レアルとバルサ 怨念と確執のルーツ - スペイン・サッカー興亡史 (中公新書ラクレ 445)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121504456

作品紹介・あらすじ

首都マドリードを本拠地とするレアル・マドリードと、熱狂的ファンに支えられクラブ以上の存在と言われるFCバルセロナは十九世紀末の創立以来、サッカーにとどまらず激しく対立してきた。スペイン史、民族問題ともからむ両チームのライバル関係の歴史・構造を、節目となる試合・事件とともに活写。

感想・レビュー・書評

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  • レアルとバルサの社会的な歴史背景から、お互いの対立関係を検証する。
    結果としては、「これを契機として」とか「こうしたことが背景で」というような、思ったような明確なものはないという事。
    怨念や確執は長年の色異論出来事やそれにまつわる人々の感情の積み重ねでしかない。

  • 前に読んだ『ナポリのマラドーナーイタリアにおける「南」とは何か』と同じく、大学教授がサッカーの話題で興味をひいて、歴史や政治的な問題について語ろうというものです。
    田澤耕先生の本は『物語カタルーニャの歴史 知られざる地中海帝国の興亡』を読んだことがあります。
    私にとってはサッカー専門家より歴史専門家の話のほうが理解しやすいのです。
    でも、もしかしたらただのサッカーファンが読むには面倒臭い本かも??

    今、NHK『情熱のシーラ』という連続ドラマを毎週見ています。
    内戦~のスペインを舞台にしていて、この本と時代背景がかぶるところがあり、別の角度から見ることが出来て、非常に興味深く読めました。

    最後に編集部のかたがまとめてくださったところをコピーします。
    そんな単純なものではなく、やはり全て読まないと充分伝わってこないのですが、それでも書き残さないとすっかり忘れてしまって、もったいないので…。

    >レアル・マドリードとバルサの、異常なほどに強いライバル意識は、主にスポーツ外の要因によるもので、その根本にあるのは「民族」の違いであり、それが巨人対阪神の関係と大きく異なるところである。
     しかし、その民族間の感情は最初はそう悪いものではなかった。それがとくに険悪なものになったのは、スペイン内戦後のことでフランコ独裁政権は共和国側勢力への報復と「一つの強いスペイン」を作るという目的のために、カタルーニャ文化、カタルーニャ主義を徹底的に弾圧した、カタルーニャを代表するチームになっていたバルサも、いつ消滅してもおかしくない状況だった。しかし、フランコ側についていたカタルーニャ人ブルジョアジーの「郷土愛」のおかげで、なんとか生き延びることができた。
     一方、レアル・マドリードは、体制のチームとして強くなることを要求された。それを実現したのが、レアル・マドリードのドン、サンティアゴ・ベルナベウだった。国際的孤立の中で、フランコ体制には、レアル・マドリードをイメージ・アップのための材料にしようという思惑もあった。レアル・マドリードはその期待にかなりの程度、応えた。
     フランコ政権は当初は、バルサを体制にとりこんで「民族融和」のイメージを作ろうとしたがうまくいかなかった。結局、バルサは非常に不利な環境で試合をすることを強いられた。デイ・ステファノ事件、グルセタ事件など、カタルーニャ人がくやしい思いをする事例が相次いだ。が、これはむしろ、バルサ・サポーターやフランコ体制に反対するカタルーニャ人たちの結束を固める結果となった。バルサは、自らのことばを話すことさえ禁じられたカタルーニャ人の唯一の心の支えとなっていった。もっとも、フランコはそれも承知の上で、ガス抜きとしてバルサを利用したという説もある。
     内戦後、バルサの歴代会長には体制べったりのカタルーニャ人が就いたが、徐々に体制とは距離を置くようになり、アグスティー・ムンタルに至ってバルサとカタルーニャ・アイデンティティの結びつきが前面に押し出されるようになった。カタルーニャ語の使用が少しずつ増え、外国人選手契約禁止に風穴を開けてクライフを獲得し、そしてクラブ創設七十五周年記念行事をカタルーニャ色の強い形で実現することができた。
     そしてフランコが死去し、スペインが民主化に移行すると、やっとレアル・マドリードとバルサの間で正常なライバル関係を築く環境が整った。ただし、歴史は歴史、完全に拭い去ることはできない上に、現在もカタルーニャの自治問題が完全に解決されたわけではないので、ときおり、過去を思い出させるような過激な反応が起こることもある。

  • ・1914年バルセロナ、ジロナ、タラゴナ、リェイダの合同体がカタルーニャ自治体連合を確立。
    自治政府ではなく、あくまでも行政上の連合体だったが、スペイン王位継承でバルセロナが支持したハプスブルク家がブルボン家に負けて以来、カタロニア語の使用すら禁止されていたので、政府回復の第一歩として重要だった
    ・1919自治憲章案を中央議会に提示するが却下される。カタルーニャ人は19c末スペイン随一の工業地域となったが、英国製品に質、値段で敵わず、国内産業育成のための保護貿易を主張。
    これにより、国民から「自己中心的」「金の亡者」とのイメージが出来上がった

  •  全世界のサッカーファンが注目する一戦、エル・クラシコ。レアル・マドリーとバルセロナの試合は単なるサッカーの試合という以上の熱がある。そこには複雑な背景があった。本書は両チームの因縁、確執の要因を歴史的な流れに沿って解説する。
     バルセロナがあるカタルーニャがフランコ政権から弾圧を受けていたことが、バルサとレアルの因縁の最も大きな要因ということは知ってたが、具体的な事例、人物などを見ることでより鮮明に理解出来た。

  • サッカー好きでバルサとマドリーとの関係であったり、フィーゴが移籍した直ぐの試合で豚の頭が投げられたのを知っている人は多いと思う。ただ、何故そこまで互いに憎しみ合うのか、カタルーニャ等の民族の問題と聞いても日本で住んでいる人間からはピンとこない事があると思う。それをクラブが出来る所から、その時に社会情勢がどの様になっていおり、そして其処から徐々にクラブ間の確執であったり、カタルーニャが周りから現在の印象を持たれるまでの流れがはっきりとわかる本だと思う。これを読めば、スペイン内で未だに色濃く残る民族問題を含め、深い意味でリーガを楽しめるんじゃないかと思う。

  • 政治がレアルを利用した。カタルーニャ人が嫌われているのは意外だった

  • 20130316

  • レアルとバルサと題されてるが、スペインの辿ってきた歴史を簡易に書いてある。クラシコと呼ばれる所以はバルサ対レアルよりもカタルーニャ共和国チャンピオンチーム対スペインチャンピオンチームの構図だ。

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著者プロフィール

1953年生まれ。現在、法政大学国際文化学部助教
授。カタルーニャ語・文化専攻。著書:『カタルー
ニャ50のQ&A』(新潮社)、『カタルーニャ語文
法入門』(大学書林)訳書:『バルセロナ・ストー
リーズ』(水声社)、『バルセロナ』(新潮社)

「1999年 『引き船道』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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