満州事変はなぜ起きたのか (中公選書 22)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121100221

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  • 満州事変が日中戦争、そして太平洋戦争を引き起こしたとは言えないが大きな要因の一つになっている。ではなぜ満州事変は起こったのか。

    15年5月9日袁世凱は対華21カ条要求を受けいれた、この日は後に国恥記念日になっている。また五四運動という大規模な反日運動を引き起こした。日本国内でも吉野作造が「最小限度の要求」と読んだように議会や世論はこの要求を当然のものと見なしていた。ドイツから奪った山東省の権益や満州の権益のみならず調印時には中国に対する内政干渉とも言える第5条も戦勝国日本にとっては無理な要求とは映らなかったと言うことだ。

    辛亥革命後の中国は南に孫文の革命派、北に安徽派、直隷派、奉天派などの軍閥が主導権争いをしておりこれらの勢力と日本軍は互いに利用しあう関係であった。例えば孫文も金銭援助の代わりに第5条に近い内容を受け入れる中日盟約を交わしている。

    日中間の人的交流は拡大し満州在留日本人は1915年には10万人を超え、満州事変直前の1930年には23万人に増えていた。対華21カ条要求に反対する日貨排斥運動や五四運動など民族自決権に目覚めた中国の大衆運動と政府に対し対中強硬政策を要求する日本の世論は交流の増加とともに摩擦の増加も増えていた。

    ワシントン会議で中国は21カ条の撤廃を目指したが米英はまだ日本に配慮しており、アメリカが排日土地法を成立させるなど日米間の関係は悪化していたが対中国ではまだ協力の余地はあった。しかし、中国の排外主義の高まりとともに各国の思惑がずれていく。

    蔣介石は国共合作を果たし北伐による中国統一を目論む。この際日本は満州権益を守ることを優先し中国本土では中立、満蒙の張作霖は援助するという方針だった。しかし、済南事件で日中両軍が衝突した結果中国は列強を分断し日本を孤立させる方針に転換していく。

    アメリカは元々親中的でワシントン条約の順守には消極的で不平等条約とはいえ中国の条約違反に寛容だった。イギリスはむしろ親日的だったが中国で頻発するデモや暴力事件に対し日本が軍事力を行使し治安を維持することを期待していた。この時まで幣原、重光の日中協調派はワシントン条約を尊重し内政干渉を避けていたが、イギリスの日本への不満がたまりまた国内では弱腰に対する国民の不満が膨らんだ。

    河本大作による張作霖爆殺は満州権益に手を出そうとする奉天政府に対する実力行使だったが日本の孤立化をますます勧めた。排日運動により深刻な被害を満鉄関係者がうけ大量の失業者が生まれる。「満蒙は日本の生命線」と松岡洋右が流行らせた言葉は利権と失業対策であった満州の問題を日本の権益が「全満蒙をおおっていると」すり替え、関東軍がこの松岡的理論を取ることにより日本の国際的な立場は弱まった。

    最終的には関東軍が暴走するのであるが、その背景にあるのは対外的にはイギリスを味方に引き止められなかった外交力の弱さであり、国内では対外強硬的な世論が軍部を後押しするのを止められなかったことだ。国際的な孤立、好戦的な国内世論そして暴発する一部の軍人、満州事変から日中戦争への道筋が作られていった。

  • 複雑な国際関係の中で昭和初期の外交がなぜ敗北し「満洲事変」という軍部の暴発に至ったのかを日露戦後の大衆社会の誕生から整理して筋道を立てて説明している。本書は簡潔で的を射ていると思うが、それでも辛亥革命以後の中国情勢を理解するのは本当に難しい。理由の一つは当時の中国側資料にアクセスすることの困難さがあると思うが、これは現在の共産党政権が倒れでもしない限り、かなり難しいだろう。著者は慎重に当時の外地でのメディア資料なども用いて実証的に迫ろうとしている。日貨排斥運動などについて当時の国際世論から言っても中国側がかなり酷いことをしていたのがよくわかる(それが事変の正当化にはつながらないことは著者も言うとおり)。また米英の微妙な対中、対日スタンスについてもかなり踏み込んだ説明がなされており、勉強になった。

著者プロフィール

1948年生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所主席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。著書『昭和戦前期の政党政治』『天皇・コロナ・ポピュリズム』(以上、ちくま新書)、『昭和史講義』『昭和史講義2』『昭和史講義3』『昭和史講義【軍人篇】』『昭和史講義【戦前文化人篇】』『昭和史講義【戦後篇】上・下』『明治史講義【人物篇】』『大正史講義』『大正史講義【文化篇】』(以上編著、ちくま新書)、『戦前日本のポピュリズム』(中公新書)、『近衛文麿』(岩波現代文庫)、『満州事変はなぜ起きたのか』(中公選書)、『帝都復興の時代』(中公文庫)、『石橋湛山』(中公叢書)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など。

「2022年 『昭和史講義【戦後文化篇】(下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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