ぷちナショナリズム症候群: 若者たちのニッポン主義 (中公新書ラクレ 62)
- 中央公論新社 (2002年9月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121500625
感想・レビュー・書評
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著名な作者の著名な本ということで期待していたが、期待外れだった。エディプス・コンプレックスの話や鷲田さんの引用は興味深かったけど、全体として、「私はこう思う」→「ほら、この人もこう言ってる」か「この人こんなこと言ってるけど違うよね」の連続で飽き飽きした。論理的じゃないし、根拠もないので、何か友達のレポート読んでる気さえした。
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少し前に書かれている本だが、今読んでも面白い。
ナショナリズムという問題は非常に繊細な問題なので、読んだ人によってまったく違う感想がでてくるだろうと思う。
内容は面白いのだが、様々な面からアプローチをしているため、論旨が不明確になっているように感じた。
この本を急いで書き上げるほどお焦燥感が作者の中にあったと見るべきなのかも知れない。
ただ、この本の中で懸念されていることが現実になりつつあることだけは確かだといえる。
「美しい国」や「格差社会」という言葉がとりざたされている今だからこそ読む意義があると思う。 -
確かにワールドカップの騒ぎ具合はどんなもんよと思うけどさー、そこまで危機感感じなくてもいんじゃね?って思う。
まぁこうゆう小難しいこと考える人がいて、あたしみたいな楽観的な人がいるからバランス取れていーのかもね。 -
卒論の参考文献として読んだ。
スポーツとナショナリズムの関連性が書かれていて、多くの発見があった。
特に、ナショナルチームを応援することで発生するナショナリズムについての記述が興味深かった。
ナショナリズムとスポーツの関係性について書かれている他の文献も読んでいきたい。 -
無理矢理に小難しく解釈しているだけで、何も言えていない感じの本。
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・2002年日韓合同W杯のマスコミの取り上げ方、サポーターの浮かれる様子、この時だけ日の丸を掲げ、アイドルが君が代を独唱するといった現象を香山氏が分析。そもそも国民全員が興味があるわけではなく、マスコミの報道偏重に問題があるはずだが、論点が日本人の一般論とされており、ずれている感が否めない。症候群というタイトルも大袈裟。
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サッカーのワールド・カップに熱狂する若者たちの心理の考察からはじまり、無邪気なナショナリズムが蔓延することへの危機感が表明されています。
「分裂」(スプリッティング)や「解離」(ディソシエイション)という心理的なメカニズムをもつ人びとが増えたために、目の前の現実を歴史という大きな流れのなかで考えたり、反省や懐疑の念を抱いたりすることなく、ことばにならないエネルギーをもてあまして爆発させる機会を求めているのではないかと著者は主張します。ワールド・カップでの「ニッポン」への熱狂は、こうした心理現象としてとらえられています。
おそらく、ここまでは純粋に現代の若者の心理についての考察にすぎず、とり立てて政治的なナショナリズムとの関係を論じるべき筋のものではないのだろう、と思います。ただ、こうした心理的メカニズムを持つ人びとが社会の多数を占めるようになったとき、彼らの無邪気な気性が政治的なナショナリズムに雪崩打つ可能性があるというのが、おそらく著者の危惧の根幹にあるのではないかという気がしています。
ワールド・カップでの「ニッポン」への肩入れに関して、主義主張のない流動的な「日本的カッコよさ」を特徴とする「超民族性」を積極的に評価する山崎正和の主張が紹介されていましたが、サブカルチャーがナショナリズムを飲み込んだのか、サブカルチャーがナショナリズムに飲み込まれてしまったのか、見分けがつかなくなっていることのほうが、むしろ重要な問題なのではないかと個人的には考えます。「愛国ごっこ」「民族主義のパロディ」が、「無邪気な愛郷心」「ぷちナショナリズム」に連続的につながってしまっている心理的なメカニズムこそが解明されるべきなのでしょうが、著者の議論はそこにまで及んでおらず、不満を感じてしまいました。 -
香山リカに入門する。
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何を懸念しているかはよくわかるし、10年以上経った今現在、事態はたぶん香山氏のこの当時の懸念以上の方向に進んでいるとは思うんだけど、彼女の他の著作同様、現象から主張を導き出すまでの道筋がすごく弱く感じる書き方なんだよねー。なんというか、結局彼女の主観以外に根拠はあるのか?みたいな。