中国ニセモノ商品 (中公新書ラクレ 138)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121501387

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  • 簡単な現状認識のために読破@スイス

  •  現在、中国では海賊版や模倣された商品が蔓延している。ここではそれらをひっくるめてニセモノ商品と呼びたい。なぜそういったものが蔓延しているのか。その答えは歴史的背景にあった。1999年ごろから外国の企業が中国に移転し始めた。理由は人件費や電気代、原料費が安いことからであった。そのころ最先端にあった技術や製造設備が中国にどんどん持ち込まれ、結果、中国の産業基盤は全体的に底上げされていった。技術レベルがどんどん上がり、中国は世界の工場と呼ばれるほどになった。しかしそれと同時に、中国はニセモノ製造において世界トップになっていた。
    中国でニセモノ商品が出回っていることはもはや誰もが知っていることだ。では、なぜ知っているのにそういうものが無くならないのだろうか。どこで、のように流出し、蔓延しているのが分からないのであれば中国政府が摘発できないのも分かる。しかし、客がニセモノ商品を求めて特定の場所に訪れる。同じように、中国政府や警察もどこでニセモノ商品が売られているか、また作られているかを特定まではできなくてもある程度認識はしているはずだ。中国政府のニセモノ商品に対する認識、対策はどうなっているのか。中国政府は厳しくニセモノ商品を取り締まっていないのではないか。
     以前、官民合同の訪中団が中国で蔓延している海賊版対策の促進のために中国を訪れ、中国政府に海賊版対策の強化を要請した。また、国際知的財産保護フォーラムでは知的財産保護官民合同訪中代表団が中国に対し海賊版や模倣品対策の実施を要請し、知的財産保護の重要性を示した。これに対し、国家版権局副局長の沈仁千さんは、海賊版が中国国内で流通しているということは確かに認めた。しかし、 「中国では法制度、体制ともに整備されており、権利者は積極的に対処できる」などと答えたという。この沈仁千さんは「権利者は積極的に対処できる。」と述べている。しかし実際、それは本当なのだろうか。ある1つの企業に注目した。
     石油類試験器の専業メーカーである田中化学機器製作株式会社は1995年の10月に上海に会社を設立し、中国での現地生産を始めた。しばらくして会社内でトラブルが発生し、製造部長であった中国人が退職した。そして、その中国人は田中化学機器の取引先であった企業に転職した。間もなくして、製造部長が転職した会社から田中化学機器が製造している商品とそっくりの商品が売り出された。
     田中科学機器は反不正競争法違反により、そっくりの製品を市場に送り込んできた相手企業を提訴した。反不正競争法は不正競争防止法の中国版であり、不正な競争を禁止し、公平な競争と国際約束を守るために制定された法律のことである。相手に請求したのは、製品の製造中止、損害賠償、マスメディアを通じての謝罪などだった。
     田中科学機器のこの行動に対し相手企業は、製品は模倣品ではなく、自分の会社が開発したものだ、などと主張した。その結果、裁判所に司法鑑定を申請することとなった。だが、司法鑑定の結果は田中化学機器にとって驚くべきものとなった。 「逆工程で模倣できる程度の技術は公知であり、商業秘密とは言えない。」、これが司法鑑定の出した結論であった。
     中国の司法判断はまだまだ未熟である。どのような基準で鑑定人を決めているかも分からない。にもかかわらず、裁判では司法鑑定が判決のように扱われる傾向がある。また中国には地方保護主義というものがある。地方保護主義とは、地方が中央に対して様々な対抗をすることによって、中央で決定された政策が地方レベルにまで十分に執行できない状況のことである。中国では、地域によってニセモノ製造が産業の中心になっているところも少なくない。ニセモノ製造がある種のベンチャー企業活動となり、地域を活性化させているのである。よって、地域はニセモノ製造を必死に守る。だからニセモノ被害にあった企業がニセモノを製造している企業を訴え裁判に持ち込んでも、それに負けたり、勝ったとしても罰則が軽かったり罰金が少なかったりするのである。
    これでは権利者が積極的に対処するのは不可能ではないか。沈仁千さんは対処できると言っていた。しかし、多くの企業が裁判に持ち込んで負け、多額の損害を受けることを恐れている。したがってニセモノ商品に対して積極的に行動できなくなっている。中国は2000年にWTOに加盟したので、裁判所も公平な判決を下すようにはなってきている。だが、まだ完全な公平には程遠い。
    また、1つ気になっていたことがあった。中国でニセモノ商品を売っている店の店員をインタビューしているのをたまにニュースで見る。それを見るたびに、どうして売っていると分かっているのに摘発しないのだろう、といつも思っていた。しかし、摘発するにはただ「知っている」だけでは不十分であることが調べているうちに分かった。簡単に言えば証拠が必要なのだ。だが、ニセモノを製造している企業は摘発されるのを恐れ、ニセモノは見つからないように製造、販売していることが多い。また、ニセモノ商品の売れ残りなどが摘発されるのを回避するため、その日に売れ残った商品を全て処分し、証拠を残さないようにしている企業まであるという。
     しかし、ニュースなので取り上げられ、中国政府が黙っていられるわけがない。そういうときは、ニセモノ商品を製造、販売している企業の調査や摘発を行うニセモノ調査会社と協力し、商品を売っている店や作っている工場を摘発するのだ。つまり、その店がニュースで報道されたから摘発されたわけであって、もしニュースでその店が報道されていなかったら、店は摘発を免れ、ニセモノ商品を売り続けていただろう。中国政府はニセモノ商品の問題が国際的に取り上げられた場合はニセモノ商品に対して積極的に行動しているように見せるのだ。中国のニセモノ商品に対する認識は甘いように見える。
    このような製品が中国で蔓延すること、そして、中国から外国へ輸出されることは他国に多額の損害を与えている。中国はそれを認識しているのだろうか。2004年に国際レコード産業連盟が世界各国の海賊版音楽CDの調査を行った。結果、その年に12億枚もの海賊版音楽CDが販売されていたことが分かった。それは音楽CDの世界市場の34%をも占める量であり、被害総額は4600億円にのぼったそうだ。また、国際商工会議所が世界中のニセモノ製品について調べた結果、被害総額は30兆円から42兆円にまで上るという。
     この問題はもはや中国国内で収まりきる問題ではない。それも被害規模は年々増している。これは日本国内だが、2004年に知的財産戦略推進事務局がアンケートを行った。右下のグラフはそのアンケートで、海外で模倣品の被害に合ったと答えた企業数を集計したものだ。グラフの下の赤い部分は1億円以上の被害にあった企業数を示している。
    このように、日本国内だけでもどんどん被害が増えている。今日、世界中でこのような被害を無くすためのニセモノ製品対策が行われている。アメリカで2005年6月、娯楽大手のワーナーズ・ブラザーズ・エンターテイメントは中国で蔓延している映画の海賊版DVD対策を立てた。それはアメリカでの劇場上映開始日に中国でその映画のDVDを発売するという荒業だった。このぐらいしないとニセモノ商品の製造は止まらないのかもしれない。中国政府は「ニセモノ商品への対策は十分している。」と言っているが、十分でないからこのような多額の被害が出るのだ。もっと他国への被害を認識し、ニセモノ商品に対しての対策を強化する必要がある。
     実際中国政府は具体的にニセモノ商品に対してどのような対策をとっているのか。中国ではニセモノ商品があまりにも多く蔓延している。そのため、そのような商品を分類に分け、ランク付けし、ランクが高い順に対策を強化している。様々な分類の仕方があるが、その中でも大きな分類の仕方でジャーマオとファンマオというのがある。ジャーマオとは商標、意匠、特許の全てを侵害し、本物の商品をそっくり模倣して作ったデッドコピーのことである。この場合、デッドコピーとはある製品の情報を全く変えず、そのまま模倣し製造された商品のことを指す。また、ファンマオとはそっくりに作ってあるが商標は侵害していない商品を指す。中国政府が取り締まりや対策を強化しているのはジャーマオである。全く取り締まっていないわけではないが、ファンマオに対してはジャーマオほど積極的ではない。
     北京市内にはたくさんのオートバイ販売店がある。それらの店ではたくさんのオートバイが売られており、どれもこれもがホンダやヤマハなどの模倣品である。だが、商標には自分の店の商標をつけている。意匠、特許は侵害しているが商標は侵害していないのだ。つまりファンマオである。本田技研工業北京事務所の知的財産権部代表である別所弘和さんが言うには、これらの商品は中国では取締りの対象になっていないという。いくら中国政府がファンマオよりジャーマオに対してのほうが積極的になっているといえど、取締りの対象外になっているのは問題がある。中国政府はファンマオに対しての規制をさらに強化する必要がある。
     中国はまだニセモノ商品に対しての認識が甘い。それゆえに取り締まりも緩くなっている。また、中国政府はただニセモノ商品の販売、製造を行っている企業や工場を摘発するだけではなく、地方レベルにおいての中国政府の在り方を改善する必要もある。地方保護主義が無くならない限り、ニセモノ製造企業を訴えて裁判に勝つのは難しい。これからの中国に求められていることは、ニセモノ商品に対しての認識を改めること、ニセモノ商品の取り締まりを厳しくすること、そして、被害に合った企業が裁判を起こしたときに公平に裁かれる環境を作ること、である。

著者プロフィール

ジャーナリスト

「2022年 『沖縄返還と密使・密約外交』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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