グローバル化時代の大学論1 - アメリカの大学・ニッポンの大学 - TA、シラバス、授業評価 (中公新書ラクレ)

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著者 : 苅谷剛彦
  • 中央公論新社 (2012年9月6日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121504296

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グローバル化時代の大学論1 - アメリカの大学・ニッポンの大学 - TA、シラバス、授業評価 (中公新書ラクレ)の感想・レビュー・書評

  •  アメリカの大学院でPh.D.を取得し、その後、その大学でも教えたことのある著者だけに、アメリカの大学の事情を詳しく紹介してくれている。アメリカの大学生はよく勉強すると言われるが本書を読むと、それが実感できる。たとえば一回の講義に対して、受講生は150~200ページもの文献を読まなくてはいけないそうだ。
     それだけの分量を読むにはアメリカ人でもある程度時間がかかる訳だが、それはアメリカの大学生は一学期に3~4科目しか履修しないので、時間的な余裕があるからである。ただし、1科目は月水金の週3回50分授業あるいは火木の週2回75分授業だったりする。
     本書には書かれていないが、筆者(平山)は学部生のときにアメリカ・メイン州のリベラルアーツカレッジに1年間留学したことがあり、そのときにアメリカの大学事情を見たが、多くのアメリカの大学では学生のほとんどはキャンパス内の寮に住み、夜遅くまで(あるいは24時間)開いている図書館で勉強する時間をとれるという特長も指摘されるべきであろう。
     それに対して日本の大学生は一学期に十数科目もの授業をとるので、それぞれに対して予習をする余裕がない。その結果、教師が一方的に講義するスタイルをとることになる。
     また著者は社会学者・中野収氏の言う「日本のコミュニケーションは双方的ではなく、一方的なモノローグ型である」という主張を援用し、日本人は討論が苦手であると指摘する。そのため演習のようなクラスでさえ、真剣な討論がなされることはほとんどない。この指摘は誠に正鵠を射ていると言わざるを得ない。
     私自身、「日本は組織の和を重んじるので、議論での対立より、妥協を選ぶ傾向がある」と思って来ただけに、中野氏の指摘には大いに首肯するものがある。一方、アメリカでは双方向的なダイアローグ型のコミュニケーションが主流なので、学生も討論に積極的に参加するのである。
     日本の大学での講義は、単なる知識の伝達をしているだけで、ものごとの考え方や分析を主体的にすることを教えていないという著者の指摘も,耳が痛いが、当たっていると言える。日本社会の持つ、モノローグ型のコミュニケーションのスタイルでは授業で討論を取り入れようとしても、なかなかうまく行かないことは見えている。
     さらに成績の重視もアメリカの大学の特徴であるそうだ。アメリカでは多くの学生が大学院に進学するので(研究者になるだけでなく、ロースクール・ビジネススクールなどに進むケースも多い)、当然学部での良い成績が重んじられる。さらに採用する企業も大学での成績を重視するので、学生も当然、良い成績を取るべく頑張るのである。それに対して、日本では成績はあまり重要ではないために、学生は良い成績をとる動機に欠ける。
     このように見てくると、アメリカの大学と日本の大学の実情は、それぞれの国の社会・文化の影響を受けていることが明確になる。すなわち、日本の大学が簡単にはアメリカの大学のようになれる訳ではないことが結論づけられるのではないか。

    付記 よく「アメリカの大学は入りやすいが、卒業はしにくい」と指摘される。勉強しないものは容赦なく、退学を命じられる、というような旨が主張されることがある。しかし、これは筆者(平山)が学部で留学したときに経験したことであるが、アメリカでは学期の途中でも、相手の大学との交渉次第で、別の大学に移ることが可能なのである。それはレベルを落とす場合もあれば、さらに上のレベルの大学に移るケースもあったようだ。ところが日本では一度、大学を辞めると、狭い門の編転入試験を受けるか、一から入試を受け直さなければならない。つまり、アメリカでは大学を辞めさても、その次の行き先を決めることが出来るが、日本ではそれは簡単ではないので、大学からの退出をそう安易には実行できないと... 続きを読む

  • 米国と日本とでは大学の仕組みがだいぶ異なるのだという。確かに「米国の大学は入学するのは簡単だが卒業するのが難しい,それに対して日本では入学しさえすれば卒業は簡単だ」などということ耳にすることも多い。本書は,英国の大学に籍を置く教育社会学者による,TA(ティーチング・アシスタント)制度,シラバス及び授業評価,入学者選抜制度などの視点から書かれた日米大学比較論である。

    ところで,本書は20年前に出版された同名の著書の新書版である。新書化にあたって元の著書の一部が削除され,替わりに一章及び各章末の新書版付記が追加された。しかし本書の内容は現在でも十分に読むに値する。例えば日米の大学教育を比較した第5章では,米国の大学において小規模クラスやTAによる手助け,また授業内容の詳細を伝えるシラバスが重要だと考えられている背景として,米国における学力問題があると指摘している。「それに対しアメリカでは、(・・・)学生の学力の分散は日本以上に大きい。」「したがって、(・・・)さまざまな教育上の工夫がどうしても必要となる。」(214頁)。しかし,ここで述べられている米国の大学が置かれた状況はまさに今の日本の大学のそれと同様のものであると言えるだろう。とすれば,本書が示す(当時の)米国大学における様々な教育制度は,現在の日本の大学制度にとっても参考になる点が多くあるに違いない。

    このように本書の内容は古さを感じさせない。大学教育に関心を持つすべてのひとに強くおすすめできる本である。

  • 1992年に書かれた日米の高校・大学教育比較についての本を2012年に新書化したもの。20年間の経過による補足もある。

  • 2012年刊。底本出版は20年位前。

     以前より読みたかった本。米国大学の授業の活々した様子や日米の大学・高校の比較等内容は興味深い。

     入試のある日本の高校は、高校入学時の学力差のため、大学進学の可能性に事実上相当の開きが生じるものの、高校過程での履修科目で大学進学の是非・差異が生じることに比して、高校がクーリングアウトとして機能させていない。
     かように形式的にせよ、日本の高卒資格が大学受験資格を齎す長所や、履修科目が多様すぎる米国高校の短所なども広範に解説。◇米国大学のTAやシラバスの長短にも言及。

     ただ、何らの焼き直しがなく、著者のネームバリューに依拠したような出版がいいのかは、首を傾げてしまうところ。まぁ、新書化された、つまり安価になったということでいいのかもしれないが…。

  • 日本とアメリカの教育が置かれているコンテクストがよく分かる。20年前の著作だが、学問的な方法論と両国の底流にあるものは不変だ。

    TA、シラバス、授業評価、トラック。どれもコンテクスト抜きには見る目を持てない。いわんや導入など。

    最後の章の大学の漂流は、日米ともに深刻なのだな。

    ・モノローグとダイアローグ。さらにモノローグも成り立たない日本の昨今。
    ・体験学習はクリティカルシンキングを伸ばさない。
    ・グループより個人の学習のほうが、CLAに寄与する。

  • 「アメリカのトラッキングは、競争の後で敗者を納得させる仕組みを前提にしている。あやふやな「夢」を与えるづける制度という視点は大変興味深い。こうしてみるとアメリカの大学制度に最早学ぶものは?という感一入。

  • 請求記号:377.25/Kar
    資料ID:50067536
    配架場所:図書館1階東館 テーマ展示

  • 第一章は少し古いがTAについてかなり詳しく解説してくれている。この部分をよむかぎりあでは、アメリカの大学の素晴らしさだけが伝わってくる。序説的な部分。第一章は読み物として面白く、かつアメリカの大学の授業とそのための準備も詳細。

  • 基本的には20年前に書かれた本なんだが、日本の大学にあるTA制度の期限などがあって面白い。

    本学、立命館大学などにとっては参考になる本だろう。

    アメリカの私学が陥ったのと同じ罠にはまりつつあるのは制約条件の諸相がにいているからだろうか

  • 勉強になりました。

  • アメリカと日本との大学の違い、広く言えば、教育制度や文化の違いが学べる本。自分の知りたいことは後半にしか書いてなかったけど、他国の大学の制度の部分を覗いてみたいなーて人におすすめ!TA制度、授業評価、アメリカの大学への消費者思考、もっと日本の大学に広まればいいな〜

  • 本書は,1992年に玉川大学出版部から出版されたものを新書版にしたものとのことです.

    実際,タイトルにもあるように,書かれている内容は,TA,シラバス,授業評価に関する話題が中心で,既に日本の大学で導入され,運用されています.しかしながら,少なくとも私が勤務しているの大学のそれは,あまりにも形式だけの導入にとどまっており,一体どんな効果が期待されるのか全くもって不明です.私の推測では,その主要因は,教員,学生がともに当該制度の導入意図を十分に認識できていないこと,仮にできたとしても我々の業務過多を増長させるに過ぎないことが挙げられると思います.

    従って,1992年に問題提起された本書のテーマは,現時点においても有効な議論となっており,一読の価値があります.と同時に,如何に日本の大学教育が構造改革を怠ってきたのかを象徴しているのではないでしょうか?

  • オックスフォード大学に所属する著者によるイギリスの大学と日本の大学の比較。
    入学者選抜は顔の見える相手として選抜を行う事、歴史に裏打ちされた自信がある事、チュートリアル制度によってきめ細かい指導を行うといった特徴が日本にはないものだという。

    日本の大学はこれでいいのか、という事を考えるのによいきっかけになる本だと感じた。

  • 教育学分野における新書とは独特の雑味があると感じる。およそ200ページに抑えることができない本来の研究内容を割愛しすぎ詰め込みすぎるがゆえに曲解や誤解を招きえると感じる。その点から非常に残念に感じた。

    アメリカの大学はあまりに規模が大きすぎて、正直なところ誰も理解しえていないものと考える。アイビーリーグを含め本当に上位中の上位について、日本との高等教育の比較で語られることがある。日本の大学についても同じ読みとり方がされており、ますます高等教育の現状を掴み損ねると感じている。そういう半面もう少し研究対象としての肥沃な大地が広がっているとも捉えられる。いずれにせよ、本書ではアメリカの大学、ニッポンの大学の全容はわからない。初学者が興味を抱くための入門中の入門であると思う。

  • 現在はオックスフォードで教えられている教育社会学者の刈谷剛彦氏によって、20年前に書かれた日米大学比較考の復刻版。TA、シラバス、授業評価といった、今の日本の大学では当たり前になった(が、果たして長所も短所も踏まえたうえで、最適化できているかというと疑問も・・・)点を切り口に論じる。ここで取り上げられている問題の多くは未だ強く根付いており、今読んでもリアルに感じられる。(だから、復刻されたのだともいえる)別に「アメリカの大学はすごいんだ」と単純に礼讃する必要もないと思うが、日本の大学として、「グローバル人材」とか入学時期とか、上っ面の言葉だけに踊らされずに、何をどう改革できるか、現場の活動のために大いに参考になる箇所がたくさんあった。

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ひたすら改革が叫ばれ、アメリカ発の制度を取り入れた日本の大学。だが、その有効性はいまだ見えず、グローバル化の荒波の中を漂流している-著名な教育社会学者が新米教師の頃、いち早く警鐘を鳴らした「アメリカ大学教育体験記」から、日本の当時と変わらぬ問題点が浮かび上がる。

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