ツァラトゥストラ〈1〉 (中公クラシックス)

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著者 : F.W.ニーチェ
制作 : Friedrich Wilhelm Nietzsche  手塚 富雄 
  • 中央公論新社 (2002年4月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (313ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121600288

ツァラトゥストラ〈1〉 (中公クラシックス)の感想・レビュー・書評

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  • 「神は死んだ」で、市中に根を張る既成の(まやかしの)価値観からの脱却を叫び、「超人たれ」でローリングストーンな生き方をすすめる。この本は現代でも十分示唆に富む。

    しかし、もしツァラトゥストラ(すなわちニーチェ)の語りがすべて終わった後「あなたの説はごもっともです。それでは次に、あなたの説を聞いたうえで感じた私の説を聞いてください。」とニーチェに語りかける機会があったとしても、ニーチェは絶対にこちらの声に耳を傾けはしなかっただろう。それほどに本書は注意して読まないと、一方的にその内容に飲み込まれる恐れがある、と感じた。

    この本が世に出てから年月を経た現在では、一気に通読しなくても適当に合いの手を入れながら、自分のペースで読むことが可能である。
    書きぶりがあまりに勢いがあるので、最初に読んだときは「この本はまさに自分の代弁だ」と傾倒するかもしれないが、それは早とちり。
    まさにニーチェの思うつぼ。
    剣道の試合のように、相手が休む間もなく打ち込んできても、自分の間合いを確実に保つこと。それがこの本を読むうえで求められるスタンスである。
    (2007/6/12)

  • 長い旅に出るとき、僕は哲学書を持っていく。
    それは怠惰な自分が哲学書に向き合える唯一の機会だからである。

    ドイツからポルトガルまでの流浪の一人旅、通じない言語、スカスカの財布と相談するたびに、僕は本を開いた。

    ニーチェは雄弁だった、それが一人旅の自分にはすごく心地よかった。

    つい最近、宗教の持つ意味を深く考える機会が多かった。
    それは身の回りの変化や将来に対する漠然とした不安に根差したものだった。

    下巻書評につづく

  • 思考の柔軟さって、頭の良さを構成する中でとても重要な要素だと思ってるけど
    それを更々欠いててもため息が出る位、考えることを捏ねくりまわす人っているんだな、圧倒されるなっていう、良い意味でのびっくり。
    頭がどんだけよくても幸せになれなさそうだなあとか思いながら鼻をほじりながら、かつたまに苦戦しながら読んでましたが、とても引き込まれました。

  • 注釈がついていて読みやすい。
    下記の文章を読んで、自分の抱えていた悩みがぶっ飛んだ。
    「君は君の友のために、自分をどんなに美しく装っても、装いすぎるということはないのだ。なぜなら、君は友にとって、超人を目ざして飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから」(107頁)

  • 高校生の時にこの本に出会って、人生変わりました。マジで。ニーチェを読まなければ大学へ行く事もなかっただろうし、ドイツ留学までして哲学を学ぶ事はなかったと思います。それほど、大きな影響を受けた本でした。今では考え方も変わり、ニーチェへの関心は薄れてしまいましたが、ここを原点にいろんな分野に派生し、今に至るのだと思います。
    ぜひ、一読を!中公クラシックスシリーズは丁寧に編集してあり、読みやすく入門にもおすすめですよ。

  • 主人公であるツァラトゥストラが人々に自身の超人思想を
    説いて回っているうちに永劫回帰という真理を見つける
    という物語風作品。
    ニーチェの代表的な作品。

    ツァラトゥストラは好きで何回か読み返しているが、
    読むたびに新しい発見があって面白い。

    そもそも、ニーチェを初めて読んでみようと思ったのは、
    発狂時の逸話がすごく印象的だったから。
    同情を毛嫌いしていたニーチェが鞭打たれている馬を助けようとして、
    そのまま昏倒し狂気の世界に入ったといわれる逸話。
    本当かどうかわからないけど、確かドストエフスキーの「罪と罰」に
    似た場面があり、それを日本の作家がエッセイで書いていたのを
    読んだのがきっかけだったと思う。

    最初に読んだときは、意味深な表現だらけで、よくわからなかった。
    でも、わからないから、なんとか理解したくて、いろんな解説本を
    読んだり、人に聞いたりして少しずつ自分の中の理解を深めていった。
    そういう経験が今すごく役に立っていると思う。

    この1巻には全4部のうち最初の2部が載っている。
    さらに第1部は序説と言説にわかれている。

    序説は、10年間山で孤独を楽しんだツァラトゥストラが下山して
    超人思想を語るが、民衆の総スカンに合い、語る相手を選ばなくては!
    というところまで。
    言説は、精神の「三様の変化」を語るところから、「大いなる正午」を
    語って、再度山に帰っていくまで。舞台は「まだら牛」という町。

    序説には有名な「神の死」が出てくる。
    ただ、やっかいなことに「神の死」というのは、××で、××な意味があって
    と言ったような説明があるわけじゃない。
    下山途中のツァラトゥストラが老隠者と会話をして別れた後、
    あの人は神が死んだのしらないんだーとつぶやくだけ。
    それがどういう意味かなんて一切説明なし。。。

    でも、実は序説だけあって「神の死」はこの著作の重要なテーマの一つ。
    ここでいう神は単純にキリスト教の神だけを指しているわけじゃなく、
    哲学でいうところの真理や、道徳なども含めたそれまでの価値観全てを
    指してる。
    だから、ツァラトゥストラの説教は、それら尊いとされてきた価値を
    ひとつひとつ否定する形をとっている。
    つまり、神の死を証明する形とも言える。
    一部については、ほぼそういう構成になっていると踏まえて読むと
    理解しやすい気がする。

    第2部に入ると、再度、山から下りたツァラトゥストラが今度は
    至福の島々を舞台に説教をして回る。
    そして、「自己超克」という章で、ニーチェ哲学最大のテーマである
    「力への意志」がでてくる。
    「力への意志」は簡単に言えば、人より優位に立とうとすること。
    ニーチェは人間の誰もが持っているこの本能を向上に使えれば
    超人となり、妬み(ルサンチマン)に使えば畜群になるとしている。
    ただ、どちらの意味でも「力への意志」といっているため、
    読んで混乱する部分が多い。
    でも、この「力への意志」という考えがあったから、
    現代思想が成り立ったのは確かなので、
    もっとゆっくり考えたいし、理解したいところ。

    そして、第2部の最後に、本著作の最重要テーマである「永劫回帰」が
    少しでてくる。
    「力への意志」を説いているツァラトゥストラも、
    意志の限界を理解していた。
    つまり、「そうであった」という済んでしまったことには意志の力は
    適用できないということ。
    それについていろいろ語っているうちにツァラトゥストラは
    「永劫回帰」という考えに気付く。
    ただ、ツァラトゥストラ自身もまだ語るときでないとして、
    はっきり語らない。

    そういうわけで、感想も後半を読んでからにしようと思う。

  • 『友』と『贈り与える徳』が好き〜。2部からが神懸ってる

  • 高校時代、社会から疎外されたときに読んだ書。

    冒頭に「毒を以て毒を制する」という内容があったと思うが、まさにこの本自体が毒である。

    毒を飲んで「単なる見下し屋さん」になるか「真の意味でのエリート」になるか、それが問題である。(僕自身もその境界線に立っていると思う)

  • 中二病の聖典。過剰な選民思想にドン引きすることもあるけどついつい真面目に生き方のアドバイスとして読んでしまいました。全部真に受けたら大変な本。

  • 僕は本書の中の「友」という項が好きだ。
    自分が「友情」というものに対して漠然と考えていたことを、ニーチェ特有の

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すべての覆いをはぎとる破壊者にして強烈なヒューマニスト。

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