さよならインターネット - まもなく消えるその「輪郭」について (中公新書ラクレ 560)

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著者 : 家入一真
  • 中央公論新社 (2016年8月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121505606

さよならインターネット - まもなく消えるその「輪郭」について (中公新書ラクレ 560)の感想・レビュー・書評

  • パソコン通信の時代から、Web2.0の頃まで、ネットは現実世界では出会えない新たな世界との出会いを感じさせてくれた。今では、スマホの登場とFacebookなどSNSにより、逆に提示される情報はパーソナライズ化され、人間関係も狭いものになりがちである。さらには、自分の情報や発信がどこの誰もにもオープンになることで、炎上、中傷など居心地の悪さも感じるようになってきた。
    著者はこういうネットとの関係性を一度見直してはどうかと提言する。そして、ネット以前のように、現実の人間関係や狭いネットでの人間関係を超える出会いを、模索すべきと提言する。それは、現実世界、ネットを問わず、である。
    自分もWin95の頃からネットに親しんできた者として、著者の感じるネットとの関係性はよく理解できる。AIの時代がやってきて、ネットから提示される情報がさらにパーソナライズされる前に、一度ネットとの関係性を見直しておくことは必要かもしれない。

  • 2ちゃんねるからインターネットに入った口なので、著者の懐かしむ「輪郭がある(現実世界と区別がある)インターネット」が少し分かる。同時に、今まで気が付かなかったが、TwitterをはじめとしたSNSが普及した2010年代から、如何にインターネットの世界が変貌しているか理解する事ができた。ネットの世界に対する認識を改めるよいきっかけとなった。
    家入さんの存在は知らなかったのでフォローしようと思った。

  • スクールカースト下位の者がインターネットに居場所を求め、そのうちカースト上位のものに侵食されていったという表現に共感した。「さよならインターネット」のタイトル通り、インターネットと一旦別れよう、という啓発本だと思う。消えていったインターネットの輪郭は、自分の輪郭でもあったのだ。

  • 著者がインターネットと歩んだ20年間と、閉ざされていくその世界からの脱出のすすめ。

  • まさにブクログが著者発信のサービス!読んでびっくり!お世話になっています。
    自分も家入さんと同じインターネットに救われたクチ。
    こうやって家入さんに言われないと、昔当たり前だったことをすぐ忘れて自分も時代に同化してしまう。非常に懐かしい気持ちで読んだ。
    この本の収穫は当時を鮮やかに思い出せたこと。JUGEMとか使ってたー!なつかしー!あの頃交流してたらいむや砂影さんは元気でいらっしゃるだろうか。あの頃、ひきこもりがちだった私と交流してくれた名前もしらない人たち・場所に改めて感謝。

  • 「FacebookもTwitterもやらない、LINEだけできればいい。」というインターンとの出会いからこれまでのインターネットとはなにで、これからのインターネットはどうなっていくかを書いている。

  • 様々な事象は拡大縮小を繰り返す。
    インターネットもまた然り。
    結局は人が作ったものは人を超えられないということか。

  • 30代後半の人は、インターネットの歴史が実体験に基づい総括されているのが感じられると思う。インターネットがハサミのようなものより、ラインさえあって、関係者だけ繋がっていればいいという方が怖いと思いました。
    これは、まさしく家入さんが感じている分断が、それでもいいという人が出始めているということなのかな?と思いました。
    それと、スタディギフトの失敗例は、けっこう引きづっているんだなー、と思いました。
    その後あの女の子は、どうなっているんだろう?

  • ブクログの献本企画。

    家入さんについては、NHK教育で見かけた事ある、都知事選に出てた人?...位の認識です。

    序盤の20年位前からのインタ-ネットの歩み..みたいなのにはとても共感できました。
    たぶん、同じ時を経験してきたからだと思います。
    でも、実際、自分も今と昔のネット事情の変わりようには思うものがありますが、この著者が本書で決定的な伝えたい事がはっきりイメージ出来なかったです。
    所々、そういう言い方どうなん??...なのもありましたし、最後まで何とか書き上げました感が否めませんでした。

    でも、今のお若い人達が『ハサミみたいなもの』という表現するのはびっくりしつつもナットクでした。

  • 実はこのサイトを家入さんが立ち上げたとは全く知らず、家入さんさえ、知らなかったのでした。フォロアーの数と認知についての論述にも納得です。著者の知らないホット・ロード」の存在は知っていた私。ネットの世界とはそういうものなのですね。

    このタイトルから、インターネットの消滅を連想してしまいました。でもそうではなく、ネット社会を冷静に見つめようではないか、といった呼びかけのように感じました。ネットを相当使いこなし、「中毒」と言われる人々向けなのか、と。

    様々な紆余曲折も、たぐいまれな才能のため、なのかもしれません。世の中を動かす側の自負が感じられる一冊でした。

  • これからのネット社会の質的な変容についての本質的なことが多く書かれていると思う。
    自分はネット社会に触れ始めたのはWindows98以降なので、90年台前半の頃の何が出てくるのかわからない偶然性にあふれていたネット最初期の追体験としても面白い。今後の個人として/ビジネスとしてのネットとの付き合い方を考えるきっかけになる本だと思う。

  • 「家入さんは『インターネットが大好き』とよく言うけど、僕にはその意味がわからないんです。なんだか『ハサミが大好き』って言っているみたいで。」

    匿名が保持されつつ世界中とつながることを可能にしたインターネットはやがて自分が興味のあるもののみを見せる居心地のいい小部屋と化していく。インターネットに閉塞感ができつつある今日かつてのインターネット的なものはインターネットの外に求める必要がある、と筆者は言う。
    黎明期からインターネットビジネスに関わってきた筆者がインターネットの今までの歴史を振り返りつつ、現在のインターネットの世界に感じていることを綴った一冊。

  • 前半は家入さんの自伝だったのかと勘違いしてしまったが、インターネットによるいい面も悪い面も様々な角度からきちんと見ていると思う。インターネットの世界を基準においた世界観以外では共感できないところもあるが。
    インターネットは世界を拡げてくれるツールであったはずなのにいつの間にか入ってくる情報が偏り外の世界を見えなくしている可能性があるという見解には大いに納得し危機感を覚えた。

  • さよならインターネットというタイトルですが、半分以上は今までの筆者とインターネットとの関わりを書いています。
    商用インターネットが始まった頃を知らない方には、興味深い内容かもしれません。
    インターネットの輪郭がぼやけているという表現は、なるほどなぁと思いました。

    この手のテーマの本を読む方の多くが、気にしていると思う「その先」に何があるのかは、前章も含めて全7章のうち、最後の1章を割いて書かれています。
    インターネットの歩んできた道に興味の無い方は、6章だけ読めばいいかな。

  • 家入さんの新刊。本書は、ネットの変遷をめぐる様相がまざまざと伝わってくるものとなっている。

    ネットの世界もハード・ソフトを含め日々バージョンアップし、20年前とは比べ物にならないスピードで進化してきた。そんな中、その当時から入り込み今日まで携わってきた家入さんの目から見たら、今はまさに「断裂・亀裂」がネット世界に起こっているということである。

    拡張、膨張したものが個人の手によって収縮し、閉じた系をなしている。何が良くて何が悪いということは、その時々で変わるし一概に言えないものであるけれど、ただ言えるのは、今それが個々にとってフィットし使いやすいものだということだ。

    一先ずは今後もその傾向が強まりそうな感じがしているが、各個人もただただその流れに身を任せるのではなく、自分に合った形でネットとの距離をとり、この世界と関わっていくのがいいのではないだろうか。

  • 家入さんって、文章は上手くないね。でも、ところどころとても共感できるところはあった。

  • 間違いなく、インターネットの世界そのものは、相変わらず加速度的に拡大を続けています。一方で、個々人が触れる世界だけを見れば、より精度や感度が高くなったぶん、ムダが排除され、どんどん縮小を続けている。個人を中心とした小さい分割された世界が生まれていて、趣味嗜好はもちろんですが、政治信条などが異なる人がいい意味で交わることが減ってきている。だから近年ヘイトスピーチなどが増えているのも、当然の結果のように思います。

    かつてのインターネットというのは、むしろがんじがらめになった現実世界で失われた自由を求め、人々が理想を持って大きな権力と向き合う、という構図が一般的だったと思います。しかし今は、むしろ人々同士でチェックし合い、あら捜しをしては小さな諍いを繰り広げているように、ぼくには感じられるのです。

    パノプティコン(全展望監視システム)

    尾崎豊が「卒業」を歌った時代のように、支配や監視に対して鬱々としていた社会に、自ら望んで戻ろうとしている、と言っても過言ではない。

    相互監視社会化の背後に、誰もが気軽に自己表現を楽しむことができる「一億総表現社会」の登場があったことは間違いありません。

    たとえば「最近結婚した女性芸能人の妊娠」といった、明らかにおめでたいニュースすら、ネガティブな書き込みが寄せられるのが普通で、これまでも世間にあったかもしれないが
    表立ってはいなかった「いびつさ」の存在を、インターネットが介することであらためて認識したのは、ぼくだけではないでしょう。

    「人と会うことは疲れる」
    →どんなときもスマホを手放さずにコミュニケーションを図ろうとする人や、居酒屋やカフェで、何時間も他愛のない話を続ける人たちを見ているだけで疲れを覚えてしまう。

    コミュニケーション・コストが激減した時代だからこそ、ぼくは「人と繋がらないこと」に大きな価値がある。

    生活のコストを下げる

    Six Degrees of Separation
    自らの知人を6人介すと世界中の人々と間接的な知り合いになることができるとする仮説

    by ショーペンハウアー
    「健康についでこの世の最高の宝である真の心の安らぎと、落ち着いた気分は、ただ孤独の中だけに見いだされるものである」

    常時接続・・・一期一会が難しくなった。

    プラットフォーマーとして
    「ぼくはあっちの方で釣っているから、君も釣りをしたくなったらいつでもおいで」

  • インターネットがワクワクするものではなくなってきている、むしろ人と繋がることが面倒になってきている、といったSNSの負の側面などを指摘。

    輪郭がなくなっている→輪郭を取りもどすには?という独特の観点からとらえたもの。

  • インターネットがどう発展し、その結果一人ひとりの中にある世界がどうなったのか。
    インターネットが拡げるはずだった世界は、今インターネットによって狭められている。
    インターネットが狭めた世界からいかに飛び出して、インターネットがまだ秘めているポジティブな可能性をどう掘り当てるか。

    ネットの流行を後追いしてきた自分にとって、ネットの最先端を進んだ家入さんの視点や指摘は新鮮で、かつ自分にとっては説得力を持っている。

    そして、やはり家入さんの優しさがにじみ出る一冊だった。

  • ずいぶんとインターネットのお世話になっています。
    ネットのない生活なんて、もはや考えられません。
    私がよく利用したり見たりしているのは、フェイスブック、ライン、ブログ、本のレビューサイト、ニュースサイト、好きな作家のコラム、ゲームアプリ、ユーチューブ、深夜に見る××といったあたりでしょうか。
    ただ、ふと、こんなに長時間、ネットと関わっていていいのかな、と疑問に思うこともあります。
    自覚があるだけ、まだマシかも、などと自分を慰撫しています。
    それは42歳の自分の人生の前半生がまだ「アナログ社会」だったからかもしれません。
    そんなことをつらつら考えていたら、たまたま新聞の書評で本書のことを知りました。
    家入さんはネットサービスを利用した実業家で、その道の草分けと言ってもいい方。
    2年前の東京都知事選にも出馬しているので、ご存知の方も多いかもしれません。
    私なんかとは比べ物にならないほどインターネットの草創期からどっぷりとネットに浸かって来た著者は、ネットがかつてのような自由さや大らかさを失ったと主張します。
    その要因は常時接続、無線接続、IoT。
    もっとも、今の若い人に常時接続や無線接続といっても、「え? それって当たり前じゃないの?」という答えが返って来るのが関の山かもしれません。
    そう、おじさんが学生だった20年前は、電話回線を通じてインターネットにつながっており、ダイヤルアップで自らネットに接続しなければならなかったのだよ。
    ピーヒョロロ…なんていってね。
    もちろん、パソコンでの話で、当時の学生の間ではPHSさえ持っている人が珍しく(私は持ってました。えっへん)、まして携帯電話なんて高嶺の花、スマホなんて見る影もない時代でした。
    著者も本書で懐かしく当時を振り返っています。
    「当時ネットを使うときは、有線でつながったパソコンの前に座り、『インターネットをこれから見るぞ』という意識を持ったうえで、接続していました」
    本当にそうです。
    当時の私にとってインターネットは「非日常」、画面の向こうに私の知らない世界が広がっていると思うとワクワクしたものです。
    ちなみに卒業旅行のために貯めていたお金で、マッキントッシュのデスクトップパソコンを買いました。
    今振り返れば、卒業旅行に行けば良かったかも。
    というのはどーでもいい話です。
    翻って今のインターネット環境はどうでしょうか。
    著者は常時接続が当たり前になった結果、インターネットの「輪郭」が解けてしまったと指摘します。
    つまり、日常と非日常の境目がなくなったというわけですね。
    不用意なネット上での発言で炎上するだけならまだしも、ネット上の「警備員」と化したネット民から個人情報が暴露され、実際の生活にまで支障をきたすなんて例も枚挙にいとまがありません。
    本書を読んで、私が怖いなと思ったのは、パーソナライズ化という流れです。
    SNSやニュースキュレーションアプリなどを使い続けると、パーソナライズされて自分の趣味、嗜好に合った書き込みや情報ばかりが流れるようになるそうです。
    つまり、別の見方や批判的な意見があっても、インターネット上では目に入らなくなってしまうのです。
    ヘイトな言動が横行するのも、こうした現在のネット環境と無縁でないかもしれません。
    著者は、「今のインターネットを俯瞰すれば、誰もが顔なじみの田舎者のような感覚を覚えます」といいます。
    かつてのようにインターネットは開かれた世界ではなく、閉じられた世界だというのですね。
    「かつて『インターネット的』と定義されたあらゆるものは、もはや『エクスターネット的』と同義だと思うのです」という指摘は、示唆に富んでいます。
    著者は、ですから、敢えてインターネットの外に出ようと呼び掛けます。
    ... 続きを読む

  • これだけインターネットは普及したのに、パソコン用のものはほんとになくなってしまうのでしょうか。疑問です。

  • インターネットサービスで一世を風靡した著者が、そのインターネットによって救われた一方で、近年は息苦しさを感じてることを記した一冊。

    著者自体、常にIT業界の最前線に立っているだけあって、説得力があった。

  • 「さよならインターネット」という叙情的なタイトルが付けられた本作は、日本のインターネット黎明期に青年時代を過ごした一人の”山師”(敬意を込めながてこの呼称を付けさせていただく)が、日本におけるインターネットの変質とそれを超えて我々がどのようにインターネットと接するべきか、もしくは接しないべきかという点をまとめた論考である。

    著者と僕は5歳違いであるが、自宅のPCから常時接続のインターネットに触れたとき(僕の場合は高校3年生のときだった)の興奮や感動の体験は共通している。そこでは、ブラウザを通じて能動的にアクセスすることで、自分の知らない世界に触れることができたわけだが、現代のインターネットはむしろ当たり前にそこにあるものであり、能動的にアクセスするという世界ではない。そうした変質と同時に、そのように明確な輪郭が失われたインターネットは、炎上やプライバシーの問題など、必ずしも僕ら世代がインターネットに触れたときのような純粋な感動のみを与えてくれる存在ではなくなってきているのも事実である。

    こうした現代において、著者が主張するのは、「エクスターネット」的とも呼べる、インターネットの外や、インターネットの中にいながらもレコメンデーションロジックやSix degreesの関係性を超えたところへアクセスすることの重要性である。そして、インターネットの中でも外でも可能な生き方として、情報や人のハブとなり、新たな価値を生み出す場として、自らを「プラットフォーム」化させることの楽しさが説かれる。

    これまで触れてきたインターネットの意味合いが自分にとって何なのか、そしてこれからどのような存在であったほしいのか、ということを自分なりに考えさせてくれる機会を与えてくれた一冊であった。

  • 【読書】インターネットの変容と未来。家入さんのスタンスがわかる良書 /

  • もっと文化論的な内容かと思ったら、最後にはただの啓蒙書になってしまった。「リバ邸」とか知らんし。しかも全然「さよなら」してない(笑)。かつて寺山修司が「書を捨てよ町へ出よう」と言ったが、そういう意味での「さよなら」である、とは受け取ったけど。
    序盤の、ここ20年のインターネット発展史は面白かった。テレホーダイとか懐かしい。僕はヤフーチャットにどっぷりと浸かっていた口なので、著者の想いには共感するところも多かった。それこそ「現実とは違う仮想空間」で男女年齢住所不問の出会いが本当に癒しの空間だった。ハンドルネームひとつでもう一人の自分になれた時代だった。それがミクシーとかフェイスブックの登場でいつの間にか実名発信が普及し、あれよあれよという間にツイッターだラインだとなってきた。「現実とは違う仮想空間」は「現実によく似た仮想空間」に変わってしまった。まったく残念だ。たぶんそのうち、いやすでに?「現実と地続きの仮想空間」となるのだろう。技術の進化に、僕の進化は追い付かない(汗)。
    つまるところ、現実だろうがネットだろうが、匿名だろうが実名だろうが、自分に責任を持って生きなければいけない。ということだ。

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