新社 (2016年12月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121024107

ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)の感想・レビュー・書評

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  • 2017年。トランプ大統領誕生。英国がEUから離脱した。欧州で吹き荒れる反EU・反移民の声。ナショナリズムと自国利害中心主義の潮流は世界をどこに運ぶのか。今年の重要なキーワードとなるのが「ポピュリズム」だろう。本書はポピュリズムの特徴と成立背景を、南北アメリカと欧州の事例を引いて分析し、ポピュリズムがもつ二面性(抑圧と解放)とデモクラシーが孕む逆説を明らかにした良書。


    まず、ポピュリズムとは何か。二つの定義がある。1)直接国民に訴える政治手法。2)既成政党やエリートを批判し国民をひとつにまとめる下からの政治運動。本書は現在の世界の大衆迎合主義をエリート批判を中心にする下からの政治運動と捉え、エリートと国民の対比のなかで展開される政治運動としてポピュリズムを分析している。
    興味深いのが、ポピュリズムがもつ二律背反な特性だ。ラテンアメリカの事例からポピュリズムが社会を活性化させる効果を指摘している。これを著者は解放型ポピュリズムという。国内における圧倒的な経済格差と民主主義の未成熟にあるラテン諸国は、労働者や貧困層を基盤とし、社会経済上の平等を求める分配型のポピュリズムを志向する傾向がある。ここでは富を独占する外資や大地主、彼らと癒着した政治家やエリート層が攻撃対象となる。これにより停滞した既成政党に緊張感を与え、幅広い層の政治参加と既成政治に改革を促す契機となりポピュリズムは各々の民主主義にとって良い意味がある。


    これに対して欧州は逆に抑圧型のポピュリズムだという。福祉国家の発達により再分配が進んだ西欧は、ラテンアメリカのような貧富の差は少ない。むしろ公共部門から便益を受けている人々(公務員・生活保護受給者・福祉給付の対象者や給付対象者となりやすい移民、難民など)が批判の標的となる。さらにそれを許容し支援する既成政治家やエリート層がポピュリズム政党の格好の攻撃対象である。つまり国家による再分配の受益層とそれを助けるエリートが「特権層」とみなされる。ここに切り込み引きずり下ろすことを主張するのが欧州ポピュリズム政党の特徴である。


    そして最も興味深く且つ頭を抱えたくなる問題は、現代のポピュリズム政党のリベラル性であり、デモクラシーとの親和性である。
    本書では欧州各国のポピュリズム政党の誕生から躍進までの過程を歴史を踏まえ丁寧に辿っている。元ナチ協力者の生き残りや極右が結成した党として出発した政党が、徐々にデモクラシーの枠内でリベラルに転向し、有権者の支持を獲得することに成功したポピュリズム政党(フランス・ベルギー・オーストリア)。設立当初から民主制のなかでリベラル型の政党として進化してきたポピュリズム政党(オランダ・デンマーク・スイス)。などなどお国柄各国様々な成立背景がある。

    ここから分かる厄介なことは、リベラルゆえの「不寛容」。デモクラシーゆえの「親和性」。という問題である。
    現代のポピュリズム政党は民主主義の理念やリベラルな価値を援用して排除の論理を正当化する。つまり人権尊重、男女平等、政教分離といったリベラルな価値に基づいて、男女平等や個人の自由を認めない政教一致なイスラム教を批判する。エリート支配への批判、民衆の政治への直接参加といったデモクラシーの理念に基づき、国民投票を行い、急進的な政策を押し通し既成政治打破を訴える。
    実はデモクラシーやリベラルの論理を突き詰めれば詰めるほど、反イスラム排斥を訴えるポピュリズム、純粋な民主主義を訴えて国民投票でマイノリティ排除やEU離脱を決めてしまうポピュリズムの主張を正当化してしまう。西欧のポピュリズム政党の事例からみえてくるのはこうした矛盾だ。ポピュリズムはデモクラシーの内なる敵という意味もここにある。世界は今後このパラドックスと向き合わないといけない。やっかいな話だ。はあ。

    2017年を占う上で非常に役立つ内容。

  • 「この厄介な珍客をどう遇すべきか。まさに今、デモクラシーの真価が問われているのである」

    結びの言が重苦しく心中を巡ります。ヨーロッパやラテンアメリカで台頭するポピュリズムについて詳述した本ですが、読みながらそれらの出来事を対岸の火事と眺めていた人はいないと思います。「日本にもこの波が迫り来ている」、その確信こそがこの本を手に取らせるのでしょう。

    極端に過激で差別的な主張であれば、一般大衆に大きく広がることはないでしょうし、真っ向から否定することも可能です。しかし、ポピュリズムの厄介な点として、著者も再三にわたって指摘するのですが、「『リベラル』な『デモクラシー』との親和性が高い」という点が挙げられます。すなわち、ポピュリズムは広く承認されているリベラルやデモクラシーといった体制の中で主張を展開し、排除の論理を正当化しようとするのです。

    「人民」ということばが秘めた危うさにも目が向けられています。「われわれ人民」と言った時、そこには「われわれ」ではない者を排除する排他的な思考が隠されています。「○○ファースト」と言えば、そこには「○○」ではない者への差別、偏見、排除へとつながる危険性が隠されています。ポピュリストのことばには敏感でいたいものです。

    分かりやすく、一見耳障りのよい主張に惑わされてはいけないと思います。そこに差別や排除の論理は隠れていないのか。そのことばに「責任」はあるのか。ポピュリストを伸長させるのが私たちの一票ならば、それを食い止めるのも私たちの一票なのだ。そのことを忘れずに政治を注視していきたいと思います。

  • 本書は、現在、世界的に広がりつつあるポピュリズムについて俯瞰的に眺め、ポピュリズムとデモクラシーの関係や今後の行方について考えるための一冊。

    本書の帯に「世界を揺さぶる「熱狂」の正体」とあるが、本書はまさにポピュリズムなる「熱狂」を、「一方的に断罪せず、その本質を見極めよ」(本書の帯より)と訴える。本書は、ポリュリズムについて考えるための第一歩として手に取れる一冊だ。

    本書を読み進めていくと、うすら寒いものさえ感じる。本書で取り上げる事例は、多くがヨーロッパ諸国におけるポピュリズムであるが、西洋近代的価値観を共有する日本でもまた、似たような事例をいくつも思い浮かべてしまうからだ。

    ここに描かれたのは、主に西洋近代的価値観を持つヨーロッパ諸国のポピュリズムの姿だが、これが明日の日本の姿なのかもしれないという思いは拭きれない。だからこそ、ポピュリズムとの向き合い方を考える上でも、さまざまな示唆に富む一冊でもある。

  • ヒステリックに否定したりせず価値中立的かつていねいにポピュリズムの概要と実例,その影響まで説明していると思う。ヨーロッパとアメリカの最新事情だけでなくラテンアメリカにおける起源までしっかり遡れていて視野が広がる。東京議会選の結果を見ると今後注目されること間違いなしの分野なのでヒットしてほしい。

    (ポピュリズムの定義)
     ポピュリズムの定義は大まかに分けて二種類ある。①政党や議会を迂回して有権者に直接訴えかける政治手法という定義。②人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動という定義。基本的にイデオロギー性は薄く,ポピュリズムを具体的な政策内容で定義するのは難しい。したがって,近年欧米諸国で台頭しつつある「ラディカル・デモクラシー」の運動(イギリスのコービン,アメリカのサンダース,フランスのメランションなど)は一見するとポピュリズムの政治姿勢と対照的であるが,共通点も多いといえる。
     ポピュリズムは民主主義の敵のように扱われることが多いが,民主主義というよりも,代議制民主主義(間接民主制)への攻撃を行う点にポピュリズムの特徴がある。民主主義における法の支配や権力抑制を重視する「実務型」の民主主義の解釈を行う者にとってはこの点が危険視される。特に問題となるのは,多数決原理を重視しすぎるあまり少数派の権利が脅かされることである。
     ポピュリズムも悪いことばかりではない。野党としてのポピュリズム政党の存在は,排除されてきた社会集団の参加を促し,かつ既成政党に緊張感を与えることで,デモクラシーの質を高める方向に作用する。たとえばポピュリズムの起源となったアメリカ人民党は,19世紀末の「金ぴか時代」に独占資本主義の弊害を解消するべく立ち上げられた政党であったが,既存の政党が「革新主義」改革を掲げるきっかけをつくり,やがて既存の政党が改革に着手すると支持を失って消滅していった。逆にポピュリズム政党が政権を獲得し,さらにそれが安定的なデモクラシーを実現していない国の場合では,ポピュリズムがデモクラシーに対する脅威として立ち現れる。その典型例がクーデタにより憲法を停止したペルーのフジモリ政権である。フィリピンのドゥテルテ政権にも同種の傾向が見られ注視が必要である。

    (ラテンアメリカ)
     ポピュリズムの起源はアメリカ大陸である。アメリカ合衆国における人民党の成立が起源であるが,ラテンアメリカでは実際にポピュリズム政党が政権を獲得し,さまざまな改革を進めていった。ラテンアメリカにおけるポピュリズムの台頭を考える際に重要な背景は,この地で歴史的に形成されてきた社会経済上の圧倒的な不平等である。寡頭支配層の権力独占に終止符を打った直接の契機は世界恐慌にともなう一次産品の輸出減少であり,その後アルゼンチンのペロン政権に代表されるようなポピュリズムの嵐が巻き起こった。現在のラテンアメリカは一人当たりの国民所得で見おるかぎりでは中進国に位置するが,所得分配の在り方に目を転じると厳しい不平等が残っている。そのため,ポピュリズムが台頭する土壌は残されていると言える。ベネズエラのチャベス政権もポピュリズム政権に分類できる。

    (ヨーロッパ)
     1970年代以降,ラテンアメリカで下火となったポピュリズムは,舞台を変えてヨーロッパで台頭するようになった。理由は次のようなものが考えられる。①冷戦の終結にともないイデオロギー対立が消滅したため。革新政党のアイデンティティ喪失はもちろんのこと,保守政党も「反共の砦」としての地位を失い,それまで黙認されてきた腐敗が取りざたされるようになって,既存政党全般が大きなダメージを受けた(例:イタリア)。②組織・団体の弱体化。→このように既存の政党・団体が弱体化し,社会に対する把握力が大きく低下したことで,政党エリートや団体指導者がもはや「私たちの代表者」として認識されず,「彼らの利益の代弁者」として位置づけられるようになってしまった。これを受け,現在のポピュリズム政党は❶組織の力に代わってメディアの力を援用する。❷デモクラシーの理論を否定するのではなく積極的に援用して既存政党の「非民主性」を強調する。❸ラテンアメリカのポピュリズム政党と同様に「特権層」を攻撃し「分配」を求めるが,富裕層を攻撃して「分配」を求めるというよりも,既存の制度による再分配によって保護された層を「特権層」とみなし攻撃する作戦をとっている。特に❷は重要である。ヨーロッパを代表するポピュリズム政党として,フランス:国民戦線(FN),オーストリア:自由党,ベルギー:VBなどを挙げることができるが,これらは極右由来であり,もともとナチズムとも親和性があった。これに対し,デンマーク:国民党や,オランダ:フォルタイン党→自由党は極右由来ではなく,FNなども現在では主張を転換しつつあるため,ポピュリズム=極右という位置づけは必ずしも現在の実態とは一致しない。カリスマ性のある政治家による独断専行に陥りがちであるという批判も,リーダーの交代を経てなお影響力をもつポピュリズム政党があることを考えると,必ずしも正当ではない(例:橋本徹はエリート文化批判を行うなど多くの点でポピュリズム政治家と共通点を持つが,彼が辞任した後もその政党は一定の影響力を保持している)。

    (デンマークとオランダ)
     デンマークとオランダといえば,近年の日本でしばしばモデルとして扱われてきた代表的な国である。デンマークは障碍者をめぐる「ノーマライゼーション」を進めた福祉先進国であり,風力発電が発達した環境先進国としても頻繁に参照される。またオランダは二十一世紀初頭には時短と賃金抑制をセットにしたいわゆる「ワークシェアリング」の発祥の地,「オランダモデル」の国として知られ,最近はワーク・ライフ・バランス政策や同一労働同一賃金を進めた国として,やはり重要なモデルとされている。しかし同時に,この二国は反移民を掲げるポピュリズム政党が二十一世紀に入って躍進を遂げた国でもある。しかもポピュリズム政党は閣外協力などのかたちで政権に力を貸し,強い影響力を与えてきた。その結果,両異国の移民・難民政策は大幅に厳格化されており,今やこの二国は,ヨーロッパで最も移民に厳しい国に分類される。上述のとおり,デンマークやオランダのポピュリズム政党は極右に起源をもっていない。たとえば,オランダのフォルタインは,自らの名を政党名として掲げたユニークな政治家であるが,彼は他のポピュリズム政治家と同様にイスラームを後進的な宗教として断じ,ヨーロッパの自由主義とは相容れないものと位置づけた。ただし,これには彼自身が同性愛者であり,同性愛を迫害するイスラームは認めないという背景がある。(フランスのFNのルペンも,同様に同性愛者の差別を敵視し,また自ら離婚を経験した女性として社会の不平等を攻撃する立場をとっている)。フォルタインが射殺されたのち,その地位を引き継いで現在も高い知名度を誇るのが自由党のウィルデルスである。彼の政党は他の党員の存在を認めない「一人政党」として異彩を放っている。

    (スイス)
     国民投票・住民投票が即民主主義の否定につながるわけではないが,既存の政治家や官僚組織を飛び越え,国民が直接意思決定をすべきであるという考え方が,ポピュリズムと同じ根を持つことは否めないだろう。また,国民投票の結果が強い力で立法府や行政府を拘束するということは,それが社会改革を妨げたり,不寛容政策を促したりする原動力にもなりうるということである。ポピュリズムの台頭につながった例としてスイスを挙げることができる。スイスの女性参政権の導入は1972年と遅いが,これは国民投票によって50年代の選挙制度改革が妨げられた結果である。2009年にはミナレット禁止条項が成立し,憲法が改正されている。フランスと同様,スイスでも公共の場におけるブルカの着用が禁止されている。

    (イギリス)
     イギリス独立党(UKIP)ははじめ泡沫政党として扱われていたが,他の極右政党に代わる「節度あるオルタナティブ」としてその支持を吸収していき,ついにはイギリスのEU脱退決定に強い影響力をもつほどの政党に成長した。彼らがターゲットにしたのは,「本当は極右政党に投票したくないが,自分たちのために動いてくれる政治家は他にいない」という疎外感を持っている「置き去りにされた(left behind)」人びとであった。党首のファラージは決して貧困層の出身ではなかったが,パブで労働者の意見を聞いて回る姿をメディアで流すなどのイメージ戦略に成功し,ブレア改革により変質したと考えられた労働党に代わる労働者階級の立場を守る政治家として台頭したのである。アメリカのトランプ旋風においても,「ラストベルト」と言われる貧困地域の労働者が大きな役割を果たしたと言われている。

  • 著者の水島治郎氏は、オランダ政治史、ヨーロッパ政治史を専門とする政治学者。
    今年2016年は、英国でEU離脱を問う国民投票で離脱賛成票が過半数を占めたこと、米国大統領選挙で公職経験のないトランプが当選したことなど、世界の潮流のターニングポイントとなった年と言えようが、それらの背景には近年の先進各国におけるポピュリズムと呼ばれる政治運動の躍進がある。
    私はそうした世界の潮流の変化に懸念を抱くひとりであるが、一方で、BREXITもトランプの当選も、民主主義の根幹である多数決(米国大統領選挙の仕組みは少し違うが)の結果であることに違いはなく、所謂ポピュリズムと民主主義の違いは何なのか、疑問に感じてきた。
    著者は本書の目的を「この現代世界で最も顕著な政治現象であるポピュリズムを正面から取り上げ、解明を試みることである」と述べ、ポピュリズムを理論的に位置付けた上で、ヨーロッパやラテンアメリカの具体的な事例を分析しつつ、それを明確にしてくれている。
    本書の主張は概ね以下である。
    ◆ポピュリズムの定義には、大きく、①固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル、②人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動、の2つがあるが、現代のポピュリズムの多くは②の性格が強い。
    ◆近代デモクラシーには、「立憲主義的解釈」と「ポピュリズム的解釈」の2つの解釈がある。前者は、法の支配、個人的自由の尊重、議会制などを通じた権力抑制を重視する立場で、「自由主義」的な解釈。後者は、人民の意思の実現を重視し、統治者と被治者の一致、直接民主主義の導入など、「民主主義」的要素を前面に出す立場。どちらをとるかでポピュリズムへの評価が変わるものの、ポピュリズムはデモクラシーを否定するものというより、むしろその一つの重要な側面、即ち、民衆の直接参加を通じたより良き政治を積極的に目指す試みと密接につながるものである。
    ◆現在のポピュリズムは、かつてのフランス等に見られた極右的、反民主的な姿勢を事実上払拭した上で、他の政党と同様、民主政治の通常の参加者として、既にその地位を確保している。そして、現代デモクラシーの依拠するリベラルな価値、デモクラシーの原理を積極的に受け入れつつ、リベラルの守り手として、男女平等や政教分離に基づきイスラムを批判し、また、デモクラシーの立場から、国民投票を通じ、移民排除やEU離脱を決するべきとのロジックを展開する。つまり、現代のポピュリズムは、デモクラシーの「内なる敵」として現れているのであり、その論理を批判するのは容易ではない。
    ◆更に、現代のポピュリズムには、既成政党に緊張感を与え、沈滞した既成政治に改革を促し、活性化させる効果も指摘されており、ポピュリズム政党と既成政党が対峙しつつ、争点を明確にして有権者の支持を競うのであれば、デモクラシーにとって一定の意味を持ち得る。
    21世紀のデモクラシーは、好むと好まざるとにかかわらず、この手ごわい「内なる敵」と正面から向き合い、いずれは乗り越えねばならないが、まずはその「内なる敵」を理解するために、大変有意義な一冊と言える。
    (2016年12月了)

  • イギリスのEU離脱、反イスラムなど排外主義の広がり、トランプ米大統領誕生……世界で猛威を振るうポピュリズム。「大衆迎合主義」とも訳され、民主主義の脅威と見られがちだ。だが、ラテンアメリカではエリート支配から人民を解放する原動力となり、ヨーロッパでは既成政党に改革を促す効果も指摘される。一方的に断罪すれば済むものではない。西欧から南北アメリカ、日本まで席巻する現状を分析し、その本質に迫る。

  • そもそものポピュリズムの定義やその潮流を知ることが出来た。
    腐敗した二大政党制に対する第三局としての、ポピュリズム政党が台頭したという説が面白い。それなら、無党派層と呼ばれる人たちは、従来の団体ベースの社会的亀裂が崩れたことで生まれたと考えられる。そうなら、直接民主制の価値を感じる。

  • 2017/11/1

  • これまでの議論がコンパクトに纏められており、大学教養レベルの読書として日本語で読むには最適な内容だと思う。ただ従来の議論や研究領域に紙面が割かれていて読書としてはしりすぼみ感。古くの米国人民党の背景は歴史を知る上で大切かもしれないが、ベルギー・オランダあたりはもう少しコンパクトでもよかった。後半のEU、ブレクジット、英仏のポピュリスト政党の動き、トランプ誕生の辺りは、出版直近の出来事とはいえやや小走りになっている印象。もう少し広く最近世界で取りざたされているポピュリストと言われる人々・組織(スペインのポデモス、イタリアの五つ星運動、ハンガリーのオルバーンなど)にも触れて欲しかった。その物足りなさからヤン=ヴェルナー・ミュラーの同タイトル書を購入してしまった。

  • デモクラシーの危機として語らえるポピュリズムが実は、デモクラシーのひとつの重要な側面である「民衆の直接参加を通じたよりよき政治を積極的に目指す試み」と密接につながる。すなわち、現代のポピュリズムは、いわばデモクラシーの「内なる敵」として立ち現れているという指摘は非常に意義深い。
    ポピュリズムを全面的排除するのではなく、デモクラシーの「活性化」という効用を認めつつ、その暴走のリスクを以下に抑えるかという局面に現在はある。もちろん、日本もまた例外ではあるまい。

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